6.Birth
隣り合うように草原に腰を降ろして、ショウが話を切り出した。
「それで、街でアッシュを見つけたのかい?」
「もちろんっす。腐っても元クランメンバーっすから、あいつらが溜まり場にしている所は知っていたんで」
「その様子だと、向こうには気付かれなかったようだね」
「アニキに言われた通りに接触しないように遠目で監視してたっす。あいつら、街の店なんかに新米冒険者の情報を聞いて回ってたみたいっす」
「なるほど、そこは予想通りか……ギルドへは行ってなかった?」
「あたいが見ていた限りだと行ってなかったっす。まぁ……ギルドには行きづらいって事もあるかもしれないっすけど」
「行きづらい? どうして?」
「前に酒場で騒ぎを起こして以来足が遠のいたって聞いてるっす。ギルドの職員にも煙たがられてるって噂っすけど」
「……あぁ、どうりで」
ルナールの話でショウの頭に思い出されたとのは、ギルドの応接室でアッシュの事を聞いたリリィの渋い顔だった。
敬称すらも付けて呼びたくないような雰囲気だったが、それが原因か。
どうやら余程好き勝手に遊び散らかしているプレイヤーたちらしい。
「でもシムがやっている店だと有益な情報なんて貰えないっすからね、プレイヤーだと特に。いずれ恥を忍んで酒場に行くとは思うっすけど」
「そこで俺の存在に行き着くのは間違い無いだろうね。一番最初ギルドへ行った時、パールと一緒に中に入ったから目立ってたと思うし」
「それは……目立つっすね」
「あははっ、リリィさんも驚いてたよ」
苦笑いを浮かべながら鼻の頭を掻くショウに、ルナールは硬い笑みで答えた。
その後、姿勢を直した彼女が――
「あいつらの所在を把握しておきたいってことなら、あたいは監視に戻ろうと思うっすけど……」
「んー、いや大丈夫。大体の目星が付く範囲でしか動かないなら探すのも楽だろうし、俺が居る時は一緒のほうが良いかな」
「う、うっす」
ショウの言葉を聞いてルナールは少し照れた様子で座り直し、尻尾を小さく振った。
隣り合わせに座りながら食事中のパールを眺めていると、ショウは思い出したかの様に質問をする。
「そういえば、ろう石ってアイテムってどこで手に入るか知ってる?」
「ろう石っすか? 普通に道具屋とか、露天でも売ってるっすよ」
「そうなのか……あまり珍しくは無いんだね。スキルの使用に必要らしくて、欲しかったんだ」
「珍しいというか、なんというか……あっ、ひとつなら今あたいも持ってるっすよ」
腰につけていたウェストバッグからろう石を取り出したルナールが、ショウへ差し出す。
四角いチョークみたいな形をしていて、半透明の蝋で出来たような物。
古くから筆記具として使われてきているのだが、彼の今の世界ではあまり使われておらず、ショウ自身も存在自体を始めて知った程だ。
石やレンガにも書けるため、建築関係に詳しい者ならば知っていてもおかしくは無いのだが――
「へぇ、これがそうなのか。よく持ってたね」
「近所の小さい子たちとよく道に落書きを……いえ、たまたまっすよ、たまたま」
口を滑らせたことを誤魔化すように彼女は手を振り、言い訳をする。
しかし、そういうことに馴染みが無い時代の青年であるショウは、ルナールの発言にピンと来ない様にへぇと頷くだけで終わった。
「でもろう石を使うなんて、どんなスキルに必要なんすか?」
「えっとね……『刻印』ってやつなんだけど、実際にやってみよう」
そう言うとショウは、右手から盾を外して地面に置いた。
やり方によれば自分で作ったモノならばそこに付与したい事項をろう石で書いて、そこを槌で叩けば良いらしい。
とりあえずは説明に書かれていた武具の名前を変更しようと、ショウは腕まくりをする。
しかし――
「……うん、なんて名前にしようか考えてなかったな」
自分にネーミングセンスというものが備わっていない事を思い出したショウは、そのまま固まる。
ペットの名前でさえセラスに案を出してもらったほどで、名付けというものは彼にとって鬼門であった。
特に今回は剣や刀などのいわゆるカッコイイ名前が似合うモノではなく、ただの木の盾である。
凝った名前を付けても浮くのでは、しかし簡単すぎるのも味気無い気がして、到頭ショウは腕を組んで考え始めてしまった。
「困ったな……有名な所から持ってくるか? いや、名前負けしそうだし……」
「な、なかなか大変そうっすね。何かアニキがしっくり来る名前、ないっすかね」
「しっくり……この世界で初めて自分のために作ったモノだから――」
考えを整理するように言葉を発しながら、ショウはろう石で盾に文字を丁寧に書いていく。
『Birth』と書き切った彼は、字面を確認するために少し顔を離す。
納得がいったようにうんっ、と頷いて、ろう石をルナールへ返そうと差し出した。
「この名前に決めるよ。ルナールこれ、ありがとう」
「い、いえ、それはアニキに差し上げるっす。あたいが持ってても遊びに使うくらいなんで」
「えっ、良いの?」
「はいっす。使いかけで申し訳ないっすけど……」
「そんなこと無いよ。それじゃ、ありがたく貰おうかな」
「それよりアニキ……これ、なんて書いてあるっすか?」
「これはバースって読むんだ。誕生って意味だね」
「誕生、すか?」
「この世界で初めて俺が自分の意志で作ったモノだからね。言うなればこの盾を作った時が『造形師』誕生の瞬間かな、と思ってさ」
「おぉーっ! な、なんかカッコイイっす!」
「いや、そんな深い意味も無いし、思い付きを書いただけだから」
「でもなんだか良く分からないっすけど、カッコイイと思うっす!」
「あははっ、ありがとう」
ウキウキに握りこぶしを上下に振るルナールを見て、ショウは照れ隠しに鼻の頭を掻いた。
さて、とショウは腰に掛けていた槌を手に持ち、ろう石で書いた文字に当てるように軽く振り下ろす。
槌が名前に当たった瞬間、文字が淡く光り出し、まるで盾に溶け込んでいくようにゆっくりと消えていった。
確認のため盾を拾い上げて、ステータス画面を開いてみる。
『Birth:木材を少量の鉄で補強した円形の盾。扱いやすく、割と丈夫。投げても戻ってこないので注意』
「よし、上手くいったな。これで銘を打つことは出来たわけだ」
「おぉー!」
ショウは隣で拍手を送るルナールに視線を向け、ふっと彼女が装備している外套が目に留まる。
「ルナールのそれも良ければ名前を変えられるけど……そのままだと味気ないだろ?」
「ほ、本当っすか!? 嬉しいっす!」
「それじゃ、一度貸してもらえるかな?」
はいっす、と手早く外した外套を彼に差し出すルナール。
相当嬉しいらしく、それを表現していた尻尾はブンブンと左右に勢い良く振られていた。