8.ジョブとカンフー
「ところで、ルナールは何のジョブに就いてるんだ?」
歩き始めてからしばらくして、目的地まであと少しというところで、ショウが肩越しに訊く。
ちなみにショウが気絶させた商人は、目が覚めると不機嫌そうに自分の馬車へ乗って去って行った。
ショウたちは物陰から見守り、その後に冒険の道についていた。
訊かれたルナールは一瞬渋い顔をして――
「……まぁ、いっか。知っててもらった方が良いかもしれないし」
「あっ、ごめん。そういえば初対面の相手にジョブを訊くなって言われてたんだ」
「問題ないよ。これから一緒に討伐しようって仲だしね。でも、あたい以外だったら軽率かな」
「あははっ、気を付けるよ」
「あたいのジョブは『軽業師』だよ」
「……あれ、ひとつだけ?」
「シムはそういう制約なんだよ。ふたつのジョブに就けるのはプレイヤーだけ」
ルナールの隣を歩いていたセラスに目を向けると、彼女も首を縦に振っていた。
どうやらショウの勉強不足だったらしい。
「へ、へぇ……それはどういうジョブなんだ?」
ショウが話を進めようとすると、今度は先ほどより深い渋顔を見せて――
「あんた、もしかしてあたいをおちょくってるのかい?」
「へ? あ、いや……」
「軽業師は素早さを活かした戦闘のジョブです。同じ種類で盗賊などもありますが、罠の解除などができない代わりに単体への攻撃力が高めです」
「セラス、良く知ってるね」
「あの、ビギナーズガイドに載ってました」
「初期ジョブも初期ジョブだからね……シムの制約にしろ、逆になんでプレイヤーのあんたが知らないのかあたいは不思議だけど」
「め、面目ない。そういうのにはまだ目を通してなかったな、そういえば」
「あれですよ。ショウさんの場合は制作物の資料を読んで知識を蓄える方が、ある意味冒険に活かせますから」
「そう言ってもらえるとまだ希望が持てるよ」
「……」
セラスがショウをフォローしているのを横目で見ていたルナールが、二人を値踏みする。
恰好から察するに、セラスの方はプリースト、そしてげんこつの威力から武術系のジョブだと予想がついた。
しかし、とショウ一人へ目をやって彼女は考える。
盾を持っているなら戦士? いや、剣は持っていない。ならタンク系? いや、鎧を着ていない。というか村人の服だ。舐めプというやつか? いや、レベルは二人ともあたいと同じくらいだからそれもないだろう。
どうにも要領を得ない考えをやめて、ルナールが直接訊く。
「あたいからも質問なんだけど……あんたのジョブは?」
「ああ、俺か? 俺は――」
「二つとも生産系のジョブなんですよね?」
「……生産系? マジ?」
「あ、ああ。そうそう、生産系のジョブだ。原型師やらなんやらその辺の、ね」
舐めプだ、とルナールが頭を抱えた。
一人でも戦力が欲しいときに、よりによって戦闘で何も役に立たないジョブの奴がいたとは。
(これはあたいと『アネゴ』の二人で頑張るしかない)
そう腹を括って前方へ顔を向ける。
フォレストウルフの群生地へ続く林が、見えてきた。
――
クエストを始める前に、話し合いにてルナールの方を先に片付けることとなった。
そうすれば不測の事態になってどちらかがログアウトしてしまっても、最悪ルナールは帰って報告ができるためだ。
どちらか、とは言っていたが彼女はショウが残ってもどうしようもないのでは、と頭の中で首を傾げた。
さあ、林に入ろうという所で、セラスが胸を張って――
「最近、リアルでも動画なんかを見て棍術を研究しているんです」
「棍術? カンフー映画に出てくるような?」
「そうですそうです。家の庭で動画を真似しながら棒を振り回してます」
「……」
セラスの言葉でショウがイメージした画はとても可愛らしいものだったが、何も知らない人から見たらそれは不気味だっただろう。
苦笑いを浮かべたショウは――
「リアルでそういうことをしても、役に立つのかい?」
「お兄ちゃんが言うには、頭で理解して身体を動かす練習は効果的のようです。特にフルダイブ型のゲームでは実体験が有利になるらしいです。ほら、見ててください」
そう言ってセラスがショウたちと少し距離を取り、今までとは違う演舞のような棍捌きを見せる。
本場の武術、というよりはやはり映画のような派手で見栄えがする動きであったが、逆にそれがゲームらしさを出しており、絵になっていた。
「はっ! ――どうでしたか?」
「すごいじゃないか。そういうのにはあまり詳しくないけど、様になってたよ。カンフーマスターみたいだ」
「そんなそんな。『こっち』だとリアルより頭で思い描いた動きを反映させやすいみたいなので、こういう芸当ができるんだと思います」
「それにしたってだよ。セラスは色々勉強しててすごいな」
「いえいえ、そんなそんな」
「ふむ……イメージと実体験か」
何か思う所があるように、ショウは自分の右手に持っていた盾へ目をやる。
盾の動きを習得するとして何が良いか考えてみたが、やはりいくつかの映画やコミックが思い浮かんだ。
しかしすぐに自分の力と比較して叶わない願いだという事を悟る。
強靭な肉体もなければ、投擲技術も無く、カバーに入る為のスキルも無ければ、攻撃へ移るスキルも持っていない。
……とりあえずは現状のまま、新しいモノを考えて実践していこうという考えに止まる。
「さ、さすがアネゴ! 動きの意味は分からなかったけど、なんか強そうな感じがした!」
「もう、ルナールってば。その呼び方はやめて」
「いえ、あたいのことを助けてくれる人に敬意を払うのは当然。だからアネゴはアネゴなんです」
「……それにしたって、姉御はちょっと。お姉ちゃん、とか――」
「あんたも、アネゴとあたいの足だけは引っ張んないでよ?」
そうルナールはショウを指差した。
「えっ? お、俺? ……あ、ああ、頑張るよ」
「ちょっと、ルナール! ショウさんに失礼でしょ!?」
「あー! セラス! 俺は大丈夫だから、落ち着いて!」
あろうことか、今回はげんこつではなく棍でルナールを窘めようとしたセラスを、ショウは全力で止めた。
盾でさえシムを気絶させる効果があったのだ。
モンスターを一撃で倒せる棍を喰らった日には、ルナールがどうなるか想像もつかない。
ショウの静止を受け、セラスは渋々矛を収めた。
「とりあえず、ここら辺からモンスターが出てくるだろ。十分注意しながら進もう」
「はい。今回も攻撃と回復は任せてください!」
「頼りにしてるよ……あっ、そうだルナール」
「ん? なにさ」
「さっき君にセラスの回復魔法をかけたらいつもより効果が無かったんだけど、何か知ってるかな?」
「あー、そうか。あたいたちシムはプレイヤーの魔法は効きづらいんだよ。シムからの魔法もプレイヤーには効果があまり無いみたい」
「そうなのか……ふむ」
ショウは少し考えるように顎に手をやると、ストレージボックスから回復薬を二本出して、ルナールへ渡した。
「じゃあ、これを。戦闘が終わるたびにコンディションは整えるようにするけど、緊急の場合は使うように」
「……あ、あぁ。その……ありがとう」
「ははっ、そんなお礼を言われることでもないさ。君も頼りにしてるからね」
「そうじゃ、なくて。さっきも助けてくれたり、守ってくれたりしたから、さ」
さっきとは商人の一件からのことを言っているのだろう。
決まりが悪そうに頬を掻いたルナールが、そっぽを向きながらお礼をする。
それに答えるためショウは彼女の頭、ケモノ耳の間に手を置いて――
「気にしなくて良いよ。ただ、今度からはもう少し冷静になること。何事にもね」
「……う、うん」
ルナールの尻尾が小さく揺れているのに気付いたセラスは慌てて――
「さ、さぁ! それじゃさっそくクエストをやっていきましょう! ほら、ルナールも早く!」
「お、おう。そうだな」
「アネゴ、待ってください!」
「……随分とやる気だな」
先を進んで行くセラスを追うように、ショウとルナールは慌てて林の奥へと入って行くのだった。