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03.一発ヤッちゃって

 

「大ハズレかよ!」


 ガンッと大きな音をたて、さっきまで振り上げていたガッツポーズを台の上に振り落とすと、ヨルは力なく項垂れた。


「え……と、大ハズレってことは……」


 わたしのことを見もせずにせっせと片付けを進めると、ヨルは冷たい視線をわたしに向け、ピッ、と親指で首を切る仕草をした。


「お前のステータスも職業も全部大ハズレ。クソ雑魚。あんなエフェクトで期待させやがって、とんだ詐欺だぜ」

「うそ……」


 少年が冗談を言っているようには見えない。

 大ハズレ、ということはつまり、わたしは生き返るチャンスを失ったわけだ。


「あの世行き?!」

「そういうこと。大体なんだよビッチって。初めて聞いたわそんな職業」


 べっ、と出されたピンク色の舌は、憎たらしさよりも可愛さが優っている。三十を何年もすぎると、若い子はみんな可愛く見えるように視力が矯正されるのである。


「わたしの職業……ビッチって、あのビッチ?」

「そりゃそうだろ、尻軽女以外に何があんだよ」


 ヨルは水晶玉を箱に戻し、眉根を寄せた。

 彼氏いない歴=年齢で過ごしてきたわたしに与えられた職業があの“ビッチ”だとは。

 まさかのセックスワーカーに目が回りそうだ。


「だからお前に用はないってこと。ビッチに魔王退治は無理だろ。残念だけど、あの世に戻ってもらうよ」

「……転職できないの!?もう一回チャンスをちょうだいって!」


 縋った手はあっさりと振り払われ、足元に落ちていた紙に滑って転んでしまった。

 ピリリと指先に走る痛みに気付いて見れば、ガラス片で切ったのか血が滲んでいる。


 こんな風に痛みを感じられるのも、生き返ったからこそ。

 何より、せっかく手に入れた美少女の体、そう易々と手放せるものか。


「できないよ。一度決まった職業は何があっても変えられないの」

「そんなぁ……。でもさ、仲間は多いほうがよくない?わたし以外にもいっぱい生き返らせればいいじゃん」


 なんとかヨルの気が変わらないものかと頭を巡らせるも、考えは変わらないらしい。

 面倒くさそうに大きくため息を吐いて、ヨルは銀色の瞳を細めた。


「あのなあ、オレが生き返らせられるのは一人だけなんだよ。簡単に言うなよ。だいたいお前にビッチが務まるのかよ?どうやって稼ぐつもりだ?オレは働かない奴を養うほど甘くねえぞ」

「うっ」


 早口で捲し立てられ、わたしは床に手を着いた。彼は一刻も早くわたしをあの世に送りたいようだ。

 しかし、悔しくはあるが、わたしにビッチが務まるはずがない。どうせ一度死んでいるわけだし、知らない男に股を開いて生きるくらいなら、処女として死んだ方が女のプライドも保てるってものだ。


「それもそうよね……。わかった。困らせてごめんね。なるべく痛くないように殺してくれると助かるわ」


 腹を括ると、少年はようやく眉間のシワを元に戻してくれた。


「契約書を破るだけであんたの魂はすぐにあの世に行けるから、痛みなんて感じないよ。安心しな」

「それはよかった。魔王退治、頑張ってね」

「おう、巻き込んで悪かったな。じゃあこの契約書を破って……、あれ?」


 ヨルは箱の上に手を伸ばすと、困ったようにキョロキョロと辺りを見渡した。


「ここにあった紙がねえ」

「ああ、これのこと?さっき落ちてたよ。汚しちゃったけど、どうせ破るんだしいいよね」


 滑って転んだ原因の紙を差し出すと、ヨルは手に取ったその紙の一点を凝視した。


「……え……?」

「ん?」


 きょとん、と首をかしげるわたしを前に、紙を持ったヨルの方がワナワナと震え、その小刻みな振動は次第に大きくなっていき、それに比例して瞳が大きく見開かれていく。


「あああああああ!!!!!」

『転生者の召喚が成功、血の契約が結ばれました』


 ヨルの叫び声と、機械音のどちらが先だったか。

 ぽう、と柔らかな光りがわたしたちを包み、わたしの体になにかあたたかいものが入っていくのを感じる。

 大きな声を上げて膝から崩れ落ちた彼の顔からは、見ている方がギョッとするほど血の気が引いていた。


「ど、どうしたの?大丈夫?」


 慌ててしゃがんで背中をさすると、ヨルは餌待ちの鯉のようにぱくぱくと口を動かした。


「……んな……」

「何?聞こえない」

「ふざけんなよ!!!!」


 真っ青だった顔色に血の気が戻るにつれ、ヨルの怒りのボルテージはどんどんと上がり、大きな声で一言だけ怒鳴ると、そのままぷつんと糸が切れたように押し黙ってしまった。


「急にどうしたの?」


 肩に回されたわたしの腕を落とすように手を振り上げると、ヨルのその掌は力なく床に落とされた。


「……契約しちゃったんだよ」

「えっ?」

「……この契約書に血判を押してオレに返す。それが転生が成立する条件だったんだよ」

「……なるほど?」


 絶望の淵にいるような力ない声で話すヨルの様相に聞き返せずにとりあえず頷くと、彼は呆れたようにため息をついた。


「何もわかってねえだろ……。お前の血で汚した契約書をオレが受け取っちまった。普通は血判押す前にオレが破いて転生をなかったことにしてたんだ、これで契約破棄が効かなくなっちまったじゃねえか……」


 頭を抱えながら話すヨルの言うことを整理するには、ヨルは、異世界から死者の魂を召喚し、転生させることができる超レアな“召喚士”らしい。

 異世界から召喚した時点では転生は確定しておらず、契約書に血判を押すことで転生が確定するため、より良いステータスと強い職業の人間が出てくるまで、これまで何度も召喚を繰り返していた。


 今日もご多分に漏れず、ステータス最弱・大ハズレ職業のわたしの契約書を破って召喚を取り消そうとしたのに、わたしがそこに血をつけてしまったせいで『契約が成立してしまった』のだ。


「えっと……つまり……」


 ここまで聞けば、さすがに全貌を把握してしまった。

 死を受け入れた後、ものの数分で何が起きてしまったのか、彼がなぜここまで失意の底に落とされてしまったのか。

 そして、わたしの身にこれから何が起きるのかも−……。


「お前はもうこの世界でビッチとして生きてくしかないってこと……」

「最悪だよ!!」

「こっちのセリフだよ!!!」


 信じたくなかったが、わたしはこの世界で“ビッチ”として生きていくしかないらしい。


「……あーあ、詰んだな。最悪。どうやってこれで戦えっていうんだ」


 自暴自棄になったヨルは、服が汚れるのも気にせず床に大の字に寝転んでしまった。


「他に転生を取り消す方法はないの?」

「ないね。お前が死ぬまでは次の召喚はできないよ」


 ヨルはゴロリと寝返りを打ち、うつ伏せになってしまった。


「……なんか……ごめん」

「でも待てよ……お前が死にさえすれば次の転生者を召喚できるわけだから……」

「え、この流れでわたし殺されるの?」


 思わず両腕を抱えて身震いすると、ヨルはバーカ、ともう一度寝返りを打って起き上がった。


「残念だけど召喚士が召喚獣に危害を加えることはできないよ。召喚士と召喚獣は一蓮托生だからな」

「召喚獣って……人をモンスターみたいに言わないでよ」

「あとはお前が一刻も早く寿命をまっとうして死ぬことを待つくらいだな……」


 わたしもヨルも詰んだ状況に置かれていることになんだか笑いがこみ上げてくる。

 どうにもならない状況に置かれた時、人は笑うしかないのかもしれない。


「あんた結構ひどいこと言うね」

「お前が死なないとオレが世界を救えないじゃん」


 寝転がったヨルの近くにしゃがみ、わたしはうーん、と首をひねった。

 さっきから魔王退治とか世界を救うとか、彼の目的がぼんやりしているせいで、それを達成する手段が何も見えてこないのだ。

 ただの武力行使でしか解決しない問題だったらビッチにはなにもできなさそうだが、そうじゃなければできることはあるかもしれない。


「世界を救うってさ、いったい何なの?どういうことがしたいわけ?」

「……」

「あんたとわたしは一蓮托生なんでしょ。やりたいこと、ちゃんと手伝いたいもの。教えてよ」


 ビッチに転生してしまったことは仕方がない。くよくよしたって何も始まらないのだ、できることを探さなければ。

 わたしの問いかけに、ヨルはしばらく拗ねて丸まっていたが、ずっと見続けていると諦めて口を開いた。


「オレの目的は、元勇者様御一行“トリニティノヴァ”を倒すこと―……」



 かつて、この世界には魔王が存在した。

 人間の住む領土を侵略し、凌辱し、世界は何百年もの間混沌に陥った。


 魔王を倒すべく何人もの勇敢なる冒険者が立ち向かい、そのたびに敗れていった。

 疲弊しきった世界に、ある日一人の勇者が現れた。


 一騎当千の戦闘力に、人望を併せ持ったその男は、世界各地で仲間を集め、『トリニティノヴァ』と呼ばれるパーティを組み、魔王を倒すことに成功した。

 魔王を失ったモンスターたちは統率力を失い、次第にその勢力を弱めていった。

 残されたモンスターたちは脅威ではなくなり、放置されることになったが、それでも世界には久方の平和が戻った。


「え、いいヤツらじゃん。なんで倒すの?」

「それで終われば、な。勇者たちはその功績をたたえられ、ひとり一つずつの国が与えられたんだよ」


 ヨルはわたしの口を塞ぎ、黙って聞け、と続きを話した。ひんやりとした掌が気持ちいい。


「だけど、奴ら全員に国を治められるような器はなかった。奴らの治める国には、いろんな問題がある……。恐ろしく高い税金、廃止されない奴隷制度、絶えない隣国との戦争……とかな」


 そこまで言ってヨルは一呼吸置いた。


 全員が全員、ではないが、悪政を繰り返す国王たちは、それでいて“世界を魔王から救った勇者”であることに変わりなく、民衆は逆らうこともできず、苦しめられている―……らしい。


「信じがたい話ね……」

「今は信じられなくてもそのうち目の当たりにするさ」


 ヨルはその状況を憂いて反旗を翻そうとしているのだ。

 思ったよりずっと壮大な目的に、わたしはごくりとつばを飲み込んだ。


「それで?これを聞いて、お前に何ができるよ?」


 一層鋭くなるヨルの視線に射抜かれそうだ。


「ごめん……すぐには思いつかない」


 しょんぼりと肩を落とすわたしに、ヨルは重たい腰を上げてのんびりと伸びをした。


「だろうな」

「でも、相手がモンスターじゃないなら、わたしにもできることはあると思う」


 何も思いつかないが、それでも何故か、なんでもできそうな気がした。

 わたしは若いのだ。もう肩こりに悩まされることもないし、ぎっくり腰でコルセットのお世話になることもない。近眼と老眼が同時に始まるなんてバグもないんだから。


 きっ、と目に力を入れてヨルの方を見ると、まあたしかに、と腕を組んだ。


「じゃあ、まずは一発やってきてもらうか」

「は……?」

「さすがに経験ゼロじゃ、国王を満足させるのは無理だろうし」


 ヨルはウロウロと右に左に動き回りながら、何事か思案している。嫌な予感がする。


「念のために聞くけど……何を?」


 思わずぴくりと眉根が動いてしまう。

 うん、まさかそんな、こんな美少年からそんな汚い言葉、出ないはずよ。そうに違いない。


 そんなわたしの思いは叶わず、ヨルは呆れたように口を開いた。


「……そんなの決まってんだろ、セックスだよ。一発寝て寝首でも掻けりゃ上出来じゃん?」

「……サイッテー!!!!」


 それが、わたしの転生ライフの始まりだった。



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