第5話 オール1の男
「な、なんじゃこりゃああああ!!」
目の前の出来事に思わず俺は大きな声を出してしまう。
木々にとまっていた鳥たちは俺の声に驚いて、一斉に羽ばたいてしまった。
俺と薄暗い洞穴で一夜を共にしたギャル、一ノ瀬ユウナは心底嫌そうな目で俺を見る。
「朝から大きな声出さないでくれる? ただでさえ寝不足だってのに。」
「いや、俺のステータスを見てみたんだが……」
俺は彼女に自分の腕時計、テノッチの画面を見せた。
その液晶に現在表示されているのは、どうやら俺の「ステータス」なるものらしい。
それを見た彼女は瞬間的に口元を手で押さえた。
「えっ、ダサ! そんなので今までイキってきたの?」
「嘘だ……なんでこんなに低いんだ……」
昨晩色々とあったが、特にこの謎の機械「テノッチ」については翌朝調べようということで昨日は終わった。そして朝を迎え、このテノッチを色々と弄繰り回してみたわけだが、どうやらこの機械では自分のステータスを見ることができるらしい。
ステータスというのは能力値だ。自分の現在の各能力値が全5つに分けられていて、それぞれを数字で見ることができる。
それぞれの能力値の意味も分かった。
アルファベットの略字で表示されていたが、あるのはSTR、END、PER、AGI、INTの5つ。この5つについては見覚えがある。
それぞれ英単語の略字になっていて、例えば……
「STRは筋力。ENDは耐久力で、PERは器用さ。AGIが素早さで、INTが賢さって感じ?」
「えっ」
「ごめんねオタク。ウチの兄貴も似たような感じだから、大体分かるんだ」
「……なるほど」
家族にオタクがいると、興味はないのにそうした知識を自然に得てしまうのはよくあることだ。もしかしたら彼女がオタクを嫌っているのには、彼の兄が原因だったりするのかもしれない。
「あ、別に兄貴のことは好きだよ?」
「えっ」
「今、ウチがオタク嫌いなのは兄貴のせいだと思ったっしょ。違うからね? ただ単に不潔でキモいのが無理なだけだから」
「クッ……!」
「それはそうとあんたのステータス、流石にちょっとおかしいんじゃない?」
彼女は再び俺のテノッチを覗き込み、半ば憐れむような口調でそう言った。
俺の自尊心は既にズタズタだったが、それでもぐっと涙をこらえる。
俺のステータスは、このように表示されていた。
【佐藤ハルト】
STR:1
END:1
PER:1
AGI:1
INT:1
1という数は、数字ではなく光の点滅で表されている。
例えばSTRだと隣に5つの丸が表示されていて、俺はそのうちの1つだけが点滅している。
他のステータスについても同様に、5つある丸の中で1つだけが虚しく点滅していた。
「これ、最大値は5ってことだよな」
「多分ね。ウチのやつもマックスで5個まで丸が光るみたいだし」
そういう彼女もテノッチを見せてきたが、彼女のステータスはどれをとっても明らかに俺のものを上回っていた。
【一ノ瀬ユウナ】
STR:2
END:2
PER:3
AGI:2
INT:3
PERとINT、つまり器用さと賢さに関しては、5つある丸が3つも光っている。他のステータスに関しても3はないものの、全てバランスよく2つの丸が光っている。
単純に考えても、全ての能力が俺の倍以上あるということだ。
「何故だッ! 何故この俺がこんなギャル風情に負けねばならんのだッ!」
「機械は見る目があるってことね。てか、そんなことより……」
彼女は突如、変な視線を俺に向ける。
それは今までのような嫌悪とはまた違った、単純な疑問の目だった。
「前から思ってたんだけど、ハルトはなんでそんなに自信満々なの?」
「……というと?」
「うーん、自信満々はちょっと違うか。実際ハルトってナルシストなとこあるけど、ちゃんとそれに見合ったことはしてると思うんだよね。洞窟で色々準備したり、火を起こしたりしたのも全部ハルトだし」
「なんだ急に、気持ち悪い」
「……あーもう! だから! タレントだよ! 『才能』!」
「……ああ、なるほど」
タレント。それは我らが英勇高校の推薦入試において唯一問われる技能。
その内容は様々だが、総じて言えるのは全て「化け物じみた」才能であるということ。
特殊能力と言ってしまってもいいのかもしれない。努力や研鑽のみでは決して辿り着くことのできない境地に届き得る力。それがタレントだ。
俺達の所属している推薦組は全員がタレント保持者であり、それ故に他のクラスから隔離され、特別扱いをされてきた。俺ももちろん持っていて、目の前のギャルだって推薦組だからタレントは持っているはずだ。
「俺のタレントを知りたいのか」
「ずっと考えてたけど、マジでわかんないの。サバイバルに関係するタレントとか?」
「フッ、全然違うな……」
俺は小さく鼻で笑い、そこで少し間を空ける。
チラリと彼女の方を見ると、早く言えよという無言の圧が伝わってきた。
下手にはぐらかすのもアレなため、俺は正直に言うことにする。
「……俺のタレントは『天才』だ」
「ふざけてないで、本当のこと言ってよ」
間髪入れずに文句を言われてしまった。俺は彼女を睨み返す。
しかし彼女の方も、本気で俺のことを疑っているらしかった。
「……本当のことなんだが」
「うそつき」
「いやマジだって」
「んなワケないでしょ!? あのね、『天才』っていうのは全てにおいて他のタレントとほぼ互角の才能を持ってる、いわば万能の最強タレントなの」
「そんくらい知っとるわ! だから俺はその『天才』だっちゅーの!」
「『天才』だったらテノッチのステータスも全部最高のはずでしょ?」
「それは分からん。多分機械のバグだろうな」
「あーもう! だから何でそんな自信満々なの!?」
彼女は呆れて天を仰ぐ。しかし俺としては本当のことを言っているため、どうすることもできない。まあ確かに、今の俺を見て疑いたくなる気持ちは分からなくもないが。
「俺が自信に満ちているのは、俺が佐藤ハルトだからとしか言えんな」
「……」
「まあ、別に信じてもらわなくてもいい。確かに今の俺はタレントを全然発揮できていないからな。あと、お前のタレントも教えろ」
「ウチの?」
「ああ。これから長い付き合いになりそうだからな」
このテノッチもそうだが、俺達2人はこの島で訳の分からないゲームに巻き込まれてしまった。ゲームを無視してここから脱出しようにも今は当てがなく、目下の目標はとにかく生き延びること。そして彼女は俺がこの島で唯一コミュニケーションの取れる相手なのだから、お互いに色々知っておくべきだ。
戦いを制するのは情報だと、いつも相場が決まっている。
「……ウチは『賭博師』」
「なんだそりゃ」
「うーん……説明しづらいから使うようなことがあった時にまた説明する」
「フッ、まあいいだろう」
『賭博師』。聞いたことのないタレントだ。恐らくは裏社会に精通するタレントだろう。まあ名前からして彼女の言う通り、賭け事において大きなアドバンテージを持っているのだろうが、文明の見当たらないこの島では当分使う機会が無さそうだ。
「……ハハハハハ! 何だか面白くなってきたな!」
「ちょっと、突然大きな声出さないでよ」
「ユウナ!絶対にこの島から脱出するぞ!」
「……うん!」
「実はもう禁断症状が出ていてな。一刻も早く冷房の効いた部屋でゲームがしたい!」
「……はぁ」
彼女のため息が聞こえた。きっと気のせいだろう。
俺は自分の快適な生活を取り戻すため、2年ぶりに本気を出してみることにした。