06.無職
「ねえねえ、エリサとヨルさんって、恋人同士なの?」
長かった一日が終わり、ようやく就寝しようと部屋に入ると、ルイスがニコニコして枕を抱いていた。
「まさか、ただの旅仲間よ」
二つ並びの布団をぴったりとくっつけて、ルイスはお話しようよ、とほほ笑んだ。
肌なじみの良い布団に身をくるみ、ルイスの寝ているほうに向く。
長い髪の毛が白いシーツにピンク色の流線を描き、淡くフローラルの香りをさせている。
「なんだあ、つまんないの」
つまらなさそうにぷっくりと膨らませた頬すらも愛らしい。
「わたしからしたら、ルイスたちのほうがよっぽど恋人みたいに見えたけど?」
「あ、アランはちがうもんっ!」
「だーれも相手がアランだなんて言ってないよー」
「エリサのいじわるっ!」
からかうように言えば、ルイスは顔を真っ赤に染めてぽかぽかとわたしの肩を叩いた。
若さって、素晴らしい。
「アランは弟みたいなものだもん」
そう言って布団を頭までかぶった姿は、好きと言っているようなものだ。
青春の1ページのやり直しがこの年になってできるなんて、転生サマサマ。甘酸っぱい。
「そういえば二人って何歳なの?」
「私もアランも14歳だよ。あ、でも私は来週で15になるの。エリサは17歳だっけ」
「もうすぐ誕生日なのね。おめでと」
ルイスは布団からすこし顔を出してそろりと寝返りを打ち、消えるくらいの声でつぶやいた。
「おめでとう、か。年なんて取りたくないな」
「なんで?!」
年寄り臭いことを言うルイスに、思わず声が裏返った。
ティーンエイジャーは誕生日がハッピーだからハッピーバースデーが歌えるんだろうが。
アラサー過ぎたらハッピーもバースデーも言えなくなるんだぞ。
「15歳になったら、あの男と結婚しなくちゃいけないから」
ぽつり、
苦しそうに紡ぎだされたその言葉に、はっとした。
プリメストでは、15歳になれば結婚できる。
来週のルイスの誕生日が借金の返済期限なのは、それも見越してのことだろう。
「結婚なんて絶対したくない。めっちゃオジサンだし、悪いことしてるって噂だし」
めっちゃオジサン。
その言葉がグサグサと胸に刺さる。
ミムズの年齢でめっちゃオジサンと呼ばれちゃ、わたしはめっちゃオバサンになるんだろうか。
「悪いこと?あの人何の仕事してるワケ?」
「職業は大商人って言ってるけど、鑑定スキルを使ってガラクタの中から掘り出し物を見つけてきて、それを高い値段で売って儲けたただの成金野郎だよ。大きなお店をいくつも持ってるし、商売がうまくいってるのは確かだろうけど、怪しげな取引してるのを見たって人もいるもの。絶対悪いことしてるよ、あいつ」
ルイスはぎりぎりと歯を食いしばって悔しそうに枕に顔をうずめた。
ふがー!と怒りの声が漏れてくる。
「そんな怪しい男に嫁ぐなんて絶対いや!ありえない!来週までに絶対10万ゴールド手に入れる!」
落ち込んだり怒ったり、情緒が不安定すぎる。
でも、仕方ないよな。好きな男がいるのにオジサンと結婚させられるなんて、情緒が安定するはずがない。
「算段があるの?」
「あるよ!」
レイズばあさんは店を売るしかないと言っていたが、ルイスには策があるらしいとも言っていた。
ルイスはにやりと笑って起き上がると、壁にかけられたカレンダーを指さした。
「今度の週末、プリメストで年に一度のお祭りがあるの!そこで、美女コンテストがあるのよ!」
「ほ、ほう?」
ルイスは立ち上がって引き出しの中から取り出したチラシをわたしの前に突きつけ、勝ち誇ったように鼻息を荒くした。
チラシにはポップなフォントで祭りの文字が踊っている。
ルイスの言う通り、確かにメインイベントの一角に美女コンテストとある。
「これをみて!優勝賞金が10万ゴールド!」
「はあ……」
「毎年優勝してた美魔女のミサラさんが今年は出場しないの!つまり!どういうことかわかる?!」
鼻息荒く捲し立て、ルイスはわたしに詰め寄った。
毎年優勝の美魔女ってすごい響きだな。
「去年準優勝だった私が優勝するのは間違いないわけ!」
「とんでもない自信ね……」
聞いておいて全くわたしに答えさせる気がないようだ。
自信満々にそう言い切るのは、少しは虚勢もあるかもしれない。
「そのために毎日街のみんなに顔を売ってるんだもん!ほとんどが街のみんなの組織票だし、ミサラさんさえ出なければ大丈夫大丈夫」
「抜け目ないわね」
ミサラさんとやらがどれだけの美魔女なのかは知らないが、美少女ルイスが一目置くレベルだから相当のつわものなのだろう。
そんな彼女が出ないと分かっていながらもしっかり準備をして戦に挑むルイスの強さに呆れ笑いがこぼれた。
「エリサも私に投票してくれる?」
「もちろん」
ヨルがいつまでこの街にいるつもりかはわからないが、せめて週末の祭りでルイスが優勝するところまでは見届けよう。
「もう遅いし寝ましょ。明日も朝から買い物に出かけるんでしょ?」
「そうだね、おやすみ、エリサ」
「おやすみ」
ルイスが目を閉じたのを見届けて、わたしも眠りについた。
***
『用事があるから置いていく。お前はレベル上げろ』
翌朝、目が覚めると殴るように書かれたメモがおでこに貼ってあった。
宛名も差出人もないが、読んだだけで上から目線にイラっとする。こんなことをするのはヨルしかいない。
「置いてくってなんだよ!」
ギルドへ向かう道すがら、アランとルイスの一歩後ろを歩きながら、メモ書きの内容を思い返してイラついた。
身勝手というか自由気ままというか、本当に猫みたいな気まぐれさでわたしを翻弄してくる。
「まあまあ、ちょうどギルドに行く予定だったんだし、いいじゃない」
買い出しに行く店の途中まで、とついてきたルイスはわたしの怒りに苦笑いした。
確かに、ヨルのことなんか完全に忘れてレベルの上げ方を聞きに行こうとしていたから、ヨルが勝手に動いてくれるのは別に構わないんだけど、でも、なんか、なんか。
「そう、それは確かにそう。でも、こっちの予定を完全に無視して勝手に決めてくるのがムカつくの……!」
「あはは」
ルイスは手提げ袋を揺らし、小さくスキップしている。
昨日の夜のことはすっかり忘れたようで安心した。
「見えてきたぞ、冒険者ギルド」
プリメストのセンター通りを二つ曲がった角で、アランが立ち止まる。
西部劇に出てくるバーみたいな二階建ての建物が、どんと構えていた。
「じゃ、私は特売品買ってくるから!後は頼んだよ、アラン!」
「おう」
「気を付けてね!」
建物を見た瞬間、きれいに回れ右をするとルイスは逃げ去るように走っていった。
よっぽど、冒険者ギルドに行きたくないと見える。
「ルイス、よっぽど冒険者が嫌いなのね」
「……オレがミッシングなせいだよ」
「へ?ミッシング?」
聞いたことのない単語に首をかしげる。
アランはふいに立ち止まって、わたしの顔をまじまじと見た。
「あんた、スキル持ってるんだろ」
「え?あ、ああ、うん」
答えながら、内心ひやひやする。
見せてくれなんて言われたらどうしようか。使い方も知らないのに。
「オレ、スキル持ってないんだ」
「えっ?スキルってみんな持ってるんじゃ……」
そう言いかけて、アランの顔が歪むのに気づく。
力なく横に振られた首。
どうやらわたしは、酷く思い違いをしていたようだ。
「職業が付与された人間しかスキルは持てないんだよ。オレみたいな職業がない人間はスキルなんて何も使えない」
「でもアランは大工じゃない」
「そうだな。水鏡って知ってるか?」
アランは苛々するそぶりも見せず、わたしに何と言えば伝わるか、と首をひねった。
「職業を決める水晶玉みたいなのだよね」
「そう。十歳になった時に、水鏡に職業を占ってもらうんだよ。魔法使いとか剣士とか……そういうの」
「なるほど」
みんなあんなふうに頭突っ込まれて職業を発表されるんだろうか。
自分がヨルにされた仕打ちを思い出して身震いしていると、アランはそのまま続けた。
「だけど、オレは職業が言われなかったんだ。ただの村人ってことさ」
「そんなことって……」
「職業がない人間のことをミッシングっていうんだけど。大半がミッシングだからそんなに落ち込むことは無いんだぜ」
なんと声をかけていいかわからずにいると、アランはからりと笑って言う。
空元気にも見えるその様子からは、なりたい職業があったんだろうことは想像に難くなかった。
「ミッシングも悪くないぜ。勇者なんてなったら冒険に出るしかないもんな。その点オレらは自分で仕事選べるからな。最近は職業差別も減ってきたし、たいていの仕事は誰でもできるからな」
わたしの顔色が曇っているのを見てか、アランは努めて明るく言った。
生まれ持った職業が、仕事という生計を立てる手段と一致するとは限らないらしい。
生まれ持った職業で就ける仕事も異なり、ミッシングが奴隷のような扱いを受けている時代もあったみたいだが、今は職業選択の自由がそれなりに確保されているみたいだ。
要は、ビッチなんていうわけのわからない職業であっても、それでお金を稼ぐ必要はなくて、料理人でも剣士にでも好きな仕事に就いたらいいってことだ。
もちろん向き不向きはあるだろうけれど。
「仕事って、自分で選べないのかと思ってたわ」
「変えられないのは職業だけだよ。仕事はいつだって変えられる」
アランはそこまで言って、立ち止まっていた足を、ギルドに向けて再び進め始めた。
「でも、あいつらはそう思ってねえからな」
「どういうこと?」
フン、と鼻を鳴らし、アランはギルドの入り口に手をかけた。
ギィ、と木がきしむ音と、少し湿った土埃の匂い。
「ま、行けばわかるよ」
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