11.カマイタチ
草原をパールが引く幌馬車で進み、ノートと採取クエストを行った林まで来た一行。
そこから少し北へ行くと山頂まで続く登山道の入り口が見えて来る。
だだっ広い平野に幌馬車ごと置いておく訳にもいかなかったので、ショウはとりあえずパールと共にストレージボックスへ入れておくことにした。
ここから山の中腹まで登れば、クエストの討伐対象である鎌鼬の生息地域らしい。
先頭はルナールが買って出て、その後ろをショウ、セラスと並んでシャルムの順に進んで行く。
「冒険者の姿が見えないっすね。直近でこの道を使った人も少ないみたいっす」
道に残った足跡でも見たのか、ルナールは俯き加減で伏せていた目を正面に戻しながら呟いた。
「噂では夜にこの山へ行った帰り道で襲われるってことだったけれど、やっぱり皆警戒しているのかな?」
「どうなんすかね。それでもここの山頂には特別な採取ポイントがあるようで、そこに行きたい人が困っているって話も宿で聞いたっす」
「なるほど。それだけ噂を警戒しているってことだね……まだ日は高いけれど、注意して進もう」
「はいっす」
肩越しにショウと会話していたルナールが顔を前に向け、前方の端々に注意を払う。
ショウは彼女の後方から左右を重点的に見回しながら進む。
その後に続くセラスたちも、距離をあけすぎず脇の林、それと後方を警戒する。
木々の間から指す木漏れ日、数種類の鳥のさえずりや湿った土の匂いなど、ハイキングにでも来た感覚に陥りながらも、一行は山の中腹を目指す。
しばらく山道を進むと広場のような開けた土地へ出た。
どうやらここが中腹にある『五合目台地』と呼ばれている場所のようだ。
広場の草は手入れもされていないように乱雑に伸び散らかり、普通に歩いていれば靴が隠れる程だった。
そんな中を警戒を解くこともなく中央へ進んで行くショウたち。
「……静かなものだね」
「そうっすね。ですけど、あたいたちが久しぶりに来た冒険者だとすれば――」
『キーィッ!』
「やっぱり、モンスターも溜まっているっすよね」
高い鳴き声を上げ、ショウたちの前に数体のイタチが現れた。
毛色は茶、腹の部分は白く、胴長の身体。大きさは一メートル程。
前足の肘に当たる部分から鎌のように鋭く、曲線を描いたブレードが見えていた。
鋭い目つきと牙を見せ、テリトリーの侵入者であるショウたちを威嚇する。
『キーッ! クククッ』
「数は……六、いや七ってところっすね。恐らく戦闘になれば他も出てくるはずっす」
「多いのは厄介だな」
「でしたら一箇所に集めてシャルの魔法で一気に倒しましょう」
「……分かった……まかせて」
「ショウさんはそれまでシャルの援護を。私とルナールで追い込みます」
「ああ、オッケーだ」
「了解っす!」
ショウは一歩後ろに下がり、シャルムの前へ位置取る。
セラスは愛用のショウが作成した棍『ネメスィ』を軽く振りながらルナールと並ぶ。
ヴェコンにてショウが『ヘリオス』を作成した時に同時に作られた、グラディウス『セレネ』をルナールが抜いて構える。
シャルムが持っていた杖を前方に構えて呪文の詠唱を始めると、彼女の装備していたローブ『月詠の衣』が淡い光を放ち、小さな光の粒が辺りから舞い上がった。
それに反応したかのように、威嚇を続けていたイタチの姿をしたモンスター『鎌鼬』が一斉にショウたちへと襲い掛かる。
風を切るような、変則的な動きを取りながら、何匹かはセラスたち二人の足元を狙うように低く、残りは胴体や首を目掛けて飛び上がった。
「――ふっ!」
「――よっと!」
棍を縦に回転させるように、セラスはネメスィを足元から鋭く振り上げ、襲ってきた鎌鼬をまとめて弾いた。
ルナールはその場で跳躍をして低く駆けて来ていた斬撃を躱し、空中で残りの攻撃を難なく捌く。
攻撃が空振りした鎌鼬がルナールの背後に回り、着地をして無防備に見えた彼女の背中に再度襲い掛かる。
それを気配だけで悟ったルナールがすんでのところで身を翻して回避した。
明らかに自分たちを軽くいなしている強敵の存在に、鎌鼬はたじろいで攻撃を止め再び威嚇の声を上げる。
その時――
「……『滅びの幻影』っ!」
シャルムが魔法を発動させた。
モンスターたちの頭上に黒く禍々しい大きな球体が現れ、それを見た鎌鼬とショウは驚愕の表情を浮かべる。
次の瞬間、球体から直径が二十センチ程の円錐形の光弾が無数に発射された。
それは辺り一帯に降り注ぐ範囲攻撃の類かと思ったショウ。
同じように考えていたのか、鎌鼬もその光弾を避けようと飛び退く様に回避行動をとった。
しかし――
『『――ギッ!?』』
避けた光弾は地面に刺さることもなく、軌道を変えて鎌鼬を追尾した。
ホーミングの特性を持った光弾を避けきることができずに、放たれた円錐が次々と鎌鼬へ刺さる。
ダメージを受けて短いうめき声を鎌鼬が上げた瞬間、身体に刺さった光弾が爆発した。
目の前でモンスターが次々と爆散する光景を目の当たりにしたショウはさらに驚き、目を見開く。
「す、すごい魔法だね、シャルム――っ!?」
呆気にとられたショウが振り向き、顔をシャルムへ向ける。
その時、彼女の背後の茂みから一匹の鎌鼬が不意打ちを仕掛けようとしていることにショウが気付いた。
「危ないっ!」
ぼうっと立って居るだけ(ショウにはそう見えた)のシャルムに抱きつく様に、仲間を庇うショウ。
茂みから飛び出し、強襲をかけて来た鎌鼬の斬撃が当たる瞬間、クレプスの自動防御が発動した。
キッと短い声を上げ、スタンの状態異常を受けて地面に落ちる鎌鼬。
そこに光弾が刺さり、爆発した。
「ふぅ、なんとかなったかな。シャルム、大丈夫かい?」
「……」
「? シャルム?」
「……あの……抱き」
俯いて身体を細かく震わせていたシャルムが、消え入りそうな声で何かを呟いていた。
それを聞き取ろうとショウは抱きついた体勢のまま彼女の顔に耳を近づける。
「えっ、なに?」
「……ひょっ」
瞬間、身体を強張らせたシャルムが素っ頓狂な声を上げる。
そんな二人に気付いたセラスが泡を食って駆け寄ろうとした。
「シャ、シャル!? あなたまでそんな――きゃっ!」
「アネゴ!? ――うわっ! 攻撃があたいたちにも!?」
「シャル、もうモンスターは居ないから、これを止めて!」
「ダメっす、アネゴ! 完全に暴走状態っすよ、これ!」
「ああもう! ショウさん、シャルから離れてください!」
二人の声に気付いたショウがその惨状を見て、状況が理解できないままシャルムに回していた腕を解く。
「……ん」
しかしショウの胸に顔を埋めていたシャルムは離れようとせず、彼の服を摘まみながらさらに身体を摺り寄せて来た。
その間も頭上の球体から光弾は発射し続けており、地面に刺さったものから爆発をしていく。
追尾こそしないものの、自分たちにも襲ってくる光弾を弾きながら、逃げ惑うセラスとルナール。
爆ぜる地面。
そんな光景を両手を上げて眺めていたショウは、この地獄絵図の解決法を必死に頭で考えるのだった。