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第3話 何も起きないはずがなく

「寒くないか」


「別に」


 パチパチと小枝が燃える。小石で囲って簡易的に作成した焚き火は、俺と彼女の顔を照らし、周囲を少し温めるくらいにはきちんと役割を全うしていた。


 砂浜で目覚めてから何時間が経ったのだろう。外はすっかり暗くなり、俺とギャルはジャングルの入り口で発見した小さな洞穴にて一夜を明かすことにした。

 2人とも衣服は既にずぶ濡れの学生服から、ジャングルで手に入れた葉っぱや樹皮を加工した簡易的な服に着替えている。幸いなことに夜はそこまで寒くなく、砂浜の方角から吹き付ける潮風についても、同じくジャングルで手に入れたヤシの葉で上手く洞穴にフタをすることでしのげていた。

 外には長い木の枝で作った物干し竿に、2人の学生服をかけてある。海水をたっぷり吸ったとはいえ、また使う機会はあるかもしれない。


 そして、ここまで設備が整っているにも関わらず尚、彼女の体温を心配した優しい俺に対して冷たいレスポンスを返した彼女がムシャムシャと食べているのは、昼間の間に俺が採取したヤシの実だ。

 実を叩き割り、中のジュースを飲み干した後でも、殻の内壁にくっついているコプラという部分は食べることができる。腹持ちはあまりよくない上に味も最悪だが、まあ何も食べずに腹を空かせるよりはマシだろう。

 正直、ヤシの固い殻を割るのはかなり大変だったが、こうして俺が手間暇かけて提供したヤシの実を彼女がちゃんと食べてくれているのを見ると、俺の努力も無駄ではなかったのだなと改めて感じる。


「おいオタク。これマズいんだけど」


「黙って食わんかィ! メシがあるだけありがたいと思え!」


「チッ、使えねー。体張ってイノシシでも捕ってこいよ」


「このクソビッチが、好き勝手ほざきやがって……」


 前言撤回。何故俺はこの女のために貴重な体力を割いたのだろうと不思議になった。

 彼女が自分の服を作るといってジャングルの奥に消えてから再び現れたのは日が暮れた後、つまりついさっきだ。それまでに俺は自分の腰みのを作り、洞穴を見つけ、ヤシの葉や実を採取し、弓ぎり式で火を起こした。この衣食住は全て、俺が1から作り上げたものだ。

 彼女は、そんな俺の文明を何の苦労もなく享受している。


「特にこの焚き火! 俺が火を起こすのに何時間かけたと思ってやがる!」


 弓切り式は簡易的な弓を作成し、枝を高速回転させることで、摩擦熱による火種を作る火起こしだ。他の方法でも同じことが言えるが、とにかくスタミナを消費する。

 すっかり弱り切った肉体で激しく運動した俺は、既に限界が来ていた。

 実際今もヤシの実を食す気力すらなく、葉のベッドに寝転がって回復をしている。

 それに比べて彼女ときたら、体力が有り余っているというのに自分から働こうとする気を一切見せない。


「はあ、せめて何か対価をよこせ。俺の労働に対する対価を」


「対価ぁ?」


「ああ。食料でも何でもいいから、明日はお前がなんとかしてくれ。俺は疲れた」


 そう言って彼女に背を向けた俺はヤシの葉で半裸の体を覆い、瞼を閉じる。

 冷え切った洞穴の中は焚き火だけで温度を調節することができない。故に、正直こうして葉にくるまっているよりも焚き火に手を当てていた方が暖かいのだが、こればかりは仕方がない。

 俺は多少の寒気を我慢して、ヤシの葉の中で胎児のように丸くなる。

 2年ぶりに身体を動かし、海水にどっぷり浸かった体はもうすっかり動かなくなってしまったが、それでも何故か、引きこもっている時とは違った心地よさがあった。

 何だろうこの充足感は。労働の喜びか?

 よりによってこの俺が、こうして汗水たらして人並みに働くことで快楽を得るとは思ってもみなかった。

 ただ、これがあと何日も続くと思うと少し、いやかなりげんなりする。

 明日はギャルに任せるとして、その後も作業は2人でしっかり分担していかねばなるまい。

 適度に休息を挟まなければ、流石の万能超人である俺でも労働のパフォーマンスが下がってしまう。


 意識がいい感じに遠のいてきたところで、もぞもぞという音が聞こえた。

 続いて、布団代わりにしていたヤシの葉がはらりとめくれ、何者かが俺の簡易ベッドに侵入してくる。

 そして、もっちりとした柔らかい感触が俺の背中に押し付けられた。

 首筋には、人の浅い吐息が軽くフウッとかかる。


「……ベッドならもう1つ作っただろ」


「寒いと思って」


 ギャルだった。彼女は俺のベッドに潜り込み、背中越しとはいえ身体をぴったりと密着させていた。


「……お前が寒いだけだろ」


「まあ、それもある」


 否定しないのか。確かに彼女も葉っぱの服を纏っているが、それだけでは到底寒さをしのぎ切れはしないだろう。洞穴のヤシの葉カーテンもやはり不完全で、隙間風は確実に体温を削っていく。


「……ハハハハハ! ビッチらしい考え方だな! 体を密着させて暖を取る! だが悪くはない!」


「うっさ」


「いわゆるおしくらまんじゅう状態だな。だが、男女がこうして薄暗い中で体を密着させるのは非常によくないこと……だと俺は思うぞ」


「まあ、オタクはこういうのしたことなさそうだもんね。ほら、おっぱいでちゅよー」


 ギャルはもぞもぞと動き、俺の背中に暖かい何かをぎゅうぎゅうと押し付けてくる。確かに暖は取れるが、これでは俺の精神衛生上よくない。


「馬鹿にするなビッチ! 俺はお前らと違って慎重なだけだ!」


「ねえ、そのビッチっていうのやめない? 自己紹介でもしようよ」


「はあ、頼むから寝させてくれ。どうせ救助が来るまでの仲なんだから、名前なんてどうでもいいだろう」


「そういうのが気持ち悪いんだよなぁ。ウチは一ノ瀬ユウナ。アンタは?」


「佐藤ハルト」


「ふうん、なんか普通な名前だね」


「どうとでも言え」


 一ノ瀬ユウナ。聞いたことのない名前だ。英勇高校の推薦入試に受かったのだから、一応彼女も何らかのタレントを有しているはずだが、俺が名前を聞いたことがないとすればアンダーグラウンドなタレントなのだろうか。

 どうやら向こうも俺のことを知らなさそうだが、まあいい。あまり素性を知られていない方が付き合いやすくて助かる。


「ユウナ、明日はお前が食料調達だからな。覚悟をしておけ」


「えー、おっぱい触らしたげるからハルト君行ってきてよお」


「……お前、俺が手を出さないと思ってやってるだろ」


「当たりめ―だろクソキモ童貞オタク。気安くウチを名前で呼ぶな」


「調子に乗りやがって、ヤリマンが……」


 俺は腕を組み、神妙な面持ちのまま眠りに付くことにする。

 彼女もそれ以降俺を煽ることはなく、大人しく眠ることにしたらしい。

 洞穴の中は急に静かになり、隙間風と外の野鳥の鳴き声だけが細々と聞こえてきた。

 しかし、あれほど威勢よくユウナのことを罵っていた俺だったが、いざ沈黙すると再び恥ずかしさと緊張が理性を上回ってしまう。

 実際、背中に彼女の柔らかい感触を感じたまま横になっているのは確かだし、この体勢のまま下手に寝返りをうつこともできず、ただ硬直したまま身動きを取れずにいる。

 どうしたものか。

 俺が再び考えていると、また新しいことに気付いてしまった。


「お前、震えているのか?」


 返答はない。しかし依然として続いている彼女の震えは、寒さからくるそれ以外にも原因があるように思われた。

 思えば、見知らぬ男と2人で無人島に突然放り出され、17歳の少女がここまで泣き言一つ言わずについてきたのには、中々の我慢強さを感じる。

 しかしいくら我慢強いといっても、ずっとそれらをため込んでしまうようでは必ず限界が来てしまう。どこかで誰かに背中を預けて、リラックスせねばならない時が必ず来るはずだ。

 それが今だとしたら? 彼女が今日一日で味わった災難を、今こうして俺と肌を密着させることでなんとか消化しようとしていたら?


「……無粋な質問だったな。ゆっくり休め」


「あっ!」


 彼女は突然大声を出した。

 そして次の瞬間、彼女が右腕をドカッと俺の横顔に叩きつける。

 あまりの痛みに俺は思わず飛び起きた。


「いったあああ!」


「なーにキモいこと言ってんだよオタク」


「俺がお前のオアシスになってやろうとしたのに」


「きっしょ。つーか、そんなことよりこれ見てよ!」


 彼女がかざした右手首。そこに装着されている例の腕時計の液晶画面が、眩く赤色に輝いていたのである。

 手元を見ると、俺の液晶も同様に赤い光を放っていた。


「なんだこれ……」


 その時だった。大きい耳鳴りのような音が、洞穴の外から鳴り響く。

 見れば、ヤシの葉カーテンの隙間からは、液晶画面に似た赤い光が漏れ出していた。

 俺とユウナは慌てて立つと、急いで洞穴の外に出る。

 そこで俺たち2人は、今日一番の衝撃を受けることになった。


 満月だ。空に浮かぶ満月が、真っ赤に輝いているのである。


 赤い満月は地上を照らし、重なり合う緑に覆われたジャングルまでもが、その全体を赤く染め上げられていた。

 島全体が、あの赤い月の光に包み込まれている。太陽と違って直視ができる月は、林檎のように隅々まで赤く輝く様を俺達に見せつけていた。

 それは眩しいが同時に妖しくもあり、妙に目を引かれるあの月からは、単に赤い光以外の何かも同時に放出されているような気がした。


「ブラッドムーン……?」


「いや、多分違う。ブラッドムーンにしては赤すぎる(・・・・)


 とその瞬間、赤い月が一際強い光を放つ。鮮血のようなその輝きに、俺は思わず目を細めた。

 閃光と共に月に浮かび上がったのは、人間のシルエットだ。

 それも筋肉質な男のもの。腕を組んだ姿勢で、まるで月面そのものがプロジェクターになったかのようにはっきりと映っている。

 そして影は動き、静かに言葉を紡ぐ。


「これより『ゲーム』をはじめる」


 シルエットの男は、そう言った。

 まるで鉛のような言葉の重厚感とその迫力に、俺たちは気圧される。

 ゲーム? 一体何の話だ。


 腕を組み、沈黙する巨大なシルエットを前にして、俺たちは金縛りにかかったかのようにその場を動くことができなかった。

@sawayakatarou_

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