1.クラン『オルトリンデ』
ショウが紅焔の巨神のアヤから勝負を言い渡された次の日、オルトリンデのクランメンバー全員に緊急招集がかけられた。
その内容はもちろん、オルトリンデとムスペルヘイムの決闘についてである。
玄関がある広間の円卓に、メンバー全員が着席している事を確認したアイリが咳をひとつ。
「えー、本日みんなに集まってもらったのは他でもありません。実は昨日――」
「お嬢、事情は既に全員知っている。『あの』ムスペルヘイムに喧嘩を売ったそうじゃないか」
「黙りなさい、『フレッド』。私の許可なく発言することは認めません」
「……ウチはいつ放任主義から圧制政策に変わったんだ?」
アイリの言葉にフレッドと呼ばれた男は肩を竦める。
乱雑に切られた短髪を逆立たせて、頬には切り傷。
鍛え上げられた肉体の上半身には衣服を身に着けておらず、皮のベルトを巻いてあるだけであった。
腕にはガントレットが装備されており、彼はそれを脇に挟むように腕を組んだ。
「もう街中の話題だよ。世紀の一戦、とか言ってみんな盛り上がってるよねぇ。のぼりでも出そうな雰囲気さ」
肩まで伸びた髪を後ろでひとつに縛っている線の細い男がにこやかに口を開いた。
グローブと胸当ての形から、弓を扱うのだろうということが見て取れる。
椅子とテーブル立て掛けてある矢筒と弓は彼の物だろう。
「こ、困りますよお嬢。わ、私も人形の素材集めに行ったらプレイヤーから質問攻めにあって、作業どころじゃなかったんですから」
黒縁の眼鏡が隠れるほどの前髪と、二つに結った三つ編みの女性が口を尖らせる。
メンバーに給仕しているメイドとは別の個体を自分の後ろに控えさせており、彼女が話に聞くドールマスターであることが分かった。
椅子に座っていても猫背なのは恐らく現実と同じなのだろう、と思わせる程年季を感じる。
その他のメンバーから好き勝手な言葉が飛ばされて、アイリがテーブルを力任せに叩くまで続いた。
「――あんた達! 静まれっつってんの!」
「「「……」」」
場がシーンッと静まり返った所で、アイリは言葉に合わせてテーブルを連続で叩く。
「そんなの! しょうがないでしょ! 私の考えと! 違ったの!」
「ア、アイリ……落ち着けって」
隣に座ってたケンが彼女の肩に手を置き、宥める。
言葉と叩きは止んだが、まだアイリは荒い呼吸をしていた。
「と、いう訳で……その流れを作ったケンの友人で私の大学の先輩、『ショウ・ラクーン』さんです」
ケンとは反対の隣に座っていたショウを雑なタイミングで紹介するアイリ。
まさか今言われるとは思っていなかったショウは、面食らってしまった。
その表情のまま、彼は席を立ち、頭を掻きながら挨拶をする。
「えー、この度アイリとタッグを組んでム……ムスペ、ル? と戦う事になりました、ショウです。よろしくお願いします」
アイリの雑な紹介も相まって、メンバーからは白い目で見られていたが、唯一レオーラだけは笑顔で彼の言葉に拍手を送った。
見るからに初心者で、装備も貧弱(見た目だけ)な彼が、あの上位クランのリーダーに指名で決闘を挑まれたことは、全員が話に聞いていた。
自分たちのクランのリーダーのリベンジマッチどころか、街を巻き込んだクラン対決にまで大事になった原因。
今のメンバーたちにとって、ショウの印象はそんな感じである。
そんな彼に口を出したのは、やはり戦闘でも切り込み隊長を任せられているフレッドだった。
「部外者のあんたが、俺たちのクランをここまで祭り上げてくれたってことだな?」
「いや、えぇっと……」
「ちょっと、フレッドたら! そんな言い方、ショウに失礼でしょ」
「黙ってろよ、レオーラ。知ってるぜ、こいつお前の店で仕事を手伝っていたそうじゃないか。肩入れする気持ちは分かるが、今回は相手が悪すぎるっての」
「フレッドの言う通りだね。相手はあのムスペルヘイム。老若男女問わず極悪非道を尽くす激ヤバなクランって話だもんね、逃げた方が良いんじゃない」
「馬鹿言え、『ヘルグ』。そんな事したら腰抜けっつって後ろ指差されるのは俺たちなんだぞ」
弓使いの男、ヘルグの言葉にフレッドが噛付いた。
その言葉を聞いて、やれやれ、と首を振るヘルグ。
「でもそれはプレイヤーに対してでしょ? シムには絶対に手を出さないって話も聞いたわよ」
「そんな話、本当に信用してるのか? レオーラ。そんなもん、死人に口無し、だろうって――」
「……あの、ひとつ良い?」
フレッドの言葉を遮り、黒縁眼鏡の女性が手を挙げた。
メンバー全員、彼女に目を向ける。
「どうした、『パラメ』。お前もこいつに言いたいことがあるのか?」
「んー……私、作成の途中だったんだけど、もう戻っても良いかな? って」
「お、お前なぁ」
人形作りが何よりも優先される性格の職人、パラメの言葉に全員が肩を落とした。
しかし、そこで話の流れが一度止まったのは事実。
アイリは手を叩き、全員を注目させる。
「はいはい――クランメンバーは言いたいことがあるでしょうけど、これはもう決まった事よ。『スタンビート・フェスティバル』の初日、私と先輩はムスペルヘイムのリーダー、『アヤ』とくそったれなメンバー『ノート』と決闘する」
「アイリ、口が悪いぞ」
「あら、失礼。『お』くそったれのノート、ね」
アイリの言葉に、メンバーは笑みも零さずに真剣な表情のままだ。
「もちろん、ただ醜態を晒す気はさらさらないわ。ここであいつらに一泡でも吹かせられれば私たちの知名度はさらに上がる」
「いや、普通に考えて無理だろ」
「いいえ、フレッド。可能性はゼロじゃないわ。その為に、みんなの力を貸して欲しいの」
「……どうする気じゃ」
今まで一言も喋らず、ただ腕を組んで目を閉じていた老齢の男性が、くぐもった低い声で訊く。
立派に拵えた髭と伸びきった髪には白色が大半を占め、顔の深い皺も相まってかなりの貫禄を感じさせていた。
「……『テツ』爺とレオには申し訳ないと思うけれど、装備を一新する。その上で、私の対人戦のスキルを強化するわ」
「な、なんだと? そんなもんでどうにかなる問題なのかよ」
「限られた時間で一番可能性があるのは、これだけよ」
フレッドが一番に声を上げるも、アイリに言い切られて押し黙ってしまう。
レオーラは納得したように首を縦に振っていたが、『テツ・トーゴー』は閉じていた目を細目にして、アイリを見据える。
「……あるのか? 今以上の武器を手に入れられる当ては」
「あはっ、お爺ちゃん、自分が認めた武器じゃないと炉にくべて溶かしちゃうもんね」
「小娘、お前だって出来が悪いと言って人様の人形をバラしたことがあるじゃろうが」
「そんなこと、もあったかな」
茶化したパラメを横目で睨むテツ。
その視線を逸らして、パラメは天井へ目をやった。
「テツ爺の腕は本物よ。この街でも私が使っているモノ以上を用意できる職人は、居ないと思ってる。もちろん、防具を作ってくれたレオーラにも同じくらい感謝してる」
「……」
「それ以上のモノを作れるとすれば……ここにいる『先輩』しか居ないわ!」
「「「……え?」」」
「……え?」
その場に居るクランメンバーが声を揃えて発した声よりワンテンポ遅れて、ショウは呆けた声を上げるのだった。