14.中二階の酒場
冒険者ギルドにはクエストの受注と報告、相談に来たくらいで、ショウが酒場のある中二階へ上ってきたのはこれが初めてであった。
それなりに広いスペースに円卓がいくつか置かれていて、どこもかしこも酒の入っていると思われるジョッキを手にした冒険者たちが大声で騒いでいる。
奥の壁際には一応カウンター席もあったが人はおらず、そこは厨房から出てくる酒や料理を給仕へ渡すだけの場所となっているようだ。
酒を飲んでいる冒険者たちの装備を見てみると、上質とは言えないモノをかなり使い込んでいるように見えた。
恐らく武具を新調するくらいなら酒代を稼げるくらいのクエストをこなして、ここで騒いでいる方が性に合っているといったプレイスタイルなのだろう。
ゲームの中でへべれけになって何が楽しいのかショウには理解できなかったが、その考えが二の次になる程に彼が顔をしかめたのは酒場の臭いだった。
感覚の設定を標準にしたため、エントランスからでも漂ってきた酒と油の臭いが一段と濃くなり、ショウの隣にいたセラスは外套の前身頃で鼻を塞いでいるくらいだ。
大学の付き合いで行く現実の居酒屋では、空調がしっかりしているためこんなには籠らない。
これは長く居るだけでストレスになりそうだ、と思ったショウは改めて酒場全体を見渡してみた。
「いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞー!」
給仕の女性は忙しそうに動き回りながらもショウたちへ気付き、着席を促した。
その時、ショウと同じく酒場へ目を向けていたルナールがあるテーブルで視線を止める。
「アニキ、あそこっす。あの窓際のテーブルを囲んでいる連中っす」
「アッシュって奴は?」
「席に座って話をしてる胡散臭い戦士がクランマスターのアシュトンっす」
こういった場所は慣れているのか、ショウやセラスとは違い臭いに顔をしかめることをしなかったルナールが、表情を険しくした。
卓にいるのは他のクランで、立ったままの連中はスケアクロウのメンバー三人だとルナールがショウに知らせる。
同席者から白い目を向けられているにも関わらず、張り付いたような笑顔で話しをしているアッシュを見て、ショウは標的を絞った。
「アシュトン・ライヤー……彼が持ってる棍。私が使っていたモノですよね」
「恐らくね」
「……」
唇をキュッと噛み締め、手にしていたネメスィを強く握るセラス。
闘志があふれ出ているのか、彼女から半端ない威圧感を隣に居たショウは感じた。
「……よし、じゃあ行こう。ルナール、頼んだ」
「うっす!」
気合を入れ直すように力強く頷いたルナールは窓際のテーブル、スケアクロウとアッシュが居る席へ向かって歩き出した。
それを少し後ろから着いて行くショウ。
セラスはさらに後ろ、ショウの背中に隠れるように歩く。
「よう、あんたら! 久しぶりだな」
立っていたスケアクロウのメンバーに、ルナールが腕を組んで言葉を飛ばす。
振り向いたメンバーと、彼らの間から顔を向けたアッシュがルナールを見て一瞬驚いた表情をしたが、すぐに薄笑いを浮かべる。
「誰かと思えば獣人のシムじゃないか。お前、まだこの街に居たのか? てっきりクエストほっぽって逃げ出したと思ってたよ」
「お生憎さま。あたいはあんたらに騙された後、ちゃんとクエストを成功させて冒険者を続けているっての」
「成功? レベルも高くないお前がひとりで? ……いや、そうじゃないな。後ろの奴に手伝ってもらったか?」
薄笑いを浮かべたままのアッシュがルナールからショウへ視線を移す。
どうみても木の盾を装備した羊飼いにしか見えない彼を見て、スケアクロウの面々は口の端を吊り上げた。
「こんな見るからに弱そうなやつに?」
「成功したって言ってもギリギリだっただろうよ、フォレストウルフだぜ?」
「こんな奴の仲間だと思われたくもねぇ。やっぱりクランから追い出して正解だったな」
立っていた男たちから言われた言葉に、ルナールの表情は険しくなり、ギリッと奥歯を噛んだ。
「ふん、なんとでも言いやがれ。あんたたちがあたいの家からアイテムを盗んで、貶めた事には変わらないんだからな!」
酒場の喧騒もあって近くのテーブルまでくらいにしか響かなかったが、それでもルナールの大声で周りの客たちはスケアクロウへ白い目を向けた。
軽蔑の目というよりは、楽しい時間を無粋な話題で邪魔されたくないといった迷惑そうな目だったが。
それを受け、アッシュは面倒くさそうに立ち上がり、ため息を吐きながらルナールに近づく。
「さっきからなに意味の分からないことを言ってやがるんだ、このシムは。プレイヤーに向かって随分と強気じゃないか」
ルナールの正面に立ち、彼女を蔑む目で見下すアッシュ。
「意味が分からない? 自分たちのやったことを忘れたのか? 三歩歩けば忘れる頭してるのかよ」
「んだと、こいつ! 調子に乗りやがっ――」
「今の話は本当でしょうか?」
今にも手を上げそうに、頭に血が上ったアッシュが声を荒げた瞬間、彼らの横から声が聞こえた。
もしそのままアッシュがルナールに危害を加えようとしたならば、すぐ間に割って入れるように準備していたショウの盾を殴っていただろう。
声の主を見るため、アッシュとルナールは顔を横へ向ける。
そこには姿勢を正したリリィが、仕事用の笑顔を張り付けて立っていた。
ギルドの職員だと分かったアッシュは舌打ちをして――
「こんなガキのシムが言う事が本当な訳無いでしょ? こいつの言いがかりですよ」
「しかし、この子は元々あなた方のクランに入っていましたよね? 元メンバーからの内部告発となれば、クラン及び冒険者を管理するギルドにも干渉する権利が――」
「ちっ、シムが。何を偉そうに」
「……」
アッシュの後ろに居たクランメンバーの舌打ちに、リリィの眉がぴくっと小さく跳ねた。
瞬間、その場に居た全員が殺気のような威圧感を感じる。
すぐにそれは収まり、静かな空気が場を包んだ頃、アッシュと話していた別のクランの酔っ払いたちが席を立つ。
騒ぎに巻き込まれたくない様にそそくさと隣のテーブルへ移り、元々座っていた酔っ払いたちと相席するのだった。