04.混濁
「きゃっ」
後ろ手に抑えられていた手を突き放され、不安定になった体躯をミムズに抱き留められる。
シトラスの香水がふわりと香り立った。
しかし、近くで見れば結構整った顔をしてるな……。
「誰ですか、あなた」
わたしを突き放して臨戦態勢に入ったギルゥと対照的に、ミムズの声音は冷静そのものだった。
「鑑定持ちなんだろ、見りゃわかるだろうが」
どこから現れたのか、音もなくカウンターに肘をついた少年が面倒くさそうに言い放つ。
目深にかぶったフードで顔こそ見えないが、聞き覚えのある声。
「ヨル!」
「いつの間に……」
ミムズにがっちりと肩を抑えられながらも、ヨルが来てくれたことに安堵した。
数時間前わたしを放り出していなくなった相手に対して、なぜここまで安心を覚えるのかはわからない。
これも、召喚獣と召喚士の力関係、なのだろうか。
腰に据えていた業物が消えていることに焦ったギルゥを嘲笑うかのように、ヨルはくるくるとナイフを指先で回した。
「うまっ」
ヨルはナイフを弄ぶのに飽きたのか、テーブルの上に置いてあったステーキ肉に突き立てた。
口いっぱいに肉を頬張る様子に緊張感はみじんも感じられない。
それでもなぜか、ギルゥとミムズには一ミリも動く気配がなかった。
「どうせなら熱いうちに食いたかったな」
ちろりと覗いた赤い舌が煽情的に唇をなぞり、ヨルはナイフをぽいっとうしろに放り投げた。
「で、いつまでその女掴んでるわけ?」
影になってよく見えないが、ヨルの目には鋭い光が宿っている。
肩を抱くミムズの手に汗がにじんでいるのを感じた。
ミムズもギルゥも、動かないのではなく、動けないのだ。
目の前のひょろひょろの少年に敵うはずがないと、わかっているんだ―……
「ふん……。今日はひとまず退散するとしましょう」
わたしの肩を放し、ミムズはとことん悪役じみたセリフを吐き捨てて店を後にした。
「またお会いしましょう、ビッチなお嬢さん」
スーツの裾を翻し、何事もなかったかのように店を後にするミムズの横からは、いつの間にかギルゥの姿は消えていた。
「こ、怖かったぁ……!」
ふらふらと足から力が抜け、地べたに崩れ落ちる。
ナイフ突きつけられるわ、ヤられそうになるわ、転生初日からハードすぎる。
「ったく」
フードを下ろし、乱れた髪の毛を頭を振って直しながら、ヨルが近づいてくる。
「ヨル!ありが…」
「待ってろって言っただろーが!手間かけさせんじゃねえ!」
差し出された手を握ろうとして伸ばした手は空を切り、特大のげんこつがこめかみを襲った。
ぐりぐりと抉り取られそうだが、近づいた顔は相変わらず麗しい。
これじゃただのご褒美である。
「ひいい、ごめんなさいいい!」
「どんだけ探したと思ってんだよ……変なトラブルにも巻き込まれてるし。さっさと出るぞ」
「ま、待って!ルイスが……手当てしないと!」
「はあ?」
ヨルにこめかみを押されたおかげで意識がクリアになり、わたしはヨルの手を振り払って倒れているルイスに駆け寄った。
「ヨルも手伝って!頭を打ってるの、手当てしないと!」
「なんでだよ、お前関係ないだろ」
息はある。呼吸が荒いが、顔色は悪くない。アランも早く見てあげないと。
「命の恩人なの!そうでなくても助けないと!アンタ世界を救うんでしょ!?」
焦る気持ちを抑え、ルイスの頭を揺らさないようにして肩を担いだ。
まずは横にしないと。何をどうしたらいいのか全然わかんない。
こんなことなら、救命救急の講習、ちゃんと受けとくんだった!
「チッ、そんなことだけ覚えてやがる」
ヨルはぼりぼりと頭を掻くと、店の端まで弾き飛ばされたアランに駆け寄った。
「息はあるぞ」
「よかった!でもどうしよう!?119番?!救急車!?」
「そんなのはねえな」
「じゃあどうすんのよ!?」
119番もない、救急車もない、病院の場所も知らない。
ないないのない尽くしに気がふれそうだ。
プリメストの人たちは怪我したらどうやって治療するっていうんだ。
「まあ落ち着けって」
「死んじゃったらどうするのよ!なんでそんな平気でいられんの?!」
「だから落ち着けって」
気が動転して、怒鳴り散らしてしまう。目には自然と、涙がたまっていた。
命の恩人のルイスの命が危ないのと。
目の前にいるケガ人を前にして、何もできない自分のふがいなさと。
「どうしたんだい!?」
見開いた目から涙を落とさないよう、めいいっぱいの表情でヨルにすがったそのとき、よろよろと片手にお札をつかんだレイズばあさんが階段から降りてきた。
「何があったんだい、そんな……」
「ミムズとギルゥってやつにやられたの!頭を打ってるから早く治療しないと」
ミムズに返すお金を、二階にある自宅に取りに行っていたのだ。
レイズばあさんは頭こそしっかりしているが足があまり良くないと言っていた。
きっと、必死にかき集めてきたんだろう。
きっちり留めていたはずの髪の毛は振り乱されてぼさぼさだ。
「そ、そうかい、なんとかしないとね……」
レイズばあさんは、言葉を濁しバツの悪そうな顔をしている。
「どうしたらいい?!街のどこかにお医者さんは?わたしが走って連れてくるし、なんだってする!」
すがるわたしをよそに、なぜかレイズばあさんはルイスとアランよりも、わたしとヨルの方を気にしている。
孫娘が意識不明だっていうのにこの緊迫感のなさはなんだ?
「どうしたの、レイズおばあちゃん!」
ぴたり。
ふいに、おばあちゃんの動きが止まり、わなわなと手を震わせている。
「あんたァ、もしかして、ノートリウスんとこのガキかい?」
「よっす、ばーちゃん」
ひょい、と顔を上げたヨルと目があったレイズばあさんは、かすれる声でそう言い、目を真ん丸にしている。
「あんた、生きてたんだね……」
「ま、いろいろあってな」
よたよたと足を引きずりながら、ヨルの体をペタペタと触っては、本物だあ、とかなんとかのんきに言っている。
「二人とも!知り合いなのか何なのか知らないけど!!ふたり意識不明なのよ!!もっと危機感持ってよ!!」
奇跡の再開だかなんだか知らないけど、今はそんな場合じゃないでしょ!
怒鳴るわたしに、ヨルは片目をつぶって耳をふさいだ。
こぼすまいとしていた涙が頬を伝う。
人って、怒りながら泣けるんだ。
「心配ないよ」
「ばーちゃんがいるならこんなのすぐ、治せんだろ」
ばあさんは首をごきごきと鳴らし、横に寝かされたルイスの前に立った。
「相変わらず生意気なガキだよ。アランもこっちに寝かせとくれ」
「だってよ。お前、なんだってするんだろ」
いくらわたしより若いとはいえ、筋肉のずっしりとついたアランはわたしの体力をごりごりと削るほどには十分に重い。
壁際に倒れたままのアランを引きずり、なんとかルイスの横に並べて寝かせれば、レイズばあさんはジョッキに注いだ酒を一気に呷り、ぷう、と大きく息を吐いた。
レイズばあさんが息を吐いたそばから、辺りの気温が上がっていく。
横たわる二人の周りはしゅうしゅうと熱を帯び、蜃気楼のように視界がぼやける。
目を閉じたままぶつぶつと唱えている言葉は、何を言っているのかほとんど聞き取れない。
「なにしてるの……」
「まあ、見てなって」
強引に横に座らされたヨルの瞳は、真っ赤な炎をともしたようにらんらんと光っていた。
「陽炎の炎粉、彼のものの命に代えて燃え盛れ」
ボッ
アランとルイスの胸元が一瞬音を立てて燃えた、気がした。
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