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十二話

 夜。

 パジャマに着替え、一度はベッドに入ったものの、どうにも寝付けず。

 妙に喉が乾いている気がして起き上がり、ひとまず電気を点けてみれば――。

「へ……?」

 記憶より二時間ほど、時計の針が進んでいた。

 十二時、日付を回って少しが過ぎた頃。寝ていた感覚は全くないけど、身体は軽い。頭も目も冴えている。

 こういう時は、寝ようとしても寝られない。

 幸い、今日は土曜日……が終わって、ちょうど日曜になったところだ。コーヒーでも入れて夜更かしするとしよう。

 家用のカーディガンを羽織って部屋を出る。

 と、リビングから漏れる明かりが見えた。父さんと母さんはとっくに寝ている時間だし、夏乃だろうか。勉強はいつも部屋だったはずだけど……。

 特に用はないものの、我が家のキッチンはリビングを通らなければ入れない。

 ドアノブに手をかけ――ようとした瞬間、それはガチャリと音を立て回った。

 無論、怪奇現象でなければドアが独りでに開くことはない。今は十二時。怪奇現象には二時間早い。

 咄嗟に身を引き、直後に開くドアを避ける。

「――っと、怜乃だったか。すまんな」

 リビングから顔を覗かせたのは、夏乃ではなく父さんだった。

「寝たんじゃなかったのか?」

「なんか目が覚めちゃってね。そういう父さんは?」

「あ? あぁ……」

 なんとも気まずそうな目が虚空を泳ぐ。

 まさか、と思ってリビングを覗けば、想像した最悪とは違う光景が待っていた。

「あら、怜乃」

「母さん?」

「おはよ」

「え、あぁ、おはよ」

 当たり前に挨拶され、反射的に返してしまう。

 というか、二人してなんだ、こんな時間に。

 想像した最悪よりもっと悪い予感が脳裏をよぎるが、杞憂か。ドアを開けたのに廊下には出ず、そのままリビングに戻っていった父さん共々、服装がパジャマじゃない。

 ソファに座る母さんの眼前、テーブルには湯気のない湯呑が二つあった。

「お邪魔しちゃったかな?」

「そんなことないわよ? ねえ?」

「あぁ、勿論だ。邪魔なんかじゃない」

 にしては動揺しすぎじゃありませんか。

 しかしまぁ、母さんがあまりに落ち着いているところを見るに、本当になんでもないらしい。

「一応聞くけど、見なかったことにした方がいい感じ?」

 親といえど男と女……なんて話ではなく、純粋に夫婦間のトラブルなら子供が首を突っ込むべきではない。親の浮気とか、そういう話は聞きたくもないし。

 とはいえ、まぁ心配無用か。

 社会ではどんな男や女がモテるか分かったものじゃないらしいけれど、少なくとも今このリビングからは険悪な気配が感じられない。

 父さんにしたって、なんだか悪戯がバレた子供みたいに、バツの悪い顔をしているだけだ。

「本当は隠すようなことじゃないのよ」

「お、おい、母さん……!」

「本当はってことは、今のところ隠してるわけだ」

 落ち着きかけたのも束の間、見るからに狼狽する父さんだったが、母さんに小声で二、三言われて再び落ち着きを取り戻す。

 それから、僕の方に向き直った。

「まぁ、お茶でも淹れよう」

「いやコーヒー入れに来たんだけど。……もし長くなるなら、お茶貰うけど」

「じゃあ母さん、コーヒーを」

「お湯はさっき沸かしたところよ」

「ん。じゃあ沸かし直す間だけ」

 後ろ手にドアを閉め、そこでようやく気付く。

 父さんは廊下の物音に気付いて、その確認に出てきたのか。

 それで開けたところに僕がいたものだから、話を聞かれたんじゃないかと焦ったわけだ。隠すようなことでなくとも、隠していたという事実が後ろめたさを生む。

 薬缶が乗ったままのコンロに火を点け、振り返る。

 やはりダイニングキッチンと呼ぶべきなのだろう。キッチンからはリビングが見渡せた。

「お父さん、単身赴任するかもしれないのよ」

「あぁ、面倒なことになったっていうアレ?」

「そうみたい」

 そりゃ面倒だ。

 夫婦にとっては一大事で、しかし実のところ、子供にとっては「へぇ」で済んでしまう話。

 父親という存在が家庭内で占める役割は案外と少ない。小さい子供がいれば別だけど、僕は高校生で、夏乃は中学生。来年には二人とも高校生だ。

 料理や洗濯に掃除、なんなら寝坊した朝に起こしてくれる母親の存在は欠かせない一方、父親は家にいようがいまいが子供にとっては大差なく、お給料を貰って家の経済を回してくれれば役目を果たしていると言える。

 離婚して出ていくならまだしも、単身赴任で家を空けるくらい、なんてことはない。

 まぁ、そう簡単な話でもないんだろうけど。

 父さんが沈黙している間に、薬缶が蒸気を吹き出し始めた。一度沸かしてあった以上に、水の量が少なかったのだろう。

「けど、随分と急だね」

 火を止めてから棚に手を伸ばし、インスタントコーヒーの瓶を取り出す。

 止め忘れていた換気扇を止めれば、部屋はしんと静まり返った。

「諸々の時勢が変わってな」

「なるほどね」

「凍結していた話がまた動き出した。それで新設する支部に、せめて最初だけはある程度の人間を置きたいと」

 ある程度。

 どの程度かは分からない。

 まぁ、新設される支部の責任者か何かであれば、それなりに能力と実績があり、もっと言えば期待される人物が選ばれるのだろう。

 それが父さんだったとすれば、なんだ、栄転と呼んで差し支えないじゃないか。

「そりゃすごい。どこなの?」

「イタリアだ」

 ……はい?

「んん、イタリア村的な?」

「EUのイタリアだ」

「イタリア。なるほどね、イタリアね」

 カップに粉末を入れ、瓶の蓋を閉める。

 薬缶のお湯をちょろちょろと注いで、マドラー代わりの菜箸でかき混ぜたら完成。

 茶葉から淹れるお茶に対し、やはりインスタントコーヒーは『入れる』と表現すべきで――。

「はあっ!? イタリアぁ――ッ!?」

 海外じゃん。

 それ、日本じゃないじゃん。

「しっ! 声が大きい!」

「え、あ、ごめん……」

 部屋の位置的に近所迷惑にはならないだろうけど、……あぁ、今更ながらに得心する。

 夏乃か。

 受験生は何かと精神をすり減らされる。周りが騒ぎ立て、普段は能天気な連中も、この時ばかりは敏感になるからだ。それゆえに実力が十分でも、油断はできない。無用なストレスは減らすべきだ。

 父親が海外赴任するとなれば、少なからず動揺を招くだろう。

「まだ決まったわけじゃないが、事が事だ。長ければ二年は向こうにいることになる」

「えっと、いつから?」

「未定だ。ってーより、現段階じゃ決まってても言えない」

 うわぁ、そんなにか。

 聞くは一時の恥というけど、この流れで「そういえば父さんってどこに勤めてるんだっけ?」とは聞けない。実の父親の職業を『どこかのサラリーマン』程度にしか知らなかったという恥は一生背負おう。

「ところで、怜乃はどう思う」

「……え?」

「父さんが家にいなくて、何か困ることとかないか?」

「ないね」

 しまった。

 即答してしまった。

「いや、ごめん、えっと――」

「だから言ったでしょう? どうせ休みにどこか連れてってくれるわけでもないんだから、いてもいなくても変わらないって」

 母さん、お願いだから追い打ちをかけないで。死体撃ちはマナー違反だから。

「ま、まぁアレだよ? 父さんが働いてくれてるお陰で僕の今の生活があるって」

「金か」

 まずった。

「やっぱり金か。給料袋か。俺の存在価値は薄っぺらい肖像画に負けるのか……!」

 心中で、父さんに土下座し、母さんに敬礼する。

 後はお願い。

 インスタントコーヒーの入ったカップ片手に、そろりそろーりとリビングを後にする。

 幸か不幸か、後ろ手に閉めたドアを挟んで聞こえる声がまともな言葉になることはなく、これなら夏乃が起きてきてもなんの話をしているのか分からないだろう。

 まぁ、もしドアを開けられた場合は、父としての威厳が失墜するのだが。

 この際だから、いっそ夏乃も味わってみるべきかもしれない。

 夜中に目が覚めたら父が母の膝で泣き崩れていたという、あの衝撃を。

 あれは夏乃がまだ保育園に通っていた頃だったか……。

 いや待て、中三の娘に見られたら、あの人なら出家を言い出しかねない。家出じゃない。出家だ。

「……ま、大丈夫でしょ」

 なんの根拠もなく自分の胸に言い聞かせ、夏乃の部屋の前を通り過ぎる。

 さて、今夜は何をしようか。



 ――なんて言ってみたけれど。

 僕が夜中にやることなんて一つしかない。

 PCとモニターの電源を入れ、卓上ライトを点け、暫し待機。

 PCが完全に立ち上がったらすぐさまHGRを起動し、更に待機すること十数秒。

 既に入力されているIDの下の空欄にパスワードを打ち込み、今度は数十秒の待機だ。

 自販機のそれとは最早別物に等しいコーヒーを一口飲んでから、ヘッドホンを付ける。

 確かケルト音楽といったか。

 妙に懐かしいファンタジー感溢れるBGMが流れ出し、一人のキャラクターが映し出される。

 ミニスカートの少女。

 破戒僧、レナ。

 それが僕の分身である『私』。

 初めてネットゲームというものに触れた時、主人公をどうすればいいのか分からなかった。

 現実の自分に似せるべきなのか?

 格闘ゲームのように性能で選ぶべきなのか?

 何かこう、想像もしない決め方があるのだろうか。

 混乱に混乱を極めた僕はその時初めて自分から衣織に電話して、どうすればいいのか訊ねたのだった。

 何をどう言われたか、混乱していた僕に全てを覚えておく余裕はなかったのだろう。

『男の尻を見る趣味はねえって言って女キャラにする男はいるな』

 電話を切った時、頭に残っていた助言はそれだけだった。

 むしろ、それだけ聞いて他のことを忘れてしまったのかもしれない。

 男の尻を見るのが趣味の男も、世の中にはいるだろう。

 僕はそうじゃないけど、それでいて当時は既に、衣織のことが好きだった。

 胸に秘めた思いに気付かれたくない一心で可愛い、とても可愛い美少女キャラクターを作って、――そしてレナが出来上がった。

 そういえば、衣織は男の尻を見る趣味があるんだろうか。

 男の、というか自分の。

 衣織のキャラクター、オリベは彼自身によく似ていた。

 そりゃあ、いくら色眼鏡を通して見てもオリベの方がイケメンだし、イケメン度を差し引いても瓜二つというわけじゃない。

 でもやっぱり、衣織とオリベはなんだか似ている。

 微動だにしないオリベを眺めつつ、そんなことを思ってしまった。

〈レナ:こんばんはーです〉

〈チョコ:こんばー〉

〈クロウ:なんかあった?〉

 急だなぁ。

 マナーという名のルーチンが重要視を通り越して神聖視されるMMORPGにおいて、挨拶に挨拶以外の言葉が返ってくる場面なんて、そうそう見られないんじゃないだろうか。

 とはいえ、そこは先輩。

〈クロウ:あ、ばんわ〉

 思い出したように付け加えられると、僕も返事がしやすい。

〈レナ:で、話の途中でした?〉

〈クロウ:いんや?〉

〈クロウ:レナの挨拶がいつもと違ったから、何かあったかと〉

 ……?

 同じはずだけど。

 チャットログを見返しても、特に変なところはない。

 いや『こんばんは』は『こんばんは』だけでよくて、そもそも『です』と無駄な敬語要素を付け加えることが変なんだけど。

 しかし、それがいつものレナだ。

〈レナ:すみません、私にはよく分かりません〉

〈クロウ:まー何もないんならいいけどなー〉

 未だ釈然としないけど、僕としてはそれどころじゃなかった。

 今は十二時を回った深夜だ。

 ネトゲなら決して深すぎる時間ではないけど、かといって浅いわけでもない。

 にもかかわらずクロウさんとチョコさんが揃っていて、その上……。

〈レナ:ていうか、オリベはどうしたんです、これ〉

 前回ログアウトした闘技場前、そこで棒立ちしているオリベの頭上には、赤いマークが付いている。

 それは離席――、キャラクターを操作するプレイヤーが不在であることを示すマークだ。

 トイレやら電話やらで席を外す時に自ら付けることもできる他、プレイヤーからの操作が一定時間なかった場合には自動で付く。

 それが今、オリベの頭上にあった。

 普通に考えれば、マークが示す通り離席しているんだろうけれど。

〈クロウ:分からん。寝落ちじゃね?〉

〈チョコ:かれこれ一時間は動いてないよん〉

〈レナ:そうですか……。どうもです〉

 寝落ち。

 最近では日常生活でも普通に聞く言葉だ。

 しかし衣織の寝落ちとなれば、話が変わってくる。

〈チョコ:でもオリベの寝落ちってかなり珍しいよね〉

〈クロウ:オレが知る限り初めてだな〉

 そう、そうなのだ。

 HGRはPCでしかプレイできないゲームである。

 ベッドに寝転がって遊べるスマホゲームならまだしも、PC前に座ったまま寝るなんて中々できることじゃない。

 そりゃ授業中に机で寝始めるような人たちならできるかもしれないが、衣織の居眠りなんて見たことがなかった。

 そもそもネトゲはあくまで趣味、好きだからこそプレイしているものだ。退屈だからと居眠りする授業中とはわけが違う。

〈レナ:ログアウトするの忘れて他の用事始めちゃった、とかですかね〉

 それでも衣織らしくないことに変わりはない。

 そういうところはちゃんとしているはずだけど……。

〈チョコ:まぁ他のことっていうか、闘技場のこと調べに行ったのかもしれないけどね〉

〈レナ:闘技場?〉

 チョコさんの口から出てくるとは珍しい。

 珍しいことには珍しいことが続くものだ。

〈チョコ:あれ? レナちー知らないん?〉

〈チョコ:てっきりオリベから聞いてログインしたもんだと思ったんだけど〉

〈クロウ:おじいちゃん、そのオリベが離席ってるんですよ〉

〈チョコ:おじいちゃんちゃうわ! おばあちゃんだわ!〉

〈チョコ:って、誰がおばあちゃんじゃ!〉

〈クロウ:急にどうしたん? 更年期障害?〉

〈チョコ:通報?〉

〈クロウ:ごめんなさい!〉

 二人の漫才にツッコめなかったのは、僕のチャットが遅いからではない。

 勿論それもあるけど、今はそれ以上に――、

「……え?」

 なんのことかと調べて出てきたサイト。

 HGRの運営が出した公式の発表に、その文言があった。

――闘技場の新規コンテンツ追加。

 日付はまだ公表されていないみたいだけど、通例からいって一ヶ月か二ヶ月といったところ。

 来月か再来月には、新規コンテンツが追加される。

 それは一般のプレイヤーにとっては、ただただ嬉しいことだ。

 買い切りの家庭用ゲームで例えるなら、無料のDLCが出るようなものだから。

 しかし僕たち闘技場プレイヤーからすると、その意味合いは全くの別物だった。

 闘技場のランキングは常に更新される。

 正確には一時間ごとの更新だけど、そもそも公開されるのが上位だけだから日に何度もランキングが入れ替わるのは実装直後くらいだった。実質、常に最新のランキングが載っていると思っていい。

 僕たちは、そのランキングの上位入賞……三位以内を目指している。

 でも、どうやって?

 仮に三位入賞したところで、一時間後には四位に転落しているかもしれない。

 それを三位とカウントしていいのか?

 あるいは、あの現状一人用と化している闘技場のように、忘れられたような頃に桁違いのタイムが出ることもある。

 常に変動するランキングの三位を、果たしていつ取れば目標達成なのか?

 その答えが、この新規コンテンツの追加にあった。

 闘技場勢と俗称される僕たちは、暗黙の了解として、その時々の最新コンテンツでタイムを競っている。

 MMORPGの設計上、プレイヤーは常に強くなり続けるものだ。

 それに対応すべく、ダンジョンも何もかも難しいものが続々と追加されていく。

 新しい装備を手に入れてから古いコンテンツに行けば、当時に比べ簡単になるのは当然のこと。闘技場においても同じで、新しい装備が出てから挑めばタイムは縮んで当たり前。

 しかし、古いコンテンツのタイムに拘泥していては、新しいコンテンツが遊べない。

 ゆえに僕たちは、その新規コンテンツの追加で一本の線を引く。

 コンテンツ追加に伴うメンテナンス明け、詰まるところ誰一人として新しい装備でのタイム更新ができない瞬間のランキングをもって、その闘技場の最終順位とするのだ。

 言い方を変えれば、そこがタイムリミット。

 どんなに戦術を練り、練習し、挑戦しても、その一線を過ぎてしまったら、たとえ新しい装備を使わなかったとしても無効記録だ。

 僕たちは――レナとオリベは、あと一ヶ月か二ヶ月でタイムを大幅に縮めなければ、また目標を達成できないまま次の闘技場に挑むことになる。

 何度も繰り返してきたことだけど、何度繰り返したとて、その悔しさが減ることはない。

〈チョコ:レナちー?〉

〈チョコ:おーい、今度はレナちーが離席かーい?〉

 はたと我に返って、画面に意識を戻す。

 チャットログがかなり流れていた。大半はクロウさんとチョコさんの他愛ない漫才だけど、その中に一つ、違うものが紛れ込んでいる。設定で違う色にしてあったから、すぐに分かった。

〈SYSTEM:パーティーに招待されました〉

〈SYSTEM:招待が取り消されました〉

〈オリベ:離席か? 戻ったらパーティー飛ばしてくれ〉

 ギルドチャットではなく、僕と衣織にしか見えないテルだった。

 当然通知音も鳴ったはずだけど、あまりに集中していて気付かなかったらしい。

〈チョコ:おーい、レナちー。オリベの離席マーク消えてるよー〉

〈クロウ:おーい、オリベー。名前出されてんのに無視すんなー〉

〈オリベ:無視したつもりはない。レナにはテル送ってある〉

〈レナ:ごめんなさい! ちょっと目を離してました!〉

 ギルドチャットに打ち込んで、今度はオリベにパーティーの招待を送る。

 直後、画面端に動き。ソロの状態からパーティーに変わり、パーティー用の表示が出る。そこには勿論、オリベの名前があった。

〈オリベ:すまんな。ROMったまま別のことしてた〉

〈オリベ:ログ読んだが、サイトの方見たか?〉

 ROMとは、チャットには参加しないけどログは見ている、という意味だ。

 ただROMったまま別のことを始めたら、それはもう単なる離席じゃないだろうか。

 思ったけど、言わなかった。

〈レナ:読んだよ〉

〈チョコ:何を? ラブレター?〉

〈レナ:誤爆しました〉

 チャットをギルドからパーティーに切り替え、再度送信。

〈レナ:読んだよ〉

〈オリベ:知ってる。実は俺もギルチャ読めるんだわ〉

 まぁうん、そうだよね。

〈オリベ:で、珍しい時間にインしてるが、夜更かしか?〉

 そっちこそ、と茶化してもいいけど時間が勿体ない。

 選ぶほどの言葉もなくて、かかったのはキーボードを打つ時間だけだった。

〈レナ:うん。一度寝てきたし、明日も予定はありません〉

〈オリベ:じゃあ一回、準備運動がてらに行こうか。話はそれから〉

 打てば響く。

 出会って三年、HGRを始めてからは二年だけど、それで十分すぎた。

〈レナ:了解〉

 オリベとの間に、余計な言葉はいらない。

 闘技場に入ってしまえば、いつもそうだった。

 何をするのか、何をしたいのか、何を思うのか。

 全てが、手に取るように、瞬時に分かる。

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