14.ビッチのくせに
※今回ちょっとお下品なのでお気を付けください。
ゴツン、と鈍い音に、ぼたぼたと血のこぼれる音。
「よ、よく、わかったね……」
垂れる鼻血を拭いもせず、地面に膝をついたまま姿を現したローグは、口元に薄く笑みを浮かべていた。
深くかぶったフードを下ろし、梳かされていないもじゃもじゃした髪の毛からはもわっとした汗のにおいがする。
「なんだよ、こいつ。知り合い?」
お面を被ったまま走った後だというのに、ヨルは息も切らしていない。体力の基礎が違う。
「昨日、モンスターを倒したときに一緒にいた子……」
「へえ。そりゃ、うちのペットがどーも」
ようやく追いついたわたしを視界にとらえると、ヨルはその場からそっと離れた。
「どうしてこんなことしたの?」
「き、きみが、う、裏切ったからだよ」
彼が自ら、こんなことをしでかすとは到底思えなかった。
わたしのカバンを強く握りしめ、ローグは俯いてぶつぶつと呟いた。
ひどい貧乏ゆすりで前に立ったわたしまで揺れる。
「裏切ったって、どういうこと?」
「お、おれが、家まで送ったのに、そ、そ、そいつと抱き合ってたじゃないか!」
「はぁ?」
ヨルを指さし、ローグは突然声を荒げて叫んだ。
背中を丸め、肩を揺らし、それ以降もぶつぶつと何か言い続けている。
抱き合ってないし、仮に抱き合っていたとしても彼には関係ない。
言いがかりに近い文句に言葉を失った。
「い、家まで、送ったってこと、は、付き合ったって、ことじゃないのか?!」
「ちょっと、何言ってるの?」
家まで送ったらカップル成立?わたしが知らないだけで世の中の常識なのか?
びっくりしてヨルの方を見ると、そんな常識はない、と首を振っている。
「お前も、お、おれのことを騙したんだ!」
「騙したって、人聞きが悪いな。だいいち付き合ってないし、何の約束もしてないでしょ」
「したよ!約束!!」
わたしの言葉を遮るようにローグはうつむいたまま叫んだ。
「なんの?」
「一緒に、パーティ組んでくれるって!!」
「そんな約束したっけ……?」
「した!!!」
そんな約束、した覚えがない。
「あ、あんなパーティ抜ければって……。一緒に組んでくれるって……ずっと一緒にいてくれるって、言ったじゃないか!!」
一緒に組む、には頷いたような気がするが、ずっと一緒にいるなんて言ってない。
捏造された記憶に引いてしまう。
ローグは声を荒げ、地面を強く殴りつけた。何度も振り下ろされた拳は赤黒く、吐き出される荒い息から彼の怒りがどれほどのものか痛いほど伝わってくる。
「君がそう言ったから!!だから命令にだって従ったのにっ!!!」
そこまで言うと、彼はわたしのほうへくるりと向き直り、よろよろと立ち上がった。
「えっと……お、落ち着こう?」
「騙した気なんてなかったのかよ……さ、さすが、ビッチ。も、弄びやがって」
「え……」
「だ、だれとでも、ヤるんだろ!そいつとももうヤッてるんだろ!」
「ねえ、ほんと、何言って……」
独り言のボリュームは徐々に大きくなっていき、わたしはその勢いに圧倒される。
不安定に頭を揺らしながらふらふらと近づく彼に、わたしは徐々に追いやられる。
ストーカーって、こういうふうに出来上がっていくんだろうか。
「誰とでも寝るアバズレが!ピュアな童貞だまして!た、楽しかったかよ!?」
「だから、騙してないし……誰とでも寝ないし……」
「嘘だ!!!」
突如掴まれた肩に回された腕を振り払いそうになるのをぐっと抑え、罵詈雑言を浴びせ続ける彼に、なるべく冷静に言葉を紡いだ。
刺激して殴りかかられても困るし、だいたいわたしは大人だからだ。
手を出す勇気はないだろうと踏んでいるのか、ヨルは奥から腕を組んでこっちを眺めている。
「ビッチなのは知ってるんだ!このあばずれ!!尻軽!!」
掴まれた肩に親指が食い込み、腕の震えが伝わってくる。
「……っ、なんでわたしの職業知ってるの?」
「み、見せてくれたじゃないか……!あのとき!おれのまえでステータス画面、ひ、開いただろ!」
あのとき、というのはスライムを倒した後のことだろう。見せたというか、勝手に覗き見たんだけど。
都合よく改ざんされる記憶に小さな苛々が積もっていく。
「わたしの職業がビッチだとして……男を弄ぶとか、勝手に決めつけないで」
「お、おれのことを弄んだのは、じ、事実だろ!!」
「勝手に勘違いしただけじゃない……」
「う、うるさいっ!!!おれが童貞だから騙したんだろ!!」
激昂したローグに胸倉をつかまれる。木の幹に押し付けられた衝撃で背中が痛い。
「いい人だと思ったのに!こんな……こんな喋り方のおれにも、あ、呆れないで、話しかけてくれる……や、優しい女の人もいるんだって!お、思ったのに!」
ローグの言い分はとても身勝手で、擁護できるものではなかったけれど。
それでも、自信のなさがそこまで卑屈にさせてしまったのだろうことはじんじんと伝わってきた。
「あ、あいつらと一緒だ。ど、童貞だからって……バカにしてたんだ!女なんていつもそうだ!期待させるだけさせて、童貞だってわかったら掌返し!返せよ!おれの純情返せよ!!」
「いい加減にしなさい!」
ぴしゃりと一喝すると、豆鉄砲を食らったような表情で胸倉を掴んだ力が一瞬、緩まった。
ぷつん、と血管が切れる音がして、気が付けば胸倉をつかみ返していた。
「童貞だからそんななの?」
わたしも経験はないけど、ここまで卑屈になったことはない。
積もり積もった苛々がここで弾けたのを感じる。
「童貞捨てたら全部治るっていうわけ?」
「そ、それは……」
突然キレたわたしに驚いて後ずさりしたローグは、木の根に躓いて尻もちをついた。
そのままなおも後ずさりしようとする彼の上にまたがり、肩を強く押した。
「じゃあ捨てる?そんなの。それでまともな人間になれるっていうならさ」
もじゃもじゃの髪の毛が脇に流れ、隠れていた目がのぞく。赤く澄んだ瞳が動揺で泳ぎまくっている。
「そ、そんなことっ……」
ローグの腹に馬乗りになったまま、わたしは冷たい目で見下ろした。
彼が本気で言ったわけじゃないことくらいはわかっていた。怒りに任せて、できもしないことを言っただけ。
それが誰かを傷つけることにまで気が回らなかっただけ。
「童貞捨てたら、バカにされないと思ってるんでしょ?なら試してみる?」
「や、やだよ!!尻軽女で童貞捨てるなんて、ドブに捨てるようなもんじゃないか!」
組み伏したローグの顔を眺めながら、落ちた横髪を耳に掛ける。
ローグは早口で言い張って首をブンブンと横に振った。
羞恥で真っ赤になる顔。その瞬間に彼をやり込める方法が思い浮かんでしまった。
「ふーん。じゃあ、おっきくなってるこれはなんなの?」
「ひっ」
ふいにお尻に当たった、強く主張してくるソレを差し、わたしはにやにやと笑った。
ほんの少し、懲らしめるだけ。
「ビッチとはシたくないんじゃなかったのかな?」
つー、とズボンの前を押し上げるそれに人差し指を這わせ、下から上へ向かってそっとなぞった。
たった、それだけ。
「うっ」
『パッシブスキルが発動しました』
ローグが突然目を閉じてびくりとはねたのと同時に、わたしの頭の中に機械音が響いた。
「変な声が聞こえた……」
頭の中に響いた声に驚いてローグの上から飛び降りる。
「変な声?こいつの声じゃなくって?」
声に気を取られているわたしをよそに、さっきまで傍観していたヨルがこっちへ近づいてきた。
「ううっ……うっ……」
ヨルの指した先には、真っ赤にした顔を覆い、肩を震わせて泣き始めたローグの姿。
ほんのちょっと懲らしめてやろうと思っただけなのに、ビッチに触れられるのがそこまで嫌だったとは。
「違う、もっと機械的な―……」
「何て言ったんだ?」
低い声でわたしに詰め寄るヨルに、わたしはさっきの言葉を反芻する。
「たしか、スキルが発動したって……」
「まじで?何か変わったことあるか?」
「いや……何も」
ローグを見ても彼の四肢が爆散してるとか目に見えるダメージは受けていないように見えるし、炎が出るとか、体が宙に浮くとか分かりやすいスキルが発動したわけでもなく、わたしは戸惑いながらヨルの顔から目を背けた。
「おい、そこで転がってるお前。なんか変わったことあるか?」
「……ひ、うぅぅ……」
「なんかムカつくな。一発殴るか」
ローグはヨルの問いには答えず、相変わらずうずくまったままだ。
ヨルの苛々が伝わってくる。
「ダメージも目に見える効果もなし……自己強化の類か?ステータス画面見てみろ」
「え、あ、うん」
言われるがままにステータス画面を開く。
「なんか変わったとこあるか?」
近くに顔を寄せるヨルから少し離れ、わたしは深く息を吸う。
画面がよく見えないらしくお面を上げた彼の、艶やかな髪の毛から漂う美少年の香りに卒倒しそうになったのだ。
「……スキルボックスっていうのが増えてる」
「なんだそれ?」
「どうやって開くんだろ?スキルボックス・オープン?」
ステータス画面と同じように諳んじると、二段階目のウィンドウが浮かび上がった。
―――――――――
スキルボックス:1
>常闇の影
―――――――――
「うわっ、開いた」
「何が書いてあるんだよ?」
スキルと同じで、開いた画面が見えないらしく、ヨルはわたしの肩に顎を載せて不服そうに言う。
(なんでこんなかわいいポーズができるんだ!!!!)
油断したら絶対に鼻血が出ていた、とわたしはヨルから離れつつ煩い心臓を抑える。
「えっとね、常闇の影……?」
『スキルを発動しますか?』
「は?発動?」
機械音はそれだけ言って押し黙り、体がじわりと熱くなる。
何が起きるのかと咄嗟に頭を抱えてしゃがんだはいいが、何も起きる気配はない。
「おい、どうした?」
「わかんない、またさっきと同じ声が聞こえて……」
何が起きたんだ、と体中を触ってみても、何の変化が起きたようにも感じなかった。
「って、どこ行った?」
「え?ここだって。隣」
「は?」
「え?」
なおも蹲るローグに、すぐ横にいるのにわたしを探すヨル。
状況はカオスだ。
「もしかしてわたし……消えてる?」
「少なくともオレには見えねえ」
ヨルが嘘を言っているようにも思えない。
わたしに背を向けたまま言い切る態度はなぜか自信たっぷりで、わたしはもしかして、と冷汗が背中を伝うのを感じた。
「ローグ!あんたのスキルってなんて名前?!」
心臓が早鳴り、汗がだらだらと流れ落ちる。
いつの間にか泣き止んだローグは、きょろきょろと声の所在を探して頭を動かした。
「もしかしてだけど……常闇の影、だったりする?」
「……そ、そう、だけど……」
いつ、どうやって、なんて心当たりは全くない。
それでも、目の当たりにした今が現実なのだ。
「盗ったかもしれない……」
「は?何を?」
「わたし……ローグのスキルとったかも……」
唐突なわたしのカミングアウトに、ヨルとローグは声をそろえて叫んだ。
「「ええっ!?」」
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