19.裏
「錬金術師?それじゃああの金塊はあなたが作ったの?」
「君はとても察しがいい……。本当に愛人にしたかった」
肩を落としてうなだれたまま、ミムズはもう疲れたとでも言いたげに口を開いた。
乱れた髪の毛からはエロティシズムさえ感じる。
「お察しの通り、あれを作ったのは私だよ」
「そんなすごいスキルが使えるのに、なんで『鑑定』持ちだなんて嘘ついたのよ……」
錬金術師といえば、なんだって作れる超有能職業なのに、『鑑定』しか使えない大商人だと嘘をつく必要がどこにあったのか。
いまや抵抗する気は全く感じ取れず、わたしはその腕を縛る縄だけほどいてやった。
「金を作るべからず」
ミムズは自嘲気味に笑う。
「私のスキルは『錬金』。読んで字のごとく、金を作ることしかできないんですよ」
この国に生きる者に敷かれたルールの一つ、金を作ってはいけない。
ミムズのスキルはそのルールを破る、金を作ること“しか”できないものだった。
有能な職業の“役に立たない”スキルは、彼の人生を絶望に落とすに十分な材料だったはずだ。
「錬金の副産物ですけれど、目利きには自信があったのでね。鑑定が使えるということにすれば、商人の箔がつきますから。ちょうど良かったんですよ」
「商人でお金を稼ぎながら、裏でニセ金も作ってたってわけ?」
「そんなことしませんよ。ポンポンお金作っていたらインフレしちゃうでしょ」
「じゃあこの金はなんなの……?」
やり方には問題があるけれど、スキルも使わず、自分の力だけで商人としての地位を確立するなんて血のにじむ努力があったに違いない。
「愛人に払うお金、でしょうかね。まともに働いてもそこまでのお金は稼げませんし」
「……最低」
わたしだってそんなことは思っていた。
あれだけ働いて入ってくるお金は毎月の家賃と生活費でほとんど残らない。
それでもみんな必死に働いているっていうのに。
蔑むわたしの視線にも動じず、ミムズは聞かれてもいないのに続ける。
「お嬢さんの言う通り、ルイスと結婚したかったのはスキル目当てですよ。なにぶん、スキルの魔力消費がすさまじいものでね」
自暴自棄にごろりと仰向けになると、ミムズは聞こえるほどの大きさで息を吐いた。
1キロの純金塊を作るだけで魔力を全部使い切ってしまうほどのそのスキルを使うため、強大なバフを持つルイスとの結婚を強行しようとしたのだ。
「そんなことのためにルイスをハメたわけ?」
信じられない、と怒りで拳が震えた。なんて最低で、気持ち悪い。欲にまみれた下半身男じゃないか!
「さ、私をどうしますか?錬金も使って、職業も嘘ついていますし……。これがバレたらタダじゃいられないでしょうね」
「……」
どうしたい、と言われたって。
わたしはミムズをどうこうしたいわけじゃなかった。
ただ、ルイスにブレスレットを返してほしくて。
ローグを裏稼業から解放してほしくて。
それだけ。それだけなのだ。
「殺してくれていいですよ」
わたしの目をじっと見据え、ミムズは小さな声で、けれどはっきりと言った。
殺す?わたしが、ミムズを?
いくら最低な男だからって、殺すほどのことじゃない。モンスターを倒すのとはわけが違う。
想像だにしていなかった言葉に、息が詰まった。
「殺すなんて……」
「ミムズ様!!」
どう返していいかわからず動揺していると、さっきまで伸びていたはずのギルゥが大声で割り込んできた。
縛られたまま這いずる姿は芋虫みたいだ。
「どうして言わないのですか!!!あなたがそんなことをしている理由を!!!」
「必要ないでしょう」
分が悪そうにミムズは顔をゆがめ、ギルゥのセリフを遮る。
「あの人のせいじゃないか!なんで言わないんですか!」
「うるさいですね。お嬢さん、彼はただの駒です。駒の言うことなんか聞く価値もありません」
頭を振り、眼鏡をはずしてミムズは眉間を指で強く押した。
ギルゥの声は、それでも止まることなくがなりたてた。
「ずっとそうだ!ずっと……何も言わず一人で抱え込んで!何のために私がおそばにいると思っているんですか!」
「……何があったんですか」
ミムズに背を向け、ギルゥの目の前にしゃがむ。
「ミムズ様は……っ。ある男に、お金を作らされているのです……」
「よしなさい!!」
ギルゥの密告に、ミムズはこれまでになく声を荒げた。
「そうしなければ、この街の守護を解き、モンスターを解き放つと……!」
「ギルゥ!!!!」
ダァン、とミムズが壁を殴り、パラパラと天井から埃が舞う。
しん、となった部屋に、ミムズの荒い息遣いが響いた。
「それじゃ、あなたは……町の人を守るためにお金を作っていたっていうの?」
わたしの問いかけに、ミムズはピクリとも動かない。
「ミムズ様が偽のお金を作るようになったのは最近のことです。それまでは私財をはたいていたんですから……」
何も言わないミムズの代わりに、ギルゥが話をつづけた。
ミムズはそのスキルに目を付けた“ある男”に脅され、献金してきたこと。
日増しに増額される金額に私財も底をつき、やむを得ず金を作ることに手を染めたこと。
それでもなお上がり続ける要求に応えるには、魔力が尽きることがなくなるほどのバフをかけられるルイスと結婚するしか解決策が思い浮かばなかったこと―……。
「余計なことをぺらぺらと言って……。そんなことをこの女に言ってどうなるというのです!?」
「ミムズ様が殺されずに済みます!」
「……金が作れない時点で、どのみちあの男に殺されて終わりですよ!」
ミムズは街の人をモンスターから守るために。
ギルゥはそんな正義感の強い自分の主人を守るために。
ギルゥの力強い目に見据えられ、わたしはぎゅっとこぶしを握った。
「その男は誰なんですか?」
世界を救うのがわたしの役目なら、その男を倒すのもわたしの仕事だ。
勝手に燃やした正義感はヨルに怒鳴りつけられるとわかっていたが、それでもわたしの怒りは止まらなかった。
いたいけな市民を人質に、善良な人間を苦しめるなぞ、万死に値する。
「この国の守護神……」
縄をほどいてやると、ギルゥはそう残してミムズに駆け寄った。
主人を労わるその目は柔らかで、心底彼を信頼しているのだと伝わってくる。
「……やっぱり、あいつか」
「わかるの、ヨル?」
意外にも怒ることなく、ヨルは冷静に言った。
目の前の人間いちいち助けてられるか、くらい言われると思ったのに。
「オレたちがどのみち倒さないといけない男だよ」
「……トリニティノヴァの一員ってこと?」
「そうだな」
ヨルは頭の後ろで手を組むと、面倒くさそうに息を吐いた。
疲れている今、不機嫌なヨルと話をするのは得策ではないと思い、触らぬ神に祟りなしとわたしはその場を離れた。
「ミムズさん。わたしたちがその男を倒してきます。だからルイスのことは諦めて。あの子には、好きな子がいるのよ」
「……そんなこと知っていますよ。何年見てきたと思ってるんです?」
ミムズは目をつむって鼻で笑った。
考えてみれば、ミムズはもともとルイスに優しかったと聞いている。
本当は彼もまた、ルイスのことを愛していたのかもしれないなんて、いらぬ想像だけれど。
「でも、私がお金を作らなくなったら……この街には少しずつモンスターが解き放たれるでしょうね。あのスライムのように」
地下水路の奥に湧き出るスライムは、“あの男”の警告。
自分はいつでもこの街にモンスターを解き放てるのだ、という。
「いきなり凄く強いのは来ない?」
「まずは警告して出方を伺ってくるでしょうから。いきなり壊滅ということはないでしょうね」
ミムズは冷静に答え、わたしはふむ、と口をゆがめて思案した。
「うん。それなら、大丈夫」
わたしはニッコリと笑い、サムズアップを作った。
「考えがあるわ!」
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