12.ネメスィ
鑿を渡されたショウは、隣に居たルナール、セラスと共に首を傾げる。
「これは?」
「その鑿は効果【樹木特攻】を付けられるアイテムだ。ショウの作戦には必要な奴だと思ってな」
「へぇ、なんかどんどん凄い武器になっていくな」
「この調子じゃ龍殺しも夢じゃなくなるんじゃないか?」
「おぉ! すげぇ、さすがアネゴっす!」
「も、もう! 皆して悪ノリしすぎじゃない?」
「まぁ冗談はこれくらいにして、武器はとりあえずこんなもんだ。アイリ、アクセサリーは見つかったのか? エーアシュタットに伝手があるって言ってたけどよ」
「ええ、大丈夫。ちゃんと持って来れたわ――はい、セラスちゃん。これ装備してみて」
そう上機嫌にアイリが取り出したのは女性用と思われる小さいシルバーリングだった。
セラスは手の平で受け取り、一度リングを見た後、アイリに顔を向ける。
「あの……これは、指輪ですか?」
「そう。『技巧の指輪』っていうの。装着者の技量をアップさせる効果があるんだけど、ようは【クリティカル率アップ】って効果かしら」
「えっ、頂いて良いんですか?」
「もちろん。少し遅くなったけど、フリーダムバースを始めてくれたお祝いに送るわ。これからもよろしくね」
「あっ、はい。こちらこそ兄共々よろしくお願いします」
うんうん、と嬉しそうに頷くアイリに促されるように、セラスは指輪を右手に中指にはめてみる。
すんなり入るサイズだったが、はめた瞬間にリングが縮み丁度フィットするように変形した。
「どう? 買ったところの店主曰く、効果は保証してくれるみたいだから問題は無いと思うけど」
「そうですね……ステータスにはちゃんと効果が出ているので大丈夫だと思いますけど」
「体感的には試してみないとって感じね。じゃあ、またケンを叩いてみましょう。神殿送りになったら効果有りって事でしょ」
アイリが意気揚々とケンを指差し、先ほどと差異のない含み笑いでセラスの背中を押す。
「な、なんでそうなるんだよ!? 勘弁してくれ、本当に」
「あっ! 逃げるな! 待ちなさい、感覚を切れば良いじゃない!」
「そういう問題じゃ無いだろ!?」
セラスがログインした時とは逆に、今度はアイリがケンを追いかけ始めた。
周りをグルグル二人に回られていたセラスを、ショウは手招いて自分の所に来させる。
こうなってしまっては後は放っておくしかないと諦めて、ショウ、セラス、ルナールの三人は遠巻きに眺める位置で腰を下ろして、その間に棍の強化を試みることにした。
「とは言ったものの、このアイテムを使って棍に効果を付与させるんだろ? やっぱりスクロールを使うんだろうな」
「あたいのリーブレに銘を打った感じにはいかなさそうっすね」
「? ルナール、どういうこと?」
「このアニキが作ってくれた外套、リーブレって名前をつけてもらったんす!」
自慢するように、ルナールがセラスに外套の前身頃を引っ張る。
それを見たセラスが――
「へ、へぇ、それは……良かったね」
「はいっす! 能力の変化は無いっすけど、思い入れと言うっすかね。それが大きくて愛着が持てるっす」
「……いいなぁ」
セラスの呟きは、丁度ストレージボックスからスクロールを取り出していたショウの耳には入らなかった。
そのままスキルを使用して立体空間を呼び出したショウは、セラスに手を差し出す。
「それじゃ、その棍を使用素材にしたいから少し貸してもらえるかな?」
「あっ、はいどうぞ」
「ありがとう。えーと、主材料は棍にして、使用素材追加……いや、付与アイテム追加っていうのがあるな。こっちかな――」
「……あ、あの、ショウさん」
「ん? どうした?」
「あの、できればその、私の、といいますか、その棍にも名前をつけて欲しいなって……」
「う、うーん、そうだなぁ……セラスはどんな名前が良いとか、候補はある?」
「ショウさんがつけてくれる名前なら、なんでも大歓迎です」
「……んー」
困った、とショウは苦笑いを浮かべて鼻の頭を掻く。
本日分の名付けに使える気力が回復しておらず、自分で考えられるだろうかと不安を覚えたショウは隣に座っていたルナールへ目を向ける。
彼女はショウの視線に気づき、握った両こぶしを胸の前で上下させて――
「アニキなら絶対良い名前を付けてくれるっすよ、多分!」
「そ、そうだよね。私も楽しみ」
「無駄にハードル上がってないかな? あははっ」
兎にも角にもまずは先に効果を付与しようと思い、ショウは作業を進める。
使用素材をセラスから借りた棍に設定し、付与アイテム追加の項目にケンからもらった鑿を加えた。
最終的な能力が書かれる個所に、『付与効果予想【樹木特攻】』と表示されたのを確認して、保存、立体空間を終了する。
スクロールに戻った設計図の上に棍と鑿を置き、槌を一振り。
光が弾けて現れた棍は、見た目は全くと言って良い程代り映えはしていなかった。
ショウは一度それを手に持って、能力を確認する。
若干の攻撃力が上がっていたのと、付与効果【樹木特攻・極】が付いていることを確認して、頷いた。
「棍自体の強化は何の問題も無く終了っと……あとは銘を打つだけ、だけど――」
自分の両隣で期待に目を輝かせている二人からのプレッシャーを感じ、ショウは腕を組んで悩んだ。
「……『ネメスィ』、なんてどうかな?」
「おぉ、なんか聞き慣れない言葉っすけど、なんて意味なんすか?」
「うん、セラスって名前は外国の言葉で『オーロラ』って意味があるんだけど、その国の言葉で考えようかと……」
「ほー、でアニキ意味は?」
「……『天罰』、かな」
「あははっ、それはアネゴに叩かれる側からしたら確かに天罰かもしれないっすね」
「本当に! 良い名前ですね!」
息を少し乱しながら、ショウたちに近づいてきたアイリも賛同の声を上げる。
彼女の後方に恐らくスタミナが切れたのだろう、ケンが荒い呼吸をしながらうつ伏せに倒れていた。
「私のバゼラードなんて『レヒツ』と『リンクス』よ? もう少しセンスが良い人に銘を打ってもらってればなぁ」
アイリが腰に交差するように帯剣していた二本の小振りの剣を見せるように、背中を向ける。
不満を口にしてはいるが、本気のようには聞こえない。
能力的には満足のいく仕上がりなのだろう。
「うちのクランにも鍛冶職人が居るんだけど、堅物で不愛想。まぁ良い仕事するし……先輩みたいなセンスがあれば最高の職人なんだけどね」
ひらっと身を翻したアイリがショウたちに身体を向け、向かい合うようにして草原の上に座る。
「……私も先輩に銘だけ打ってもらっちゃおうかな」
「あははっ、それは――」
「ショウさん! その名前でお願いします! 今! 今すぐ変更してください! さぁ、どうぞ!」
「えっ、あっ、うん。ちょっと待ってくれ」
クスクスッと笑うアイリの言葉を遮るように迫って来たセラスの勢いに急かされて、ショウはインベントリからろう石を取り出した。
棍に『ネメスィ』と書き、そこを槌で叩く。
文字が染み入る様に消えると、晴れて棍の名前は変更された。
『ネメスィ:ショウ・ラクーンがセラス・プリアに送った一振り。友情と感謝の証。【体術アップ】・【樹木特攻・極】』
「あっ、これ説明も……」
「あのままだとさすがにね。そこは設計図の段階で変更できたからやってみたんだけど、どうかな?」
「う、嬉しいです! ありがとうございます!」
受け取った棍の説明文を見て、満面の笑みで答えるセラス。
彼女が納得するモノを作ることが出来て、ショウは胸を撫で下ろした。
「よし、じゃあ前段階の準備はこれくらいかな」
「そうですね。セラスちゃんの準備は整ったと思いますよ」
「ケンとアイリには俺の作戦を伝えてあるけど、セラスとルナールにはまだだったね。これから街へ行ってやろうとしていることを説明するよ」
「は、はい!」
「はいっす!」
「……ほら、いつまで寝てるのよ、ケン! 私たちももう一度聞くわよ! セラスちゃんの手伝いをしたいんでしょ?」
「ひゅー、ひゅー、も……もうちょっと待って、くれ」
肩越しにケンを見たアイリが、首を横に振ってショウに顔を向ける。
大げさなくらいに肩を竦めた彼女が、説明を進めて良いと合図を送り、ショウは苦笑いで頷いた。
「あー、よし。まずは街へ行って、冒険者ギルドにアッシュたちスケアクロウが来るのを待つ。そして――」
こうして、ショウたちによるアッシュへの仕返しが始まるのだった。