#68 地下迷宮11階層 白樺林 真夜中の刺客
夜刀姫は腰バックの中からアベル様に頂いた単眼ライフルスコープを取り出して柵の方向に向けて上下の筒を動かし焦点を合わせて観察した。
拡大された視界の中、スコープのレティクル越しに村の木柵門番の2匹と巡回する見張り台上の1匹のオーガが至近距離で見える。
現在は地下迷宮五日目の早朝で、夜刀姫は11階層の白樺林の草叢の中からブラッドオーガ村を監視していた。
昨日10階層での夕食後にアベルから夜刀姫に特別任務を与えられた。
任務内容は11階層の入口から中央に広がる白樺林とブラッドオーガ村への事前偵察を依頼されたもので、もう8時間も白樺林全域で活動中だ。
夜刀姫には睡眠は必要でなく事前偵察という名目で11階層の白樺林に昨晩から早朝にかけて潜入して偵察活動をしていた。
偵察結果、11階層の構造は入り口から中央に分布する白樺林とオーガ村周辺には22か所の監視ポストがあり、夜刀姫はすでに8時間を掛けて休憩中の110匹のブラッドオーガ達を襲い殺害した。(110匹目)
白樺林から出口方向を望むと岩石台地が見えて、右寄りにある1本道を黒い木柵が取り囲む関所が見える。
左側には精密な石壁と二階建ての砦が見えており、跳ね橋や鉄扉も見えて、11階層の支配者が住んでいる雰囲気がある。
右側の黒い木柵の関所を1本道が通って奥の出口洞窟にと向かっている。
砦から関所に掛けて100匹程のオーガジェネラルの巡回する姿が見られる。
ブラッドオーガについては毎回170匹ほど入口寄りの白樺林とオーガ村に出ると地図情報には記入されていた。
昨夜刺殺したブラッドオーガ110匹を差し引くと、残りは村にいる60匹を倒せば作戦コンプリートになる。
林や村居住を好むブラッドオーガの特徴は、オークよりも肌は厚く肌色は赤味を帯びている。
巨体で髪は短く額中央に大きな1本の角がある。
身長は2mから3mもあり手足の筋肉は太く剣や斧などの鉄製打撃武器を好み、性格は好戦的で打撃力は重い。
衣類は下着の腰巻だけで半裸に鰐系の革鎧の着用を好む。
筋肉質体形で走りは遅い、戦闘時の咆哮は相手に痺れ効果をもたらす。
白樺林で遭遇したブラッドオーガ達は時折村に帰りながら5匹1チームで林に潜み、迷い込む捜索者や集団で下層階に進む冒険者チーム狩りをしていた。
1チームの受け持ち範囲は広くなく、視界と聴力の範囲になる。
監視ポストは木の枝と木の葉で厚く覆われただけの場所で、寝る時には1匹が周囲を歩きながら見張り、残り4匹は地面の草叢で眠る。
見張りのオーガの姿は目立つし、接近すると寝ているオーガ達の鼾が聞こえる。
襲撃時には見張りのオーガを刺殺してから就寝オーガたちを殺害した。
見張りのブラッドオーガが鎧を着ていたので、初撃で効率的に相手の行動の自由を奪い、二巡目で止めを刺して廻った。
オーガ村は見た目茅葺の縦穴住居で鉛弾は容易く貫通するので乱戦になると危険だった。
万一村に冒険者がいると巻き込むので、朝になったら村のオーガ達を何とか外に釣り出すために林で待機中だ。
朝になれば村から釣り出して白樺林の不整地で前後左右に走り廻り乱戦の中でオーガを個別撃破すれば60匹でも問題はない。
むしろ夜刀姫自身の金属躯体への被害や武器の消耗の方が神経を使う。
未知の金属武器でいつ液体鎧を突破されて被害が出るか分からないし、緋緋色金の太刀と脇差でも何百体と魔獣を斬り続けていけば金属疲労や歪みは起きてくる。
柵の中から出ないのなら釣ってでも残り全員を林の中に引きずり出してやろう。
夜刀姫はスコープを格納し林の端まで近づいてから再び腰バックに手を入れて鉛弾を3個掴みだして視認できた門番2匹と見張り台の1匹に投的した。
門番2匹は上手いことに顔面にヒットして昏倒した、見張り台のオーガ1匹は肩に当たり右腕が変な方向に折れ曲がり台の上から頭を下に落下した。
もちろん派手な悲鳴はお約束だ。(113匹目)
俄然、早朝でも門内から30匹程の武装オーガがワラワラと湧き出してきたが、夜刀姫も立ち上がり30個程鉛弾をオーガの群れに速射で投げ込んだ。
100m程の距離で鉛弾が革鎧胴体に着弾した瞬間は視認している。
“グァ!” “ギァ!” “オァ!” “ゲッ!” “ギァ!” “ウァ!” “ゲッ!”
釣り弾としては充分だったので林の中に逃げ込んだ。(効果不明)
夜刀姫は手頃な大木の5m上の裏側枝に潜み大刀を抜いて待った。
集団の歩く振動と魔力感知で30匹の重量級オーガの接近を捕えた。
不整地でもありバラバラの歩行速度で、連携の取れた索敵ではなかった。
ブラッドオーガはジェネラル程賢くなく鉄剣と怪力頼みで群れている集団だ。
地形を利用して走る速さと武技でかき回せば勝機はこちらに充分にある。
夜刀姫は潜んだ大木から3m手前までオーガが接近した時に幹の後ろから前枝の上に出て眼下の相手の肩に飛び移り後ろ項を薙いだ。刃は上手く延髄の隙間に入って深々と首を動脈ごと切り裂いた。(114匹目)
オーガは皮の断面と骨を見せた傷から血を吹き出しながら前方に倒れ込んだ。
隣のオーガが噴き出す血潮を上半身に浴びて夜刀姫に振り向いたので手前にある剣を持ったオーガの右肘関節を切り落した。(115匹目)
そのまま咆哮するオーガを残して次のオーガが見えた方向に80m程走る。
両手剣で右袈裟懸けしてきたので剣筋さえ見切れば掻いくぐるのは簡単だ。
これも交差するときに相手の右手首を切落している。(116匹目)
後ろのオーガは驚いて硬直していたので助走して跳びあがり喉を薙いだ。
(117匹目)
次のオーガまでには70mほど斜めに走った。このオーガは急いで出撃したみたいで腰から下の防具が未装備でサンダルを履いていた。遠慮なく膝関節を斬らせて貰った。(118匹目)
突然、横合いから槍と腕が出て来たので片腕を斬り落とした。(119匹目)
すると後ろから背中に殺気を感じたので前転して避けたが、二撃目は見切りができて動き突きを入れてきた相手の喉にこちらの剣先が入った。(120匹目)
次のオーガは相手から駆け込んできて前の木の根に躓いて転んで首を上げて姫の顔を見上げたので両眼を薙いだ。(121匹目)
それを見た隣のオーガが背を見せて逃げ出したので60m追いかけて膝の裏を深々と切り裂いた。(122匹目)
次のオーガは林の中を90m走り見つけた奴で大斧を薙いで来たので躱して片手首を切落した。(123匹目)
そこから70m走り見つけた次のオーガは腰巻だけの半裸で30mの距離から投げ槍を投げて来たので避けながら駆け抜けて脇胴を裂いた。(124匹目)
隣にいた次のオーガも胸当てと腰巻のみで両手剣を振り上げて来たので正面から腹を薙いだ。(125匹目)
◇◆◇
ここまで連戦して夜刀姫が前方を見るとオーガ村の柵門の前広場に再び戻っていた。
門番不在で開門状態で道が村中を通り抜けている状態が見えたので、大刀の血を布で拭い鹿革で刀身の脂を取り鞘に納めた。
次に腰バックを前に廻して右手先を入れて鉛弾を掴み村の中に駆け込んだ。
村の草葺き屋根の小屋群の中で横になっている30個の赤いオーガ魔力が感知出来たので、姿は見ずに魔力位置を目標に左右に鉛弾を連続投的して行った。(141匹目)
オーガ村の中で投的していると道から離れた奥の屋敷林の大区画があり、敷地内に太い柱で組み立てられた1棟の高床式の建物と3棟の小屋が見えた。
村長宅らしい太い柱と床と梁と草で葺いた屋根だけの構造で、壁はなく草の簾が下げられた吹き通しだが大勢のオーガが集える木造構造物だ。
この様な大規模木造建築物はどの様に建築されたのか、種族ごとの特殊な武器防具は誰が製造修理しているのかなどと疑い出せば、解答はダンジョンコアが創造機能で製造更新していると思えた。
見つめていると建物の中から簾を捲り鎖帷子と部分金属鎧と全長4mもある鉄斧を持った大柄なオーガジェネラルが1匹ゆっくりと出てきて階段を下りてきた。
この個体はオーガ村長兼指揮官のオーガジェネラルで間違いない。
村長のオーガジェネラルの特性は、大柄で皮膚は厚く肌は朱色を帯びている、巨体で髪は短く額左右に大きな2本の角がある。
身長は4mあり手足の筋肉は樽みたいに太く鉄製大斧を保持して、
性格は獰猛で打撃力は破壊的に強い。
目は血筋が走り、口からは犬歯が覗いている、パワータイプの攻撃で間違いがなくやはり咆哮は瞬間の痺れ効果をもたらすだろう。
夜刀姫としては、オーガ砦を攻撃する前に単独で出合えて好都合だった。
オーガジェネラルの武技や弱点を被験体として各種条件下で解析できる。
夜刀姫はオーガジェネラルから100mの距離から鎖帷子の腹部と部分金属鎧の左胸部と裸の脚部とを狙い鉛弾を3個投的してみた。
Φ30㎜180gの鉛弾3個が330m/秒で高速飛翔しての衝突実験だ。
初弾は鎖帷子を破り腹部に赤黒い弾痕が開いて腹を抑えて村長の苦しい表情が見えた。
2弾目は屈んだ胸部の部分金属鎧に弾痕が開いたが比較的驚愕した表情だけだった。
3弾目は脚部の部分は肉が付いた太腿の皮膚が弾け飛んだのは視認出来たが痛みは感じていない様子だった。
結果、オーガジェネラルの鎖帷子部分に鉛弾は有効で弾は腹腔内に入る。
屈んだ金属鎧には角度が悪いのか貫通しても胸部打撃は軽度と評価した。
手足では関節か筋肉を直接破壊しないと戦闘行動の阻止はできない。
後の試みは刀による近接戦闘で武技がどれだけ通じるのかやってみよう。
複数相手では入り乱れて動くし邪魔が入り効果測定など出来ない。
双方の距離は20mと縮まり互いに大斧と剣を構えた。
腹部が痛む村長側から動いて柄長3mの大斧を両手で握り全力で斜めに右袈裟懸けに斬り付けてきた。
夜刀姫は左半身で躱しながら相手の右膝を深々と斬り割ってすれ違った。
そのまま大斧は勢いよく地面に打ち込まれて轟音と土塊を周囲に巻き散らしたが、オーガジェネラルの身体はそのまま右膝を支点に体が捻じれながら右横に倒れて来た。
背後の転倒に振り返る夜刀姫の前に倒れたオーガジェネラルの背中があった。
夜刀姫は瞬息でオーガジェネラルの頸に刀の峰を返して打ち込んでいた。
頸を打たれてオーガは一瞬体を硬直させてから失神して弛緩した。
大斧が開けた深さ1mの大穴の傍に全長4mもある鉄斧を持った大柄なオーガジェネラルが白目を剥いて倒れていた。
夜刀姫は失神した村長の出血している両足首と両手首をロープで縛った。
村長だったオーガジェネラルからは砦の情報を聞き出したいので生かした。
庭の竈上の鉄大鍋の中には骨と野草の煮込みの食べ残しがあった。
オーガの食人疑惑が湧いた。
屋敷の隅には3棟の縦穴式の草葺き屋根の小屋を見つけたので覗いてみた。
1棟目は冒険者たちから奪った血痕付きの大量の武器・鎧等と多量の衣類や貨幣・水筒・革靴・金属札などが散乱した倉庫だった。
金属札は登録札なので後日ギルドに提出するために遺品全体を収納した。
2棟目は異臭が立ち込めており、色々な種族の肉塊付きの多量の遺骨や野鳥や採取された野草などが山積みされた食料庫だ。
3棟目の中は薄暗く、木製柵の囲いがあり藁が敷かれており裸の3人の女性が蹲っている牢屋だった。
木製柵の囲いを壊してから以前貰った白布3枚で女性を包み1番目の倉庫で各自の衣服や装備を探させた。
見つけられた安心感と理不尽さへの怒りがわいた。
3棟の草葺き小屋を調べて3人を助けたら、村長が目覚めた。
「感謝はせんぞ、貴様は牢屋の若い女どもを見つけたか」
「あの3人は誰だ」
「教えてやる、女性5人のパーティーで”暁の紅い光”と話していたな。」
「ダークエルフで弓手のタマルとエルフで魔術師のミロ、後は剣士のドーラ、治癒師ミレーヌと探索人ソラの5人で、タマルとミロ2人だけが貴重種なので貢ぎ物としてロード様のいる砦に送った」
「牢屋の3人は既にブラッドオーガ達全員で楽しんだ後だわ、どうだ悔しいか」
「いいから答えろ、砦に送られたエルフ2人は砦の何処にいるのだ?」
「まあ急ぐな、エルフのタマルは銀色の髪に金色の瞳を持つ尖った耳の小麦色の小柄なダークエルフで極上女だ、金髪碧眼痩身笹耳エルフのミロと共に俺の鑑定によりオーガロード様への貢ぎ物とした」
「残り3人の女冒険者3人は泣いて許しを願ったがブラッドオーガ全員で楽しんだら気絶してしまったわい!」
「魔獣の自慢話は聞きたくない、オーガロードは砦の何処にいる」
「オーガロード様は砦におわす偉大な我らの主だ、お前らでは相手にならんぞ」
「重ねて問う、エルフ少女が砦の何処にいるのか聞いている」
「今頃エルフはロード様の寝台で寝ているだろう、場所は二階の奥にある」
「教えたのは砦の守備でオーガジェネラルの同僚たちがいるからだ」
「行ってもお前たちはどうせ最強のオーガロード様に簡単に殺されるだろう」
「煽るとは余裕だな、だがアベル様が来たらお前の首をその穴に切落す」
僅かに村長の顔色が青ざめた。
◇◆◇
屋敷林の村長宅前の庭で地面に寝ている村長を尋問していると、アベル様たち6人が歩いて村長宅に来た。
「村内で負傷して暴れているオーガ達を仕留めるのに手間取ったにゃ」
「ああこれは、お手数を掛けました」
「姫は保護した3人の女性たちは誰か聞いたか?」
「はい、女性5人組”暁の紅い光”パーティーの3人でドーラ、ミレーヌとソラの3人と聞き取りました」
「残りの2人はダークエルフのタマルとエルフのミロが貢ぎ物としてオーガロードのいる砦送りにされています」
夜刀姫はアベル様に昨夜からの活動報告でオーガ141匹は夜中に殲滅済で死骸はダンジョンに吸収され、残り29匹が今朝の戦いで林に15匹とオーガ村内に14匹が負傷した状態だったと報告した。
アベル達も再度村長に確認を取ってから庭で斬首した。
オーガ村や白樺林の中そして柵門の広場で死亡したブラッドオーガたちが地面に吸収されかけていた。
「保護した3人の扱いはどうするにゃ」
「砦で救助する2人と相談してもらい、身の振り方が決まれば俺が遺品と共に"迷宮の指輪"で送るよ」
「午後の戦闘時には出口洞窟でアベルとジェンが3人を保護して待機にゃ」
「分かった」
「砦のダークエルフタマルとエルフのミロの救助方法は」
「二人の状況は切迫していますので私案を言わせて下さい」
「姫の提案とは珍しいな、どうぞ述べて」
「有り難うございます、ロード砦と関所には同時攻撃が最適解です」
「俺の活躍の場面はあるよね」
「はいございます、砦はミーナ様が二人を助け出してからスー様が空中からファイヤーインフエルノで砦だけ溶岩池にします。
関所はジェン様が空中から白燐雨を降らしてオーガ達が転がり廻る所にゴーン様が即死の黒霧で覆い生き残りは私が鉛弾で始末すれば二か所同時に殲滅ができます」
「最初に白燐雨を降らしたら洞窟で避難所造りね」
「溶岩台地になるから集合場所はジェンが9層ブロックした出口洞窟内でいいね!」
「食事したら最大火力で二か所同時作戦を決行する」
「「「「「「了解」」」」」」
アベルは村長宅の庭に収納庫から食堂セットを出して果物とパンを籠に山盛りに置き、暖かいスープの入った寸胴鍋を出して深皿とスプーンを付けて、冷たい水の瓶と木のカップ10個セットを並べた。
トイレセットも出して地下排水口を村長宅の排水構に接続した。
「皆、急ぎで済まない、先ずはしっかりと昼食をしてから出発しょう」
「午後は最初に砦の2人のエルフを救出してから次に炎の範囲魔法を使う、関所にも魔法攻撃で騒ぎを起こして役割の済んだ者から出口洞窟に逃げ込むにゃ」
「「「「「2人のエルフに自由を!」」」」」
「ああ、必ず2人を救出するが、今は3人と食事にしよう」
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