2.アシュトン・ライヤー
「ど、どうしよう……あんな啖呵切っておいて素材を扱っているお店、訊くの忘れてたぁ」
戻って訊くにも今更それもできず、セラスは頭を抱える。
ショウのことを自分の判断であんな風に言った事も、彼女は頭の中で猛省していた。
「うぅ、あとこの街で知っている所といえば、あのうさぎさんが店主の道具屋さんぐらい……場所は、えっと」
「なにかお困りですか? お嬢さん」
「ひゃっ!」
ギルドから少し離れたところで立ち止まっていたセラスは、突然自分の背後から掛けられた声に数センチ身体を浮かせる。
振り向くとそこには、戦士風な出で立ちをした優男が今のセラスの反応に驚いた顔で立っていた。
優男と目が合ったセラスは怪訝そうな顔を向け、一歩後ずさる。
「驚かせちゃったかな。ごめんね、いきなり声を掛けて」
「い、いえ。こちらこそ、すいませんでした」
セラスは伏し目がちに頭を下げて、その様子を見ていた優男が笑顔を浮かべる。
「なにか困っていたようだったから……初心者さんかな?」
「いえお構いなく。これから道具屋さんへ行こうと思っていた所だったので」
「……道具屋はそっちじゃないよ?」
「へっ!?」
セラスが立ち去ろうとすり足で動くと、男がやはりか、と笑顔のまま肩を竦めた。
「良かったら道案内するよ。新米プレイヤーを助けるのは先輩の役目だしね」
「……」
少しの間、セラスは心の中で自問自答していたが道案内ぐらいは、と割り切り頭を下げる。
待たせているショウの元へ早く戻る為に、この人に協力を頼むことにした。
「す、すいません。案内をお願いできますか」
「もちろん。僕の名前は『アシュトン・ライアー』、アッシュって呼んでもらっていいから」
「セラス・プリアです。それで、あの……実は――」
「行きたいのは道具屋じゃなくて素材を扱ってる店、とか?」
「――っ!」
本当の目的地をアッシュに伝えようとしたセラスは、彼の先回りの答えに目を見開いた。
「ど、どうして分かったんですか?」
「いやぁ、実はさっきの君の独り言が耳に入って。あっ、決して盗み聞きしてたわけじゃないよ」
「そうだったんですね……は、恥ずかしい」
「はははっ、じゃあ行こうか。素材屋も道具屋の近くだから、こっちだよ」
「はい、お世話になります」
終始笑みを絶やさず話してくるアッシュを見て、セラスは若干の苦手意識を持っていた。
初対面の相手に張り付けたような笑みを崩さない人は怪しい、と人見知りな彼女はまず疑いから入る。
ではなぜ人見知りの彼女がショウにはすぐ懐いたのか。それは初対面のインパクトが強かったのが原因だろう。
仔牛に激突したセラスでは無く、その仔牛をまず先にと心配したショウに最初こそ面食らったが、すぐに裏表のない性格だと理解できた。
その後もショウは自分のダメなところを隠すわけでも無く、セラスを頼ってくれている。
対等な立場で冒険をしていくセラスにとって、親族の中でも末の子であった彼女はそれが何よりも嬉しかったのだろう。
兄の友人だと分かると、心に残っていた遠慮という枷も外れてしまい、セラスはショウを支えるパートナーを自負する事となった。
(ショウさんは皆が驚くほどの人だけど、そのせいで不自由しているんだもん。私が助けてあげないと!)
先を歩いているアッシュへ付いて行くように足を速め、セラスは心新たに決意するのだった。
――
冒険者ギルドから何本か通りを越え、道具屋を過ぎた角に差し掛かった時、アッシュは振り向いて――
「この先が素材屋だよ」
「あ、はい。ありがとうございます。……私、街の地理にはあまり詳しくなくて」
「初心者のうちは仕方ないよ。誰か教えてくれる人が居ないと分かりにくいからね」
「そうですね」
後ろを振り向いてからも絶えることのない笑みに苦笑いで答えながら、セラスは手にしていた棍を少し強く握った。
この人と打ち解けるのは難しいのでは、と直感が訴えかけてくる。
彼女からしてみれば店先に着いたらそこで別れて、その後必要な買い物をしようとさえ考えていた。
しかし――
「ここがそうだよ。さぁ、どうぞ」
「……はい、どうも」
アッシュは素材屋のドアを開け、セラスを促した。
セラスは伏し目がちはそのままに、ここまでで大丈夫ですの一言が言えず、店へ入っていくのだった。