7.名付けとツール作成
外套を受け取ったショウは再びろう石を手に、固まる。
「……うん、あれだ。これは使用者の意見を尊重したいと思うんだ」
「へ? どういう意味っすか?」
「ルナールがこれだ! って名前を書くから、決めてくれ」
「ア、アニキ! それ、ズルくないっすか~!?」
良い名前を付けてくれると期待していたルナールは驚いて声を上げたが、ショウに言われたからにはと必死に考えるように米神を指で擦る。
あーでもないこーでもないと独り言を繰り返すこと数分。
「……で、では『リーブレ』って名前でお願いしたいっす」
「リーブレ?」
「あたいの国の守り神、ガルドガルム様の使いと言われてる大狼様の名前っす。民のどんな怪我でも病気でも直してくれるって言われてるっす」
「へぇ、優しい神様なんだね」
「お酒を飲んで暴れて街ひとつが無くなったって話もあるんで、一概にそうとも言えないかもっす」
あははっ、とルナールが自分の頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。
それにショウも苦笑いで答え、肩を竦めた。
自分の国にある名前を身につけたいというのは、安心感を持ちたいという気持ちの表れなのだろうか。
ショウは一度頷いて、外套に名前を書いていく。
再び槌を振り、晴れてルナールの小さめな外套は『リーブレ』と銘打つ運びとなった。
『リーブレ:短めの丈の外套。動きやすく丈夫。癒しの効果により装着者の治癒能力を高める。【体力自動回復・小】【身体能力向上・小】』
「これで完了っと。はい、ルナール」
「あ、ありがとうございます!」
興奮したように、鼻息荒くリーブレを受け取ったルナールは再び羽織り、感慨深げに肩のあたりに手を置いた。
優しくなでるように数回往復すると、彼女はショウに向き直って笑顔を向ける。
「アニキ、あたい大切にするっす!」
「そうだね。長く使ってもらったら、それだけルナールが無事ってことだから俺も嬉しいよ」
ショウが近づいてきたルナールの頭を撫でながらそう言うと、彼女の感情を代弁するように狐耳と尻尾がご機嫌に動いた。
その反応を可愛らしく思ったショウは、しばらくその時間を堪能するのだった。
――
「――というわけで、そのケンって奴と仲間を待つことになってるんだ」
「アニキのご友人でレベル80以上のプレイヤーっすか。それは頼りになるっすね」
いつまでも撫でているのも体裁が悪いとショウは思ったので再び隣り合わせに座り、これまでの事とこれからの事を軽く話し合うことにした。
そしてケンという友達と彼が所属しているクランのマスターも協力してくれるらしく、今は合流待ちという所まで説明が終わる。
「セラスも待たなくてはいけないし、こうしてルナールと話しながらでも良いんだけど……」
「アニキは何かやりたいことがあるっすか?」
「うん。この隙間時間を使って素材とかって集められないかな? 色々作成するときにその都度買い足すっていうのも大変だし、自分でフィールドワークした方が楽しいと思うんだけど」
「んー、自分で仕入れまでする職人は少ないですけど居るには居るっす。けど、元冒険者だったり騎士上がりだったりと実力を持ってるのがほとんどっすね」
「モンスターとの戦闘や危険な所での採取もあるだろうから、それは納得だね。それだと俺の場合は……」
「いくら強力な武器や凄い盾を持ってても対多数の戦闘となると……アニキでも厳しいんじゃ」
「だなぁ。ソロでの採取は難しいか」
「あたいやアネゴがいますんで、その時は一緒に行動した方が良いっすよ」
「心に刻んでおくよ。ふたりには感謝しないとね」
「いえいえ、あたいなんか……ははっ」
照れ隠しに手を振りながら顔を背けるルナール。
そんな彼女がはっとした表情に変わり、ショウに向き直る。
「そうだ! それならアニキ、採取用の道具なんかを作ってはどうっすか?」
「採取用の?」
「そうっす。これからそういう事をしていくなら必要ですし、アニキの場合は自分で用意した方が街で買うより絶対良いっす」
「なるほどね、確かに。えっと……作成によく使う材料としては『木材』とか、『鉱石』とかかな」
「となると、伐採の斧や採掘のピッケルになるっすね」
「斧とピッケルか……」
どちらも実物を見たことが無かったショウだったが、そういう道具類は彼がやっていたゲームの中にも出てきたのでイメージはすぐに出てきた。
ショウはストレージボックスからスクロールをひとつ取り出し、それをスキルで消費して立体空間を展開させる。
カテゴリーのタブからツールを選び、候補を絞る。
そこに並んだ道具の名前を眺めながら、彼は腕を組んだ。
「使用素材を銅に変更して作れそうなのは、『ハチェット』と『片つるはし』って奴かな。どちらも初期のツールで扱いが簡単らしい」
「おぉ! いいっすね!」
「でもなぁ……むやみやたらに作るなってケンたちから止められているんだよなぁ」
「それは武器の話であって、採取用のツールは大丈夫なんじゃないっすかね」
「あー……そういうものかな」
「試しに作ってみて、普段はアニキのストレージボックスにしまっておけば問題ないっすよ、たぶん!」
「そうか、そうだよな」
ルナールの言葉に頷きながら自分の心の葛藤に区切りをつけて、創作意欲の赴くままにショウはハチェットと片つるはしの設計を終えた。
必要素材もストレージボックスからそれぞれ取り出して、完成した設計図の上に置く。
そのまま続けて槌を二回振ると、二人が座る広い草原に、造形師が作った新たなツールが二つ生まれた。
『ハチェット:片手で扱える小型の斧。主に薪割りなどに使用する。投げても戻ってこないので注意。【樹木特攻】【採取量アップ】』
『つるはし(片):張り出しが片側しかないつるはし。その分軽くて扱いやすい。【鉱石特攻】【レア素材入手アップ】』
「……なんかまた追加で能力が付いてるけど、まぁとりあえずは完成だな!」
「おぉ! アニキ、これには名前つけないんすか?」
「……」
ショウは笑顔のまま無言でルナールと顔を見合わせ、ゆっくりと首を左右に振る。
「そのうちね」
「う、うっす」
もう既に今日の分の名付けに使える気力が底を突いていた彼は、立ち上がって出来上がったツールたちの出来を確認する。
ハチェットとつるはしを交互に振ってみたが、小型ということもあり、難無く扱えることができるようだった。
どちらかと言えばつるはしの方がかさばっていたので、こちらはストレージボックスへ収納しておくことにする。
実際に鉱石堀りをするときに効果のほどは確認しようと思い、とりあえずハチェットは槌と同じくサブウェポンとして腰に装備することにした。
「作ったら作ったで試しに使ってみたくなるな……どこか手頃な木とか生えてないかな?」
ショウは辺りを見回す。
少し遠目に街の外壁、そしてパール。
隣のルナールと視界に入り、他はそよ風に揺れる草原が広がっていた。
心当たりがあるとすればレベル上げでお世話になった林だが、ここからでは少し距離があり、人を待っているショウとしてはあまり動き回りたくはない。
他にどこかないかルナールに訊こうと、ショウは座っていた彼女と向かい合い、視線を合わせるためにしゃがんだ。
「ルナール、この辺りでツールを使って素材が手に入る所とか知らない? できれば木材なんかが良いんだけど」
「木材……そうっすねぇ、外壁の西の方に製材所を兼ねた置き場があるっすけど」
「そこはプレイヤーが行っても斧を振らせてもらえるのかな?」
「大丈夫っす。ただ、置かれている原木を買い取ってそれを素材にする感じっす。未加工のモノを自分で素材にしますんで、トータル的には安く済むはずっす」
「なるほどね……そこに案内してもらえるかな?」
「了解っす。さっそく行ってみましょう!」
「あっ、ちょっと待って。一応セラスとケンにメッセージを送っておくよ。セラスもログインしたらすぐ確認できるだろうし」
素材を手に入れるために製材所へ行く旨を書いたメッセージを二人に送り、立ち上がって少し歩いていたルナールを追うようにショウは草原を歩き始める。
歩きながらパールを呼ぶと、声に気付いたパールが自分でショウの隣まで追い付いてきた。
とりあえず落ち着くまではストレージボックスに入ってもらい、二人は外壁に向かうのだった。




