10.アイリ・キャステン
ショウがログインした地点へ戻ってくると、そこに二つの人影が立っているのが見えた。
一人は現実世界での友人、ケンだ。
こちらでも見慣れたヘアスタイルで見分けがついたのだが、もう一人は初めて見る女性だとショウは気づいた。
軽装の防具を身につけ、腰には剣が二本携えており、風に綺麗に梳いた銀髪を靡かせている女戦士。
てっきりケンの妹、セラスだと思っていたショウはじゃあ誰だ? と首を傾げながら二人に近づく。
「ケン、悪い待たせたか?」
「おぉ、お疲れ。俺たちも今来たところだ。連絡しようとしてたんだが、その手間も省けたな」
「いや、俺の方こそ野暮用で離れててすまん。ところで、そっちの子は?」
「ん? あぁ、こっちでは初顔合わせだったな」
自分のことを訊かれたと理解した銀髪の女性が、ショウの前まで歩み出た。
会釈をして、彼に笑顔を向ける。
「初めまして、というわけでも無いですけど改めまして。クラン『オルトリンデ』のマスター、『アイリ・キャステン』です」
「あっ、どうも……アイ、リ? え、まさか――」
「そのまさかですよ、先輩」
悪戯っぽく顔を覗き込んだアイリが、ウィンクをしながら微笑む。
面食らったショウがケンの方へと視線を移すと、彼は肩を竦めながら一度頷いた。
どうやら目の前に居る活発そうな印象を受ける美人は、今日会った大学の後輩でケンの恋人、愛その人らしい。
ケンからまだこちらを見ているアイリに視線を戻して、ショウは苦笑いを浮かべて鼻の頭を掻いた。
「驚いた。言われていた通り、印象が随分違うんだね」
「そうですか? ……まぁ、そうかもしれませんね。こっちだと理想の自分に近づけるというか」
「理想、か。なるほどね」
「……もっと見てみます? 私の、理想」
顔を近づけ、耳元で囁かれたショウは状況の理解が追い付かず、その場で硬直してしまう。
アイリがふふっ、と笑った直後、彼女とショウの間に小さい影が割り込んだ。
「ちょっと、あんた! いきなりなんなのさ。アニキが困ってるでしょ、離れてって」
「あらら、それはごめんなさい。ちょっと調子に乗り過ぎちゃったみたいね」
間に入って来たルナールが必死にアイリを押し返すが、当の本人は余裕の笑みを浮かべて自ら数歩下がった。
やれやれ、と首を振っているケンの隣まで戻って来たアイリが、興味深そうにルナールを見る。
「ふぅん、あなたが先輩の言っていたルナールちゃんね。本当に獣人の子なんだ」
「むぅ……アニキこの、人を値踏みするような目をしてる失礼な奴は誰なんすか?」
現実で会った時とはまるで印象が違うアイリに面食らっていたショウが気を取り直して二人を紹介する。
「あ、ああ。えっと、こっちの男の方が俺の友人のケン。その隣は彼の所属してるクランのマスター、アイリだ」
「じゃあ、さっき言ってたご友人って、この人たちのことっすか?」
「そうそう、ご友人。よろしくね、ルナールちゃん」
「……」
渋い顔をして、自分に手を振ってきたアイリを見るルナール。
どうやら彼女への第一印象はあまり良くないようだ。
「ほら、アイリ。あんまり調子に乗るなって。冗談が過ぎるぞ?」
「だってこんなにプレイヤーに懐いてるシムの子なんて初めて見たのよ。しかも可愛らしい獣人! そして――」
ショウを称えるように、アイリは両手を彼に向けた。
「造形師の先輩! テンションが上がらない方がおかしいわよ」
「頼むから、他に人が居る所でそんな大声を出さないでくれな」
「言われなくてもそれくらい分かってるわよ。私を何だと思ってるの?」
「テンションが上がると手を付けられない暴走娘」
「なんですって!?」
声を上げてケンの足へ笑顔で蹴りを入れるアイリ。
それを受け、ぐふっ、と息を漏らしながらケンは片膝をつく。
どうやら相当効いたようで、彼はすぐに立ち上がれずに俯きながら細かく震えていた。
これが普段通りの会話であるなら、さぞ仲睦まじいことだろう。
ショウとしては未だ肩を震わせている友人を見て、『リア充爆発しろ』とはとても思えなかった。
「……アニキ、この人たち、本当に頼りになるっすか?」
「ルナール、それは言わないでやってくれ」
「もう、ケンったら大げさなんだから」
おほほっ、と愛想笑いを浮かべたアイリを見て、ショウとルナールは顔を見合わせて肩を竦めるのだった。