#74 地下迷宮15階層 青銅巨人の逆襲
地下迷宮9日目の夜、15階層の入口洞窟にキャンプしていたアベルたちは夕食の後、上の階での砂サソリ討伐の疲れでシャワーを浴びてトイレを使い各人のハンモックテントに早々に潜り込んで寝たみたいだ。
既に6人の騎士ゴーレム達は宿営地の前後を前衛4人後衛2人の日中の体制そのままで不審番の立哨をしているので今夜はミーナも睡眠中だった。
アベルは再び衣服も靴も脱いでいないのでそのままハンモックから起き上がった。
上に張っている天幕を押して外に出ると既に夜刀姫は外で待っていた。
アベルは明日の巨人戦で今晩中に仕上げる武器があり、そのためには警護の夜刀姫が必要なので一緒について来てもらう。
移転の行先は再びの地下迷宮18階層の湖畔のキャンプ地跡だった。
昨夜同様に同じ場所に大型テントの設営をした。
アベルはテントで造形中は結界を張り防音する最適地としてここを選んだ。
来訪理由は人目を気にせずに鍛冶の仕事が出来ることと、前夜のテント設営時に近くの崖の地層で天然の炭化タングステン鉱脈の露出を見たのだ。
アベルはテント内にまず鋼鉄製製造作業台を中央に出して設置した。
頭部方向に木棚を置き精練された炭化タングステン鋼インゴットを置く場所を作った。
崖の露出した鉱脈のところに行きに掘削土魔法の試掘で標本を採った。
鉱石鑑定で含有に間違いなかったので、今度は本格的に炭化タングステン鉱脈を土魔法で大規模掘削した。
得られた鉱石から不純物を除き炭化タングステン鋼に精練して時空間収納庫内に高純度1㎏インゴットの形で次々に収納した。
錬金術で高純度炭化タングステン鋼を作り終えたら製錬スラグは元の位置に埋め戻して硬化した。
凡そ1時間で1000本の1㎏炭化タングステン鋼インゴットを獲得できた。
再び大型テント内に戻り目的の作業に入る。
アベルはテント内の木棚に精練された1㎏炭化タングステン鋼インゴットを掴みで300本置いた。
これから炭化タングステン鋼をL160㎝Φ3㎝の短槍に成形して洞窟内でも取り回しの良いゴーレム専用武器を10本製造する。
毛皮や血肉神経のある魔獣相手ならば従来の武器でいいが、魔晶石で動作する青銅ゴーレム登場ではこちらも超硬度合金武器で応戦しないと不利になる。
時空間収納庫にある既存の短槍を見本で作業台に乗せて、脇に1㎏炭化タングステン鋼インゴットを30本置いた。
ここから鍛冶スキルでインゴットを溶融してL160㎝Φ3㎝の円筒形を作り、見本を見ながら変形させて1本完成した。
槍頭30㎝柄巻120㎝石突10㎝の継ぎ目なし1体構造の短槍の完成だ。
傍にいた夜刀姫に早速1本与えて湖畔で今まで習得した槍の防御から攻撃までの動作を流れる様に演武して貰った。
「武器として使えそうか」
「今までの刺突武器は全力で振うと壊れそうですが、これは手に馴染み力を入れて振っても大丈夫です」
「投槍としても使えそうか」
「重さもありバランスがいいので問題なく狙って飛ばせます」
「ではその新作手槍は姫専用にしていいよ」
「ありがとうございます」
再び短槍見本を見ながら木棚からインゴットを取り出して鍛冶(金属変形)スキルで残り9本を連続造形した。
7人ゴーレム専用武器の完成で、1人1本装備で3本は予備だ。
製作過程でかなり出た金属塊は再びインゴットに成形して収納した。
この武器なら比重は重いし、青銅製巨人相手でも鎧諸共魔晶石を串刺しで破壊出来るだろう。
巨人ゴーレム作戦の詳細は朝食後に仲間達とミーティングして決めよう。
今夜の作業は完了したので早々と設備・資材を収納して15階層の入口洞窟に夜刀姫と移転で戻った。
◇◆◇
巨人ゴーレムは15階層の出口洞窟近くの崖穴から摩崖仏みたいに1本道を見張っていて、通行する人々を見かけたら襲ってくる身長18m体重25tの青銅製の1体だけの巨大ゴーレムである。
大きさから中空の外骨格構造で大魔晶石に刷り込まれた攻撃動作をしているゴーレムだろう。
崖穴の奥に佇んでおり視界は狭いみたいだが、毎日通行する冒険者や18階層からの鉱石運搬人などに恐れられている迷惑魔獣だった。
25tの青銅巨人に踏み潰されダンジョンに吸収された人々の慰霊碑が道沿いに石を積み重ねた姿で所々にあり今も旅人の注意を喚起している。
巨人ゴーレムはやはりこのまま放置してはおけない存在なのだ。
10日目の朝食は食堂テントのテーブルに収納庫から出した熱いままのコーンスープや採れ立てのサラダとパン・果物などが配置されて朝食は淡々と終わった。
アベルたちは朝食の後4台の長テーブルを囲んで8人が長椅子に座り今日の作戦の話し合いをした。
食後ということでアベルたちは温かいハーブティーを飲んでいる。
「今日のメインはやはり青銅巨人ゴーレム対策だね」
「そうね、でも竹林のサーベルタイガーはどうするの」
「それは丁度土魔法使いのミロに頼もうとしていたんだ、竹林中の剣虎を上空から発見したら、虎の足が動かない様に足元に泥沼を作り体を沈めて土罠で捕捉する事は出来るよね」
「出来るけど、10m程上空でなら術は掛かると思うの」
「では10匹ほど固めてしまいましょう」
「でも捕捉だけでは足止めだけで仕留めることは出来ないの」
「それが狙いだ、剣虎が動けずに吠えてくれたら居場所が分かるだろう」
「剣虎は当面竹林に放置で、巨人戦が終われば戻り始末をつけよう、俺が加重で10匹を押さえつけるから順番に槍で心臓を突けばいいだけだよ」
「既に暗視持ちは除いて、順番に10人はスキルが入手出来るにゃ」
「なるほど、サーベルタイガー対策は理解できましたが、最初の巨人ゴーレム対策は? 」
「15人を3組に分けるつもりだ、火魔法グループと土魔法グループそして夜刀姫グループだ」
「どうするにゃ」
「初手は浮遊板に乗ったスー魔導師が崖穴上から相手の顔の前に出て火球を青銅兜の顔面に当てて目潰しをして外に逃げる」
「二番手は地上で崖穴横に潜む土魔法のミロ魔法使いで、上空で攻撃が始まれば穴横から崖穴前の地面に落とし穴を作って欲しい、怒って外に駆け出した巨人の足元を嵌める」
「三番手の夜刀姫騎士達は落とし穴に落ちた青銅巨人ゴーレムを鉛弾と新槍で鎧越しに魔晶石付近を破壊する」
「二番手のミロ魔法使いグループが時間が無く危険にゃのでミーが同行して術後移転で1本道まで連れて行くにゃ」
「助かるの、魔法使いは逃げ足も遅いのでよろしくなの」
上空を逃げる浮遊板を目標に怒りで追いかける巨人と、足元で罠を仕掛ける魔法使いと状況を考えるとかなり時間的に際どいな。
「普段巨人が摩崖仏みたいに崖穴奥に立像になっており、巨人の1本道を見張る狭い視界が今回作戦の肝なのです」
「ならミーが崖上で霧を作るけど30分間ぐらいしか持たないにゃ」
「30分間あれば充分に土穴を開けて、土板を穴に乗せて砂撒まけるの」
「時間があれば堀削った土は穴の横に敷いて乾燥させれば、巨人が穴に落ちた後にその土砂を穴に動かして巨人に被せるのは簡単にゃ」
「それでも土中から両手や顔を出して這い上る所を鉛弾で叩く、なおも頭部が溶けても胴鎧まで這い出るならタングステン槍でブスブスと串刺しで胸の魔晶石を破壊する」
「青銅製の胴鎧をタングステン槍で串刺し出来るのはすごいにゃ」
「タングステン槍を振り回せれば貸し出すよ、余りで3本あるし」
アベルが収納庫より地面に出したタングステン槍をミーナが持ち上げようとするが出来なかった。
「こんなに重い金属槍を振り回す姫たちってどんだけにゃ~」
「ではこれから浮遊板に乗り竹林で剣虎を罠に嵌めたら崖の上に乗って崖穴の上まで近づき、崖穴の上で霧を作って目隠してから地面で罠を掘りその後火球で釣り出す作戦です」
「浮遊板の1列目長椅子に座るのはミロ・ミーナ・スーとアベルです。」
◇◆◇
10日目の朝にアベルチーム7人とゴーンチーム2人あと騎士ゴーレム6人の計15人が浮遊板に乗り込んで竹林経由で出口洞窟目指して出発した。
浮遊板の高度は竹林を越える30m程の高さで、時速は10㎞の速さだ。
どんな障害物があろうがこの速度で進むので地下迷宮では意外と早く感じる。密林でも丘陵地帯でも湿地帯でも湖水の上でも同じ速さで進む。
当面は微速前進で進む、邪魔する大型魔獣は乗員が打ち倒すのみだ。
眼下の竹林は鬱蒼と茂っており中々剣虎の姿は見せてもらえない。
やっと竹林中の草原で群れていた5匹の剣虎の家族を発見した。
高度を10mに降下して上空からミロ魔法使いが地面を泥沼にして捕獲した。この草原を中心にして旋回すると大人の剣虎5匹も見つけて捕捉出来た。
その後竹林を抜けて横に反れてドームの側面崖が見える所まで来たので、崖の上に乗れるのか高度を上げると崖上は幅200mほどの苔やシダ類や低木と水溜まりのある高原になっていた。
すぐ上はドーム天井なのに崖上は地層の隙間から地下水が湧き出しており崖下に100m程の滝になり注がれていた。
この滝が源流で30の階層ドーム内に小川が流れ込んでいるのだ。
そのまま高原を進み問題の崖穴の上付近で岩の窪みに池を発見したので、ミーナが板から降りて池の傍に屈むと白い霧を水面全体から沸かせ始めた。
やがて1時間もすると崖穴の下にもミーナが沸かせた白い霧が流れ落ちて厚く漂い始めている様子が崖上からも見えた。
今が作戦タイムとミーナが浮遊板に乗り込んだ。
白い霧は地面を這うように漂いだして1本道も隠している。
アベルたちの浮遊板もその霧に隠れて崖穴の前の地面に着地した。
ミロたちが板から降りて地表に手をついて詠唱を呟き出した。
すると崖穴の前の地面が音も無く地面が窪み沈下して見る見るうちに30mの深さの正方形の巨大穴が完成した。
掘られた土砂は穴の周囲に積まれていたがそれも平にされて土板に姿を変えた。
やがて穴の側面の地表部分から細い棟柱が3本横に伸びて来て、互いに結合して格子状に組まれた。
次に平にされた土板が棟柱の上に乗りながら中央にせり出してきて、これも左右の土板同志が結合した。
土板の上には予め薄く砂が撒かれていた。
ミロがアベルを振り向いたので肯いて、夜刀姫と騎士ゴーレム達を降ろしてからミロを浮遊板に乗せて浮上した。
そのまま浮遊板を18mまで上昇させてから崖穴の奥に進入した。
崖穴の奥ではぼんやりと巨人像のシルエットが霧の中に浮かんでいる。
スー魔導師は立ち上がり霊樹の杖を右手に持ち、短縮詠唱を開始した。
詠唱完了とともに青銅巨人の顔面に白く燃える火球を1個発射した。
“フレイムパレット”
青銅巨人像は炎球をみて首を傾けたが、なんとこの超高温に白く燃える炎球はカーブしながら顔面に当たり青銅巨人像の頭部を白炎で包んだ!
“ゴァ~~~ォ”
激しく絶叫を上げると、巨人は兜も顔面も表面は溶解しておりそのまま出口方向に走り出した。
アベルたち浮遊板は攻撃と同時に後退しており、巨人が走り出した時には既に崖穴上空に逃げていた。
青銅巨人は浮遊板の下を駆け抜けて豪快に土板罠の中央を踏み抜いて30m下の穴底に転落した。
“バリバリズシ~~~ン”
浮遊板に乗っているミロは上半身が穴底で捻じれて横になり両足は壁に沿って上に向けて転倒している巨人の上に穴の周囲に積まれた残りの土砂を流し込んだ。
土煙の舞上がる中、浮遊板は夜刀姫グループ以外の全員が搭乗して罠の穴上空10mの高さで滞空している。
やはり青銅巨人は落下では死なずに穴底で起き上がり土砂まみれになっても土壁に手先と足先を交互に打ち込みながらジリジリと上がって来た。
最初に穴の縁の地表に指先が掛けられて、次に表面が溶解した兜と頭部が上がって来た。
途端に待ちかまえた夜刀姫と騎士ゴーレム達7人の30㎜鉛弾攻撃が霰の様に頭部と10本指に襲い掛かった。
指先が千切れ飛び、兜が吹き飛び、顔面に凹凸が激しく出来て左眼孔から侵入した鉛弾が頭部内空間で激しく跳弾音を響かせた。
やがてゆっくりと青銅巨人は穴底に転落していった。
穴の縁に立った夜刀姫と騎士ゴーレム達7人が右手に持つ炭化タングステン短槍7本を構えて下のすり鉢底で立ち上がろうともがいているホプリテス甲冑を纏う青銅巨人の胸部に狙いを付けた。
直後に全力投的した7本の炭化タングステン短槍は青銅胴鎧と胸部を貫通して背後の土壁に完全にめり込んでいた。
これで大魔晶石も破壊されたのか青銅巨人の右目ルビーの赤色発光も徐々に消え、体の動きも止まりただの青銅塊に戻った様子だ。
浮遊板に乗っている面々から歓声が大きく上がった。
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