9.ハチェットの性能
――ガツッコーンッ!
刃が幹に当たった衝撃音と、遠くまで届くような甲高い気持ちのいい音があたりに響く。
ショウの腕にはそれほど強い衝撃は伝わってこなかったが、ハチェットの刃は幹の三分の一ほどまで食い込んでいた。
もう一度、と幹から抜いたハチェットを再び振りかぶろうとしたショウだったが――
――ドゴンッ
と原木は音を立てて真っ二つに折れ、モンスターを討伐したときの様に光の粒となって消えた。
「うをわっ! び、びっくりした……え、これで終わり?」
台の上に置いてあった原木が姿を消して、打ち付けるモノが無くなったハチェットを持ちながら、ショウはガザンに振り向いた。
「……」
「……」
ガザンもその隣に居たルナールも、そのショウの行動を見守ろうと腕を組んでいたのだが、今はそのまま口を開けて呆然としていた。
二人からしてみてもこんなに早く、まさか一撃で素材への加工が終わるなんて思ってもいなかっただろう。
特にガザンは復活までまだ時間を必要とするくらい、目を点にして呆けていた。
「え、えぇっと……無事、完了しました」
「さ、さっすがアニキ! すごいっす!」
我に返ったルナールが興奮したように飛び跳ねながらショウへ近づく。
「随分とあっさりした感じだけど、これで合ってるのかな?」
「バッチリっすよ。インベントリを確認してみてください、木材が素材として入ってるはずっす」
ルナールの言葉に従ってショウがインベントリを開くと、そこには大量の木材を表す数字がアイコンのマスに書かれていた。
「百近くも手に入ったんだけど、良いのか? こんなに貰って」
「ひゃっ――!?」
ショウの言葉に目を見開いたルナールが、驚きの衝撃でその場で数センチ身体を浮かせる。
どうやら普通ではないようだ、と彼女とまだ復活していないガザンの反応を見て、ショウは居た堪れない気持ちになった。
ツールのテストとしては成功と言って良いのだろうが、如何せん周りの人が驚くほどの性能なのだと改めて握っていたハチェットへ視線を移すショウ。
これは人目につく所ではあまり使わない方が良いだろう、とハチェットを再び腰へ戻してその場を後にするためガザンへ近づく。
「ガザンさん、では俺たちはこれで失礼します。今日はありがとうございました」
「……」
「ダメだ、アニキ。親方、まだ固まってるっすよ」
「えー、どうしようか。なにか書置きでも書いておこうか」
「必要ないっすよ。料金だって言い値で払ってるっすから放っときましょう」
「良いのか? 本当に」
頭の後ろで指を組んだルナールが先導するように歩き出したので、ショウもそれを追いかけるように一歩踏み出した。
しかし――
「……はっ! いやいや、なんじゃそりゃ!? ありえないだろうが! おいおい、兄ちゃんどこ行く気だ!」
タイミング悪く、正気を取り戻した親方が慌ててショウの肩を掴む。
そのまま勢いで自分の方へ振り向かせ、両肩を掴みなおし、激しく前後に彼の身体を揺さぶる。
「なんだ今のは!? なにかスキルでも持っているのか!? 初心者って言うから斧の振り方のアドバイスでもしてやろうかと思ってたんだぞ! まさか一撃って……振り方もなにもあったもんじゃ無ぇよ、なぁおい兄ちゃん聞いてるのか!?」
「あっ――ひゃ――そ――」
身体の激しい動きに首がついていかず、目が回りそうなショウが説明をしようと断片的に言葉を発する。
それを見かねたルナールが、ショウとガザンの間に無理矢理入り、二人を離した。
「ちょっと親方、落ち着きなって! それじゃまともに会話できないだろ」
「おっと、すまねぇ。気が動転してて、つい力加減を忘れちまってた。兄ちゃん、大丈夫か?」
「は、はい。な、なんとか……」
開放されたショウが膝に手をついて、苦笑いを浮かべる。
まだ頭が揺れているような感覚だったが、しばらくするとそれも落ち着いてきたので彼は一歩下がりながらガザンと向き直った。
「えっと、とりあえずはこちらの説明を聞いてもらって、疑問に思った事を答えていく感じでいいですか?」
「おう、構わん。それでさっそくだが、今のは何なんだ? まさかの俺も初心者が一発で原木を素材にしちまうなんて聞いたことも見たことも無いぞ」
「その件に関して言うと、スキルというよりジョブの方が関係していると思います」
「ジョブ? 兄ちゃんは……木こり、とかか?」
もう一度ショウを頭からつま先までまじまじと眺めたガザンが首を傾げる。
どう見ても羊飼いや牛飼いがイメージで先に出てしまうのは、彼が知っている木こりのシムが皆例に漏れず筋肉隆々のいかつい男だったからだ。
ガザンの言葉に手を振って否定するショウが話し始める。
「いいえ。俺のジョブは『原型師』と『造形師』で、さっき使った手斧を作ったんです」
「手斧を? なるほど、生産系のジョブってことだな」
いまいちピンッと来ていないガザンを見て、彼もルナールと同じく、造形師という単語で驚いたりはしなかった。
シムたちの間では就いている人が少なすぎて耳にも入ってこないのだろうか?
認知度の差について考えたショウがハチェットを再び抜き、ガザンに差し出しながら話を続ける。
「これがその斧、ハチェットです。どうぞ持ってみてください」
「ツールの違いで全部説明できるとは思えねぇが――っ!?」
ショウから手渡された斧を持った瞬間、ガザンの目が鋭くなる。
手にしたそれを食い入るように先から先まで注視する顔つきは、何十年と就いた仕事に誇りを持った職人の眼光だった。
「良かったら使ってみてもらっても――」
「……いいや、それには及ばねぇ。俺は毎日斧やら鋸を持ってる。良し悪しくらい手にしただけで分かるさ」
「そ、そうですか」
「それにしても、だぞ。これほどの斧を俺はこれまで見たことが無い。こんな凄いモノ見せられたんじゃ、さっきの事も納得せざるを得ねぇな」
最後に斧を掲げ、太陽に当てて見るガザン。
その顔は衝撃を受けたような表情から惚けた表情に変わり、ひと目で彼がこのツールの性能を認めた事が分かった。
そのままショウにハチェットを返し、先ほど見た歯を見せる豪快な笑みを向けた。
「これを作ったのが兄ちゃんなら、大したもんだ! いやぁ、久々に良いモノを見せてもらったぜ、がははっ!」
「あははっ、恐縮です」
渡されたハチェットを腰に戻しながら硬い笑みを浮かべたショウの背中を、ガザンが再び叩く。
「親方、アニキが迷惑してるって! まったく、ちょっとは大人しくしなよ」
「ひよっこに言われるまでもねぇよ、お前にはこの感動は分からんだろうさ。んでよ、兄ちゃん――」
ルナールの言葉で背中を叩くのをやめたガザンが、そのままショウに耳打ちをする。
「そのツール、ここで働く連中の分も用意出来たりしねぇか? もちろん材料や金はこちらで用意するからよ」
「それは……ちょっと」
「いや、こんな凄い性能のもんを数揃えるのは大変だってことは分かってる。月に数本卸してくれるだけでも――」
「はいはい、ストップ! 親方、それはダメだよ」
ショウの首に手を回して胸に拳を当ててくるガザンを、ルナールは腰ひもを引っ張り彼から引きはがした。
「なんだよひよっこ。俺はこの兄ちゃんと仕事の話を――」
「アニキにはその気が無いんだし、察しろって事! 今日はただでさえ時間が無いんだからさ」
「うぐぐっ」
まさかルナールに説き伏せられるとは思っていなかったガザンは、たじろいでしまった。
しかし、ショウが持っている斧の五分の一の性能であっても今の彼には喉から手が出るほど欲しいモノだ。
簡単には引き下がるのも癪だったガザンが口を開こうとした時――
「ツールを作るにやぶさかでは無いんですが、俺も色々なことをやりたいので。また後日こちらに伺いますから、その時に改めて」
「……仕事を頼む相手に無理強いはできねぇな。しょうがない、その時まで待つことにするぜ」
「今日はお世話になりました。では俺たちはこれで」
「おう! 兄ちゃん、ひよっこもまたいつでも来いよ! 待ってるぜ」
「んじゃな、親方」
一度礼をしたショウが踵を返して、ログインした草原を目指して歩き出す。
ルナールもガザンに手を振って挨拶をした後、ショウを追いかけるように速足で駆け出した。
彼の隣に追いついたルナールが顔を上げて――
「結果は上々。やっぱりアニキが作るモノは一級品ばかりっすね!」
「レベルも上がって作れるモノの質が良くなることはいいんだけど、できれば性能を抑えて作れる方法も勉強したほうが良いかもしれないね」
「親方の話、乗り気なんすか?」
「悪い人じゃないし、頼まれると弱いところがあるんだよね。でもこのハチェットみたいなのが増えるのもどうかと思うし」
「一般モデルみたいな感じのモノでも作れるようになると色々と出来そうっすね。それこそ商売とかも」
「冒険しながらその先々で俺が作ったモノを売り歩くっていうのも良いかもね」
「千客万来で繁盛間違いなしっすよ! そういう旅も面白そうっすね」
自分たちが思い描く冒険の道のりを想像しつつ、ショウたちは笑いながら歩いて行く。
これからどんな心躍る冒険が待っているのか、その先の困難や問題を含めて、今の彼らは知る由もない。
とりあえず今はスケアクロウの件を片付けることに集中しよう、とショウは気合を入れ直してルナールと共に草原を歩いて行くのだった。