僕と幼馴染
「待ってくれよ、リック!」
たった今、僕らの可愛い幼馴染であり彼の愛しい婚約者であるアナベルに
婚約を破棄してほしいと告げられたパトリックは
これ以上ないくらいに落ち込んでいた。
「嘘だろ…?ベルは俺を好きじゃない?しかも俺の気持ちも伝わっていない…だと?そのうえ優しい人が好みだと!?優しいってあれか?サイモンやセシルみたいなふわふわした奴らのことか?俺は優しくない?え、俺のことはもしかして嫌いなのか?そうじゃないと婚約破棄なんて言わないよな? ……! もしかしてもう好きな奴がいるのか?だからベルは急に婚約破棄したいだなんて言ったのか…!?だ、誰だ!?ベルの交友関係は把握しているはずだが、はっ、まさかセシルじゃあないだろうな…!?」
この男はどうやら本気であの態度で彼女に好かれると思っていたらしい。
「リック!一回落ち着きなよ。」
「俺は…どうしたら…。」
彼女の前ではあんなにも俺様な態度になっているが
彼はもともと優しい男だ。それにとてつもない努力家だ。
勉強がよくできるベルに未来の夫たるもの負けるわけにはいかないと
毎日必死に勉強して1位を保っていた。
剣も将来何があってもベルを守れるようにと必死に鍛錬していたし
セヴァリー公爵家に嫁いできた時にベルが過ごしやすいよう
彼の両親にも頼んでいたらしい。
まあ何一つベルには伝わっていないが。
「だから前から言っていただろう?好きな人には優しく接しなくちゃ後悔するよって。」
「いや、だって、ベルが読んでいた本の…」
「あの俺様な王子のやつだっけ…。」
そう、彼があんな態度をとるようになったのは
ベルが以前読んでいた物語に出てくる俺様な王子さまを参考にしたからだった。
初め聞いたときはこいつ正気か?って思った。
いくら好きな女の子が読んでいた本に出てくるからといって
そのキャラクターのまね、しかもあんなひどい態度をとるなんて。
それでもリックは必死だった。
その物語をなんども読み、もはや完コピしていた。
そうして出来上がったのがあの完全無欠な俺様男だったのだ。
「物語で好きなキャラクターと現実の好きな人は違うと思うけれど。
それに、その物語が好きなだけでそのキャラが好きともわからないし。」
僕がそう言うとリックはハッとしたような顔になる。
頭いいんだからその脳を有効活用してくれ…。
柄にもなく腹黒いことを思ってしまった。
口に出していないからセーフ。
「ど、どうしよう?」
放っておいたら泣くんじゃないか、この男
普段は俺様とはいかなくてもいつも堂々としていて
同じ男の僕ですら尊敬できる優秀なリックだが、
ベルのことになるとてんでダメになる。
「次会ったときから全力で優しくして口説くしかないんじゃないかな?」
「急に気持ちが悪いと思われないか?」
そんなこと言っている場合じゃないだろう…。
「婚約破棄されてデビュタントの時に他の男と恋にでも落ちたらもう二度と彼女は手に入らないよ?て言うか、婚約破棄していなくても恋愛は今すぐにでも可能だし…。」
僕の言葉を理解したのかリックはまるで土のような顔色になる。
せっかくの美丈夫が台無しだ。
「そんなこと耐えられるわけがない!」
だからそれをベルに伝えなくちゃ意味がないんだよ!!
僕は二人のことをよく知っているからこそ二人には幸せになってほしい。
何よりも大切な幼馴染。
リック片方じゃダメなんだ。
どっちにも幸せになってほしい。
さあどうなることやら。