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01.行き倒れと天使

 

「だから、お金ならありますって!」

「そんなナリで言われたって信じられるか。帰ってくれ」

「嘘じゃないですってば!」


 ピシャッ、扉が強く閉められる音と同時に、汚いものをつまみ出すみたいに店を追い出された。

 路地裏に投げ出されてついた掌には砂が食い込み、赤黒くなった膝小僧からは血が滲む。

 この街に来てすでに三軒目の経験に、心がささくれだっていく。


「なんで信じてもらえないんだろう……」

「どっからどう見ても金持ってるようには見えねえからな」


 キャミソールにショートパンツに裸足。初期アバター同然のわたしが街についた頃には、全身もれなく泥だらけになっていた。

 廃墟を出て鬱蒼と茂る森を抜けてきたせいで髪の毛には葉っぱが絡まり、体中からは汗や埃やらで乙女のそれとは思えぬ匂いを放つ。

 街ゆく人々の白けた視線が背中に刺さる。金を持っていなさそうに見えるのは当然だった。


「お腹すいた……疲れた……」


 掌についた砂を落としながら、空腹でぎゅるぎゅると鳴り響くお腹を抑える。

 街中の飲食店から軒並み入店拒否を食らっているせいで、転生してからというもの一食も口にしていない。


 わたしたちが最初に向かったのは、廃墟から最も近くにあるプリメストという街だった。

 プリメストも“元勇者御一行様”の一人が治める国の街で、国王様の鉄壁の防御力によって、この国にはモンスターが出てこない。

 モンスターの出現に脅かされることがない赤レンガ造りのこの街は、穏やかな気候も相まって商人たちで賑わい、近隣の街々から集まる珍品を目当てに多くの観光客が訪れる名所だ。


 日本でいうところのパスポートがなくとも入れる街であるが故に偽札を使う人間も後をたたず、身分証を持っていないと買い物ができない店がほとんど。

 金ならあると言ったところで、身なりはボロボロで身分証も持たないわたしの言うことなんて信じてもらえないのは当たり前のことだった。


「軟弱だな、頑張って歩けよ」

「あんたねえ……誰のせいでこんな疲れてると思ってんのよ……!」


 後前を逆にして持ったリュックの中から、一匹の黒猫がひょっこりと顔をのぞかせ、わたしをせっついた。

 愛らしい姿に変身しているが、その正体はわたしを転生させたあの口の悪い美少年・ヨルである。

 街へ向かう道中、歩くのが面倒くさいからと猫の姿でわたしのリュックに忍び込んでいる横着者だ。


「あんた四キロくらいあるでしょ。そんなの背負ってよく歩いたねって褒めてくれたっていいと思うんだけど?」

「あーはいはい、スゴイネー」


 棒読みで他人事のように欠伸をするヨルに怒りが湧く。


「後で絶対撫でまわしてやるからな……」

「やれるもんならやってみな」


 わたしが伸ばした手をいとも容易く避け、ヨルは悪戯っぽく笑った。

 大通りに面した路面店は人通りも多く明るいのに、一本入った路地裏は建物の影が落とされ、ほとんど日が差し込まない。

 意識ははっきりしているのに、空腹と疲労で体が動かない。そろそろ体力が切れるんだろう。


「ステータス・オープン」


 右手を前方に少し伸ばし、そう唱えれば、手のひらの先にヴォン、と音を立てて小さな画面が浮き上がった。


 ―――――――――

 エリサ・ヒルフラワー(Lv.1)

 職業:ビッチ

 体力:5/150

 魔力:10/10


 攻撃力:20

 防御力:20

 素早さ:15

 スキル:欲しがり(効果自動適用(パッシブ)

 ―――――――――



 華岡梨沙改め、エリサ・ヒルフラワーとただ英語表記にしただけの名前をこの世界で名乗ることにしたのは数時間前。

 ステータス画面に映された自分の新しい名前は、見るたびに少し恥ずかしいようなこそばゆい気持ちになる。


「げ、体力あと5しかないのか……」


 ステータス画面の中で一つだけ真っ赤に表示された体力ゲージを見ながら、わたしはため息をついた。

 体力が 0になれば死ぬこの世界では、残り体力が10を切ると著しい疲労と眠気に襲われ、体を休めるように警告が出される。

 体力ゲージは戦闘でのダメージでも削られるが、ただの疲労でも減ってしまう。ヨルいわくステータスがクソ雑魚のわたしは、たかだか四キロの猫を背負って歩くだけで体力がゴリゴリなくなっていくわけだ。


「もう体力切れかよ。ほんとに使えねーな」


 猛烈な眠気に瞼が半分閉じかけるわたしを横目に、ヨルは呆れたように大げさに言い放った。

 削られた体力は回復ポーションや回復魔法以外にも睡眠でも回復するので、ゲージが0になる直前に自動的に気絶する仕様になっている。ここに来るまでにすでに二回経験済みである。


「ポーションないの?」

「こんなことで使ってたら何本あっても足りねえなあ」


 明らかにいらだった声音で吐き捨てると、ヨルはカバンからヒョイと飛び出した。

 ビッチというハズレ職業、低すぎるステータス、効果自動適用がゆえにどうやって発動するのかわからないスキル。

 何一つとして役立たないわたしと契約が成立してしまったせいで、なおもフラストレーションマックスなのが見て取れる。


「体力回復に時間かかるだろ。その間ちょっと歩いてくるわ」

「ちょっと待ってよ、襲われでもしたらどうすんの!」


 猫の姿のまま、わたしの頭を踏み台にして身軽に塀の上に飛び乗ると、わたしを見下ろして言った。


「盗られて困るもの持ってねえだろ」

「た、たしかに……」

「あ、もし復活したときにオレが戻らなかったら、レベル上げしとけよ。そうじゃなかったらあの約束だからな」

「待ちなさいよクソネコ!」

「うそうそ、帰ってくるからちゃんと待っとけよー」


 わたしの叫びも虚しく、ヨルの姿は遠くに消えてしまった。


 あの約束、というのは、先刻交わしたこの世界で過ごすための条件。

 ヨルにとって、ただのビッチのわたしには、国王と寝て寝首を掻く以外に価値がない。

 男性経験ゼロのわたしじゃそんな任務すらこなせないということで、とにかく男性経験をつんで来い、と言われたのだ。

 それが嫌ならレベル上げして戦えるだけの力を付けろ、というスパルタっぷり。

 ヤリたくなければレベルをあげなければ、ヨルに見捨てられて路頭に迷う未来が差し迫っているのだ。


「いくらビッチだからってさ、ちょっと冷酷すぎじゃない?」


 店の影は日差しを遮り、肌寒くなってきた。意識が持っていかれそうな強い眠気が、体力切れを知らせている。

 一時間くらい寝れば体力が回復するのは実証済みだが、その間わたしは無防備なわけで。

 待ってる間暇だからって、仮にも相方を放置して行くなんてあの男には血が通ってないんだろうか。


「後で絶対息ができなくなるまで撫でまわしてやる……」


 壁にもたれかかり、体力回復のために目を閉じた。

 ヨルがわたしに教えてくれたことといえばステータス画面の見方くらい。

 何も知らない・わからない状況で一人になることがこれほど心細いとは。

 体力ゲージはもう限界まですり減っていたが、落ち着いて眠ることさえできない。悪態でもついていないとどうにかなってしまいそうだったその時、


「あの……大丈夫ですか?」


 目の前で留まったショートブーツに、ふと目線を上げると、心配そうな顔をした少女が立っていた。

 薄桃色のポニーテイルを黄色いリボンで結び、パフスリーブのシャツに、腰に巻かれたカフェエプロンからは膝丈ほどのスカートが覗く。逆光で顔がよく見えない。


「ひどい怪我……服もボロボロ……」


 手に抱えていた紙袋を地面に置き、わたしの顔を覗き込むようにしてしゃがむ。

 薄目を開けて見れば、彼女の不安そうな表情が映される。くりくりとした大きな瞳に小さな唇。年はわたしより少し幼いくらいの十四、五歳だろうか。


「誰がこんなひどいことを……」


 怪我しているのは膝だけなのだが、泥だらけの服装も相まって、まる追い剥ぎにでもあったかの様相をしているわたしに、少女は悲しそうに目元を歪めた。


(あの、違うんです……)

「すぐに手当てするから」


 体力ゲージは意識を失う限界まで下がっていて、喉からは息が漏れる音しか出ず、声にならない言葉は当然彼女の耳には入らない。

 誰かにやられたと勘違いしたまま、彼女は白い指先をわたしの膝小僧にのせ、そっと瞳を閉じて唇を開いた。


「ポピーの花冠、巫女の御名に於いて須く咲き散らせ」


 ふわり。

 赤く柔らかな光とぬくもりがわたしを包み、彼女の触れたところに光の花が浮かび上がる。

 弾けるように花を咲かせて消えたその場所には、傷一つない膝がのぞいていた。

 朦朧としていた意識ははっきりと淀みが消え、疲労までもが消えている。


「い、今の、魔法……?」


 わたしは幻覚をみているんだろうか。それとも、彼女は天使だったとか?


「は?え、なんで?」


 ばちり、と目が合えば、何が起きているのかわからないわたし以上に彼女は目を丸めて驚いた。

 キョロキョロとあたりを見渡し、紙袋を拾い上げて足早に立ち去ろうとする。


「あの、よくわからないけど、ありがとうございます!お礼をさせてください!」

「お、お礼なんていいです」


 にじりよるわたしから逃げるように後ずさる彼女の手首を掴む。

 思い返して見れば強引だったが、命の恩人に何もしないという選択肢はなかったのだ。


「そんなわけにはいかないです!わたしエリサっていいます!あなたは?」

「ちょっ、声が大きいですって……!」


 しぃっ!と口元を塞がれる。手のひらから感じる脈拍の速さから、焦っているのが感じられる。


「せめてお名前だけでも……!」


 塞がれた口からモゴモゴとすがると、彼女は観念したように肩を落とした。


「ルイスです!それでいいですか!?」


 ルイス。そう名乗ると、尚も熱い視線を送るわたしに向かって、彼女はほぼヤケクソに言い放った。


「ああもう、わかりました!ついてきてください!」



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