幕間 四星神
見渡す限りの星々は、紫の天球上にて光り輝いている。
星は繋がり、光の線で結びつき、何かを形容するような姿になっているものもある。
小さな星々の周りには巨大な惑星も漂っており、精巧なプラネタリウムのようにも見えるそれは、本物の天球だ。
そして、天球の中心にぽつんと存在するのは小さな円テーブル。
漆黒の机上には、正方形の立体地図が広げられている。
海上に浮かぶ孤島。よく見れば島のマグマは絶えず流動していて、耳をすませば動物の鳴き声も聞こえてくるそれは、まさに魔法の立体地図であった。
刹那、円テーブルの前に人影が現れる。
どす黒い霧のようなものに包まれた人影が片手でそれを払うと、その姿が露になった。
浅黒い褐色の肌に、鍛え抜かれた筋肉。
黒い髪の毛は短く刈り上げており、身体の各所には無駄を一切感じない。
ただ1つ、彼の全身に掘られた禍々しい深紅のタトゥーからは恐ろしい程の重圧が漏れている。
長身で厳めしい顔をしたその男は、30半ばといった顔つきであった。
男は眉間にしわを寄せたまま、腕を組んで眼下の地図を見つめる。
「演説ご苦労様」
男の後ろから聞こえてきたのは、中性的で穏やかな声。
続いて現れたのは女のように整った顔立ちの、緑髪の青年であった。
黒髪の男と似た布の服を着ているが、こちらの方が幾分か軽装で、向こうが戦闘用の出で立ちなのに対して緑髪の服装は装飾品も含め、遊び人のようである。
彼はニコニコと笑いながら、黒髪の男の隣に立つ。
「これで君ともようやく決着がつけられるね、テスカ」
「……フン。今ここで殺してやってもいいのだぞ、ケツァル」
黒髪の男テスカと緑髪の男ケツァルは、目を合わせずに会話する。
表面上には静かな会話を取り繕っている2人だが、互いに向けた殺気は隠しきれていない。
「君の選んだ駒はなかなか扱いにくそうだけど大丈夫かい?」
「貴様の駒は貴様にそっくりで貧弱そうだがな」
「ふふ、中々良いのを選んだとは思うけどなあ。君には彼が弱そうに見えるのかい?」
「戦士に奇策は不要。実力を隠すような輩は信用できん」
「でも君の駒は、力を見せびらかしているようにも見えるよ。あんなのは到底、誇るべき戦士の姿ではないと思うなあ」
「……何とでも言え」
2人の静かな口論が繰り広げられていると、そこに新たな影が現れる。
同じく黒い霧に包まれたその人影が片手でそれを払うと、中にいたのは妙齢の美女だった。
透き通るような青髪を腰まで垂らし、その魅惑的なボディを強調するような布服を纏っている。
目を細め、眠そうな顔をした彼女は、2人を見ても特に何の反応もなかった。
「椅子」
彼女がそう呟くと、どこからともなく豪勢な石造りの椅子が現れる。
それに座った彼女は、小さくため息をついた。
その長いまつ毛の奥からは、凍てつくような視線が立体地図に投げかけられている。
「はあ」
それから間もなくして、更に影が現れる。
霧から出てきたのは、他の3人よりも一回り小さい少年だった。
テスカよりも若干明るい褐色肌に、ぼさぼさの白髪をバンダナでまとめている。
背が小さいせいで少しぶかぶかな布服を着こなし、その瞳は雷光の如く金色に輝いていた。
「あれ、もう揃ってんじゃん。珍しいな」
「ようやく来たかトラロック」
「すまんすまん。やっぱり皆やる気十分って感じだな!」
彼はずかずかと歩み寄ると、好奇に満ちた目で島の地図を覗き込んだ。
「『宣告の夜』が明けてゲーム最初の朝か。さてさて、俺の陣営はどんな感じかな?」
「待ちなよ。ゲームに腰を据える前に少しだけ話そうじゃないか。まだチャルチに関しては、僕たちのことを見てすらいないからね」
ケツァルは微笑むと、青髪の女チャルチの方を向く。
彼女は相変わらず気怠げに地図を見ていたが、その額に青筋がピクッと立った。
続いてチャルチは氷のように美しく、そして射殺すような目でケツァルを見ると、椅子に座ったまま喋りだす。
「……あんたらと馴れ合う気はない。私がゲームに勝って次の太陽神になる」
「ふふ、5000年経っても相変わらず君は変わらないね」
「チャルチに世界はもったいねーよ。また突然ぶっ壊しちまうんじゃねえのか?」
白髪の少年トラロックはチャルチを挑発する。
それに対し、チャルチは分かりやすすぎる舌打ちで返答した。
ケツァルは、そんな2人を見てニヤニヤと笑っている。
耐えかねたテスカは片手を挙げて、場を静めさせた。
「全員黙れ。……既に宣告の夜は行われたが、ここに改めてゲームの開催を宣言する。我々は選んだ駒を島で競わせ、最後に残った駒の持ち主が次の太陽神の座に就く。これに異論は無いな?」
テスカの問いに対し、他の3人は無言で続きを促す。
それを確認したテスカは、話を続ける。
「基本的なゲームのルールはいつもと変わらん。駒と挑戦者には万能器テノッチを渡し、島の各地にある宝箱と番人も起動済みだ。ランダムに現れる宝箱についても準備は終わっている」
「今回はなるべく早めに決着をつけたいねえ」
「島での戦いについて、直接的な関与は禁じられている。あくまで彼らに勝敗を決めさせるのだ」
「わかってるよ。俺らが出しゃばっても面白くねーからな!」
「……。」
「奴に太陽神を任せてから5000年。ようやく我々四星神が太陽神の座に戻る時が来た。人による統治は終わり、再び神々が世界を支配する。この4人の誰がなろうとそれは変わらない」
「ふふ、ゾクゾクするねえ」
4人の視線の先にある島の立体地図。
天球の中心から遥か遠くに離れた地球の一角にて起こった、ゲームの状況をリアルタイムで確認できるそれは、地図を模した神具だ。
彼らはそれを眺めながら、各々の駒が勝つ未来を想像して小さく笑う。
こうして4人の神々に見守られながら、5000年ぶりに新たな太陽神を決めるゲームが始まったのであった。