01.旅がはじまる
「あーあ、結局ルイスたちに挨拶できなかったな」
「また行けばいいだろ」
休む間もなく砂利道を歩き、気が付けば夜も明け、差し込む朝日が地面に反射して眩しい。
ヨルは疲れた、といって猫の姿に変身してローグの持つカバンに潜り込んでいる。
相変わらずの横着ものだ。
「簡単に言うけどさ、行先はヨルが決めるじゃん」
「次、右に曲がる……」
地図を見ながら歩いているせいで、ローグの足元はおぼつかない。
後ろを歩くこっちがひやひやする。
「ふ、ふたりは、フォートに何しに行くつもりなの?」
次に向かう町は、ノナンという国の首都・フォート。
プリメストはノナンの南東に位置していたが、フォートは国のど真ん中に位置する要塞のような街だ。
当然、ノナンには堅牢なる守護者がいるため、首都までの道中もモンスターは出ない。
おかげでここまでの軽装でありながらも回りを警戒することなく、油断しきっている。
「ミムズを脅してた男ぶん殴りに」
「ええっ!?」
ヨルの目的は、悪行の目立つ“元勇者御一行様”を国王の座から引きずり下ろすこと。
ミムズを脅していたノナンの守護神は、その“元勇者御一行様”の一員。
わたしのレベルも上がっていないこのタイミングでぶん殴りに行くのは時期尚早に感じるが、遅かれ早かれ倒さなければいけないわけで。
「ま、まさか……本気?」
ローグは目を泳がせ、爪をガジガジと噛んだ。
ミムズたちのことを知る前から、ヨルが“ノナンの守護者”を倒すのは決めていた事とはいえ、プリメストに行ったのがレベル上げ目的だったくらいだから、てっきり次の街でももう少し修行的なことをするのかと思っていた。
今のわたしのレベルで倒せるような男ならミムズが苦労するはずないだろうに、いきなり突撃するなんて酔狂だ。
ローグが焦るのも頷ける。
「本気に決まってんだろ」
「む、無理だよ……」
ローグはヨルの言葉を遮り、一本だった指を二本、三本と増やして口元に運んだ。ガタガタと歯が震えている。
「おれたちじゃ、ゆ、指一本近づけないよ……!」
「そんなに強いの?」
足を止めて頭を抱えたローグに問いかけると、力なく顔を上げた。
「強いなんてもんじゃない……こんな狂った人たちに付いてくるんじゃなかった……」
「……そこまでとは」
ヨルの常人離れした身のこなしを見たせいで、相手がどれほど強くてもなんとなく大丈夫なんじゃないかと思ってしまうのは、わたしの性格が暢気すぎるせいなんだろうか。
「酔狂ではあるけど、トリルは強くないだろ」
「なんであの人を呼び捨てにできるんだよ……っ?!」
トリル、それが今回ぶん殴りに行くべき相手の名前。
ヨルはかばんからひょっこりと顔をのぞかせ、ローグのもしゃもしゃした髪の毛に前足を乗せた。まるで慰めているようにも見える。
「悪い奴に敬称はいらん」
ふい、とそっぽを向き、ヨルはローグの頭を踏み潰した。
「お前は暗殺者だろ。レベル50もあれば戦闘スキルだってあるはずだ。なんでそんなに自信がねえんだ」
「相手のレベルがいくつだと思ってるんだよ!」
ヨルに踏み潰されて顔を地面にうずめたまま、ローグは叫んだ。
「999だぞ!?おれたちに何ができるってんだよ!」
「へ?きゅ、999……?」
くわえていたペロペロキャンディが落ち、声が裏返った。口元がひくひくと引きつっている。
「じょ、冗談だよね?」
「トリニティノヴァは3つの9って意味だよ。それがどういう意味かわかる?」
「レベル999の9人組で構成された、歴代最強パーティだな」
ローグの問いに、ヨルはけろっと答えた。
レベル999の9人組?そんな化け物を9人も倒すつもりなの?
ローグはまだ、トリニティノヴァ全員を倒そうとしていることは知らないが、たった一人を相手取るのだって死にに行くのと同じことがわかっているのだ。
「あんた……そういう大事なことは先に言いなさいよ」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ……」
わたしはがっくりと肩を落とし、頭を抱えた。
そりゃあ、ローグが爪を噛んで奥歯ガタガタ言わされるはずである。
「ローグ、あんた怖かったら来なくっていいわよ……」
「で、でもスキル……」
「死ぬのに比べたらスキル一個なくても生きてるほうがましでしょ。返し方わかったら返しに来るから、家に帰ったほうが賢明よ」
一度死んだ身のわたしは死への恐怖が少し薄れているのかもしれない。ローグは人生一週目、怖いのが当たり前だ。
仲間は一人でも多いほうがいいが、大人として未来ある若者の命を危険に晒すわけにはいかない。
わたしはローグの前で手を振り、ヨルを抱え上げて自分のリュックに押し込んだ。
4キロもある黒猫は不服そうな顔でリュックから顔を出し、わたしの肩はその重さでミシミシと悲鳴を上げる。
「オレはお前がいてもいなくても関係なくアイツを倒しに行くけど。お前はいいのかよ、そんな腰抜けで」
「こら!焚きつけないの!」
「ビッチは黙ってろ。これは男の話だ」
ヨルは身を乗り出し、うずくまったままのローグに発破をかけた。
もともと一人でも倒しに行こうとしていた無鉄砲なのだ。なぜ彼に執着しているのかわからないが、思うところがあるのだろう。
「これまでひどい目にあってきて、自信がなくなったのは仕方ねえ」
「……ちょっと、ヨル」
ロキたちにされた仕打ちをほじくり返すヨルを窘めるも、止まらない。
「でも、もうそこから抜け出したんだろ。またあの生活に戻るつもりかよ」
「やめなって……」
「あの生活を抜け出したかったんだろ。何がそんなに不安なのか言ってみろ」
口をふさごうとしてもヨルはひょいと手をすり抜け、砂利道に降り立った。
「お、おれ、スキルも一個なくしたし……レベルもまだ50ないし……」
「それがなんだってんだ。お前は自分で気づいてないだけで、十分強い。ぼろぼろになっても、あいつを守ったじゃねえか」
わたしのほうを指し、ヨルはギラリと銀色の瞳を輝かせた。
わたしはローグがいなかったらロキに頭を勝ち割られて死んでいた。自分もボロボロなのに、彼はわたしを守ってくれたのだ。
だからこそ、嫌がる彼を連れていくべきではないと思うのに。
それでもヨルは引き下がらずに、ローグの肩にジャンプ蹴りを食らわせた。
「お前が負け犬のまま生きるつもりなら止めねえぞ。ただ、そのままでいいのか、自分の胸に聞いてみろ」
「そ、それは……」
蹴飛ばされて顔を上げたローグは、緋色の瞳を泳がせ、わたしにちらりと目をやった。
「……い、一緒に行く」
ぎゅっと握りしめた拳を膝にたたきつけ、ローグはヨルをまっすぐと見つめた。
「おれは、負け犬じゃ、ない!」
「ハッ、よく言った!」
ヨルはニヤリと笑ってローグのお尻を蹴り飛ばした。
散らばった荷物を拾いあげるローグの横で、わたしはヨルに顔を近づけた。
「ね、なんであの子にこだわるの……?」
「あいつが自分より格上の連中にむかってったことは評価してんだよ。敵前逃亡するような雑魚は論外だからな」
ヨルはぶっきらぼうに言って、再びローグのリュックに体をねじ込んだ。
「それにこっちのほうが、安定感がある」
「……素直じゃないな」
背負って歩いただけでスタミナ切れで倒れるわたしと違って、ローグに運んでもらったほうが楽なのは確かだが、それだけが理由じゃないのは十分伝わった。
ヨルがツンデレなのはまだ出会って数日だけれどわかっているのだ。
「あれ?ねえ、この地図……フォートに向かう最短距離じゃないと思うんだけど……」
「いいから、そのまま進め」
気力が復活したローグは、地図を開くと今更だけど、と口を開いた。
砂利道は次第に粒が細かくなり、ブーツに砂が入り込む。水分を失った地面に踏み込んだ足が沈み、歩きにくい。
日差しが次第に強くなり、空気はカラカラと乾いていく。乾いた喉をうるおそうと粒状の水ドロップを口に放り込んだ。奥歯で嚙み潰すとあふれ出した生ぬるい水が喉の奥に流れ込む。
「見ておけ、ここがこの国の暗部だ」
カラカラに乾いた大地。周りに咲いていたはずの花は枯れ、サボテンのような乾燥地に育つ草が無造作に生えている。
踏み入れた土地には窓のない家がいくつもあり、頬のこけた人たちが籠を背負って次々に洞窟に向って進んでいる。
「なに、これ……」
「鉱山だよ」
ヨルは日差しを避けてリュックの底に潜り込み、声をくぐもらせた。
「金になる魔石が取れるんだ。この街に住む人間は、税金のかわりに魔石を納めさせられてる」
魔石、と呼ばれる魔力を蓄えた石は、この世界での動力源の一つ。魔力を多く蓄えたレアリティの高いものは高値で取引される。
「あんなにやせ細って……」
「おかしい国だろ」
よろよろと歩く覇気のない大人たちの姿は、昨夜まで見ていたプリメストの人たちとは全く違う。
魔石が採れる以外には何の名所もないこの土地に住む人間は、日々魔石を採掘しては国王に収める日々を過ごしている。
苦しい生活であったとしてもこの土地を離れないのは、モンスターの脅威がないというただ一点が相当重要な証拠だ。
「こ、ここだけじゃない。ノナンにはいくつも貧民街があるよ……」
ローグの言葉はずっしりと重みがあり、よろよろと歩く人々の姿に悔しさがこみあげてくる。
「どこも異常な税金払わされてるからな」
「プリメストが平気だったのは……ミムズさんがお金を納めていたから、なんだろうな……」
ローグは地図をぎゅっと握りしめ、ヨルはぎりぎりと歯ぎしりの音を立てた。
本来なら魔石の取引で賑わっていたっておかしくないのに、こんなになるまで税金を取り立てるなんて、めちゃくちゃだ。
「最低の国王様ね……」
「本当に、金にがめつい嫌な奴だよ」
元勇者御一行様の一人が、悪名高いバカ国王というのは本当みたいだ。
生ぬるい風が頬をなぞり、乾燥した砂埃の匂いが鼻を掠める。
どことなく他人事だったはずの旅の目的が、いつしか自分のことになっている。
ルイスたちの住むあの街を守るためにも、ミムズ一人にこれ以上背負わせないためにも。
「絶対倒さなくちゃ」
「当たり前だ」
気づけば口からこぼれていた言葉に、ヨルとローグは力強く頷いた。
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