3.素材屋
入店してみると、なるほど素材屋だけのことはある。
入り口から見て左の商品棚は道具屋の様に縦に仕切るモノが無く、横長に作られたスペースに品物が並べられていた。
右手の棚は逆に仕切りが細かく設けられており、正方形がいくつもある棚に素材を収納している箱がすっぽりと納められている。
店の中央にはクロスが掛けられた少し大きめの長テーブルがあり、その上に小振りのハンマーや虫眼鏡などが乱雑に置かれていた。
「いらっしゃい。なにをお求めでしょう?」
道具屋と同じく出入り口の横に設けられたカウンターから、一人の女性がセラスたちに声を掛けた。
牛乳瓶の底でできたような黒縁の眼鏡。髪は三つ編みを二つ拵えている。
皮のエプロンを身に着けており、読んでいた本を閉じながら椅子から立ち上がろうとしていた。
「あ、あの……は、端切れが欲しいのですが」
「えっと、ございますよ」
セラスを見ていた店員が、一瞬アッシュの方へ目をやり、すぐに彼女へ視線を戻す。
同じパーティー内でそんな下位の素材を提供しないのか、と疑問に思ったのだろう。
その視線に気が付いたアッシュが店員に弁解する。もちろん、張り付けたような微笑みで。
「僕は彼女が素材屋を探していたから、案内しただけだよ」
「はぁ……では、こちらへ」
納得したのか、別にどうでも良かったのか、カウンターから出てきた店員がセラスを長テーブルの方へ誘導する。
テーブルの前で待たされたセラスは、棚から一つの箱を持ってきた店員に――
「あの、余った素材の買い取りはしてくれますか?」
「え? ええ、大丈夫ですよ」
「これなんですが……」
セラスは自分のインベントリからアーマーラビットの獣皮、それに薬草と解毒草をいくつか取り出し、テーブルへ置いた。
それを見て、明らかに初心者の客を相手にしなければならないと思った店員が、若干つまらなそうに息を吐いた。
「こちらのアイテムですと、合計で500Jmになりますね」
「あ、はい。それで――」
「ちょっと良いかな?」
相場も分からないセラスが店員の言い値で売ろうとした時、脇に居たアッシュが口を出してきた。
「その素材、僕が買い取ろうか?」
「え?」
「は?」
アッシュの言葉に、セラスも店員も鳩が豆鉄砲を食ったような同じ顔になる。
「なんだったら僕が買い取るよ。5000でどう?」
「ごっ!?」
破格の申し出を受けてセラスではなく店員の方が驚く。
すぐになんだこの茶番は、という呆れたような不機嫌の顔になる。
「……せっかくの申し出ですが、お断りさせて頂きます。そんなことをしていただく間柄でも無いので」
セラスはアッシュへ頭を下げ、そう言って突っぱねた。
アッシュは意外そうな顔をしていたが、セラスはそれを無視して今度は店員に向き直り――
「先に買取をおねがいします。あといくつか素材を追加で頂きたいのですが」
「あっ……はい。かしこまりました」
「端切れは少し多めに、それと……鉄のインゴットはありますか?」
「そちらは少しお値段が……銅などでしたら初心者の方でも手が届くかと思います」
「んー、ではそれを……あとは――」
「鉄のインゴットなら僕が持ってるよ」
「……あと木材をお願いします」
「それなら僕が――」
「はい! かしこまりました、少々お待ちください!」
アッシュの言葉を遮るように店員が返事をして、棚からセラスご所望の品を集め始める。
セラスはアッシュの方を見ようともせず、店員の後を視線で追っていた。
(うぅ、言っちゃった。で、でもだってお店に来てあの態度は許せないよ。店員さんにも失礼だし。でも……ちょっと言い過ぎたかも)
「君、変わってるね」
「……へ?」
アッシュの言葉に、セラスは彼の顔を見るように視線を向ける。
「シムに良い顔したって何も得なんてないのに。それだったらプレイヤー同士の関係を築いた方が効率的だよ?」
「……」
言い過ぎたなんて思っていた自分が恥ずかしくなり、セラスは彼の顔を見ながら確信した。
(あっ……私、この人と仲良くなれないわ)
価値観とか人間性の問題ではない。セラスの直感が生理的に無理だと告げている。
未だ張り付いている笑顔を見ていられなくなり、セラスは顔を背けて、店員が早く来るのを祈った。
その時――
「お待たせしました! こちら、木材と銅のインゴットです。あと端切れも」
「えっ、あっ、ちょっ――」
両手いっぱいに持ってきてくれたは良いが、それをテーブルへ置かずにセラスへ直接渡して来た店員。
棍を持っていたセラスは受け取るのに戸惑ってしまい、あたふたと手を差し出す。
「それ、持っててあげるよ」
「えっ、あっどうも」
「はははっ、いいよいいよ――っ!!?」
脇に居たアッシュがセラスの棍を受け取った。その瞬間、彼の顔からようやく笑みが消える。
驚きのあまり目を見開き、身体が硬直する感覚を受けたアッシュは、しばらくその棍から視線を外すことが出来なくなっていた。
両手が空いたことで、セラスは店員からすべての素材を受け取ることができた。
重さはほとんど感じなかったが、それでもそのまま一度テーブルの上へ置く。
品物を確認して、セラスは頷いた。
「ではこれでお会計をお願いします」
「はい、まいどどうも! えぇっと、買い取らせてもらった素材の金額と差し引いて――」
そう店員に提示された金額は、セラスの懐でも少し余裕が残るくらいのものだった。
もしかしたら色を付けてくれたのかも、と思ったが、彼女はそのまま置かれていた石板へ手をかざして支払いを済ませる。
ピロンッと音を聞いた後、セラスは買った素材をインベントリへ収納していく。
「ありがとうございました。またどうぞ」
「はい。また来ますね」
挨拶を交わしてセラスが店を出た。
少し遅れてアッシュが出ると、彼にセラスが向き直る。
「あの、それ、持って頂いてありがとうございました」
「あ、ああ。どうってこと無いよ」
「では、私はこれで失礼します。色々とお世話になりました」
「う、うん。またね」
最初会った時と比べるとぎこちなさ全開の笑顔で棍を渡すアッシュ。
それを受け取ったセラスは、一度お辞儀をしてすぐに踵を返し去って行く。
広場へ向かうため角を曲がり彼女の姿が見えなくなると、アッシュは緊張が解けたように深く息を吐いた。
「……はぁーっ。なんで初心者があんなぶっ壊れ性能の武器を持ってるんだ? 意味分からん」
そう言い終わる頃には、それまでとはまた違う種類の笑顔になっていた。
なにかを企んでいる含みのある笑みに。
彼は自分のインベントリから《《ショウが作った》》棍を取り出すと、再び食い入るようにそれを見つめる。
「この秘密を暴けば、『俺』は一躍有名人だぜ!」
興奮を抑えきれずに、アッシュは棍を手にその場で小躍りを始める。
そんな怪奇な光景を、素材屋の店員は店の窓から訝しげな目で眺めていたのだった。