第4話 宣告の夜
「これより『ゲーム』をはじめる」
突如として現れた赤い月。そしてそこに浮かび上がったシルエットの男。
彼は、この島の全てのものに対して告げるかのように言葉を発した。
俺たち2人は洞穴の入り口に立ち、彼をじっと見つめている。
「ゲーム?」
「時は来た。今ここに新たなゲームの開催を宣言する」
シルエットの男は低くどっしりとした声で、淡々と喋り続ける。
その神秘的な姿は、まさに神そのものだった。
「選ばれし4人に、神の祝福を授けた。4人は殺し合い、最後の1人になるまで戦いを続けよ」
「何を言ってるの……」
「祝福を授かりし者が1人になった時、ゲームは終了する。島は解放され、残りの挑戦者は元の場所へ帰ることができる」
先程まで聞こえていた鳥の鳴き声はすっかり聞こえてこない。それどころか、砂浜から吹き付ける風もピタリと止み、気持ち悪い程の沈黙が場を支配していた。
男の発する鉛のような言葉だけが深く、ずっしりと俺の中に残り続ける。
しかし俺は目を背けることができなかった。それどころか、指の一本に至るまで少しも動かすことができなかった。
すべてはあの赤い月の光によるものなのだろう。島を妖しく照らし続けるそれは、あらゆる生命や自然現象を完全に静止させていた。
「ゲームを開催するにあたって、全ての者にテノッチを授ける。腕に装着してある時計だ。それを使うことで現在の自分の状態を確認できる」
テノッチ。あの腕時計のことか?
やはりあの怪しげな時計は、この島において何らかの意味を持っているようだ。
「テノッチは他にも基本的なクラフトを行うことが可能だ。そして島の各地にある宝箱からは、ゲームの進行に役立つアイテムを取得することができる。これらを上手く用いることで、選ばれし者は勝利を目指せ」
男が喋り終わると、再び赤い月は強い光を放つ。その眩しさに思わず目を細めると、一瞬の間に月は元の姿に戻ってしまった。
それまで赤く染めあがっていたジャングルも、元の緑一色に戻っている。
息をひそめていた鳥や虫の鳴き声が、再び木々の陰から聞こえてきた。
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「なんだったの、あれ」
「さあな。ただ1つだけ分かったのは、この島が『普通』じゃねえってことだ」
「きしょ」
「ああ……って、え?」
「さっきの男が言っていた状況を整理しよっか」
「あっ、スルーすか」
赤い月が消えてから少し経ち、俺たちは再び洞穴に帰ってきていた。
寝る気にはなれず、焚き火に燃料を足して、その周りに2人して胡坐をかいている。
ユウナは小さな木の棒を手に取って、足元の砂場でカリカリと何かを描き始めた。
「まず、この島には少なくともウチら以外に複数の人間がいる」
「『選ばれし4人』と『挑戦者』か」
この2つの立場は、ややこしいが話の中でしっかりと区別されていた。
選ばれし4人が殺し合って最後の1人になった時、残りの挑戦者は元の場所に帰ることができる。
つまり挑戦者とは、選ばれし4人が決着をつけるまで待たされる側の人間だ。
4人には殺しという明確な目的が与えられているが、月の男は挑戦者に関してゲーム内での行動を一切言及していない。
「で、多分だけどウチら2人はどっちも選ばれし4人じゃないと思う」
「え!?」
「だってそうでしょ。神の祝福なんてもらってないし」
「まあ、確かに」
内心、俺はとても驚いていた。
俺が神に選ばれなかった? それはどう考えてもおかしい。
本来なら、俺は神の間で争奪戦が起こるほどの有望株のはずだ。
殺し合いはしたことがないが、それでもきっと他の人間相手ならなんとなく勝てるだろう。
それを、完全に度外視するとは。何かが間違っている。
「つまりウチらは挑戦者。このテノッチが支給されているってことは、一応あの男から認知はされていると思うんだけど」
「……そもそも、あの男は何だ? 神なのか?」
「似たようなものなんじゃない。月を赤く光らせるなんて神にしかできないでしょ」
「この島の支配者なのは間違いなさそうだが」
「んで戻るけど、今のところウチら挑戦者に明確な目的はない。でも、その前に根本的なものとしてこの島を脱出するっていうのがある」
「島を脱出するには……」
「選ばれし4人が殺し合って、最後の1人になること」
「つまり、俺たち挑戦者はその4人の戦いに関与して、早々にこのゲームを終わらせなくちゃいけないってことだよな」
「あいつは何も言ってなかったけど、遠回しにそれが言いたいんだと思う」
ユウナは眉間にしわを寄せながら、足元に色々と書き込んで状況を整理する。
それを横目に俺も、これまでの情報を元に考察してみることにした。
まず月の男。ゲームというのは彼の企画だろう。
そして、この島は目測でもかなりの広さがある。もしこの島が例のゲームのためだけに作られた場所なら、4人で殺し合うには土地がもったいなさすぎる。
つまりこれは、4人以外の挑戦者も入り混じって、最終的に4人を1人まで減らすゲーム。更にこの島の広さからしてその挑戦者の数も1人や2人の世界じゃない。
考えられるのは、戦争だ。
「4人がこの島で生き残るには、少しでも多くの挑戦者を味方に引き入れる必要がある。他を攻める意味でも、他から守る意味でも」
「そうなると、近いうちに島の人間は4勢力に分かれるわけね」
「まあ、綺麗に4つに分断されるとも思わんがな。そして一番の問題は、俺たち以外の挑戦者がどんな奴らかってことだ」
俺を差し置いて神の祝福を受けた4人。彼らが一体どんな面をしているのか拝んでやりたいところであったが、俺が出向かなくても最悪彼らは勝手に殺し合うはずだ。
となると、最も注意すべきなのは他の挑戦者。島において自由な立場にあるわけだし、何をしでかすかわからない。そもそも、意思の疎通が取れない外国人の可能性だってある。
「全員が島からの脱出に好意的ならいいんだがな」
「……」
ユウナは木の棒を置くと、深刻な顔になった。
そしてその顔が、徐々に青ざめていく。
「どうした?」
「ねえ、もしもの話なんだけど」
「なんだよ」
「4人も残りの挑戦者も、全員が推薦組だったらどうする?」
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