第2話 無人島へようこそ
そうだ。大体思い出した。
乗っていた飛行機が乱気流に巻き込まれて、俺はギャルと2人で飛行機から弾き出されたんだ。
まさか2年間の引きこもり期間で俺がここまで貧弱になっているとは思ってもいなかったが、あの状況からこうして生還できたことにはもっと驚いている。
この砂浜には海にもまれて流れ着いたのだろうか。身体に大きな傷は見られないものの、制服には海草やら砂やらがねっとりとこびりついている。
服自体もたっぷり海水を吸ってしまっているし、この様子じゃもう使いものにならなさそうだ。
「ねえ、聞いてんの?」
突然、首筋にヒヤリと冷たいものが触れた。
「ひゃあああん!」
「うわキモ。女みたいな声出さんといてくれる?」
「先に仕掛けたのはそっちだろうが!」
俺の背後に立っていたのは、例のギャルだった。俺の首に触れたのは、彼女が持っているワカメだ。彼女もまた俺と同じようにこの砂浜に流れ着いたようで、可愛らしい制服に砂や海草がこびりついて大変なことになっている。
「髪の毛にヒトデくっついてるぞ」
「知ってる」
ギャルは心底嫌そうな顔で、金髪にひっついたヒトデを引き剥がした。
良かった。彼女にも目立った外傷は見受けられない。
どうやら俺より一足先にこの砂浜で目覚めていたようで、この状況も何とはなしに受け入れているようだった。
「ここはハワイ……じゃなさそうだな」
「当たり前でしょ。ウチら以外には誰もいない。推薦組すら見当たらないわ」
その情報を聞いた俺は驚いた。推薦組もいないのか。
しかし俺たちが弾き出された時点で飛行機は墜落しかけていたし、そこまで距離が離れるとは思わない。
この陸地のどこか別のエリアに墜落した可能性もあるだろう。しかしあの飛行機は貸し切りで、俺たち英勇高校の推薦組しか乗っていなかったから、あまり離れすぎてしまうと痕跡を探すのが難しくなってしまう。
「あの状況じゃパイロットたちは最初に死んでるだろう。運が良ければ28人。俺たちを除いた推薦組が全員生き残っていればの話だがな」
「この島のどこかに墜落したなら、まだ生きてるかもね。海のど真ん中に墜ちたらヤバいだろうけど」
「待て、ここは島なのか?」
「多分の話だけどね。ほら」
ギャルの指した方にあったのは、巨大な火山。
山の頂上がほんのりと紅く染まっているのを見る限り、バリバリの活火山に違いない。
目を凝らせば、漏れ出ているマグマのようなものも視認できる。
とにかくかなり大きな火山で、かなり離れているにも関わらず堂々たる存在感を放っており、手前には広大なジャングルも広がっていた。ジャングルの緑はこのビーチのすぐ側まで侵食していて、あそこまで行くとなれば大変な道のりになることは間違いなしだ。
ただ、ギャルが言いたいのはそういうことではないだろう。
「……ここが火山島かもしれないってことか?」
「あくまで予想だけどね。遠くに見えるあの山が島の中心なら、ここは火山活動でできた小さな島かもしれない」
「フン、ギャルの癖に教養はあるじゃないか」
「キモに言われたくないんですけど」
「クソッ、だからキモくないって何度言えば……」
「っくちゅん!」
俺の言葉を遮って、ギャルが可愛らしいくしゃみをした。
彼女は鼻をすすると、こちらを物凄い目つきで睨みつける。
「……何?」
「まだ何も言ってないだろ」
「……はー、マジで最悪。つか、元はといえばテメーがウチを抱きしめたまま飛行機から降りたのが原因じゃん! 責任取れよクソキモオタク!」
「その言い方だと語弊があるだろ! あのままだとお前が1人で先に落ちて乱気流に巻き込まれそうだから仕方なくでやったの! 一足先にミンチになるかもしれなかったんだぞ!」
「結局2人して変な島に漂流しちゃったら死んだも同然じゃん! しかもテメーみたいなクソキモ陰キャと……はあああ、これからこいつにレイプされるんだ……」
「しねえよ! 俺を何だと思ってやがる」
ギャルは諦めとも絶望ともとれるような表情で、砂浜に絵を描き始めた。
俺はそれを横目に見ながら砂浜に座り込む。
全く、弱音を吐きたいのはこっちだ。本当なら今頃ハワイのホテルに閉じこもって、冷房をガンガンに効かせながらネットサーフィンに興じていたというのに。
気付いたら無人島に漂流していましたなんて雑な展開、最近のアニメでも滅法見ないぞ。
最悪だ。最悪の中でも特に最悪なやつを引いちまった。
しかし、こんなところでいつまでもウジウジとしていたらそれこそ早死にする。
こんなことを考えたくもないが、悩むのはあとだ。こういう状況において最も優先すべきなのは……
「行動だ」
「え?」
「知り合いが言ってたんだよ。サバイバルにおいて最も無駄な行為は悩むことだってな。自然は俺たちを待ってはくれない。今こうして立ち止まっている間にも、次の試練は迫ってきているんだ」
「は? 何いきなり偉そうなこと言ってんの?」
「まあ聞け。とりあえず俺たちは今も生きてる。生きている限りは、この島から脱出できる方法だって必ずあるはずだ。こういう状況で一番最悪なのはどちらか片方、あるいは両方が命を落とすこと。俺らはそれを防ぐために、最低限の衣食住を確保しなくちゃならない」
「……まあ、携帯もズブ濡れで使えないし、確かにここで救援を待ち続けるのは悪手ね」
「ああ。だがそれほど絶望的でもないはずだ。少なくとも、1人っきりで遭難するよりはずっといい」
「ウチにとっては絶望的だけど」
「まずは衣服だな。とりあえず、あそこのジャングルまで行って、身を覆えそうな葉っぱを探してこよう」
「はあああ!? やっぱりそういうことしか考えてないじゃん! 着替えてるウチを見ながらテメーがシコシコしたいだけだろうがよこのクソキモ変態デバガメ痴漢オタク!」
「さっきお前がくしゃみをしてたからだよ! 俺もお前のようなビッチの汚れた裸など見とうないわ! お前に低体温症で早々に死なれたら困るっちゅーだけですが何か!」
全くこのギャルは。普段からエッチのことしか考えていないんだろうな。
この調子で今後もずっと行くようじゃ、先が思いやられる。
俺はため息をつくと、海水でびしょびしょになった前髪をかき上げた。
と、そこで俺の右腕に違和感を覚える。
見ると、右手首には買った覚えのない腕時計が装着してあった。
腕時計といっても針はなく、文字板は四角く液晶画面になっていて、どちらかというと近代的なそれを想起させる。しかし、肝心の「かん」とバンド部分は黄ばんだ石のようなもので構成されていた。
古代文明の遺物に無理やり最新のテクノロジーを当てはめたかのようなその時計は、まるで表面だけ取り繕ったテーマパークのお土産のようにも見える。
「……この腕時計は?」
「あ、それ。ウチもよくわかんないんだよ。目が覚めたらもう腕に付いてたんだけど、別に外せないって訳でもなかったし」
彼女の手のひらには、外された腕時計がちょこんと載っていた。
形は全く同じで、2つの間にこれといった識別番号のようなものもない。
外そうとしてみると、中留を適当に弄っている時にパチンと音がして、簡単に外すことができた。
「強制力があるわけでもない。別に爆発物とかそういう代物でもないな」
「液晶画面はどのボタンを押してもつかなかったけどね」
時計についたボタンは4つ。どれも液晶画面の側面に並んでおり、彼女の言う通りどのボタンを押してもこれといった反応は無かった。同時押しなど色々試しては見るものの、まるで電池切れが起きているような手ごたえのなさしか感じない。
「一体これは何なんだ……?」
「まあいいよ。それより早くジャングルに行って、服になりそうな植物を探さなきゃ」
「おい! お前さっきまで俺のことを変態とか言ってた癖にいきなり手のひら返しやがって!」
「だって寒いし。ウチはオタク君と違って変なプライドみたいなのも無いしね~」
「あっ、おい待て!」
一足先に森へ向かってしまった彼女を、俺は慌てて追いかける。
あんなことを言っているが、彼女もやはり内心寒がっていたのだろう。
空を見上げれば、既に太陽は真上を過ぎて少し傾いている。うかうかしていたらあっという間に夜だ。それまでには何とかして最低限の衣食住を整えなければ。
砂浜を駆ける少女と、それを追いかける青年。
なんて、一見すると如何にも文学的なはじまりを以てして、俺と彼女の無人島生活は幕を開けることとなったのだ。