第8話 解放軍
夢を見ていた。
昔の夢だ。まだ小さい俺は、知らない人々に囲まれて賞賛されていた。
夢の中の俺は、自分の何がすごいのか分からないまま一緒になって笑っている。
俺はそれを見て、とても不快な気分になった。
ふと、笑っていた小さな自分がこちらを向く。目と目が合って、彼はとても不思議そうな顔をした。そして、その瞳からは一筋の涙が流れる。
彼はその涙に気付くと、更に不思議そうな表情で、何で泣いているのか分からないとでも言うようにごしごしと拭き取った。しかしその瞳からは、とめどなく涙が溢れていく。
俺はそれを見て、とても悲しい気分になった。
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全身に冷水を浴びせられたショックで、俺は目覚める。
朦朧とした意識の中で、俺は自分の両手が後ろ回しに縛られて、柱のようなものに拘束されていることが分かった。
顔を上げると、俺に冷水を浴びせかけたであろう人影が、俺の顔を覗き込んでいる。
「あのー、生きてますでしょうか?」
黒髪の三つ編みツインテールに丸メガネ。言っちゃ悪いが、なんとも芋臭い見た目の女だった。歳が俺と同じくらいなのを見ると、彼女もまた俺と同じ推薦組なのだろう。
彼女は俺が死んでいるのではないかと疑っているらしく、メガネをクイクイさせながら俺の安否を確認している。
「生きてるぞ……」
「うわっ! ホントに生きてた!」
彼女はきょろきょろと周囲を見渡した。彼女以外にも人がいるのだろうか。
よく見ると、俺の周りは凄いことになっていた。ここも島の中のどこかなのだろうか。ヒナタが建てていた小屋より一回り大きな木造の家が目の前に建てられていて、その周りを囲うようにして小さな家がいくつか建っている。少し離れたところには柵らしきものもあり、まるで一帯が集落のようになっていた。
「ここは、どこだ……」
「あ、氷室くん! 来てください! 例の人が起きたんですよ!」
女の呼び声に伴って、俺の前には新たな人物が現れた。
こっちは男だ。そういえば、この島に来て初めて自分以外の男に会った気がする。男も眼鏡の女もとっくに制服は捨てていて、何やら動物の皮で作ったような服を身に纏っていた。どちらも俺がお手製でこしらえた草の服より遥かにクオリティが高く、男の方に関しては首元がネックウォーマーのように伸びていて、口元が隠れている。
「名を問おう」
男が話しかけてきた。低く震えるような声で、独特の喋り方をしている。長く伸ばした黒髪は左目を隠していて、もう片方の目からは鋭い威圧の眼差しを俺に向けていた。
隣の女と比べても明らかに異様な容姿の彼をまざまざと見て、俺はようやく彼のことを思い出す。
「……氷室って、もしかしてあんた氷室ユウか?」
「質問の答えになっていないぞ。俺の貴重な時間を奪うつもりか?」
「ちょっと、落ち着いて! 彼は氷室ユウくん。そして私が、柳生ハナコといいます」
「……佐藤ハルトだ。あんたたちも推薦組だよな?」
「はい」
柳生ハナコという名前は聞いたことないが、氷室ユウは知っていた。
別名「日本で一番速い男」。『韋駄天』のタレントを持っていて、現在高校生にも関わらず日本では右に出る者のいない短距離走の選手だ。彼もヒナタのように仕事が忙しく、英勇高校の推薦組に入ったという噂だけは聞いていた。が、まさかこんなところで会うことになるとは。
彼の独特な喋り方、俗にいう「氷室節」はメディアでも人気で、最近だとお茶の間に現れることも多かったはずだ。ここにきて俺は改めて、推薦組にどれほどの化け物が揃っているのかということを再認識させられる。
「ここはどこだ。何で俺は拘束されてるんだ」
「うーん、どこから説明すればいいのか難しいですね」
「おい佐藤とやら。貴様、難波のところのスパイじゃないだろうな」
「は?」
「もう、氷室くんは静かにしててください!」
彼女の説明を遮って俺を威圧するユウに、ついにハナコがキレた。
ぷりぷりと怒るハナコに対してユウが為す術もなく黙ってしまったのを見るに、この二人は対等に近い関係にあるのだろう。
「えーとですね、まず佐藤くんは解放軍と難波帝国って分かりますか?」
「全く分からん。というかそもそも……」
俺は、それまで見落としていた重大な欠陥の一つに気付いた。
「今日は何日だ?」
「今日は、あの赤い月の日から3日後ですね。」
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俺が滝に落ちて意識を失っている間に、島では様々なことが起きていた。
まずはチームの結成。 ハナコとユウは、他にもいるという推薦組メンバー数人と合流して、「解放軍」という組織を立ち上げた。これは各自で勝手に名乗ったというわけではなく、どうやらテノッチにそういう機能があるらしい。形式的にチームを組むことで、チーム内のメンバーと色んなものを共有できるようになるんだとか。
解放軍というネーミングについては、この島に漂流した自分達以外の推薦組を救出して、島から解放するという意味合いがあると言っていた。薄々気づいてはいたが、この島にはあの飛行機に乗っていた推薦組全員が漂流しているということで間違いなさそうだ。
そして、似たようなチームを立ち上げたのが先程言っていた「難波帝国」。何故かは分からないが、解放軍と難波帝国は対立関係にあるらしい。
俺は例の滝の近くで拾われたものの、難波帝国なるチームの構成員疑惑がかかったことで、目覚めた後に逃げ出さないよう縛り付けられていたという。
「ま、詳しい事はリーダーから聞いてください。あの人、あなたとすごく話したがってたんで」
「俺のことを知っているのか?」
「それが、私にもよく分からないんです」
ハナコの丁寧な説明を聞いた後、俺はリーダーが待っているという集落の一番大きな家まで連れていかれた。ここら一帯の建造物は全て解放軍のものであり、彼らのリーダーなる存在はそうした建築関係のことも全て指示しているそうだ。余程信頼に足る人物なのだろうか。
大きな家の扉を開けると、奥にはまた扉があった。まるで北海道の家みたいだ。
「リーダーはお前と二人きりでの対談を望んでいる」
ユウはそう言うとクルリと背を向き、出て行ってしまった。
その後を追うようにしてハナコも部屋を出て、俺だけが取り残される。
正直、彼らの言っていること全てを理解しきるのは難しかった。チーム? 解放軍? 話の展開が早すぎる。
この扉の向こうにいる人物に会えば、その全てが分かるようになるのだろうか。
俺はゆっくりとドアノブに手をかけて、開いた。
部屋の中は思っていたよりも広く、木造特有の良い香りがした。
奥には二本の物々しいかがり火が焚かれていて、その中央に大層な椅子が鎮座している。華々しい飾りつけから、見方によっては玉座にも見えなくもないその椅子には既に、一人の男が座っていた。胡坐をかいていて行儀が悪く、まるでそういった玉座に座り慣れていないかのように。
その男――歳は俺と同じくらいで、美しい顔立ちをした白髪の美少年は、俺の方を見るとニッコリと笑う。
「やあ、佐藤ハルトくん。いや……鈴鹿ハルトと呼んだ方がいいのかな?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は凍り付いた。
何故だ。
何故こいつは俺を知っている。
「僕は八神カイト。タレントは君と同じ『天才』だよ」
そう言った彼は、静かに微笑した。