3.パーティー加入
学友のシスコンが相当なものだと分かった後、ショウたち三人は昨日クエストでお世話になった林を目指して歩いていた。
「そういえば、街とかシステムの説明じゃなくていきなり戦闘に関してなのか?」
ショウの前でセラスと並んで歩いていたケンが、お? と振り向く。
「これからモンスターと実践を交えてレクチャーしてくれるんだろ? その前の『このゲームの歩き方』みたいなものは無いのか?」
「あー……それは追々だな。気になったところは教えてやれるが、本格的に教えるのは始まりの街を抜け出せるようになってからだな」
「なんでまたそんな面倒くさいことを?」
「立ち話で済むような簡単で短い話じゃないし、ゆっくり話せるところも今の段階じゃ限られてくるからだ」
「街ですれば良いだろ? カフェみたいな店もあったぞ」
「それができないから限られてくるって言ったんだよ」
「?」
「まぁ、それも追々な。今日のところはとりあえず、今後お前たちが優先してやるべきことを説明する」
ケンは立ち止まり、両手を腰に当てて二人に向き直った。
「私たちが優先すること?」
「嫌な予感しかしないんだが……」
二人の不安な顔など見えていないかの様に、ケンが笑う。
「――レベル上げだ!」
そう指差した先にいたのは、何匹かのスライムだった。
まだ距離があるためか、戦闘態勢に入っていないようでこちらへ近づいては来ない。
「……レベル上げ? スライムで?」
怪訝な面持ちで訊くセラス。
ショウはとりあえずストレージボックスから昨日返してもらった棍を取り出した。
「この辺りはレベル上げに効率的な狩場が無い。初心者のうちはクエストを受けつつ討伐と報酬の経験値でレベルを底上げするしかない」
「クエスト? ……でも俺、今日はクエスト受けてないぞ」
「私もログインしてすぐに合流したから、受けてないよ」
「それは問題ない。俺が受けておいた」
ケンは喋りながらメニュー画面を開き、なにかを操作する。
ピロンッと通知音が鳴り――
『ケン・ナガレからパーティーの招待が届きました』
「パーティー?」
「一緒に冒険をする仲間って奴だな。クエストを受けたプレイヤーがリーダーになると、その一つのクエストを協力して進めることができる」
「なるほど。昨日の俺たちみたいに同じクエストを別々にやらなくても良いわけか」
「報酬のアイテムがある場合は配分する必要が出てくるが、もらえる経験値やJmはきっちり一人分もらえる」
「それじゃ――この『承認』のボタンを押せば良いの?」
そうだ、と頷くケンを見ながらショウとセラスは『承認』のボタンを押す。
『ケン・ナガレのパーティーへ加入しました』
アナウンスを確認後、コミュニティの画面を開いてみる。
パーティーのタブを押すと、現在の仲間の情報が表示された。
「レベル80!? 随分と高いんだな」
ケンのレベルを見てショウは目を見開いた。
「まぁな。でも、このレベルは一つの目安でしかない。本当に大事なのは『ジョブの熟練度』だ。それを高めていくと勝手にレベルも上がっていく」
「熟練度……確か昨日、セラスが回復魔法の熟練度が上がったって言ってたな」
「あ、はい。回復量の増加と消費MP減少の恩恵がありました」
「そうだ。それを繰り返していけば使える魔法の種類が増えたりする。セラスの場合はモンクも同時に成長するからステータス面でも強化されたり技を習得できるぞ」
「……た、確かにステータスの横にプラスの数字が出てる」
「この熟練度はジョブごとに上がる条件が違う。プリーストの場合は回復魔法を使う、モンクは敵を討伐する、って具合にな」
「昨日、ショウさんとクエストを進めたからレベルも4に上がってます」
「そ、そうなの? 俺はまだ2だけど」
自分のステータスを確認して、ショウは苦笑いをする。
昨日ショウが取得した経験値はクエストをクリアした報酬、そして棍の設計図を作ったこととそれを作成したときしか取得していない。
「パーティーを組んでいれば誰かが倒したモンスターの経験値も貰える。それが無かったんだろ」
つまり、昨日のショウの囮はダメージを受けただけで手に入った経験値はゼロ、ということだ。
「すいません、ショウさん……私が横取りしたみたいになっちゃって」
「い、いや全然気にしてないよ。どちらにしても俺じゃモンスターを倒すこともできなかったし。助かったのは事実だから」
「ありがとうございます! でも、これで私が倒した経験値もショウさんに入るってことだよね、お兄ちゃん」
「お、おう、そうだ。……って、昨日はどんな戦法で戦っていたんだ?」
「ああ、ちょっとやってみるよ。セラス、これを」
「えっ、良いんですか?」
「もちろん」
ケンに言った後、セラスに棍を差し出すショウ。
驚きながらそれを受け取った彼女に、頷いて答える。
その後、二人は前方にいるスライムへ近づいて行った。
「――よし! 来い!」
腕を組んで二人の様子を見守っていたケンが最初に見たのは、敵の前で両手を広げて声を上げたショウの姿だった。
それに反応したスライムたちがショウに突進を繰り出し、彼を押し倒す。
そこへセラスが駆け寄り、ショウに張り付いたスライムを一匹ずつ棍で叩いていく。
「――えいっ! えいっ!」
さすが自分の妹だ、一生懸命頑張る姿はゲームの中でも魅力が色褪せない。
と、そんなセラスの姿を見てうんうん頷くケン。
すべての張り付いたスライムを処理したセラスは、まだ倒れているショウに回復魔法をかける。
ショウが立ち上がり、セラスと共に満足気にケンの元へ戻って来た。
「こんな感じだけど、どうだった?」
「ん? ああ、0点」
「え!?」
「え、じゃねぇよ。驚くほどの事でもないだろ。そもそも、今のは戦闘じゃない」
「じゃあ、なんだよ」
「勝手にモンスターに突っ込んで、ピンチになった仲間を回復役が助けただけ……だな」
「えぇ……」
「ナイト系なんかの壁役のジョブだったら、まぁ、まだ分かる。百歩譲ってもだが」
「で、でも、ショウさんが敵を引き付けてくれてるから私も戦うことができるんだよ」
「セラスがそのレベルとジョブでスライムを一撃で倒せるのは良い。十分過ぎるくらいだ」
「あっ、それは多分このショウさんの――」
「だが、見たところ戦闘のジョブでもないやつが無防備で敵に突っ込むのは問題外だ。せめて盾ぐらい持てって」
「盾……盾、か。やっぱり必要だよな」
「聞き忘れていたが、お前のジョブって何なんだ」
「ああ、『原型師』と『造形師』だよ」
「……はは、そうか、なるほどな。お前らしいよ、戦闘じゃなくて最初から生産のジョブで固めてきたんだな。だったら尚更防具を揃えて――っでぇ、ぞ、造形師!?」
ショウの言葉を聞いて、ケンは身体を三十センチほど飛び上がらせた。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! びっくりさせないでよ、もう」
「あー、わ、悪い。だけど……えぇ、造形師? 初めて見たぜ。なんだそりゃ、チートかよ」
「冒険者ギルドの人にも驚かれたし、そんなに凄いジョブなのか?」
「そりゃお前、レア中のレアジョブだよ。この世界に五人も居ないんじゃねぇかな」
「そ、そうなの? やっぱり、ショウさんは凄かったんですね!」
「いや、俺っていうよりやっぱりジョブが――」
「ちょっと待て、冒険者ギルドで誰かにそのことを言ったのか?」
ショウの発言を時間差で理解したケンが、彼に詰め寄る。
肩をつかまれ、こちらの顔を真剣な表情で覗いてくるケンに、ショウは恐怖を覚えた。
「あ、ああ。ギルドの受付をしていた二人に……」
「受付嬢か……ってことはギルド長の耳にも入ってるかもしれん。そう考えると今のところ冒険者の間に話は広がっていない……」
ショウから離れながらブツブツと喋りだすケン。
「まさか初日でギルドに登録するとは思ってなかったからな……たとえ登録しちまっても俺が監督してレベルを上げてから『クラン』へ入れれば良いと思ってたし。しかし造形師だぁ? ……完全に想定外だぜ」
「お、おい――」
「今話しかけるな。ちょっとこれからのことを考えてるんだ」
ケンはそう言って、再び小声で独り言を発しながら、だんだんと二人から離れていく。
それを少し見守っていたショウとセラスは、お互いに顔を見合わせて――
「すいません、兄がご迷惑を」
「い、いや……なんか俺のために悩んでくれてるみたいだし、気にしてないよ」
「本当にすいません……あの分だとまだ時間が掛かりそうですね」
「そうだな――あっ」
「? ……ショウさん、どうしました?」
なにかを思い出したように、ショウはストレージボックスから白紙のスクロールを一つ、取り出すのだった。