04.兄と妹
「やあ、君がエリサかい?」
メインディッシュが運ばれてきたころ、銀色の髪をした青年がわたしの顔を覗き込んだ。
「げほっ!」
「びっくりさせてしまったかな、すまないね」
物音ひとつ立てずに突然現れた青年に驚いて飲んでいた紅茶が鼻に入った。
とんでもないことをしてくれたな。
「……大丈夫です」
げほげほ、とむせるわたしの背中をベルーナがさすり、ナプキンで鼻を拭いて息を整えた。
「僕はシャルル。シャルロッテの兄だよ。妹を救ってくれたんだって?」
「お兄さん……?」
ベルーナの話では、シャルロッテはワイズマン家の一人娘だったはずだが。
訝るわたしの顔を見て、シャルルはああ、とすぐに察して明るく笑った。
「正確に言えば血のつながりはないんだ。僕はこの家の養子だからね」
ワイズマン家の正妻の子どもはシャルロッテただ一人で、シャルルは跡取り息子かなにかとして養子に入ったんだろう。お金持ちの家ではよくある話に違いない。
ベルーナがシャルロッテを一人娘と称したのは嘘ではないようだ。
同じ銀色の髪をしていても、顔は全然似ていない。表情や所作からにじみ出る雰囲気は、シャルルのほうが穏やかで品がある。
「ロッテとは顔も似てないだろ」
「たしかにそうですね」
ロッテ、というのはシャルロッテの愛称だろう。
彼女はシャルと呼ぶように言っていたが、兄がシャルルで妹がシャルロッテじゃ、略したらどっちもシャルじゃん、と内心突っ込みながら、差し出された手を握った。
「お近づきのしるしに、」
握られた手の甲に流れるように口づけを落とし、シャルルはゆったりと微笑んだ。
「んなっ……!」
スムーズすぎて呆気にとられたのも束の間、思考が追い付いて顔が真っ赤に染まる。
これが世の女子が落ちるという、かの有名な……!
「エリサに何するんだ!」
ある種の感動に浸っていると、隣に座っていたローグがフォークを片手に持ったまま立ち上がった。
「ただの挨拶だよ。君がエリサのナイトだね?」
「ナイト?彼の名前はローグよ」
「聞いたよ。エリサのピンチを救ったって。だから君は彼女の騎士だろ」
ローグの肩にそっと手を置き、パチン、とシャルルはウィンクを飛ばす。
ローグは顔を真っ赤にして頷き、毒気が抜かれたようにフォークを置いてシャルルと握手した。
人見知りのローグを一言で懐柔するとは、なかなかのタラシだ……!
「ちょっとお兄様、私を差し置いて私のお客様と談笑なさるなんて失礼では?」
「見つかってしまったようだね、マイ・スウィーティ」
一足遅れて現れたシャルロッテはサーモンピンクのドレスを身に纏い、腰に手を当てて不機嫌そうに甲高い声を出した。
「その呼び方、反吐が出ます」
「相変わらず手厳しいね」
タラシの義兄の歯の浮くようなセリフも妹には通じないようで、シャルルは降参ポーズをとると端の席に腰かけた。
シャルロッテはその様子を見守ってからわたしの前の席に座り、手を一つ叩いてメイドを呼びつけた。
「デザートだけいただくわ」
「僕はコーヒーを」
仲の良くなさそうな二人の様子に胃がキリキリする。メインディッシュは冷めて味がしなくなってしまった。
「ところで、お二人はこの街に何の用があったの?」
アフタヌーンティースタンドいっぱいに盛られたスイーツからひときわ小さいものをとって、シャルロッテはさほどの興味もなさそうにフォークを突き立てた。
「えっ……と」
突然の質問に動揺が隠しきれない。
まさか領主を殺しに来ましたなんて言えるはずもなく、言葉が何も出てこなくてオドオドしていると、シャルルがコーヒーカップを置いて指を組んだ。
「この街は貴族階級のみが立ち入ることを許された場所なんだよ。ほかの街にいる親族が来る場合は迎えをよこすのが普通だ。専属の商人以外は商いもできないし、観光客の受け入れもしていない」
シャルルの瞳の奥が鋭く光る。疑いを向けられているのは明らかだ。
「君たちが泥棒……ってことはないよね?」
「まさかそんな!」
お金持ちのみが住む街に、正式な許可証なく入ってきた人間。
怪しさ満点のその目的がお金目当てであると疑われるのは道理にかなっている。
「じゃあ一体どんな用事があるのかな?」
にっこりと微笑み、シャルルは左手をそっと肩の高さに掲げた。
途端に部屋の空気がぴりつき、その腕が下ろされたら何が起きるか薄々察した。
「……それは、その」
ヤバい。
乗り込んだはいいが、このままじゃ投獄待ったなしだ。
「ごまかせ」
うろたえるわたしに、ローグの膝の上から軽々と飛び移り、ヨルは低い声で耳打ちした。
手助けに来てくれたわけでもなく、しくじったら殺すぞ、とばかりに鋭い爪が指先から覗いている。
ええい、もう、なるようになれ!
「と、トリルさんにお会いしたくて……!」
わたしは肩をすくめ、目を閉じて声を張り上げた。
何言ってんだてめえ、と言わんばかりの視線がヨルから投げられているのが見なくてもわかる。
「じつはわたし、レベル1でして……。モンスターを倒してもレベルが上がらないんです。それで、レベル999もあって、世界中を旅されてきた元勇者様なら、なにかご存知でないかと思って……。でもこんなこと恥ずかしくって誰にも言えなくって……!!」
嘘をつくならそこに少しの真実を交えたほうがいい、と昔何かの本で読んだことがある。
言葉を挟ませる間もなく言い切ると、しん……と部屋中が静まり返った。
「ステータス画面もお見せしますのでっ!」
勢いよくステータス画面を開けば、後ろに控えていたメイドたちまでもがその画面をのぞき込んで、わあ……とため息とも感嘆とも取れない息を吐いた。
「レベル1……その年でそんなことが」
「そんなに低いステータスでよくここまで生きていられたわね……」
「それに職業がビッチって……」
「いやらしいわ‥‥…」
メイドたちのひそひそ話は全てつつぬけで、恥ずかしさで耳が熱い。
「こら、あなたたち!お客様に失礼でしょう!自分の持ち場に戻りなさい!」
わたしの赤い顔に気づいたのか、一人静かに脇に立っていたペルカが窘め、ハッとした表情のメイドたちはすぐさま部屋を後に去っていく。
再び静かになった部屋で、わたしはおずおずと顔を上げた。
「ここまで大変だったわね……」
「え?」
「レベル1だなんて、赤ちゃんと同じだもの……よくその年まで生きてこれたわね」
目元にハンカチをあて、シャルロッテはずび、と鼻水をすすった。
なにが彼女の琴線に触れたのかはわからないが、同情を買ったようだ。
「レベル1なのに妹を助けに行くなんて、それは勇敢じゃなく無謀だよ」
「は、はあ……」
シャルルもなぜか同様に目元をぬぐっている。情緒大丈夫か、この兄妹。
若干引き気味で彼らの様子を見ていると、シャルルはパッと顔を上げてウィンクした。
「トリル様に会うのは簡単じゃないが、なんとか取り計らってみよう」
「本当ですか?!」
「はは、期待しないでくれたまえ。彼は人嫌いだからね……。ただ、この街には古くからの蔵書がたくさんあるから、何かの助けになるかもしれない。探してみるといいよ。その間は何日でも家に居たら良いさ」
ぱあ、と顔を明るくしてローグと顔を見合わせる。まさかこのレベル1が役に立つとは。嘘も方便だわ。
「ロッテ、エリサの案内をしてあげるんだよ」
「お兄様に言われなくたって」
シャルロッテもいつの間に戻ったのか、平然とした顔で口を尖らせた。
局面を切り抜けたことでほっと一息ついたのもつかの間、
「ところでエリサ、あなたの職業……ビッチとはいったい何なのかしら?」
あどけない顔で目を輝かせるシャルロッテに、逃げるように部屋を出ていくシャルル。
わたしがさらに窮地に追い詰められることになったのは、また別の話。
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