【経済掌握の記録】
多くの要素を含んでいますので面白い部分だけをつまみ食いしていただいても楽しめるかと思います。
政治・経済に関してはアマチュアですのでご理解いただけると幸いです。
誤字・誤表記報告大歓迎、感想は返信できないかと思います。
『
この本を読んでいるあなたが一体どこで生まれて、そしてなぜあなたが読んでいるのか私は知らない。
しかし言えるのは、あなたが日本語で書いたこの本を読んでいる以上、あなたは日本語を理解した人物ということになる。
私は、この歪な世界が如何にしてできたのかを知っている世界で唯一――正確にはもう一人だけいるが――の人間だ。
ここに、私がこの世界に転移してから、この書を書くに至るまでのとてつもなく長い経緯を著していこうと思う。
確か、私がこの世界に召喚されたのは日本で西暦20XX年頃だったと思う。
あの日は確か日曜日だった。久しぶりに家で一日中ゲームをする予定にしていた。
昼飯を食べた後、猛烈な眠気が襲ってきたために30分ほど寝ようと思ってベッドに入った。
次に俺が目を覚ましたのは、俺が一生そこで暮らすと信じて疑うことのなかった日本、いや、地球ですらない場所であった。
俺はこの時、俗に言う異世界転移をしたという確信をした。
俺は子供の頃からよくライトノベルと言われるものを読んできたから転移にも様々なパターンがあるであろうことは知っていたが、これはなかなか異世界に来た、とはっきりわかるタイプなのではないだろうか。
理由はいくつかあるが、誰が見てもはっきりそうであるとわかる一番の理由は、自分の下に展開していた魔法陣だ。
半径は5mほどあっただろうか。
同心円状に太い円が自分を中心に広がっていき、さらにその内側に幾重にも重なった正方形があり、それらの図形の隙間をまた別の図形や見たことのない言語で埋め尽くされていた。
そんな魔法陣が白く強烈に光っていれば、誰だってこれが異世界転移であるとわかるものだろう。おまけに目の前には大きな杖を持った白髪のお爺さんが立っていた。
この人の第一印象は、歳はそれなりにいっていそうだが、その割に体格はよく、健康そうな外見をしている、といった感じだ。
自分がこの世界に降り立ってから数分が経つと自分の周りの魔法陣の光が徐々に薄くなっていき、やがて完全に消滅した。
その時目の前にいた疲れた顔をしていたお爺さんが私に話しかけてきたのだろうが、何を話されていたかは全く覚えていないし、覚えているわけもない。
何故かといえば単純に、相手と自分で使う言語が違ったからだ。
そう、この世界に来てからはじめの一ヶ月間、俺はただひたすら言語を習得するためだけに時間を費やした。
この世界がどのような歴史を持ち、今いる場所がどこで、何故この眼の前の老人に召喚されたのか、知りたいことは多くあったがそれらは全てこの世界の言語を知らなければ知り得ない情報だ。
どういうわけかこの老人も俺が言語を習得するために何が必要なのか、どうしたらいいのかをある程度把握していたみたいで、多くの本が自分の前に積まれ、老人も積極的に自分に話しかけているようだった。
衣食住も全て与えられ、言語を習得すること以外やることのない生活ともなれば、かなり早く言語を理解できた。
……どうせ意思疎通ができなければ、俺がこの世界から元の世界に戻ることができるのかどうかを確認することもできない。
それに、この世界には前の世界になかったいわゆる魔法があるのだ。それを少しでも扱ってみたいという気持ちもあり、なんとか一ヶ月ほどで日常会話に支障がないレベルまで俺の言語能力は上達した。
そこで分かったがどうやら帰りたいといえば現実世界にいつでも帰れるらしい。この事実を知った時点で俺はむしろ現実世界に帰ろうという気を失った。
かなり話せるようになってくると、この老人が実はかなりすごい人だということが分かってきた。ここからしばらく老人についてのことを書いておく。
この世界には現実世界での専門学校のようなものが多数あり、この老人はその中でも魔法教育に優れた学校で専門的な研究に明け暮れていたそうだ。
研究成果が認められ、ある程度の地位と資産を築いて学校の研究者をやめたのもそれなりに若いうちだったそうだ。
学校の研究者をやめてからは、自己満足のための研究に没頭するようになった。
誰よりも魔法の真髄に迫ろうと、かなり一生懸命努力をした。
しかし、ある程度以上魔法について解析を行うと、どうしても絶対的な知識の不足に苦しむようになり、やがて世界中の魔法に関する本を読み漁った。
その中で全く違う国のいくつかの国立図書館で不思議な遺跡の話が出てきたため、十年もの歳月を掛けてその遺跡を探し当てたそうだ。
その遺跡の中には数種類の術式が壁に描かれており、それを記録して今いる国に帰ってきてからはその術式の解析に没頭した。
一応ここでこの世界の魔法の発動について基本的なことを書いておく。
簡易な魔法は術式を頭の中でイメージし、それに相応する起句を唱え、魔力を充てて発動する、というのが一般的だ。
例えば、目の前の薪に火をつけたかったら、頭の中で燃えている火をイメージし、「火」だとか「燃焼」だとか「ファイヤ」とでも言えばいい。
余談だが私は一度ふざけて「ファイアランス」と唱えたらいとも簡単に火をまとった槍のようなものが出てきて驚いたことはある。どうやらはるか昔、俺がこういう事ができるという妄想を繰り広げていた時期があったのではないか、と老人に言われた。
断じてそんな覚えはない。絶対ない……。
そういうわけで、要は自分のイメージに合った言葉を発すればいいのだ。
ただ、規模が大きくて複雑な魔法を発動するにはイメージも、言語も人の体で扱える規模ではないためどこかにそれを言語・図式化した魔法陣を描き、そこに魔力を充てて発動するという形になる。
したがって一般的な術式は訓練を積めば誰でも使えるようになるのだが、魔法陣を必要とする大規模な術式は、魔法陣を知っていて、かつ相応の魔力を扱える一部の人にしか使えない。
魔法陣は一般に作るものではなくすでにあるものを使うだけだからだ。
老人は遺跡で記録してきた魔法陣を解析した結果、そのどれもが驚くべき効果を発揮することを知ったらしい。
そのうちの一つが他でもない、俺を転移させた魔法だ。
次に重要だったのが、人間を不老にする魔法だ。
これを聞いたときには正直俺も驚いた。
この世界での魔法はどうやら深いところで現代科学に真っ向から反抗するような性質を有している。
この不老にする魔法は若返るわけではないので、今の年齢で固定化されるだけだ。だからこの老人は老人のままなわけだが、それでも極力動きやすいようにと体を鍛えることにしたそうだ。
不老魔法は老人の基準では比較的扱いが簡単で、最悪の場合でも自分の身になにか起こるだけなので遺跡の中で見つけた術式の中で最初に使った魔法だ。
それから数十年間研究したあと、俺の転移に成功したらしい。
もっとも、この魔法の効果は「異界の地から人間を召喚する」というもので誰を、どこからなどの指定はできなかったそうだ。
この老人から、俺はこの世界のこと、魔法についてのことを多く学んだ。今も私のすぐ近くで何か研究しているが、私は彼に対して師匠と読んでいるので、ここからはそう記すことにする。
師匠が私に魔法を教えていたある日、一冊の本を持ってきた。
師匠曰く、この本に書かれている言語はどこの国の言語でもないが、所々入っているイラストがどうやら魔法陣の一部であり非常に興味があり、全く解読できずに悩んでいたそうだ。
それもそうだ、この本は日本語で書かれていたのだから。
この中には魔法の概念に関するあまりにも細かい説明が記されていた。まるでプログラミングの教科書だ。
そのことを師匠に伝えるととても喜び、それからは俺は師匠から魔法の発動について学び、師匠は俺から魔法の構造について俺がその本を介して教えていった。
こうして俺と師匠は、おそらくこの世界で誰も達したことのない域にまで魔法を上達させていった。
そしてまたある日、師匠は俺に行った。
「何か、魔法以外にやりたいことはないのか。ワシも教えることはそんなに残っていないし、その不思議な本の内容もあと少しで全部説明し終わるじゃろう。
ワシはいま、魔法のことよりもお主が進む道に興味を持っていてな。」
暇で暇で仕方のなかった師匠が、その暇をつぶすために俺を召喚したと。
そして、俺が何かを成すことに、大きな期待をしているのだと。
師匠は歳のせいか、研究するのは好きだがなにか行動を起こしてことを成すことに対してはあまりやる気が起きないと言っていた。
俺がやりたいことはあった。それは決してこの魔術を使ってドラゴン討伐などという一回達成したらそのあと暇になりそうなことではない。
しかしこれをやるにはかなりの年月がかかる。達成するためには……
「師匠、お願いがあります。俺も不老にしてくれませんか」
「よかろう。ちなみに、これから何をしようとしているのじゃ」
「お金を稼ぎたいんです」
俺は、子供の頃からどういうわけか周りの人間よりひたすらお金を求めて稼ぎという思いが強かった。端的に言えば金欲が強いということだろうか。
その結果、中学生か高校生のあたりで金融、投資に勉強を始め誰よりも早く株や仮想通貨の取引を始めた。
さらにせどりとかブログなどのネットビジネスにも手を出した。
しかし、どれも目立った成果は出なかった。どれも別に大損をするわけではないし、多少の利益なら出せるのだ。
しかしSNSで回ってくるように一年でこれだけ稼げました、とかいうレベルには到底及ばない。
原因は種銭が少ないせいなんだ、と自分に言い訳して良い企業に就職しようと思い始めたのは大学3年になってからだった。
その時点で遅かった。誰よりもお金についての知識を会得し、自分のビジネスでお金を稼ぐという目標で努力してきた俺には学歴も人とのコミュニケーション力もありゃしない。
結局二流企業に入社し、その会社の忙しさと将来性のなさに絶望し、自分の人生の限界を感じ始めたところでこの世界に転移した。
この世界でならできるのではないか。この世界は現実世界よりは文明が進んでいないし、師匠という強力な研究者もいる。おまけに謎の日本語の本で誰も使ったことのない術式を多く使える。
やろう。やるんだ。きっとこれが最後のチャンスだ。師匠にそのことを話したら、ただ楽しみにしているとだけ言われた。
俺が不老になってから、俺は本格的に王都で活動することにした。
師匠と俺が住んでいた家は王都から徒歩2時間ほどの距離の山の中の家で、食料などは週に1回町の商店から買っていた。
俺は現実世界ではあり得なかったほどに、莫大なお金を手にしてみたい。
これを成し遂げるには、ライバルのいない寡占状態のマーケットを持たなければならない。
だが師匠から受け継いできた技術と、謎の日本語の本にあった技術で、いくつかその算段はついている。
初めに取り掛かったのは魔道具だ。今の師匠の一番の収入源でもあるのだが、すでにある道具に魔法陣を埋め込み、誰でも簡単に魔法を発動できるようにするというものだ。
師匠は主に鎧や杖、盾など、冒険者が使う装備に魔法陣を施してそれを販売していた。
魔法陣が施された装備は魔剣、魔盾、魔法鎧などと呼ばれ、かなり高値で売れるらしい。
しかし俺の目の付け所はそこじゃない。昔薄っすらと記憶にあるが、大抵異世界というのはなぜか魔法を生活の質の向上に使おうとはしないのだ。
まあ、この世界の場合はもともと魔法陣の種類がそんなに多くなくて、細かい制御などはできないのが常だったから仕方がないか。
俺は早速、いくつかの魔道具を開発して、売りに出してみた。
内容としては、水が出る蛇口、お湯を40℃まで温める発熱機、食べ物を極限まで冷やす装置など、現代で一般的にあるものを魔法を使って再現しただけの機械だ。
これらの製品を作るときに非常に役に立ったのが、「ものが壊されたときに魔法陣を壊す魔法陣」だ。これを全ての道具に付しているおかげで魔道具を分解されても仕組みは全くバレない。
もっともバレたところで早々簡単にこの魔方陣の制御をできるようになるとは思えないが。
これらの魔道具は初めは一般人向けには売らない。
新商品はお金を持っている奴らに高く売りつけるのが一番いい。
そういうわけで師匠の人脈を使って王侯貴族に紹介してもらった。たしかこの当時の王様は結構太っ……恰幅が良い人で、画期的な商品などに対する欲は強そうな人だった。
流石に王族には水が出る蛇口なんてものは必要とされなかったが、室温を快適な温度に保つ魔道具や、自由に光量を調整できる魔法式のランプなどはめちゃくちゃ高く売れた。
なんといっても「世界に一つしかない古代の技術を使ったアーティファクトでございます」とかそれらしいことを言っておいたから、それはそれは高く売れた。決して嘘はいっていない。その時点ではまだ一つ(試作品)しか作っていないし、実際人工物だし。
王様がそれをドヤ顔で配下に自慢するから、当然配下は羨ましがる。
そして懇願するようにわざわざ師匠の家まで貴族の部下が訪ねてくる、と。
そこで適当なことを言って希少なものだと思わせ、値段を釣り上げてから売る、ということを繰り返した。
そんなことを5年ほど続けているとだんだん来客も増えてきて、師匠からあまり人に訪ねて欲しくないと言われてしまったので、俺はそれまでに稼いできた金額の半分を投じて王都の貴族街に、でっかい屋敷を建てた。
いわゆる商館というやつで、そこによく売れる魔道具をいくつか展示しておいた。
またその屋敷の門を自動ドア(動くときに重厚な金属音が成りながら開く)をつけたらそれがかっこいいと評判になり、それもあちこちの貴族に売れるようになった。
もちろんこのドアは遠くにいる守衛の人が、入っていい人物かどうかを確認してから開くようになっているため、セキュリティは今までと変わらない。
どうやら貴族は利便性云々とか言うよりも見栄えを重視するようだということが分かってからはより見栄えを重視した商品の開発に着手した。
この頃になってくると一人ではとても生産が追いつかないため、肝心の魔法陣を施すところのみ自分でやり、残りの部分は外注するか、商館の工房で職人に作らせた。
一日ごとに色が変わる剣などという謎の仕様の剣もめちゃくちゃ売れた。
赤、青、緑の三色だが、三本買って台座に飾って、色が全部揃った日は運勢がいいとかいう謎設定をつけたら人気になったり……。
まあ、もともと魔法を施す前の剣自体を作っている職人が優秀ということもあるのだが。
さらに多種多様な商品を作っているといよいよ魔法陣を施すだけでも相当な時間を取られるようになってくる。
そこで俺は師匠とともに、自動で魔法陣を施す装置の開発をした。
最近師匠も俺のように新しい魔道具を開発するのにハマっているみたいで、喜んで協力してくれた。
この装置を半年がかりで作り終えたところで、俺は魔道具販売に携わるのをやめた。
俺がいなくても雇った人間に任せればすべての工程が回り、何もしなくても稼げるようになった。新商品俺が開発しなくても、師匠が開発したものの利権を俺が買い取って販売すればそれですむ。
こうして俺は、まず貴族の中でブランドを確立した。
本当ならこのまま大衆向けの魔道具を開発したいところだが、一般民はあまり裕福ではないため、高額な魔道具を買うことはできない。
しかし魔道具は薄利多売で売るにはもったいないほどの価値があるため、次は一般民の生活の質を向上させる事業を展開することにした。
この国の主食は米だった。子供の頃に読んだ気がする異世界転生物ではよく主人公が「米が食いたい……」などと言っていた気がするが、この世界では俺がそれに苦しむことは一切なかった。
しかし、米の栽培と言っても国民の全員が十分に米を食べることのできる量が収穫されているわけではなく、特に農家の人々は思い税に苦しんでいる印象だった。
そこで、米の生産効率を向上させる必要があるが、俺は米の栽培など全く知らない。現実世界の方では自動農作工場で作られているだけであり、そもそも水田自体生で見たことはない。
ただ、この世界は現実と違って精霊がいて、その中の一種類である樹木の精霊であるトレントも存在する。
精霊の概念は少し複雑だが、概略は
「自然界にも存在するけど、自分で召喚したほうが強い個体を簡単に呼べるし、ある程度言うことを聞いてくれる」
というものだ。無理な命令でなければ言うことを聞いてくれるというのがどのようなものなのかを試してみたところ、植物の成長の促進くらいであれば特に問題はなさそうだった。
ただもちろん無から植物を育成できるわけではなく、相応の栄養分を必要とする。
またまた師匠と協力して、最上位のトレント、種族目はエルダートレントというらしいが、を召喚したところ、人間と話すことができたために栄養分の作りかたも判明した。
確か植物はリンとカリウムとアンモニアが必要だっただろうか、多分それをそれらの元素の単語を一切使わずに、製法が確立された。
元素や化学物質の性質は現実世界と変わらないようであったため、エルダートレントが言っていた場所から掘った鉱石を錬金術らしきもので加工したものや、空気に変な術式をかけて作られる臭いにおいのやつが肥料として有効なようだ。
鉱石はカリウムとかリンで、臭いのはアンモニアなのだろう。
これを畑や水田に撒きつつ下位のトレントの力を借りて食糧を生産するとかなり効率よく多くの収穫物が取れるようになった。
そうして俺は、農業を始めた。
俺自身が実際に稲作ができるわけではないから、貧乏で立ち行かなくなりそうな農家の人から土地を買い上げてその人たちを雇っていく。
その土地にトレントに住んでもらって、秘密の工場で作った肥料を使いつつ稲作をしてもらえば今までより遥かに多くの米が収穫される。
ちなみに人を雇うときなどは、師匠が古代遺跡から見つけたという変装の魔法を使って、商館にいたときの俺と同一人物だとは思わせないようにしている。
変装の魔法といても身長や声も変えられるためもはや変体の魔法といったほうがいいかもしれない。
食糧の生産量が増えてくるにつれて食糧の価格は落ちていく。
そうするとまた別の農家がつぶれそうになるからその人達を雇う。
ということを繰り返していき、ある程度安定してきてからは生産する作物を主食以外にシフトしていく。
特に庶民は嗜好品として食べ物を買うという習慣があまりないため、この機に嗜好品の需要も創出していく。
第一次産業に携わって15年くらいが経つと、この国の食糧も余り初めてきたため、他国への輸出が始まっていった。
それと同時に他国から自国では取れない作物の輸入も始まって、庶民の食卓にも様々な種類の食材が並ぶようになった。
魔道具の方も、農業の方も始めてから結構長い時間が経つと俺が歳をとっていないのがバレて怪しまれてしまうため数年かけて自分が変装した偽物の息子を連れて、修行させる風を装った。
まあ、そもそもあまり表に出て多くの人と話すことも少なかったためそこまで手間ではなかったが。
その世代交代が終わる頃になると、徐々に国の人口が増えてきているのが感じられた。
これから人が増え、物流も多くなる……となると、次に必要になってくるのは交通機関だった。
この世界で当時最もリーズナブルな長距離移動手段は残念ながら徒歩だ。
国内で、数日歩いていける距離なら庶民は大抵徒歩で移動する。
ただ、馬車自体の定期運行はあり、主要な町同士はかなり広めの街道が整備されているため、貴族やある程度裕福な庶民は馬車で移動をしていた。
貨物を運ぶときも同様で、衣服や中程度の量の食品は人力で運び、好物や大量の食品は馬車で運ぶといった感じだ。
俺はこの頃、ゴーレムについて熱心に研究していた。もちろん師匠も一緒にだが。
この世界ではゴーレムといえば古代の遺跡から発生する自動人形のようなもので、周囲の魔素を吸収して動くという点では精霊と大差がない。
一つ大きく違うのは、おそらくゴーレムは意志を持っておらず、魔力制御機構が破壊されるなどの支障がない限り一つの命令に従って動き続けるということだ。
何故古代の遺跡から突発的にゴーレムが生まれるのか非常に謎ではあるものの、凡そ予想がつく。
おそらく古代に魔術を研究していた誰かが、未来になってもその領域を侵されないようにするための防衛装置としてゴーレムがスポーンするようにした、といったところだろう。
ゴーレムは、言ってしまえば電気が魔力に置き換えられた高度AI搭載型の自動ロボットだ。
そこまで高度なAIのようなものを搭載するには至らなくても、一定の動作を繰り返す程度のことであれば再現できるのではないかと研究していた。
結果的にはこれに成功し、簡易的なゴーレムを製造できるようになった。
例えば往復運動や回転運動などの簡単な動作を、スイッチなどの入力装置と連動するようにした、という程度のものから、人形で自分の言語命令に従って行動する高度なものまで製造することができた。
暴走することなどもなく、極めて安定した重要な労働力となる。
ただ、これがあるだけで俺を取り巻く状況は一挙に変わっていった。
今までは何をするにも人を雇い、そのために膨大な人件費がかかり、顔を晒すことで不老がバレるリスクも内在していた。
しかし、ゴーレムを制御し、思うままに労働力を行使できるようになったおかげで、それらの経費とリスクは全て消滅する。
ゴーレムの扱いに慣れてから俺は鉱山を探すことにした。
既存の鉱山を買い取るという手もあったが、どうしてもそれだと俺のやりたいことはできない。
国内では主要な都市から近い場所に位置する鉱山は既に開発されていたが、都市から比較的離れたところはまだあまり開発されていなかった。
文献などの調査でいくつか候補を調べだし、ボーリング調査などを行うということを1年とすこし繰り返したところで、鉄の鉱脈を見つけることに成功した。
鉄鉱石を掘り出すところまではいいが、その先の加工は流石にゴーレムに限界がある。
そこで俺は同じ国内に住み、剣や金属鎧など金属の加工を得意とするドワーフの集団に鉱脈近くに移住してもらい、加工を依頼することにした。
作ってもらうのは……鉄道だ。
鉄道と言っても、この世界には既に鉄製のレールは存在する。
ただ、使われ方としては鉱山内で鉱石を運ぶためのトロッコであったり、車両を馬の力で引く馬車鉄道としてだけであり、現実世界の電車のように自動で動く車両は存在しない。
もちろん大きな駅といったものも存在しないため、この世界では駅を中心に街が発展していくという概念はない。
基本的に王様が拠点とする城と、農耕地や観光地、商業地や工業地帯を結ぶ街道があり、それに沿って宿場町などが出来上がっていった。
したがって今この国に新しく鉄道を敷けば、新たな町づくりや産業の開発ができる可能性もある。
しかし俺自身前世では多少鉄道ファンだった程度のもので、ダイヤ作成など運行に関する知識こそ多少あるものの車両の開発などは全くできそうにもなかった。
回転機構……もといモーターはゴーレムとしてなんとか製造できるが、その回転運動をなんとかして車輪の軸に伝えなければならない。
もともとかなり時間のかかる事業になることは想定していた。
車両の設計などはある程度アイデアを伝えつつ、ドワーフに任せることにした。開発費用はかなりある。
ドワーフの中で比較的頭が働く人達は相当積極的に開発に着手し、さらに開発費を若い人たちの教育にも回しているようだった。
鉄道事業をドワーフたちに任せている間、俺は製薬産業に手を出した。
といってもこれはあまり大きなことではなく、この世界に既にある薬の値段を下げるべく、かつて開発した農耕技術等を用いて効率的に生産していくだけだ。
この国の人口増加に比例して病気で亡くなってしまう人口も不定にくのを見かねてこの商売をすることにした。
大した儲けにはならないが、人口が増えればそれだけ財に対する需要も増えるから将来のための投資と言えよう。
製薬産業を進めつつ、過去に手掛けてきた事業の手入れをすること数年、ドワーフたちはついに自動走行試験車両を完成させたようだ。
実験線ということで1キロメートル――もはや現実世界での縮尺は分からないが――ほどしかレールを敷いていないが、実際乗ってみると少し感動した。
現実世界での機械文明に戻りたいとあまり思ってはいつもりだったが、どうしてもこれが俺の一番慣れた移動手段だったという過去は消えない。
馬車鉄道が若干普及していることもあり分岐器やカーブ等も全く問題なく動作した。
もはや町と呼べる規模にまでなった鉄鉱脈の近くのドワーフの集団は、俺がかなり多くの資金を投じたおかげかかなり景気がよく、それが評判で別の場所のドワーフや人間もかなりの人数移住してきていた。
まあ、これからこの場所を起点に鉄鉱石を掘り出し、列車を使って各地に輸送していくわけだから丁度いいだろう。
さらに二年ほどかけて走行試験や運転手の訓練、駅の管理の仕方や街道と交差する場所での踏切の仕組みなどを作り上げた。
ドワーフの中で最も地位の高かった者を事実上の鉄道事業の代表者ということにし、国に直接鉄道を運行する許可を取りに行った。
初めは今までの馬車と何が違うのかと笑われたようだが、実際に王族が街道を馬車で移動している横をたまたま轟音を立てて走る試験走行車両が走り去っていくのを目撃したあと、すんなり了承してくれた。
線路は、鉱山からいくつかの大きめの町を経由して、港まで敷設した。
旅客輸送と貨物輸送の両方を行う計画だ。
本当なら王都も結びたかったがあそこは城壁があり、現時点で鉄道が非常に便利だという信用は全く得られていないため一旦保留にすることにした。
現実世界ではかつて日本の人口が増えていた時代、駅を拡張したくても土地がない、線路を複々線にしたくても土地がない、等とにかく土地がなくて困った、というような話を聞いたことがあった。
そのため今はまだ単線で1時間に一本の運行ではあるが線路脇と駅周りにはかなり広めの土地を確保してある。
あまり多くはないが途中ショートカットをするために街道から離れた場所にも線路を敷設したため、稀に線路上に魔物が現れることがあるが、そのあたりには多めのゴーレムを配置した。
一見謎の岩に見えて、ゴーレムだとはわからないようにしてある。
鉄道が開業してある程度利用者が増えてきて、定期運行を本格的に始める時点でこの世界には大事なものが普及していないことに気がついた。
時計だ。
時間の概念はあり、奇妙なことに60進法で現実と全く同じ数え方をするのだが、大きな時計台が主要な街に点在し鐘を鳴らすだけで、懐中時計のようなものは一切ない。
しかしこれは作るのは簡単だった。
一秒に一回動く超小型ゴーレム、という名の針を円盤に組み込むだけだ。
仕組みとしては魔道具などと同じであるため分解されたら自動で効果を失い技術が流出する恐れはない。
しかしどうも周囲の魔素が薄い場所であったり、長い時間動かしていると一日に数分という単位で時間がずれていってしまうことが発覚した。
魔力機構を使っているため人力で調節するのは難しい。
仕方がないので電波時計のような仕組みを取り入れることにする。
まだ電気は開発しておらず、電波を使うことはできないが魔力波は大きすぎると相応に多量の魔力を必要とし王国全土には供給できない。
そのためそれぞれの時計に時刻を仲介する仕組みを取り付けた。
主要な町に設置した時間矯正装置から一定時間ごとに魔力波を出し、近くの時計はそれによって時間が完璧に矯正される。
そしてその時計が別の時刻が矯正されていない時計に近づいたら2つの時計が通信し、時刻を矯正するという仕組みだ。
魔力波によって矯正された時計から順番に優先度をつけていき、その優先度が高い時計が低い時計を矯正していく。
このようにしてなんとか国内に時計を普及させることに成功した。
時計は肌見放さず持っているものであるため、金ピカの豪華そうな装飾を施した物を作って売ったらこれまた貴族にめちゃくちゃ高く売れた。
……将来時間が余ったら宝石をあしらった腕時計みたいなのも作ってみよう。
時計に関する事業も今までと同様に、他の事業をしている俺とは別人に変装して他の者に運営は任せている。
俺の所業を全て伝えているのは師匠だけだ。
師匠は相変わらず俺のやることをいつも楽しそうに聞いてくれた。それに何か壁にぶつかっても必ず乗り越えられるといつも俺を励ましてくれる。
やはり人生経験だけは師匠に全く叶いそうにない。
鉄道が複線化された頃、国から直接王都にまで鉄道をつなげてほしいという打診があった。
貨物の輸送をメインにしていたが、そろそろ旅客輸送の規模も大きくさせる頃だろうということでその打診を承諾した。
セキュリティに関しては王都の外から降りてくる人、物を門番をしていた衛士たちが駅の改札のような場所で検閲する形にするそうだ。
ドワーフたちには貴族用の綺羅びやかな車両も造らせておいた。貴族相手にお金を巻き上げるのが定例になってきたな。
輸送手段は当然陸上だけではない。
この国にだって川は流れているし、港で貿易だってしている。
今だって俺の開発した鉄鉱の工業地帯から鉄道を使って港まで鉄鋼を運び、他国へと輸出している。
今の主流は、客船、貨物船問わず巨大な帆をつけて、それに風魔法をあてながら進んでいくタイプだ。
これでも自然の風だけを利用するよりは遥かに効率は良いが、逆に強風のときなどにうまく進まないこともあるようだ。
船に関しては鉄道より詳しくないため具体的な技術提案はできないが、港近くの造船所を買収して優秀な開発者を雇った。
そこで俺は現実世界のようにモーターで駆動する船舶の開発をさせることにした。
もちろんここで使うモーターもゴーレムであり、駆動に必要なエネルギーは化石燃料ではなく魔力だ。
鉄道とは違い高い耐水性と腐食耐性を持たせなければならないため、そのための魔力機構の作成にかなり時間がかかった。
現実世界であれば何らかの合金などを用いて高い腐食耐性を得たのだろうが、そこまで多種類の金属を用意できるわけでもなく、その加工手段も持たないため最終的にミスリルを少量混ぜ、自動修復の性能をもたせることでなんとか駆動装置が完成した。
その後より頑丈で規模の大きい船舶の開発、製造にも取り掛かり、圧倒的な低コストで貨物の長距離輸送を可能にした。
この世界に降り立ってから100年ほど経った頃だろうか、当時自分がいた頃とは世相は大きく変わっていた。
町では街灯を初め至るところで魔道具を見かけるようになり、人々の中距離の移動は鉄道という交通機関を使って行うのが主流となってきた。
馬車はもはや鉄道より運賃が高くなったためそれが普及するにつれて廃れていった。
人の行き来が激しくなるにつれて銀行、為替市場といった金融機関も発達してきて、現実世界にだいぶ近づいてきた。
株式会社はまだないが。
現実世界での産業革命との違いは、この変革を成した人物、組織は全部同一ということだ。
貴族に最新の高級魔道具を売りつけているのも、超低価格で食糧を大量生産しているのも、国民の平均寿命を十年底上げすることになった製薬集団も、金属を大量に採掘しているのも、鉄道や船を運行しているのも全て俺の創った事業だ。
これらのおかげてこの国は経済が活性化し、人が増え、町も拡大し、国の上層部は自分たちのおかげだと調子に乗り始めた。
まあ俺は国からしたら便利な道具を売ってくる商人にしか見えていないだろうし、まさかこれらの組織全ての総裁だとは思っていないだろうし、調べようともしていない。
調子に乗った一国の貴族がやることなど一つしかない。
戦争だ。
俺はこの世界に来てから、ほとんどグロいシーンを見ないでやってきた。
単純に現実世界のときの平和ボケがそのまま残っているというのが大きいのだろう。
だからこそ人がなるべく死なないように食糧を作り、薬を創ってきた。
そういうわけで戦争をするメリットはこの国には何もない。それどころか戦争への備えをするに当たりすべてのものを国内で調達できるわけではないから当然輸入が増え、国内経済は鈍る。
ましてや徴兵などといって国内の若手を戦争に連れて行かれたら溜まったものではない。
だから、俺のやり方で国に徹底的に抗議することにした。
まず、本格的に国が戦争の準備を始めてから、猛烈な勢いで俺は自分の保有している資金を国外に移動した。
それも武器などの生産を得意とする国に、だ。
俺が資金をその国に動かせば当然その国の通貨を買うことになり、自国通貨安に為替相場が動いていく。
その結果、国は相手国からの輸入費用が膨れ上がり、当初計画していた通りに武器を買うことができなくなる。
武器を買うことができないとどうなるか、当然国内で生産することになる。
俺が開発した鉄鋼脈――あれは彫り尽くしたため今はそこから少し離れた鉄鉱山で大規模な採掘をしている――の麓で発展した工業地域に、武器を製造しろとの依頼が出た。
これが来た瞬間から待ってましたとばかりに俺は用意していた計画を発動する。
単純に言えば、ストライキだ。
工業地域で指揮を執っている立場の者を中心に、工業地域全体で戦争反対運動を起こすように仕向けておいた。
戦争反対運動に参加しても給料は全く落ちないというおまけ付きで。
その結果多くの人がこの運動に参加し、鉄製品の生産は完全に止まった。
表面上は鉄の製造の代表、つまり俺に対するストライキであり、俺に責任が降りかかることはない。
心の中で笑いながら貴族共に「武器の製造ができなくなり、本当に申し訳ありません‼」と謝っておいた。
貴族たちは激怒しなんとかしないとお前の組織にたいする税金を高くするとか言ってきたが、それも想定済みである。
もともとこの国に対する執着などない。
転生してから80年ほどでなんとか3つの言語を覚えた。これだけで世界の半分の人とは会話できる。
俺が戦争の話が持ち上がってからこれまでに他国に流してきた資金を、そのまま置いておくつもりはない。
当然これらを使って他の国でも同じような事業を拡大していくのだ。
と、その前に結局戦争を強引に進めた元いた国に戦争を取りやめさせなければならない。
口で言うのは無理だが、人的被害ゼロで力づくで止める方法は思いついた。
この世界はよくあるファンタジー世界であるから、龍というものが存在する。
様々なところに少数住み、ひっそりと暮らしているため普段あまり人間と接することはないが稀に人里に出てきて暴れたり、逆に人間が龍から取れるレアな素材とやらを求めて龍の巣に突撃し、戦っているらしい。
そういうわけでその龍の中でも最も強い種と言われる炎青龍と呼ばれる種の巣にお訪ねしてみた。
龍という生き物は本能的に人間と敵対するわけではなく、人間から攻撃されたときに限り相手を倒そうとするものだ。
しかし人間が龍の巣に突撃するときには大抵龍を倒し、その素材を手に入れたいなどの目的を持っているせいで、人間は龍を攻撃することが多い。
その結果龍はこの頃になると反射的に攻撃するようになってきてしまった。
炎青龍はその初撃がとにかく強い。
名前の由来でもあるが、この龍の吐くブレスの炎の色には青色が混じる。
そのためかなり高温で、圧力も相当なものになっている。
しかし、師匠と二人で何度も鍛えた防御結界と冷却魔法、それらを補助する魔道具をかなり大量に持ち込んだおかげで危なげなく対処できた。
それには炎青龍も驚いたようで、次のこちらの出方を伺っているようだ。
俺は攻撃する気など毛頭ないので普通に炎青龍に近づいて話しかける。上位の龍は思念で人間と会話ができるのだが、これがどのような仕組みなのか今でも詳しいことは分かっていない。
「お願いがある。とある場所で、あなたのそのブレスを吐いてほしい。」
「断る。」
「もし協力してくれたら、この幻惑の魔道具を差し上げたいと思っているが……。これがあれば人間が迷ってこの巣に近づけなくなるのにな~」
「……話を聞こうじゃないか」
いくつか龍が気に入りそうな魔道具を用意してきたがなんとかこれだけで足りそうだな。
炎青龍はあのブレスといくつかの炎の攻撃、強靭な肉体から戦闘にはかなり強いのだが、魔法に関してはほとんど能力を持たない。
そこで俺の作った、使用者の魔力がなくても使えるいつもの魔道具の出番で、これでこの龍もいくつかの魔法を使えるようになる。
龍からしてみたら人間がこの場所を訪れることにメリットなど一つも存在せず、ただ面倒なだけだろうという予想をしていたが、どうやらそれはあたっていたようだ。
結局、この大きな龍でも使えるように改造してある幻惑の魔道具を数個渡して、指定した日時にブレスを吐いてもらえることになった。
そのブレスを吐く場所は、自分がいた国と戦争を仕掛ける相手の国を結ぶ街道だ。
決行当日、俺は迷彩の魔法を使って街道から少し離れた森の中で軍の戦闘を見ていた。
隣には観光気分の師匠もいるが。
遠くの空から巨大な龍が近づいてくると、軍全体が大騒ぎになった。中には急いで逃げ出そうとするものがいたが、仲間に引き止められている。
炎青龍は軍が進もうとしていた街道の先の、大きな河川に架かる橋に向かってブレスを吐いた。
あのブレスが数週間前に俺が受けたブレスより、何倍も強いであろうことは紫色がかったブレスの中に迸る稲妻を見ればすぐに分かった。
そして俺が現実世界でも、この世界でも初めて聞くような轟音が長く鳴り響く。隕石が落ちたときというのもこのような音がするのだろうか。
軍が通るということで通行規制をしていたために人的被害はほぼゼロで済んでいるはずだ。
龍はこのあと、川の少し上流でもう一度ブレスを吐き、地形をぐちゃぐちゃにしたところで颯爽と飛び立っていった。
龍が人里に現れ、荒らして帰っていくというのは災害としてよく知られる事象だ。
明らかに何らかの目的をもって人里に現れる龍もいれば、全く謎の目的で人里を破壊しに来る龍もいる。
とはいっても人里に来る多くの龍は冒険者が討伐を目的として巣を攻められた龍種であることから、人間に対する報復目的であることが多いようだ。
今回も龍種の中で最も討伐した時の利益が大きいとされ、度々責められた炎青龍に橋と河川の破壊を依頼した。
この後国は結局戦争を諦め、龍によって破壊された橋の再建や、街道の再整備に邁進することになった。
だが、国なんかより先に俺が橋を完成させる。
隣国の王都からこの国との国境まで、既に鉄道網は完成しているし、貨物に限って既に運行も開始した。
国が必死に橋を再建するための予算の調整などをする間に、鉄道の走る大掛かりな橋を龍が破壊した川に架けるのだ。
といっても予め計画していたことであるため、破壊されたあとの地形の測量が出来次第、生産しておいた鉄橋のパーツなどを現地に運んで組み立てるだけだ。
だけどいっても結局1年半掛かってしまった。
見物人などがいるためゴーレムを使った建設作業はできなかった。
仕方が無いので水の精霊であるウンディーネを召喚し、河を建設のしやすい環境に整えてもらいつつ、またまた建設の得意なドワーフ達に依頼して作ってもらった。
重機の代用は重力軽減魔法である。浮遊魔法に比べればマシだが、これでもかなり魔術師の負担は大きかった。
そんなこんなで何とか鉄道と、歩行者の両方が通れる長大な橋が建設された。
時代が時代だし、大きな船も少ないので高さこそないが、それでも巨大建造物であることに変わりはない。
いつの間にかこの橋の1種の観光名所となり、国際鉄道の関門でもあるから橋のすぐ近くに駅を建てたらなかなか町が栄えてしまった。
ちなみに、もちろん橋を通る人からは通行料を頂いている。
この橋が完成してから一年後には国も元の橋を再建させたが、こちらの橋のほうが遥かに便利な場所に位置するし、見栄えも上々なためわざわざお金を払ってでも渡る人も絶えない。
この橋を作ったときに大事な産業を忘れていたことに気がついた。
娯楽産業だ。
俺が転移してきた当初は庶民の生活のレベルが低く、とても娯楽に手を出せる人など少なかった。しかし、今は状況全く違う。
実際、丹念に調査してみると既に賭博場などはいくつかあった。
しかし現実世界とは違い、酒場の延長のようなもので、参加している人種や年齢層は限られているし、雰囲気も良くない。
やるならやはり、貴族を巻き込まなければならない。
俺は現実世界にあった賭博を参考に、国の各地に娯楽施設を建設した。
この世界でも俺が来たばかりの頃は人々の足であった馬は、数はかなり少ないが現在でも飼育されていたため、競馬は全く問題なく成り立った。
パチンコのような装置も、ゴーレムを使って時計を作ったときと同じ要領で作ることができた。
カジノは、なんと言っても雰囲気が重要だ。ただお金を賭ける装置があっても誰も勝負をしない。
まず、賭けをしてお金を奪い合う楽しさを貴族に知ってもらうために、魔道具商人としての立場を使ってルーレットやトランプなどの貴族の屋敷の中で楽しめるものを流行らせた。
簡単に広まったが、予想していたとおりそれと同時に同じような商品を売る輩が続出し、これを売るだけの商売はすぐに儲からなくなった。
トランプなどが国中に知れ渡る頃に、すぐさまカジノを建設する。
この頃には魔力を使ったスピーカー等も開発できたため電飾やBGMで会場を盛り上げる。
さらに入り口の数は少なくし、閉塞的な空間につつフロアの通路を入り乱れさせることで客に様々な賭けを目にするように誘導していく。
もちろん床の色は人を興奮させる赤色だ。
パチンコもどきの装置や、スロットもどきの装置はどれも綺羅びやかに装飾されていて、お金を入れると豪快な音とともに結果が出ていく。
ダブルチャンスなどもふんだんに取り入れ、当たるチャンスを増やすように誘惑していく。
競馬場、水魔法を用いた競艇場、風魔法を用いた飛行レース場など、複数の賭博場とともに客の数は多くなっていった。
これらのサービスのいいところは、客の所持金と使う額が比例するということだ。
そのため庶民に対しても貴族に対してもあまり差異を付ける必要がない。
それに貴族も庶民も大当たりが出ると自分から勝手に周囲に宣伝し、宣伝された貴族は嫉妬から自分も当てようと試み、庶民は一攫千金とやはり賭博に走る。
算数さえしっかりやって入れば儲からないというのはわかるはずなのだが、それでも多くの人が賭博にいくことを止めなかった。
師匠も、たまに遊びに行っていたような気がした
ギャンブル依存症という言葉はないが、明らかにそうであろう人が散見されるようになるが、お金を正規の手段で稼いでいないと思われる人は徹底的に入らせないようにしていった。
この後、俺はここまで育ててきた事業を世界各地に広めていく。
この頃にようやく会社という概念ができ、俺の組織もそれを名乗ったためここからは会社と書くことにする。
俺の会社達のグローバル化の勢いは猛烈だった。
もともと活動していた国の近隣の国は既に俺の会社の事業が届いていたが、さらにその隣となるとそこまで知名度もない。
グローバル化するためにはどうしても速い交通手段が必要であったため、まず鉄道会社を各地に展開した。
あまり大きな組織として動きたくないため二カ国か参加国に一つ独立した会社という体裁をとり、その各社で相互直通運転を行う体系となっている。
もちろん実際は同じ人間が全てを展開していると知っている人は俺のみだ。
それぞれ現地の優秀な人を雇って資金を渡し、事業を進めている。
広域の鉄道網と航路網が完成したら食糧、医薬品、魔道具などの事業を次々に他国に展開していった。
これらも同じ人がやっているとは思わせないように調整して、現地にリーダーを立てている。
そして、あまりに会社の数が多くなりすぎると管理が面倒なためほどほどに成長してきたところで自分の会社に別の会社を買収させる形で、合併していった。
この文章を書くととてつもなく急に世界各地で産業革命が起きたかのように思えるかもしれないが、実際は会社のグローバル展開に70年以上を費やしている。
遥か昔に起きたIT革命などよりはかなり遅いと思っていくれればいいだろう。
俺はとにかくあらゆる手段を用いて稼ぎ続けた。
当初から資金が潤沢であったため銀行などから資金を借りなくても問題なく会社は運営できていた。
初めは資産を合算していたが、元の国の通貨単位で100億を超えてからは全体の資産の合算は諦めた。
各国で通貨価値も違うし、もはや資金を国をまたいで移動させるだけで為替変動が起きるようにすらなった。
ここまで資金が膨らんでくると、いままで手をつけることのできなかったあることが出来るようになってくる。
それは大手商会の買収だ。
買収と言っても、まだ株式会社の株を買い占めるのとは訳が違う。
方法は至って簡単だ。
ある商会に目をつけたら、その商会の得意とする物品や販売方法を徹底的に調べあげる。
ある程度特徴が分かったら、その商会が売っている商品を商会よりも少し高めで買い取る。
そして商会よりもある程度安い価格で市中に流すのだ。
このときに自分の会社のブランドの確立も忘れないようにする。
相手の商会は当然どういう原理で自分たちよりも安く販売できるのか原因は分からないから対策の立てようもない。
商会側はどうせひと月もしたら強引な売り方に耐えられなくなって自分側が勝つと思い込んで油断している。
しかし、そもそもの資金力が全く違うのだ。
俺は何年でも逆ざや商売を徹底的に続けた。
弱い商会から順番につぶれていき、その地域でトップだった商会が潰れる寸前で借金の肩代わりなどを申し出る。
もちろんそれと引き換えに相手の商売のノウハウ、従業員などはこちらが頂く。
こうして上手くいくとその地域のトップの商会がまるごと手に入るわけだ。
トップを奪ったらこれを潰すために使った俺の会社の方は倒産したフリでもしてとっとと撤退し、逆ざや商売で垂れ流した赤字の埋め合わせに掛かる。
赤字が埋まるのには短くて5年、長くて10年くらいと言ったところか。
もし相手が何らかの理由で買収の交渉に応じない時はそのまま俺の会社の商売で相手を潰し、シェアを握るだけだ。
実際、鉄道による輸送や魔道具などを使った商品の効率的な生産のおかげで、赤字にしなくても商会を破産に追いやることも度々あった。
ちなみに地元も商会が潰れると言っても、それに置き換わるか、上回る勢いで俺の会社が規模を拡大するため雇用はかなりあり、地元の経済が滞ることはそんなになかった。
そんなことを続けて多くの企業を買収・合併し稼ぎ出した利潤を溜め込むこと数十年、世界に少しづつ異変が起き始めた。
世界全体の経済成長が止まった。
土地や資源の価格が急落し、それ以降物価が全く上がらなくなったのだ。
そう、いわゆるデフレに見舞われた。それもかなり深刻なものだ。
この世界ではそれまでグローバルな通信技術がなかったため世界各地で経済情報をリアルタイムにやり取りする技術がなかったが、この時代にはすでに伝書鳩ならぬ伝書飛竜の使役も盛んになってきたし、軽い人であれば竜に乗れるようになった。
もっとも人を載せる龍の飼育をしているのももちろん俺の会社ではあるが。
そういうわけでこの時の世界的なデフレは世界各地で同時に起こり、世界中の人が同時にそれを知った。
どの国の人も、この時代にわりと発展してきた経済学の学者も、このデフレの原因は全く分からないと言っていた。
だが、俺は当然知っている。なんと言ったってこのデフレを引き起こしているのは俺だけなのだから。
いわゆるバブルが起きたのである。
バブルが起きるのは一見資産価値があがりいいことに思えるかもしれないが、それは流動資産を多く持っている人の話だ。
俺の場合はこのときから誰よりも多くの現金資産を持っており、バブルはただ現金資産価値の目減りを引き起こすのみとなった。
それに実態に見合わない価値の上昇はいずれ必ず崩壊する、と現実世界での歴史が証明している。
いずれ弾けるであれば俺がつついて割ってしまおう、というだけの話だ。
自分の持っていた土地や宝石、美術品などの資産のなかで、実態に見合わない価値が付いている物から順番に売りさばいていった。
自分が持っていて実態に見合わないのに価格が上がっている土地などは本当に多かった。おもに郊外のだだっ広い土地だ。
そこを住宅地にしようとしている輩がいたのか、景気が良いときには次々に買い込んでいた。
俺が企業で、もしくは個人的に持っていたそれらのものを同時に売り出せば、当然のように買い手がつく。
しかし俺が売りに出した量は半端な量ではない。
誰が、どれだけ買ってもまだ余るほど売れ残っているのだ。
土地も、宝石も、美術品も、珍しい魔道具も高級な花も何もかもが売れ残るようになった。
投資に使えず、これから価格が下がるかもしれないと思えば大勢の者が一斉に物を売り出すのは常のこと。
俺が売りをかけてから2年ほどで世界の経済は一気に冷え込んだ。
もちろん俺の持っていた企業でも収益が落ち込み、赤字に転落したところもあるがこのバブルで確保した資金でいくらでも持ちこたえることができた。
ここで俺はさらに追い打ちをかけていく。
それまでは稼ぎあげてきた資金の何割かを次の投資に回していたが、それをほぼストップし、どの企業も営業利益を最大化させた。
その結果、市場からは資金が消え去る。
いままで活発に取引された土地や美術品は一切動かなくなり、自分の持っていた資産に値がつかなくなり、絶望するものも多かった。
しかしそれで死なれては俺の気分が悪いため、食糧、薬品等の販売はできる限り低価格で行い、最低限の生活はできるようにしたし、国もそういう政策を取り始めたようだ。
不況が落ち着いた後も通貨価値がジリジリと下がり続け、インフレのイの字も見えない世界が10年ほど続いたあと、いくつかの国がついに財政政策と金融政策を初めた。
初めに行われたのは公定歩合の引き下げと、公共事業の拡大だ。
これで市中に出回る通貨量を増やそうということなのだろう。
しかし、市場に回る通貨量はそんな簡単に増えはしない。少し出回ったところで最終的にお金が行き着くのは俺の企業だ。
お金の流れは国から始まり、俺の企業という海に流れ込む。それで終わりだ。
残念ながら海から再び山に水を運ぶ太陽などというものはそこには存在しない。
国は埒が開かないと判断したのか次の政策に打って出た。
対外債務を持たない国のいくつかの金融機関が、買いオペレーションのようなことを始めた。
つまり、市中に出回っている国債などの債権や、土地の権利書などを買い取っていくのだ。
これによってついに、需要の少なかった土地が売れ始める。
そうしてついにデフレ社会から脱却……
できなかった。
そりゃそうだ。
政府が買い上げた土地をもともと多く持っていたのは俺の企業だ。
国債の買い上げ?
国債はデフレ環境下でも投資すればリターンが出せるからと言ってせっせと集めていたのは俺です。
毎度毎度俺にお金を流し込んでくれてありがたい限りだ。
さらに次には国が大量の赤字国債を発行して、それを中央銀行が買い取るなんてことをやりだした。
だが、結果は同じこと。
もはやこれをやられると自分のその国の通貨保有量が京とかになってきて全く数字が意味をなさなくなる。
世界は固まった。
国がいくらお金を発行しようとも、発行したその分だけ吸収されていく。
通貨量を本当にコントロールしているのは、政府ではなくて俺だ。
大きな災害が起こったときなどには多少通貨の供給量は増やす。
もっとも、龍たちに協力を仰いで豪雨くらいなら止めてもらっているが。
技術の革新が起きても、すぐに俺の手中に収められ、利益は結局俺の企業のものになる。
驚いたのが、俺が全く関与していなかったのに電気が発見されたことだ。
日常生活は魔法でかなりの部分を補えているが、電気分解などの手段が取れるようになったことで一部作成の難しかったものが作れるようになってきた。
しばらくすると暇になってきた。師匠からも、何か次の面白いことをやってくれと言われてしまった。
確かこのときだったはずだ。表舞台に出てみようと思ったのは。
表舞台に出るといっても、別に俺自身が一人の人として世間の目にさらされようという話ではない。ただ俺の持っている複数の企業を、業種ごとに纏め上げようというだけだ。
巨大な組織は脆く、長く続かないというのが歴史が証明する鉄則だ。ただそれはまだ力が半端で末端まで完璧に統治が行われていない状態のまま組織を拡大していった時の話に限る。
今回はわけが違う。それぞれの企業は独立して成功し、既に相互連携をしながら経営を行っているのだ。
これを拡大するだけだ。
しかし、突然あらゆる企業がくっつき始めるというのもおかしな話だ。せっかくだからきれいな歴史の流れになるようにお膳立てしてやろう。
俺は新しい国家を作り始めた。場所は今まで殆ど開発されてこなかった辺境の森だ。
内心では大笑いしながら、各国で「みんなで明るい未来をつかみ取りましょう」的な内容の演説をさせて、人を集めた。
そして俺の持っている建設会社に任せて、一気に都市のインフラを整えていく。
ここは仮初の希望を人々に売る国家になる。せっかくだからまだ開放していなかったオーバーテクノロジーをいくつもつぎ込んでいった。
まず、自動車だ。正確に言えば、自動車の走れる道路を整備したと言ったほうがいいか。
どの国家にもない道路交通法なるものを制定し、魔力を使って点灯する信号機も設置していった。
町の交通を妨げるのが嫌だったため、鉄道は全て地下に建設した。
都市の中央に位置するのは王都にあるような城ではない。高層ビルだ。
正八角形の頂点に位置するように八棟の15階建てのビルを建て、その内側に描かれる正方形の頂点に30階ほどの高層ビルを建てる。
そしてそれらの中央には200階建ての超高層ビルを建設した。
これらは規則正しく空中回廊によって結ばれ、旗から見ると一つの巨大な建造物のように見える。
ちなみに、俺と師匠でこっそり飛んで上空から眺めると空中回廊と円環状に整備された道路のおかげできれいな魔法陣のように見えた。夜は道路の中央分離帯が発行するようになっているのでますますきれいだ。
この世界の誰が見ても思ったはずだ、この国は一体何なのだ、と。
何もかもが違った。この国は他の国と違って経済が豊かだ。町には活気があるし、何より見たことのないシステム、建造物が大量にある。完全に別世界だ。
はっきり言って俺だってめちゃくちゃ感動した。こんなビル群現実にもいまだにない。
列車も地下を走っているし、地上は起動によって制限されないあたらしい駆動車両が走っている。
国家が誕生してから数年後には、俺の国の中で活動する大企業が数社誕生することになった。
それと同じ時期に、もともと俺が作っていた会社でも株式公開のようなものを始め、会社の経営権利の売買をできるようにした。
そして俺の国の企業たちに、それらを買収させていった。
世間から見たら、新しく誕生した謎の新興国家でえげつない力を持った企業が誕生し、それが各地の名だたる企業を買収した、というように見えているはずである。
実際、ただ俺の企業集団が俺の財閥になっただけだ。
財閥、という単語が世間に誕生したのもこのころだっただろう。
ただし現実と違って財閥は一つしかない。固有名詞などなく財閥と呼べば俺の組織だった。
ここまで規模を拡大していくと流石に他国も怒りを顕にして、俺の企業に歯向かってきた。曰く、独占し過ぎだと。
俺がそう思っているんだから間違いない。しかしそれと解体するかどうかは別問題だ。
独占し過ぎだから解散して規模を小さくしろ、とはじめに言われたのは鉄道の会社だった。まあその国の人も貨物も全部運んでりゃそうなるか。
言われたら素直に従う。俺はその会社の優秀な社員と豪華車両共々他国に引き上げてやった。とくに運行制御装置のメンテナンスは高度な魔力制御ができる魔術師にしかメンテナンスができないため故障したら使い物にならなくなる。
結果的に俺が管理しなくなったその会社はわずか2年ほどで潰れ、その国の主要な交通は大混乱に陥ることになった。
同様の事例がいくつか続いた後、歯向かうだけ無駄と判断したのかどの国も何も指図することはなくなった。
さらに時が過ぎると俺がすこし国に税金を安くしろといえば安くし、学校をもう少し建てたら?と提案したら立つようになった。
今や世界中の人たちは財閥に就職できるかどうかで人生が二分されようとしている。
正しくは、財閥がだめでも公務員に就ければ豊かに生きていける。ただ、それも無理となると道が薄れる。
格差をなるべく減らそうという努力をしたこともあったが、結局なにをやっても何らかの格差が生まれてしまうし、財閥を維持しつつ格差を解消しようというのは所詮宇宙でマッチに火を付けようとするようなことなのかもしれない。
とにかく、こうしてこの世界は実質俺の世界となった。もはや俺が操作できないものは世界が従う科学の法則と、いまだにそれに矛盾する点が解明されない魔法に関する法則、ただそれだけだ。
それを極力深く解析し、今日もこのビルの中で動く俺の企業はお金を稼ぎ続ける。もし俺の国の通貨換算で言ったら持っている資産は……。ここに記しても意味のある数字とは思えないため伏せておく。
どうせ世の中に二度と出ることのない、単なる数字なのだ。
最後に、俺がここまで至るにはこの書に記さなかった多くの人の助力があったことを記しておきたい。また、転移してきたはるか昔の話に関しては当時師匠がつけていた日記を参考に著してあるため各国の歴史書とは矛盾がある可能性も大いにあることをご了承願いたい。
この書を読むものに、この世界での活躍と幸福が満ち溢れることを期待して止まない。
』
……っと。
この本の題名は【経済掌握の記録】とかそんな感じでいいか。
二ヶ月ほどかけてようやくこの本を書き終えた。やはり本に出来事をまとめるというのは大変なことだ。実際の事実以上に俺の主観が混ざってしまっているがそこまで事実と差はないだろう。
俺は今250階のビルの、250階にある自室でこの本をかき上げた。
そして、俺はひとつ下のフロアに住む師匠に話しかけた。
「すみません、それじゃ、この本を例の遺跡にお願いします。」
「本当にしばらく寂しくなってしまうのじゃが……、いつか帰ってきてくれることを楽しみにしておるぞ。」
「はい、いつかまた必ず。」
そう、俺は明日旅立つ。
この世界から。
飽きたのだ。この世界に。
もう見るものも、やることもない。
あっちの世界では一切魔法を使うことは出来ないが、幸いこっちの世界からの転移魔法ならいくらでも仕掛けられる。
時限式の魔法陣を複数個、時間を数年ごとに発動するようにすれば特定の時間にまたこちらの世界に戻ってくることが出来る。
帰ってくるとは思うが、もし万が一何らかの事故で帰ってこれなかったときのために俺は後世のために俺はこの本を書いた。
読めるのは後世で、日本からの転生者に限るわけだが。
帰ろうと思ったきっかけは唯一つ。暇ひま暇ひま、と口うるさく言っていたときに、師匠がついに発見してしまったのだ。
時間を超える魔法を。
これと転移魔法陣を使えば莫大な魔力を使えば俺がかつて生きていた場所、生きていた時代にそのまま戻ることができるようだ。
俺は今、猛烈に知りたい。
かつて俺が生きていたあの世界で起きていた世界的な経済の停滞は、巨大企業による経済支配は、
本当に独立した集団による仕業だったのか――と。
次の日起きた俺は、餞別として師匠からかつて師匠が遺跡で発見した魔法に関する高度な知識が詰まっていた書物にさらに師匠が加筆・修正を加えた本をくれた。
この世界のことを思い出したくなったら読んでくれ、とのことだ。
俺は元の世界に戻るための魔法陣を設置した、ビルの屋上に登った。
既に巨大な魔法陣が描かれている。
これを実行するには高度な魔力制御が必要、かつ膨大な魔力量を要求されるため俺と師匠の二人でもまだ必要魔力は十分でない。
……助っ人が来たようだ。
「風が強くて疲れるこった」
「ここからの風景を見たいと言ったのはお前じゃないか。」
読んだのは、かつて河川に架かる橋を破壊するのを手伝ってもらった炎青龍だ。こいつもまたえらい長生きで、あれからさきも俺と師匠とたまに会って話をしていた。
世界を飛び回る龍たちに、このビルには絶対に触れるなと言う警告を出すとともに、龍が嫌がる魔力波を定期的にビルの周囲から出して避けさせていたがここからの風景を見てみたいと炎青龍が魔法陣の発動の協力をしてくれることになった。
「うーん、人間というのはちっこいくせに、力を合わせるとこんなものまで作っちまうのか……」
「ま、俺あってのことよ。そういえばお前ならいつだって飛んで上空から景色くらい見られるだろうに、どうしてわざわざ飛んできたんだ?」
「オレの体の構造上高く昇ろうとするとうまく下が見えないんだ。それに、ま、お前さんにはいろいろと世話になったからその礼も兼ねて手伝ってやろうかと思ってさ。」
俺もいい友達?を作ったもんだ。そういうわけで、俺たちは協力して魔法陣の発動に取り掛かった。
無言で、集中して……
魔法発動完了までに掛かる数分間、俺は自分の作り上げてきた国、そして操ってきた世界を存分に眺めていた。
美しい夕日に染まる俺の国と、背後で夕日を反射させる雄大な山脈。
少し収まり、顔に心地よく吹き付けるおだやかな風。
この世界はまるで水槽だ。
外にいる俺にはすべて見える。何もかも変えられるし、自分のやりたいようにできる。でも中にいる魚たちは外はよく見えないし、そもそも操られているとも思っていない。
さらばだ、俺の国、俺の世界。
「いままで、ありがとう」
そう師匠と龍に向けて話すと同時に、俺は強烈な光に包まれて世界を跨いだ。
最後に見えたのは――
少しいたずらっぽい笑みを浮かべた師匠だった。
元の世界に戻ると、そこは俺が何百年も前に転移させられる寸前の景色そのものだった。
ここはビルの最上階ではなく地上二階の俺の部屋。
布団はポリエステル製だし、すぐ近くにはシャットダウンしてあるPCがある。
ちょうど18時になろうとしていた。
「長い長い昼寝だった。」
思わず独り言を発していた。
外を見るとあの世界と同じような夕日だった。
ベッドのすぐ近くに落ちていた本を手に取る。
これは俺があの世界にいたという唯一の証。
だが、本の表紙を見たとき、目を疑った。たしかこの本の題名は日本語で「世界の魔法大全」と書かれていたはずだ。
しかし、今この本に書かれている題名は日本語で――
【世界創成の記録】
心臓が跳ねた。どういうこなんだこれは。猛烈になんとも形容のし難い恐怖に襲われる。
落ち着け、俺。
そうだ、この本を俺に渡したときはまだ表紙は確実に世界の魔法大全と書かれていた。ということは転移のときに表紙の文字が変わるようにしたということか。
いや、いまはそんなことはどうでもいい。著者は……
紛れもなく師匠だ。
ただ、この本はなぜか加筆分まで日本語で書かれていた。そして、書かれている内容は前半はいつも使っていた数々の魔法の術式だったが後半は全く違う。
世界の最初期に魔法を創成した経緯や、地形と生態系の設定をした過程が書いてあった。
そうか、師匠はあの世界で暮らす、普通の人間ではなかったのか。師匠がいいタイミングで時間を超えるなどの強力な魔法を発見したのは、正しくは発見したのではなく――
俺はこのときに初めて、水槽の中をいじって眺めている自分を囲む、大きな鳥かごの存在を感じた。
こんなに長い短(?)編を最後まで読んでくださって本当にありがとうございます!!
面白いと思っていだいた方、サイドストーリーや主人公が省いた部分、他の人物主観でも読んでみたい!と思った方はぜひ下の欄で評価していただけると私が泣いて喜びます。
ブックマークは……短編では意味ないような気がしますが、していただければ飛び跳ねて喜びます。
ちなみに、主人公が少し出てくるスピンオフが同じシリーズから読めます。そちらの作品の時系列は主人公が建国する寸前あたりです。
実は今回書いた話では当初構想していたいくつかの要素を時間の都合で書けませんでした。具体的に書くと、異世界にいた魔王(実はいたんです)との協調や、「少し」羽目をはずして主人公がカジノで遊ぶ話、主人公が保身のために召喚した最強クラスの精霊の話等です。
それらの話や、〇〇の部分をもっと詳しく読みたい!など要望がありましたら是非感想欄にお願いします!
私の書いているVRの小説の続きの執筆の再開が先になるかもしれませんが……