第6話 幼馴染
無人島生活2日目。
俺とユウナが起床してから、3時間ほど経過した。
テノッチでは自分のステータスに加えてコンパスと、本来の時計の役割も担っており、時刻が12時を過ぎたこともすぐに確認することができた。
結局のところ朝食は摂ることができなかったため、本来ならここらで昼食を摂りたかったが、ユウナがあるものを発見したことで俺達の昼食は先延ばしすることになる。
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「アレよ。」
「うーむ……」
彼女が指さした先は相変わらずジャングルの中であったが、そこだけは草木が生い茂っておらず、土がむき出しの小さな空間が出来上がっていた。
そして、その空間の中央には俺達の見慣れた建造物がぽつんと建っている。
「家だな」
家といっても現代風のコンクリート固めなどではない。屋根から支柱に至るまでが全て木で組み立てられた、小さな小屋がそこに建造されていた。
人が1人か2人は住めそうな大きさだったが、肝心の人の気配は全くしない。
ユウナは昼食前、ジャングルにて食べられそうなものを探している時にこの場所を見つけたという。
「ユウナが見つけた時も、人はいなかったんだよな。」
「うん。しかもこれ、多分……」
「ああ。新しく作られたものだ」
それまで草むらに隠れて小屋を見ていた俺達だが、もっと詳しく調べるために、俺は一人草むらを出て小屋へと近寄った。
「ちょっとハルト!」
「大丈夫だ、問題ない」
止めにかかるユウナを片手で静止させると、俺はゆっくりと、慎重に歩き出す。
やわらかい土を踏みしめて少しずつ小屋へと近づくが、三歩ほど歩いたところで俺は立ち止まった。
「……殺気?」
感じたのは、純粋な殺気だった。
それは頭上から真っ直ぐこちらへ降り注がれており、宙を見上げた俺は、何者かが俺を目掛けて落ちてきたことを瞬時に把握する。
俺は急いで距離を取った。その直後に襲撃者は、俺が元いたところへ着地する。あと数コンマ判断が遅れていたら、俺は襲撃者の一撃を食らってしまっただろう。
ユウナの方を少しだけ見たが、彼女は上手く草むらに隠れたようだ。
襲撃者は屈めた身体をゆっくりと伸ばすと、こちらを鋭い目つきで睨みつけてくる。
その身体からは相変わらず練度の高い覇気が放たれており、襲撃者が腕の立つ格闘家であることは明白だった。昔の俺ならなんとか太刀打ちできていたかもしれないが、この鈍った身体では難しいかもしれない。
襲撃者は戦闘の構えをとった。あれは多分、空手の動きだ。
俺も負けじと構えるが、そこであることに気付いた。
俺は、、彼女を知っている。
「待て、ヒナタ!」
俺が叫ぶと、襲撃者もとい彼女の動きが止まった。
そして俺のことを訝しげに見つめたかと思えば、その口からは懐かしい声が聞こえてきた。
「……ハルト?」
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数分後、俺はユウナと共に例の小屋の中へと招かれていた。
2人で胡坐をかき、家の主から貰った果物を食したがこれがまた美味い。果物らしい濃厚な甘さで、俺が浜辺でとったヤシの実とは大違いだった。
特にユウナの方は腹が減っていたのか、用意された果物を詰め込むように食べている。
そんな彼女を見て微笑んでいるのは先程の襲撃者にして、この家の主。
「朝宮ヒナタ。俺の幼馴染だ」
「よろしくね、ユウナちゃん!」
「ほほひふ」
彼女は口に果物を詰め込んだまま返事をした。すっかり彼女に気を許しているようだ。
朝宮ヒナタは俺の幼馴染で、タレント保持者。そして彼女もまた、英勇高校の推薦組だ。推薦組には登校の義務がないため、一度も学校へ通わなかった俺は知る由もなかったが、もしかしたら行きの空港や飛行機の中ですれ違っていたのかもしれない。
しかし仮にすれ違っていたとしても、俺が彼女のことを一瞬で判別できたかと聞かれたら返答に困る。というのも、俺と彼女が一緒だったのは小学生時代で、卒業してから約4年間は一度も会っていなかったのだ。その間、俺の中でヒナタのイメージは「喧嘩が強くて俺より小さな女の子」で止まっていたため、今日再び出会ったときには彼女の成長具合に驚かされたものだ。
明るい茶髪は相変わらず変わっていなかったが、身長はすっかり俺と同じくらいに伸びていて、全体的に引き締まった健康的な肉体はユウナとまた違った女性らしさがある。そして何といっても目に付くのが、彼女の胸だ。
女性というのは、数年でこんなにも成長するものなのか? 小学生時代の幼馴染をそういう目で見ることには抵抗があったが、それでも尚注視せざるを得ないほど大きな胸である。
しかし彼女の男勝りな性格も相変わらずで、本人は胸のことなど少しも気にしていなさそうだった。
「でも、まさかハルトとこんなところで出会うとはねえ」
「フッ、お前は普通の高校に通うのかと思ってたよ」
「うーん、あたしもそうしたかったんだけどね。仕事の方が忙しかったから仕方なく、登校しなくても卒業できる英勇にしたんだ」
「なるほどな」
「あのー……仕事って何?」
果物を食べ終わったユウナが、ヒナタに質問する。
ヒナタは彼女の方を見ると、ニッと太陽のように眩しい笑顔を見せた。
「空手! あたしのタレントは『空手家』なんだ」
「なるほど」
小学生時代、既に彼女は日本で一二を争う空手の達人だった。
それは彼女が持つ天性のタレントのお陰でもあるが、彼女が努力を怠らなかったこともある。タレントとはあくまで才能であり、最初からその分野を全てをマスターしている訳ではない。
そして小学校を卒業した後も彼女は努力を続け、人から聞いた噂だと現在は世界を相手取って戦っているらしい。海外遠征のことなども考えると、英勇の推薦組システムは都合がよかったのだろう。
「いやあ、修学旅行ってことで楽しみにしてたんだけど、これじゃあハワイに行くのは無理そうだね」
「生きて帰れるかも怪しいがな」
「それは大丈夫! だってハルトがいるし!」
「……ヒナタ、こいつって本当に『天才』なの?」
「そうだよ? 小学生の時なんて凄かったんだから!」
「おい、あんまり喋るな。それよりこの家について教えてもらいたい」
「ああ、この家?」
ヒナタはおもむろに彼女のテノッチをいじり始めた。彼女もテノッチを所持しているということはやはり例の挑戦者にカウントされているのだろう。
いくつかボタンを操作した後に、彼女はその画面をこちらに見せてくる。
そこに表示されていたのは、木の枝を重ねて作ったような長方形の板だった。
「なんだこれは」
「『木の壁』だよ。これと他の家のパーツを組み合わせて作ったんだ」
「……それもしかして、テノッチの『クラフト』ってやつか?」
「そ!」
テノッチには実に様々な機能が搭載されていた。その1つがステータスの確認だったわけだが、その他にも使い方の分からない機能が多くあり、その1つがクラフトだった。
俺とユウナのテノッチではクラフトの画面に移動しても、『松明』というアイテムしか表示されなかったのに対して、ヒナタのテノッチには『木の壁』『木の床』『木のドア枠』『木のドア』『木の天井』と、5つのアイテムが追加されている。
「必要な素材があるから、それを集めてくればテノッチが一瞬で組み立ててくれるんだ」
「でも、俺達のテノッチにはそのレシピが表示されないぞ」
「あー、そっか。まだハルトとユウナちゃんにはこれ見せてなかったね」
続いてヒナタが取り出したのは、黒いメモリーカード。
カメラや携帯ゲーム機に差し込むそれと殆ど変わらなかったが、企業のロゴなどは入っていない。
「それは?」
「昨日の夜、月に映った神様みたいなのが言ってたでしょ。宝箱がどうとかって。それに入ってたよ」
「ゲームの進行に役立つアイテムが、みたいなやつか」
「うん。まあ宝箱っていうかてコンテナって感じだったけどね。で、そこに入ってたこのカードをテノッチの穴に差し込んだら、このクラフトのレシピがダウンロードできたんだ」
「ほう」
そういえばヒナタはこう見えて、結構なゲーマーだった。
小学生時代は学校でよくパケモン対戦をしたが、ゲームにおいても『天才』が発揮される俺と中々拮抗した試合をいつも繰り広げていたのを覚えている。
ゲームに関する説明が昨日の夜にあって、今日の昼にここまでのものを揃えられるのは彼女のゲーマー気質な部分と身体能力の2つがあってのものだろう。
これから先、この島で生きていくには必要不可欠な人材だ。
まだ挑戦者や神に選ばれし者など分からないことは沢山あるが、もし今後複数人でチームを組むようなことがあるのなら、是非とも彼女を仲間に引き入れておきたい。
「なあヒナタ、よかったら……」
その時だった。
突如、外から甲高い奇声が聞こえてきた。
防音性は限りなく低い木の壁を通じて、小屋中にその声は響き渡る。
それは明らかに人のものではなく、鳥と獣が入り混じったような、不快感を覚えるものだった。
「今のは?」
「分からない、外に出てみよう」
ヒナタがゆっくり立ち上がり、扉の方へ向かう。
木のドアには施錠機能がついていないらしく、彼女はゆっくりと扉を押して外を覗き込んだ。
するとごくりと喉を鳴らし、少しだけ外を見たかと思えばすぐさま扉を閉めてしまった。
「何だった?」
こちらを振り返った彼女の顔はいつもの明るい笑顔とは程遠く、らしくない不安の表情を浮かべていた。その頬からは、一筋の冷や汗が垂れている。
「恐竜が、こっちに向かってきてる」