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02.職業は『ビッチ』

 

「は?死んだ?誰が?」


 素っ頓狂な声をあげるわたしの目の前で面倒臭そうに後頭部を掻きながら、少年はこれみよがしに大きく溜息をこぼした。


「死んだのはあんただよ」

「いやいや……夢でしょコレ」


 夢だと信じて疑わないわたしの腹に鈍い衝撃が一発。


「ぐぁっ……!」


 それと同時に低くくぐもった声が自分の口からこぼれ落ちた。

 普通に生きてきて思いっきり鳩尾をキメられることなんてなかった。年はとったが一応乙女である。

 経験したことのない痛みと一瞬止まった呼吸で息がうまく吸えずに悶絶していると、


「これだからババアは嫌だったんだよ。死んだことくらいさっさと受け入れろっつの」


 少年は蔑むような視線をくれてどっかと腰をおろした。


「これが現実として……死んだって、一体なんで?」


 腹を抱えてゲホゲホとむせながら吐き出すように言えば、少年は本当に聞きたい?と口元を歪めた。


「窒息だよ。酒飲んで寝て自分の寝ゲロで窒息死」

「はああっ!?」


 顔が真っ赤になっているのがわかる。そんな情けない死因があってたまるか。


「そ、そんな飲んでないし!大体、これまで酒で潰れた事なんて人生で一回もないんだけど!」


 少年は汚いものを見るような目でわたしを見下すと、はあ~、と大きくため息をついた。


「あんた何歳だっけ?」

「さ、さんじゅう……ごにょごにょ」


 アラサーを過ぎてからというもの自分が何歳かは数えないようにしていたが、いざ口にするとなると恥ずかしい年齢にまごついていると、


「今まで潰れなかったからって、今日も平気とは限らないだろ。年齢考えろよ、バカ」

「……何も言い返せないっ……!」


 圧倒的敗北感に打ちひしがれて床に拳をたたきつけた。

 思い出してみれば、健康診断の結果で肝臓・腎臓ともに要観察だった。いつまでも若気の至りで酒飲んでいたらいつか限界が来るはずだ。

 情けなくも思い当たる数々に、死んだという事実が腑に落ちてくる。


「やっと理解したか」


 少年ははあ、とため息をつくと立ち上がって大きく伸びをした。

 明らかに労を要した、という格好である。


「そんじゃ、さっそくステータスでも確認させてもらおうかね」


 少年はわたしの前に大きな箱を運び、中から人間の頭よりも大きな水晶玉を取り出すと、ダアン!と割れそうな音を立てて小さな台の上に乗せた。

 みしい、と台が軋んだのは、それほどに重い水晶なのだろう。


「ステータス?」

「そう。死んだお前に、オレ様が生き返るチャンスをやろうと思ってね」

「生き返るチャンス……」


 彼の言葉を復唱するより他に何もできないわたしに対し、少年は鏡を見るように促した。


「美っ……美少女……!!!」


 ひび割れた鏡に映った姿に、わたしは思わず腰を抜かした。


 オレンジ色のミディアムヘアに、しわ一つないきめ細かな素肌。パッチリと開かれた瞳。

 布面積の少ないキャミソールとショートパンツからは、すらりと長い手足が伸びる。

 マスカラ要らずの長い地まつ毛に、口紅を塗るまでもなく血色の良いピンク色の唇。

 唯一胸の大きさだけは昔の方が勝っていたが、そんなことは全く気にならないほどの美少女だ。


 年齢は十七、八くらいだろう。

 首肩に一生消えないくらいの重さでのしかかっていたコリが消えているし、鈍い腰痛も何処へやら。

 そりゃあ、体も軽いはずである。


「イケてるだろ。もしお前がオレの仲間になるに相応しい人間だったら、その姿で生き返らせてやるよ」

「ま、まじっすか……」


 ぺたぺたと体中を撫でまわし、素敵な姿で人生のやり直しができることに歓喜で打ち震える。


「オレはヨルヴァン・ノートリウス。もうわかってると思うが、ここは地球じゃない。モンスターが出て魔法が使える、お前らの言うところの“ファンタジー”の世界・ディアスだ」

「魔法にモンスター……ですか」


 ヨルなんちゃら、と名乗った少年は脳みそパンク寸前のわたしを追い詰めるように難しい単語を並べてくる。

 魔法、といえばさっき少年ヨルは猫から変身していた。

 これが夢じゃないのはさっきの痛みで実証済み、とすれば理解力の乏しいわたしでも、ここが魔法の国というのはすっと腹落ちした。


「頭の悪いお前に伝わるように噛み砕くと、オレはこれから魔王退治をしたいわけ。そのために、強い仲間が欲しいんだよ」

「つまりわたしが最強ってことね?」


 完全に理解した、と勇み足で口をはさむと、ヨルの端正な顔が呆れとも怒りともとれない感情で歪む。

 伸びてきた掌はわたしの顎を掴み、口を封じられた。


「話は最後まで聞け。お前のステータスは今から確認するんだよ」

「もごもご」

「その結果次第では生き返らせてやるけど……もしそうじゃなかったらあの世行きだからな」

「むがむが」


 ほとんど何も理解できてないが、唯一理解しているのは、わたしの人生がここで終わるか否かは彼の気分次第ということだ。

 口を塞がれた状態で頷くと、ヨルはやれやれ、と疲れた顔をして手を外した。


 穴の開いた屋根からきらきらとこぼれ落ちる月の光を反射させて煌めく水晶玉を覗き込むように促され、奥をじっと覗き見れば、底無し沼のように吸い込まれそうになるのを感じた。


『対象を確認しました』


 突然、機械音が頭に直接響き、驚きで顔を上げる前に、少年が首根っこを掴む。

 数秒前まで固体だったはずのそれは突然揺らめき、わたしの頭部は水晶に突っ込まれた。

 水の中にとも、ゼリーの中にいるのとも違う、液体がかかったわけでもないのに濡れているような、不思議な質感が肌に触れてやけに気持ち悪い。

 視界は真っ暗で、何も見えない。


「ちょっと!!また窒息死しちゃう!!!」

「しねーよ!大人しくしてろババア!」


 ヨルの腕力は思ったより強く、いくら暴れても出ることができない。

 頭と、そこから下のいる世界の次元が違う。四次元ポケットの中に頭だけ突っ込んだ感じ。そんな経験ないけど。


『対象のステータスを確認しました。続いて、職業を決定します』

「はあ?!!職業!?会社員ですけど!?」


 機械音はわたしの言葉に耳もくれずに鳴り続ける。


「黙ってろババア!首しめるぞ!」

「ぐあぁっ!マジで死ぬって!やめろ!!」


 暴れ続けるわたしの首を殺す気で絞め始めたヨルに、わたしはギブギブ、と手を台に叩きつけた。


『エラーです。これまでにない職業です。データがありません。エラーです。データがありません』


 繰り返されるエマージェンシーコールに、思わず血の気が引く。

 徹夜監視時、何度これに泣かされたことか……。

 走馬灯のように思い出される嫌な記憶を振り払うように首を振ると、これまで首に感じていた圧迫感がないのに気付く。

 どうやら、彼が手を離したようだ。


「よっしゃ!こいこい!!」


 まるで競走馬を見守る馬券持ったおじさんのように、ヨルの興奮する声が耳元で響く中、わたしは思い切り首を上に向けた。


「ブハッ!!く、苦しかった……っ!」


 床に倒れ込みゲホゲホとむせるわたしをよそに、ヨルは水晶に向かって祈るように手を組んでいる。


 ビービーとなり続ける緊急音をBGMに、わたしは恐る恐る水晶玉を覗き込んだ。

 救急車のサイレンのように赤くチカチカと点滅するそれは、わたしの姿を捉えると、ピタリとその音を止めて、諦めたかのように小さく言い落とした。


『あなたの職業は……ビッチです』



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