表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

03.暗転

ほんのちょっとの表現ですが、気分を害される可能性があります。

 

「ミムズの野郎、また来たのかよ……」


 青白い顔で小さく肩を震わせるルイスを椅子に座らせ、アランはきっ、と入り口の男を睨みつけた。


「なんの用だい。期日はまだ先のはずだよ」


 しん、と静まり返った店内に、レイズばあさんのかすれた声が響く。

 店内にいるひょうきんなおじさんたち全員に殺意むき出しの目をさせるなんて、このミムズという男はよほどの嫌われ者とみた。


「何って、婚約者の顔を見に来ただけですよ。ンフッ、いけませんかねえ」

「誰がおまえなんかと結婚させるか!」


 アランがルイスに水を飲ませながら声を荒げた。様子から察するに、ミムズの言う婚約者とはルイスのことのようだ。


「おやおや、ハエがうるさいですね。衛生管理に問題があるんじゃないですか?飲食店としていかがなものかと」


 アランの言葉なんて、まるで耳に届かない様子でミムズはハンカチで鼻を覆った。

 汚いものを見るような目をして。


「チッ、酔いがさめちまった。帰るぜ」


 ナバムさんたちはそう吐き捨てると、乱暴にお金を置いて立ち上がった。

 入り口に立つミムズに肩をぶつけるようにして強引に店を出て行けば、店にはわたしとレイズばあさんにアラン、そしてルイスだけが取り残される。

 空気は殺伐とピリつき、ルイスが肩を強張らせて浅く呼吸をする音だけが響いた。


「やれやれ、穏やかじゃないですね」


 ミムズと呼ばれた男性は、ぶつかった肩に汚れでも着いたかのように手で払うと、フレームのないメガネを中指で押し上げながらツカツカと足音を立てて店内に足を踏み入れた。


 年は三十代前半くらい、背はひょろりと高く、全ての無駄を削ぎ取ったような骨張った肉付き。オールバックにした黒髪はジェルで固めてあるのか、テラテラと照明を反射する。身に纏ったグレースーツの袖から覗く高そうな金時計からは金持ちの匂いがした。


「か、帰ってください……」


 真っ直ぐにカウンターへ向かうミムズに、ルイスが眉間にシワを寄せて絞り出すように声を震わせる。顔から血の気が引き、水を飲んだ直後だというのに唇が渇いている。


「あなたと婚約した覚えはありません……!」

「ンフッ、そうは言っても、契約ですから」


 過呼吸になりかけているのか、ルイスの手からコップが滑り落ち、陶器がぶつかる音が店内に反響した。


 彼女の様子を見ればミムズを酷く嫌っているのは一目瞭然だ。

 十四、五歳のルイスからすれば二十も歳の離れた男と婚約なんてそれだけでも嫌だろうが、それ以上の嫌悪感を抱いているように見える。


「それとも、来週までに10万ゴールド返していただけると?私はそれでも構いませんが」


 アランとわたしの間に割って入りカウンターに手をつくと、ミムズはニヤリと口角をあげた。

 口元は笑っていても瞳の奥は笑っていない。不気味な表情にぞわりと背中が粟立つのを感じる。


「すぐ!今ある金を持ってくるから、今すぐ帰ってくれ!」

「ごゆっくり」


 青白い顔色の孫娘の様子に気が動転したのか、レイズばあさんは足をもたつかせて二階へ上がっていった。


「日々の売り上げが千ゴールドそこいらで、返せるんですかねえ、残り10万」


 ガラガラになった店内をぐるりと見渡し、ミムズはあざけるように言った。


「それは……」


 ルイスは顔を真っ青にしてわなわなと肩を振るわせ、大きく息を吐いた。息が吸えていないのか、ヒュウ、と喉が鳴る音がする。


 ゴールドというのはこちらの通貨の単位で、今日のお任せディナーが150ゴールドだから、1ゴールド10円くらいのレートだと考えられる。

 それが10万ゴールドということは百万円……ルイスはそれだけの金をミムズから借りているということだ。

 どうしてそんな借金を……


「とんでもない利子付けやがって!10万ゴールドなんて払えるワケねえだろ!」

「おや、まだハエが残っていたとは。この店はいつもブンブンとうるさいですね」


 これまで黙っていたアランが我慢ならないと食ってかかるも、ミムズは見向きもせずに鼻で笑った。

 まるでわたしたちのことなんて虫と同じにしか見えていないかのような振る舞いに、胸がズキっと痛む。ナバムさんたちが出て行ったのも当然だ。


「ルイスさん、いい加減あなたもこの店を諦めたらどうです。こんな虫けらの相手なんてせずに。店がやりたいならもっといい場所で開かせてあげますよ」


 長い脚を投げ出してカウンターに腰をかけると、ミムズはルイスの手に自分の掌を重ねる。

 その手つきは這うようにじっとりといやらしく、見ているだけで鳥肌が立った。


「は、離して!」

「夫婦になるんです、手ぐらいいいじゃないですか」


 絡めとるように指を掬うと、ミムズはニヤリと口元を歪めながらそのか細い指先に赤い舌を這わせた。


「ひっ……!」

「そのうち、もっと凄いことするんですから」

「やめろ!」


 ダアン!

 アランがミムズの胸ぐらを掴むのとほとんど同時に鳴った衝撃音。

 スローモーションで流れた映像は、掴みかかったアランが“何か”の衝撃で吹き飛んでいく様。


「アラン!」


 駆け寄ろうとするルイスの手を握る力を強めて制し、ミムズは反対の手で眼鏡を押し上げた。


「放して!放して……きゃあっ!」

「ルイス!!」


 ミムズは顔色一つ変えず、じたばたと暴れるルイスの手を強く引き、カウンターに顔を叩きつけた。桃色の髪の毛がはらりと力なく零れ落ち、彼女の表情を隠す。


「……ギルゥ、虫を殺すときは静かにと言っているでしょう」

「申し訳ありません」


 氷のように冷たい感情のない声。

 背後にいつの間にか立っていたその姿を、わたしには振り向いて確かめることさえできなかった。

 首元に突き立てられているひんやりとした感触がナイフのそれであることはすぐに分かった。

 首筋を冷や汗が伝い、恐怖のあまり喉からは音もなく空気だけが漏れる。


「放っておいて平気ですよ。ナイフをおろしなさい」

「念のためです」

「彼女はレベル1ですよ。懸念することなんてありません」


 耳で聞こえる音が全部心臓の音にかき消されるくらい、心臓がバクバクと早鳴る。

 ナイフを突き立てられた経験なんてない。

 恐怖の中では、殺される、としか考えられなかった。


「ミムズ様がそうおっしゃるなら」


 機械音ほどに感情のない声の主は、喉元からナイフを下ろすと、そのまま姿を消してしまった。


「は、はぁっ……はあっ……!」


 わずか数十秒のことだっただろうが、数時間にも感じられたその間、わたしの呼吸は止まっていたらしい。脈拍は全力疾走した後以上に早く強く、息苦しさに胸を抱え込んだ。


「まったく、ピイピイと小うるさい娘ですね。手間のかかる」


 わたしにナイフを突き立てていた男が消えるのと同時に、ミムズはルイスの頭を抑えつけていた手を離した。

 手のひらをハンカチで拭いながら、ミムズは鬱陶しそうに言い放つ。


 叩きつけた時点でルイスの意識は昏倒していただろうに抑えつけるなんて非道すぎる。


「……ひどい」


 それが、仮にも婚約者に対する態度なの―……?!

 沸々と湧き上がる怒りに、気が付けば声が漏れ出ていた。


「あんたねえ……!」

「おや?ふむ、よく見れば……」


 危ない橋を渡る度胸なんて、なかったはずだった。

 石橋は叩けるだけ叩き、赤信号はみんなが渡っても渡らない。


 そんな慎重すぎるわたしが。


「なんてことすんのよ!!」


 ミムズのスーツに掴みかかろうとした瞬間、先ほど背後にいた男に腕をねじりあげられた。


「痛っ!」


 振り上げたこぶしは後ろに抑えつけられ、わたしはその痛みに悶えながらもミムズをにらみつけた。


「気の強いお嬢さんだ」


 ミムズは目の奥を光らせ、全身を舐め回すように見つめると、自身の下唇を舐めてわたしの頬を骨ばった指先でなぞった。


 固く留められた腕は体を振ってもほどけることは無く、思わず体を後ろに引いてみるも無駄な抵抗にすぎなかった。


「そして、美しい」


 つう、と指先は顎を伝いそのまま首筋をなぞった。

 鎖骨をなぞる指先の冷たさに、鳥肌が立つ。

 そのまま指先をじらすように下ろし、ふくらみの頂をかすめたとき、これまで出したことのない甘い声が漏れた。


「んっ……!」

「素晴らしい!美しいお嬢さん、僕の愛人になりませんか?不自由ない生活を約束しますよ」

「……なに言って……」


 自分でもなんでそんな声が出てしまったのかわからない。羞恥で顔が真っ赤だ。

 全然良くないけど、ルイスもアランも意識がなくて今だけはよかった。


「ルイスさんは子供の時から知ってますからねえ。いくら美しくても、どうもアッチがふるわなさそうでして」

「ふざけないで!」


 アッチ、というのはつまり、そっちのことだろう。

 ミムズのとんでもない提案に声を荒げれば、後ろの男の手を握る力が強くなった。

 いくら気を失っているとはいえ、婚約者の目の前で愛人になれだなんて、頭沸いてんのか。


「ふざけてませんよ、エリサさん。あなたのご職業にぴったりのご提案じゃないですか」

「……え?」

「ビッチ、なんでしょう?」


 わたしはこの男に名乗っていない。百歩譲って名前を知っていたとしても、わたしの職業を知っているのは、ステータス画面を見せたルイスだけのはずだ。


「なんで知ってるの……」


 そういえばさっき、わたしのことをレベル1だと言っていた。

 なぜ、一体、どこで。


 体の隅まで見透かされているような、そんな得も言われぬ不安がわたしを襲う。


「私は“鑑定スキル”持ちでしてね。先ほど拝見させていただきました。ンフッ、ビッチでレベル1だなんて、体を売って生きていくしかありませんものねえ」

「……う、売ってないわよ!」

「おや、では処女ですか。ならなおのこと勝手が良い」


 ぐい、とわたしの両脚の間にその長い片足を差し込むと、にっこりと笑ってわたしの顎先をつかんだ。


「いろいろ教えて差し上げますよ」

「やっ……」


 前後を挟まれて、わたしの喉からは情けない声しか出なかった。


 やられる。

 こんなところで。


「たすけて……」


 誰も、助けてくれるはずないのに。


 誰か、誰か。


「ヨル……!」


 ぎゅっと目を閉じ、願うように絞り出したのは、来てくれるはずがないその名前。



「はーあ。呼んだか、あばずれ」



少しでも、面白かった・続きが気になる、と思っていただけましたら、ブックマークや評価をお願い致します。

執筆の励みになります。


評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】を押していただけるとできます。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ