1.数日が過ぎて
「え? ケンの奴、来ないって?」
レベル上げのモンスター討伐に精を出して数日が経ったある日。
もはや通例となっている集合場所にやって来たショウは、セラスの言葉に首を傾げた。
「はい。どうも急用ができたらしくて……こっちに顔を出せそうも無いと言ってました」
「そうなのか。まぁ、ここの所俺たちに付きっ切りだったからな……自分の事もあるだろうに、良く面倒見てくれてるよ」
「ふふ、そうですね。今日はクランの方に居るらしいので、連絡だけなら取れるだろうって」
「急用ってゲーム内でってことか。リアルでかと思ったよ」
「いえいえ、私がログインする前に部屋に来て、そうショウさんに伝えてくれって言ってたのでお兄ちゃんももう居ると思いますよ」
そう言ってセラスが苦笑いを浮かべる。
今までのセラスは、このゲーム『フリーダムバース』に熱中している兄を、理解に苦しむ目で見ていた。
しかし、自分もやってみるとなぜ兄がそこまでのめり込んでしまうのか、その楽しさを彼女は自分の身で体験している。
ショウとの冒険はセラスにとって楽しいものであったし、今の段階ではゲームを辞めるという選択肢は考えにも上らないでいた。
「そうかぁ。明日は休みで予定も無いから、がっつりゲームをやろうと思ってたんだけど……仕方がない」
「それと、これはその兄からさっき送られてきたんですけど――」
「これは……スクロール? おぉ、設計図か」
セラスから渡されたスクロールの中身を確認すると、ショウは感心したような声を上げる。
ゲームを始めて此の方、自分以外が作った設計図を見たことが無かった為、テンションが昂ったのだろう。
「へぇ、フード付きの外套か。なるほど……端切れと獣皮で作れるし、装備を一新しなくても防御力の底上げができるな」
「同じクランに『仕立屋』のジョブに就いている方が居るみたいで、その方に譲ってもらったそうです」
「こういう知識は無いし、助かるな。デフォルトの奴を作っても機能部分まで考えられないんだよね」
「それは大丈夫そうですか?」
「うん。肩回りなんかは動きやすくなってるみたいだし、ポケットも付いてる。使い勝手は良さそうだ」
設計図の外套を着た時のことを想像して、ショウは胸が躍った。
今の村人装備でもある程度は冒険者に見える……いや、いっても旅人が精一杯だろうか。
しかし、それでも今よりはマシになる、と思い立ったショウは素材の在庫を確認した。
が――
「あれ、少し足りないな」
「獣皮ですか?」
「いや、端切れの方だな。これはドロップで拾ったことが無かったし」
「そういえばそうですね。獣皮はアーマーラビットからけっこう手に入りましたもんね」
「だなぁ。売れるぐらいあるんだけど……あっ、ということは、もしかして街に素材を取り扱う店があるかもしれないな」
「なるほど、確かにその可能性はあります。ギルドか道具屋さんに訊いてみるのが良いかもしれないですね」
「二人でレベル上げに行くならクエストも受けておきたいし……どうするかな」
「……あの、ショウさん!」
意を決したように、ショウの前へ立つセラス。
ショウのこともあり、ケンから街を散策することを止められていた為、二人は店についてそんなに詳しくは無い。
もちろん、いくら効率が良いといっても人の居る所へ行って悪目立ちすることをショウはやろうとはしないだろう。
ならば、とセラスは――
「私がギルドへ行ってクエストを受けてきます! あと、素材の調達も任せてください!」
「えっ、いや、なにもそんなお使いみたいなことしなくて大丈夫だよ。ケンが次に来たら頼めば良いし――」
「いえ! いつまでもお兄ちゃんに頼っていてはダメだと思います。すぐ行ってきますから、ショウさんはここで待っていてください!」
「あっ、ちょっと! セラス――」
ショウが呼び止めようと手を上げた時には、既にセラスは門へ向かって駆け出していた。
その背中を見つめて、ショウは上げた手でそのまま鼻の頭を掻く。
「止めるのも野暮か。無事に戻ることを祈って待っていよう」
ストレージボックスからパールを連れ出し、ショウは道の脇からさらに外れた若草が揺れる草原で、彼女の帰りを待つことにした。
――
街に入り、速足のセラスがまず向かったのは冒険者ギルドだった。
あまり行ったことの無い場所であった為、迷ってしまわないか不安が少しあったがなんとか辿り着く。
「……すーっ、はーっ」
ギルドの出入り口の前で一回、深呼吸をしたセラスは気合を入れて両開きのドアを開ける。
前に来た時と同じように、今日も中二階は喧騒を極めており、料理の匂いと笑い声がこちらにも届いてきた。
料理の味を楽しむために『一般』に設定した嗅覚の影響で、以前よりその雰囲気をダイレクトに体感する。
(うっ……まるで正月のお祖母ちゃんちみたい)
親戚が集まる宴会を思い出させる匂いに、セラスは顔をしかめた。
外套の前身頃で鼻と口を隠し、クエストを受けるためカウンターへと近づいていく。
「……こ、こんにちわ」
「あっ、はい。こんに、ち……わっ!」
セラスが声を掛けたのは前にもクエストを斡旋してもらった受付嬢、リリィだった。
彼女は作業していた書類仕事を中断して、顔を上げる。
その声の主がセラスだと分かると、リリィは驚きのあまり目を見開いた。
「セ、セラス様! お、お久しぶりです」
「あ、う……ご、ご無沙汰しております」
ペコッと軽く頭を下げるセラス。
そして未だ『なぜここに来たのか分からない』といった表情で彼女を見るリリィ。
……。
しばらくの沈黙が二人の間で流れる。
ショウと話す時とは比べ物にならない程の弱々しい雰囲気。
そう、セラスは人見知りだったのだ。
「あ、あの……セラス様、今日はショウ様とご一緒では無いのでしょうか?」
「え、えっと。……こ、この後合流する予定、です」
「ああ、なるほど。では、今日はクエストの受注をするためにこちらへ?」
「は、はい。林のモンスター討伐の依頼があれば、それを」
「ございますよ。レベルも上がっているようなので、こちらなどは如何でしょうか?」
そうカウンターの下から取り出した依頼書には手書きの絵だろうか、狼のようなモンスターが描かれていた。
「以前行かれた丘をさらに進むと道が分かれるのですが、その辺りに出現する『フォレストウルフ』の討伐になります」
「そ、それでお願いします」
「かしこまりました。目標数は15匹となっております。では、こちらにギルド証をお願いします」
差し出された石板に、セラスは自分のギルド証を宛てがう。
ピロンッと通知音が聞こえ、受注が完了したことを知らせる。
「では、お気をつけて。頑張ってください」
「は、はい。えっと……ど、どうも」
「あ、あの! セラス様――」
会釈をしてその場を去ろうとしたセラスに、リリィが声を掛けた。
出入り口へ向かって歩いていたセラスは振り返り、首を傾げる。
「はい?」
「その……ショウ様はもうこちらにいらっしゃらないのでしょうか?」
顔色を窺うように訊いてきたリリィを見て、セラスは彼女がショウに会いたがっているのだと思った。
あわよくば彼の力を利用しようと企んでいるのでは、と深読みしてしまう。
リリィは続けて――
「ショウ様のジョブに関しては私ども受付しか存じておりません。問題にならないように細心の注意を払います」
「……」
「ですから、もしショウ様が嫌でなければ、またこちらにいらっしゃって――」
「た、多分もう来ないと思います! 失礼します!」
リリィの言葉を遮り、セラスは外へ駆け出す。
その逃げるような背中を見送った後、リリィは肩を落として席に着いた。
「リリィ……しょうがないわよ。あの子たち、この街の外に居るプレイヤーに手ほどきされてるみたいだし。ここのこと、色々聞いて警戒してるのよ」
「……はい」
「それにジョブがジョブだしね。火中の栗なんか拾いに来ないって」
「……」
「だったら、あの子のような《《お使い》》に伝言できるぐらいの間柄になれれば良いじゃない……まっ、あの調子じゃそれも難しいでしょうけど」
「……そういう事じゃないんです」
同僚からの言葉に、リリィが首を横に振る。
それ以降うつむいたままの彼女に、同僚は気を使ってそれ以上言葉を掛けることはしなかった。