6.ルナール
林と草原の境目まで来ると、それまで大人しくショウに引っ張られていた子供が暴れた。
「――いい加減放せっ!」
「おっと、ごめんごめん……どうだ、少しは落ち着いたか?」
「俺は最初から落ち着いてるっての。まったく」
「素の状態で短剣を振りまわすのが普通って時点でそれは問題だと思うけど……まぁ、いいか。君、名前は?」
「なんで見ず知らずの奴に名乗らないといけないんだ」
「一応、君の恩人になると思うんだけど?」
「……」
腕を組んでそっぽを向いていた子供が、痛いところを突かれた様に言葉に詰まる。
「……ルナ……ァール」
「え? なんだって?」
「『ルナール』だ! 俺の名前はルナール!」
「そうか、ルナールか。俺はショウ、こっちはセラスだ」
「さっき聞いたよ。何度も言わなくて良い」
「あははっ、そうか。悪かった」
「……」
鼻の頭を掻いたショウが、ルナールの外見を一瞥する。
髪は全体的にやや短く揃えられているが、胸に届きそうなほどこめかみから伸ばされた髪の部分は旋毛の下の方で後ろ髪と共に結われている。
顔立ちは幼く中性的と言えばいいのか、ショウはルナールが男口調を喋っていなければ女の子だと勘違いするところだった。
服装、というより装備になるのだが、皮の胸当てにグローブ、ブーツとそれなりに平凡なものであった。
しかし節々にファーを用いておりルナールなりの個性を感じさせる。
そしてなによりショウの目を引いたのが、頭に拵えた狐のような《《耳》》と尾骨部分から生えている《《尻尾》》だった。
「……あんたら、冒険者か?」
「えっ、ああ。そうだ。まだ始めたばかりの初心者だけどね」
「その物言い、プレイヤーか」
「分かるのか? 普通に受け答えしてるつもりだったんだが」
「……」
「俺たちシムは『新米』とは言うが『初心者』とは言わない。そう言うのはプレイヤーだけだからな」
「へぇ、そうなのか」
「プレイヤーのお前たちがなんで俺なんかを助けた? いや、遠目じゃ区別付かなくてもおかしくないか。だが、俺があの商人を殺すのをなんで止めた」
「それは、いやだって……普通止めるだろ」
「プレイヤー様は俺たちが喧嘩や殺し合いをしてても関心が無いものとばかり思ってたぜ」
「そんなことは無いだろ、目の前でやられてたら止めるって」
「……」
「はっ。良い奴ぶってても性根は分からないな。俺はそんな奴らに騙されて――」
「……ちょっと、あなた!」
今まで無言でルナールを見ていたセラスがいきなり怒鳴り、詰め寄っていく。
プンプンッと頭から湯気を立ててルナールの前まで来ると、セラスは人差し指を向けて説教を始めた。
「さっきからその態度は何!? まずは助けてくれた人にお礼を言わなくちゃダメでしょ!?」
「ひゃひっ!」
セラスの剣幕に、ルナールは怯え竦む。
そんなルナールにはお構いなしに、説教は続く。
「ショウさんは気にしてないみたいだけど、あなたが怪我しているのを見て本気で心配していたのよ! それなのにあなたは目が覚めた時から失礼ばかり。最初に言う事があるでしょ!?」
「プ、プレイヤーに助けてもらったからって俺たちシムが尻尾振って感謝すると思ったのかよ! そんなこと頼んでな――」
「そんなの関係ないわ。プレイヤーだろうとシムだろうと、ショウさんは損得関係無しにあなたを助けたのだと思うわ」
「……そ、それこそお人好しも良いところだ」
「話を聞く限りだと原因はあなたにあるんでしょ? それにしたって反省の色も無いし、あのままだったら自分がどうなってたか分からないの!?」
「うっ……ううっ……だ、だって――」
「頑固者っ!」
「セ、セラス、ちょっと落ち着いて!」
今にもルナールの頭にげんこつを浴びせそうなセラスの腕を掴み、ショウがストップを掛ける。
ルナールは涙目になりながら、身体を強張らせていた。
「この子にもなにか事情があるのかもしれないし、ちょっと落ち着いて話を聞こう。俺のことは大丈夫だから」
「……っ、はい。取り乱してしまってすいません」
「いや、俺の代わりに怒ってくれてありがとうな……ルナール、こうして出会ったのも何かの縁だし、良ければ事情を聞かせてくれないか?」
「ひゃ……ひゃい」
ショウが向き直ると、ルナールは頭を下げながら目に溜めた涙を自分の服で拭うのだった。