14.登山の成果
「ショウさん! そのまま、動かないで下さい!」
動きたくても自分では動けない状態であったが、山姥の後ろから追ってきたセラスの言葉にショウは希望を見出した。
セラスはネメスィの端を持ち、山姥の後頭部目掛けてまるで野球のフルスイングをするような体勢で棍を振り抜く。
『~~~っ!?』
後頭部を叩かれ前方へ力が働いた山姥はヘリオスを噛み締めることが出来なくなり、口内に刃の進入を許してしまう。
ショウの手首が山姥の口に隠れるころ、うなじからヘリオスの刀身が飛び出して相手に致命傷を与えた。
そのまま数秒が過ぎて、辺りが静まり返る。
『……』
先程までうるさく耳障りだった叫び声も上げる事なく、瞳の光をなくした山姥の手から包丁が落ちる。
身体を光の粒へと変えて、ショウたちは山姥の討伐に成功したのだった。
「……お、終わった?」
組み合う体勢のまま固まっていたショウが確認するように呟く。
そんな彼の背中を、シャルムはぺしぺしと叩いた。
「……乙……がんばった」
「ははっ、ゲームでこんな恐怖体験するとは、思ってもみなかったよ」
身体の緊張を解き、苦笑いを浮かべたショウが鼻の頭を掻いた。
セラスとルナールも一度辺りの安全を確認してから、二人に合流する。
「アニキ、シャル! 大丈夫っすか?」
「ああ、こっちはなんとか。セラスのおかげで助かったよ」
「いえ、そんな。動きを止めてくれたショウさんのおかげです」
「それにしても、手強かったっすね……下手したらあたいたち全員ヤバかったっすよ」
「私たちも強くなったと思っていたけれど、まだまだ強いモンスターは居るみたいね」
「……油断、大敵」
「あははっ、まったくその通りだね。特に俺は……」
その時、ふっと自分の足元になにかが落ちている事に気が付いたショウ。
そこには光になった山姥が手にしていた『包丁』が、消えずに残されていた。
ショウは山姥の巨大な顔面を思い出し、恐る恐るそれを屈んで拾う。
『飽呪の包丁:山姥の呪詛が染み込んだ包丁。見た目からは想像できないほど鋭利で、刃は欠けることが無く切れ味は落ちない。【希少素材】』
「……拾えたということは、ドロップアイテムかな?」
「それは山姥しか落とさないレアな素材アイテムですね! 入手率がとても低いはずですが、一回で手に入れるなんて!」
「さすがアニキ!」
「な、なんだろう。戦闘が頭に残り過ぎて、あまり喜びが湧いてこないや」
その後も台地を探索したが、本命の鎌鼬は見つけることが出来なかった。
――
山姥と戦闘を繰り広げた八合目台地を後にしたショウたちは、せっかくここまで登ったのだからということで山頂を目指した。
今までの登山と比べると時間的にはすぐにたどり着くことが出来た。
天狗の山の山頂、といっても今まで通ってきた五合目や八合目のような台地にはなっておらず、ゴロゴロとした岩肌に小さな社がポツンッと建っているだけ。
一応参拝が出来るような所があったため、四人は並んでお参りをすることにした。
「ここはこれで終わり、かな?」
「いえ、確かこの社の裏に採掘ポイントがあるはずです」
「……あれ」
シャルムが指差した方向を見てみると、社の脇から裏へ通じているであろう小道が見えた。
その道に入り、終わりまで歩いて行く。
そこには岩で出来た天然の祭壇があり、中央にしめ縄で祀られた球体の大岩が鎮座していた。
「この神々しい岩が、もしかして採掘ポイント? えっ、掘って良いの?」
「どうやら特殊なポイントのようで、ひとり一振りしか採掘できないようです。そこの立て看板にも書いてあるので、大丈夫だと思いますよ」
「それじゃ、やってみようかな」
ストレージボックスから『片つるはし』を取り出したショウが、角張が一切ない、真球の大岩の前に立つ。
力み過ぎないように握りを何回か繰り返したあと、大きく振りかぶってつるをその岩へと勢いよく打ち付けた。
カツーンッと甲高い音が空に響き、遠くの山から山彦が返って来る。
しばらく続いた反響も時間が経つにつれて小さくなり、やがて消え入った。
――ピシッ
一人一振りまで、と決められていたので打ち付けた後、数歩下がっていたショウの耳に何かが割れる音が聞こえた。
次の瞬間、目の前の岩全体に裂け目が走り、最後には巻かれていたしめ縄ごと真っ二つに割れてしまった。
予想外のギミックに目を見張るショウ。
彼はセラスに振り返り、鼻の頭を掻きながら訊いた。
「えっと、なんかすごい派手な反応だけれど、これで良いんだよね?」
「た、多分はい。えっ、でも私が調べたときはこんなこと書いていなかったような……ん?」
「これじゃ他の人は採掘できないっすね。ひとり一回じゃなくて、ひとパーティー一回だったんすね」
「……不親切」
「と、とりあえず採掘は出来たようですし、アイテムを確認してみましょう。鉱石もこの場所でしか手に入らないレアなものがあったはずですから」
セラスの言葉に従い、ショウは採掘結果を確認するためインベントリを開いた。
隕鉄、玉鋼、ヒヒイロカネと和名の鉱石が多くを占めている中、彼は見慣れない名前のアイテムを見つける。
『思兼長磐:神々の力が宿ったとされる、御神体になる程の神秘の石。これを用いて作られた武具は神すらも凌駕するだろう。【希少素材】』
見たことも聞いたこともない名前にショウは今までの経験から嫌な予感しかしなかった。
一応他の三人にも希少素材が出た事を伝えたが、シャルム以外の二人はいまいちピンッと来ない顔で首を傾げる。
「……ショウ」
そんな中、俯いてフートで顔を隠したシャルムが驚きを通り越して畏怖の目を彼に向けた。
「……それも、隠しておいた方が良い……絶対」
有無を言わせない気迫を感じさせる言葉に、ショウはただ頷いて答えるしかできなかった。
その後、頂上の社を後にした一行が下山を始める。
八合目を過ぎ、以前に鎌鼬とエンカウントをした五合目台地まで戻って来た。
そこで――
『キーッ!』
ざっと見て十匹は居るだろう鎌鼬の集団に、一行は出くわすのだった。
――ミズホ編Ⅱ・完