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05.巫女

 

「ルイスは?!」

「アラン大丈夫!?」


 胸の炎が一瞬の光をともして消えてすぐ、アランとルイスは飛び起きるようにして目を覚ました。


「大丈夫だよ。ふたりとも無事さ」

「い、いまのムゴッ」


 何が起きたの?

 そう聞こうと開いた口は、後ろからヨルに塞がれてしまった。


 何すんだこいつ、と一瞬むっとしたのもつかの間、ルイスとアランの様子を見て、おとなしく口を閉じる。

 ようやく安堵できたいま、わたしが口をはさむのは無粋だ。


「アラン、もうこんな時間だよ。ナバムが心配してんだろ」

「やっべえ、帰んねえと!ごめんばーちゃん、片付けもしないで……」

「子どもがそんなこと気にするんじゃないよ。さっさと帰んな」


 二人が立ち上がってぴんぴんと動いたのを見届けて、レイズばあさんはしっし、と手を振った。

 ナバムさんのところで住み込みをしているアランにはしっかり門限が課されているらしい。

 いくら働いてるって言ったって、まだ子どもだもんね。


 焦ったアランが帰っていくと、レイズばあさんはくるりとわたしとヨルのほうに向きなおった。


「で、アンタたちはどこに宿とってるんだい?」

「取ってないなー。オレたち野宿でもいいし」

「ええっ!?やだよ野宿なんて!このへんどこかに宿ないの?」


 ヨルは机に肘をついてサラリと言ってのけ、わたしは素っ頓狂な声が出てしまった。


「お祭り前は、予約なしでは無理だよー」


 今週末にあるお祭りは、各地から観客が訪れる一大イベントで宿はすでに予約で満室。

 ルイスの情報から、野宿案がどんどん濃厚になってくる。

 開いた口が閉まらずに苦笑いをしていると、


「それじゃ今日は泊っていきな」


 レイズはわたしとヨルを見、くいっと親指で二階を差した。


「ルイス、部屋と風呂の準備しとくれ。後ろがつかえるから、先に風呂に入るんだよ」

「わかった!」


 ルイスはぱぁっと嬉しそうに目を輝かせ、足取り軽く階段に足をかける。


「あ、エリサ!私と一緒の部屋でいい?それともヨルさんと一緒のほうがいい?」

「ぜっったいルイスと同じで!」

「あははっ、りょうかーい!」


 何が悲しくてヨルと同じ部屋に寝なきゃいけないんだ。

 同じ部屋で寝た男なんてお父さん以外いないんだぞ。


「あたしたちは片付けだよ。手伝いな、エリサ」


 ルイスの姿が完全に見えなくなると、レイズばあさんはカウンターの丸椅子に座って乱れた髪をほどいた。


「久しぶりだね、ガキんちょ」


 ふぅ、と吐いたため息からは疲れが感じ取れる。


「ばーちゃんはちょっと老けたな」

「相変わらず減らず口だね、燃やしちまうよ」

「おーこわ」


 アランがぶつかって倒れた机を元に戻しながら、ヨルはニシシと笑った。


「あの、二人は旧知の仲で?」

「そんな深い仲じゃないさ。あの子がもっと小さい頃に、会ったことがあるだけ」


 レイズばあさんは前髪を掻きあげ、首を振った。

 ちょっと会ったことがある程度には感じない雰囲気だが、突っ込んで聞くのも違うしな、と洗い物を続けた。


「あんときはオレがばーちゃんに助けてもらったんだよな」

「はっ、覚えちゃいないね」


 レイズばあさんはぶっきらぼうに言うと、赤ワインをまるでジュースでも飲むみたいに飲み干した。

 顔が赤いのは、照れているのか、酔っているのかどっちだろう。


「ヨルも助けてもらうことあるんだ」

「あの時はいろいろあったんだよ」


 あまり深堀されたくないのか、モップの水を絞り、ヨルは身軽に床を磨き始めた。


 自分で歩くのさえ面倒くさがるあのヨルが掃除をするなんて信じられないが、レイズばあさんのためだからやっているんだろう。

 よっぽどの恩があるとみた。


「にしたって、さっきの連中、なんだったんだよ?物騒すぎんだろ」

「借金の取り立てだよ」

「は?借金?なんで?」


 ヨルは顔をゆがめてモップを動かす手を止めた。


「バカ婿……ルイスの父親だがね。あの男がとんでもない借金をこさえて蒸発したのさ」


 ドラマでも見ているかのような原因に言葉が出てこない。

 ほんとにいるんだ、そんなクズ親。


「仕方ないからあたしたちでちょっとずつ返してたのさ。ミムズも本人の借金じゃないからって、最初のうちは待っててくれたしね。うちの店によく食べに来てちょっと多く払ってくれたり、悪い奴じゃなかったんだよ。ルイスもなついていたし」


 レイズばあさんはそこまで言って、長く息を吐いた。


「だけどね、ある日突然、ルイスの父親が作ったっていう借用書を持ってきたんだよ。あのクズ、期日までに残りの借金を返さなければ、ルイスをやるってね」

「そんな冗談みたいな」

「冗談だと思ったさ。だけどたしかに、あの借用書にはあのバカのサインがあったんだ。借金は返してるがね……うちはもともと利益度外視の店だからさ、来週までに返すなんざ、とてもとても」


 飲まなきゃやってられない、とさらに酒を呷り、レイズばあさんはがっくりと項垂れた。


「返すアテはあんのかよ?」


 ヨルは眉間にしわをよせて言った。テーブルに腰掛け、身を乗り出している。完全に野次馬モードだ。


「店を売ろうと思ってるんだがね、こんなボロ、二束三文にしかならないって言われているしね……。ルイスが何とかするっていうから、ぎりぎりまで粘ってみるけど、どうせ売ることになるだろうねえ」


 レイズはあきらめたように笑い、瓶底に残った酒を最後の一滴まで残すまいと瓶を振った。


「それで足りない分は……内臓でも売るしかないさね」


 冗談で言ったにしては笑えない一言に、わたしもヨルも何も言えず、店内はお通夜みたいに静まり返る。


「ま、そんなわけでね、あんたに払うお給金はないんだけど。宿代でチャラにしとくれよ」

「そんな!お金なんていらないですよ!ルイスに助けてもらったお礼なのに」

「そうだったかい」


 静まり返った空気を変えようとしてか、レイズばあさんは急に顔をあげた。


 ルイスがせっかく助けてくれたっていうのに、何の力にもなれない自分がつらい。

 スキルも使えないし、レベルは1だし、わたしってなんでこんなに使えないんだろう。


 そう考えていると、ふ、とルイスのスキルが脳裏をよぎった。


「そうだ!ルイスの回復スキル!あれってお金にならないかな!?」

「は?」


 ヨルが何言ってんだこいつ、と顔をしかめている。

 話は最後まで聞いてほしい。


「回復スキルって、冒険者は喉から手が出るほど欲しいんだよね?だったら、お店が開くまでの時間、回復スキルを使って怪我を治したりして、その対価にお金をもらうっていうのはどうかな?」


 冒険者が何してるのかわからないけど、怪我は付き物だろうし、需要はあるはずだ。

 我ながらナイスアイディアを思いついたのでは、と鼻を鳴らしてレイズばあさんを見ると、


「駄目だ。あの子のスキルは誰にも見せるつもりはないよ」


 いつになく鋭い視線で一蹴されてしまった。


「なんでだよ。ばーちゃんの孫で回復スキルもちってことはあいつも巫女だろ?いーじゃねえか、この街病院少ないし、金稼げそうだぜ」

「駄目だね。あの子が巫女だってバレるわけにいかないんだよ。人前でスキルは使うなってきつく言ってるのに、今日もあんたを助けちまった」


 レイズばあさんはさっきまでと打って変わって厳しい目をしている。

 回復スキル持ちなのは秘密だとルイスは言っていたが、あれはばあさんに止められてのことだったみたいだ。


「スキルくらい好きに使わせてやったらいいじゃねえか」

「普通の巫女だったら、好きにしたらいいさ。あの子はちょっと特別なんだよ」

「話を遮ってごめんなさい、巫女ってなに?」


 話がだんだんわからなくなってきたので、つい口をはさんでしまった。

 前世の職業柄、わからないものをそのままにしておけないのだ。


「はぁ……。この子一体何なんだい?レベル1なんだろ?どういうことだい」

「ちょっとワケアリで一緒に旅してんだよ。なーんも知らねーの。教えてやってよ、ばーちゃん」


 レイズばあさんは頭を抱え、大きなため息をついた。

 何も知らないのはヨルが教えてくれないせいなんですがね。


「仕方ないね。あたしとルイスの職業は巫女っていってね。だいたい、回復とバフスキルを持ってるのさ」

「バフっていうのは……」

「ステータスの一時的な上昇・特殊効果の付与だよ」


 本当に何も知らないんだね、とレイズばあさんは呆れかえってしまった。


「ばーちゃんは昔有名なバッファーだったんだよ。燃えるババアだっけ?」

「一文字もあってないじゃないか。陽炎の巫女だよ。あたしがスキルを使うと炎が上がるからね、それが由来さ」

「かっこいい……」


 ルイスがスキルを使ったとき、光の花が舞っていた。それで、花冠の巫女というらしい。


 巫女によってもその性質はちょっとずつ違うみたいで、レイズばあさんの場合は炎の射程範囲に入っているもの全てに一時的なバフをかけたり、治癒をすることができるらしい。

 かつてはその能力の高さでブイブイ言わせていたらしいが、今は年もあってめっきりだそうだ。


「花冠の巫女?聞いたことねえな。それの何が特別なんだ?」

「回復しかできないんだよ、あの子は」

「それじゃただのヒーラーだろ。バフができねえ巫女は巫女とはいわねえ」

「フン、正確には、今はまだできない、ってとこかね」


 あんたには隠し事はできないねえ。とレイズばあさんは呆れ顔で笑った。


「ふうん、条件付きね」

「話が早くて助かるよ」


 いつの間に淹れたのか、レイズばあさんは温かいお茶をすすっている。


 何を言ってるのかそろそろついていけなくなりつつあるが、よくわからないなりにルイスのバフとやらは条件が整わないと発動しないことだけはわかる。

 わたしの発動条件不明の謎スキルと同じだ。


「でも回復だけでも便利じゃねえか。使わせてやれよ」


 ヨルは不服そうに言って一緒にお茶を飲み始めた。

 わたしはといえば、お皿洗いが終わってヨルの放り出した掃除に着手したっていうのに。


「あたしだってそう思ったさ。実際、そのおかげでアランもあんたも救われてるからね」


 わたしのことを顎でしゃくるようにさして、レイズばあさんは続けた。


「巫女が血筋なのは知ってるだろ。あたしが巫女だってのは年寄り連中には知られてる。あの子が回復スキルが使えるって知ったら、まず間違いなく巫女であることはバレるだろうさ」

「そりゃあ、そうだ。そこまでバレたくねえもんか?いいじゃねえか、巫女。あいつなんて自分の職業なんて恥ずかしすぎて言いたくても言えねえぞ」

「るっさいな!」


 ヨルがにやにやしながらわたしを指さしてくる。

 そりゃビッチだなんて言えないに決まってんでしょ!


「だめなんだよ。巫女ならバフをかけてくれって頼まれることもあるだろ。だがね、あの子のバフは生涯でたった一人にしかかけられないんだ。しかも、あたしの全盛期よりもずっと強力なのがね」

「まじかよ……」


 ヨルが目を点にして驚いているのを見れば、レイズばあさんの全盛期がどれほどすごかったのかがうかがえる。


 たった一人にしかかけられない強力なバフ。その効果は一生続くという。

 自分のステータスを上げるためにルイスを誘拐するようなことが起きたっておかしくない。

 だからレイズばあさんは、ルイスに外でスキルを使うのを禁じたのか―……


「あの子の命に危険が降りかかるかもしれない。そんなことになるくらいだったら、一生何のスキルも持たないって思われていたほうがいいじゃないか。だから秘密なんだよ」


 レイズばあさんの顔は、孫を思うただの祖母の顔に戻っていた。

 そんなことを聞いたら、回復スキルで荒稼ぎなんて言った自分が恥ずかしくなってくる。


 再び店内に静寂が戻り、わたしが床を磨く音だけが店内に響いた。

 結局、お金を返す算段は思いつかないや……。


「おばーちゃん!お布団とお風呂と、準備できたよー!」


 わたしが床を一通り磨き上げたとき、ほかほかに蒸気をまとったパジャマ姿のルイスが明るい声を響かせて階段を下りてきた。


「はいはい、それじゃあたしゃもう寝るかね。年寄りに夜更かしさせるもんじゃないよ」


 レイズばあさんはさっと立ち上がって二階へ向かいながら、思い出したようにこちらを振り返って鼻で笑った。


「さっきの話は全部、年寄りの与太話として忘れちまうんだね」



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