#66 地下迷宮10階層 魔獣編 110匹のバジリスク
地下迷宮3日目の朝、アベル達7人は3階層への出口付近の洞窟にある元採掘坑に設営した野営テントで朝を迎えた。
朝食後の話し合いでアベルは今後のダンジョン攻略方針の変更を話した。
「ダンジョンギルアのC級魔獣は11階層まで続く、なお3階層から10階層までに4つの移転罠が地図に記載されている。」
「今回俺がショートカットしたい3階層から9階層のC級魔獣は、
3階層でホブコブリンとオークジェネラルとオークキングと地図記載がある。
4階層はハイコボルトとトロールが主体で偶に岩石熊が出るそうだ。
5階層ではグールが出てエルダトレントが主体で偶にブラッドオーガが出る。
6階層ではコブリンメイジとエンシェントが主体で偶にサーベルタイガーが出る。
7階層ではレイスが出て毒蜘蛛が主体で偶に大サソリが出る。
8階層では岩狼が出て走り小竜が主体で偶にハーピーが出る。
9階層ではリザードマンとクロコダイルが主体で偶に水竜も出る。
いずれの階層のC級魔獣はダンジョン内でアイテムを落とすだけだ」
「時間の余裕があれば後日、希望者のみ再度C級討伐戦をやってもいい」
「アベル、みんなは今回だけ特別協力で駆け付けたのでそれは無理かな」
「このダンジョンの移転罠は入り口に戻る帰還機能だけとギルドで聞いたにゃ」
「正解、でも今回は時間を急ぐので俺の迷宮の指輪の管理機能を利用して3階層の移転罠から10階層の移転罠まで全員で集団移動する」
「「「「「「遭難捜索機能ね、了解したにゃ」」」」」」
「なぜ迷宮の指輪で行ける25階層の移転罠まで直接移転をしないのにゃ?」
「13階層から出るB級A級魔獣からは討伐全員に付与スキルされるらしいので、赤龍と戦う前に残りの階層で全員のスキルの底上げをしたい」
「なるほど、今後の詳しい予定を話してにゃ」
「10階層の予定は入り口で空跳び兎が出るが中央の毒持ちバジリスクが主力で出口付近に山賊が出るらしい」
「兎はミーネが担当して、バジリスクは夜刀姫とゴーンが担当で山賊は全員で討伐する、山賊の財宝は均等配分だよ」
「空跳び兎は移転のミーナで、毒液は魔鋼鉄には効果ないし妥当ですね」
「空跳び兎は後日俺がミーナから買取、空間魔法で魔法袋にしてから今回参加者に10個ずつ無料配分するよ。」
「70以外の残りの魔法袋はどうするの」
「残りの110はダン侯爵30とトリッシュ女伯爵30そして聖樹神殿に30を献上して残りは留守番ジェド10とソドム魔導国10でいいでしょうか?」
「「「「「承知」」」」」
「11階層はオーガ3種族なので夜刀姫とゴーン殿とで力攻めしてください」
「久しぶりにゴーン殿の発散が出来ますね」
「12階層で俺が重力虫を確保すれば重力魔法が使えるようになるので、13階層からのB級A級魔獣戦が楽になるはずだ」
「「「「「「了解」」」」」」
「目先の問題だが3階層の移転罠には森のホブコブリンの弓矢が届くにゃ」
「そうだね、森の傍の移転罠では毒矢で狙われるから、今からミーナの毒霧で森の前面は制圧しよう」
「埋設された道の移転罠の場所は分かるのかよ?」
「罠探索スキルがあれば設置場所は光って見えるにゃ」
「罠スキルは便利なものだな」
ミーナの尻尾は盛大に揺れていた。
「これから罠を避けて森に毒を撒きに行くにゃ」
「気を付けて」
素早くミーナは洞窟前の草叢に潜り込んだ、しばらくしてから森の手前から白い霧が沸き上がってきた。
なぜか微風が吹いてきてゆっくりと森林の中に白い霧は漂い、森の中で樹木の枝から何かが落ちる響きや嘔吐の声が多数聞こえて来た。
やがて風魔法で手前に漂う毒霧を森奥にまで拡散したミーナが戻ってきた。
「あと1時間ほどで目覚めて動き出すので、今のうちに移動した方がいいにゃ」
「有り難う、皆さん森の入り口の罠の手前まで駆け足!」
「「「「「「了解した、にゃ」」」」」」
子狐人ジェンも9尾を動かしてミーナとスーの手を握り3人浮揚で動きだした。
「罠の手前に来たら合図するから降ろしてにゃ」
「これはいい、森林では空中機動での魔法攻撃も試すべきだな」
「移転罠前に着いたらミーナは罠前に立ってくれ、ミーナと俺と他の人達が手を繋ぎ同時に移転陣に入れば同じ階に移転出来る様にする」
「「「「「「了解した、にゃ」」」」」」
◇◆◇
3階層の移転罠に入るとアベルは迷宮の指輪を経由してダンジョンコアからダンジョンギルアの入り口に戻るのか任意の階層に移転するのか選択を問われた。
『10階層の移転陣までの移転を選択する』
すると選択した10階層の移転陣にアベルたち全員が直ぐに移転した。
10階層全域が広大な数平方㎞の丘陵地帯で草原ドームであった。
1本道は入り口から伸びており正面には遠く出口の壁面上部も見える。
「うまく移転できたにゃ」
「ああ、ミーナにはもうひと頑張りをお願いするよ」
「分かっているにゃ」
普通の冒険者パーティーだとバジリスクに接敵する前に、草原の穴から直接冒険者の前後左右に移転してきて後ろ足で蹴りを放つ空跳び兎たちがいる。
この空跳び兎たちを捕獲するかしないと何もしないうちに普通のパーティーは行動不能になってしまう。
アベルの魔の森の体験から空跳び兎たちの殲滅方法は確立してあり、毒の専門家のミーナには伝達済で必要な物質も腰バックに在庫もある。
普通の人が巣に近づくと突然足で蹴られるが、移転したミーナなら毒混合草を置いて消えるので危険はなかった。
ここの地形から枯草を被せた兎の巣を発見するのは容易だった。
ミーナは腰バックに入れてあった兎の好む色々な草を取り出しては兎の巣の周囲に置いて移転していった。これが結構時間が掛かった。
この作戦は移転者ミーナでなければ大規模に短時間に実施できなかった。
ダンジョンギルアで生息している空跳び兎は180羽ほどの垂れ耳で小柄だけど毛色はオパール、オレンジ、ブロークンブルーと目が覚めるように美しい個体だ。
180羽の空跳び兎たちが巣の穴から注視している中で巣穴の周囲に美味しそうなタンポポやアザミなどの草に混ぜて毒草も混ぜ込み食事罠を仕掛けていった。
アベルの経験から昼の食事時間を挟んで空跳び兎たちが巣の穴の周囲で180羽程が罠に掛かるはずだ。
◇◆◇
3日目の昼頃に兎の餌撒きの終えたミーナによりバジリスク退治のため夜刀姫は草原ドーム中央に走る道路の左側丘陵地帯に運ばれた。
二人が移転した場所は入り口からも見える小高い丘の頂上部で、ミーナはすぐにゴーンを輸送するために入り口に移転して消えた。
既に夜刀姫は液体金属鎧で戦闘モードであり、一番高い丘の頂上に立つと重なる丘陵の窪みが砂漠になっているバジリスクの群生地を発見した。
目視ではバジリスクは駝鳥ほどの大きさに見える、王冠に似た鶏冠の鶏で尾が蛇の様だ。首は常に立てて警戒して歩いている、嘴からの息が猛毒で群生地が砂漠化した程だ。
丘の頂上からはここの群生地は80羽程数えられた。
夜刀姫がいくら全身液体鎧の戦闘装備になっていても、正体不明の猛毒を浴び続ければどういう影響が出るか不明だ。
バジリスク相手に接近戦は鬼門だ、毒を持つ相手の攻撃方法は遠距離から周囲を走りながらの鉛弾狙撃がベストだと判断した。
生息地の周囲の地形はなだらかな丘陵地帯で周囲を走るに障害はない。
至近距離では見続けられると眼力だけで体の石化が始まるみたいだ。
バジリスクの猛毒の息と石化の視線なんて近づきたくない魔獣第1順位だな。
夜刀姫の装備は腰の剣帯に左右の剣を帯刀しており、あと腰バックに30㎜鉛弾が800発ほど入っている。
もうバジリスクの群れの中で一際大きな固体がこちらに気づいて王冠の鶏冠頭を固定している。
夜刀姫が稜線沿いに群生地に歩いていくと側近の鶏たちの頭もこちらを睨み始めた。
夜刀姫はゆっくりと腰バックを前に廻して左手を中に差し込み鉛弾を右手に移した。
群れから100m程の距離まで接近したので、ここまで来ると全てのバジリスクの頭と頸は立ち上がり警戒感一杯に全ての視線が注がれる。
一周800m程の窪みの砂地に80羽程のバジリスクが円陣を作っている。
ボスのバジリスクが一声叫んだ。
「クェ~~~」
全ての嘴が開き黒い液体が垂れ始めた。
足元の砂が後方に蹴られて跳び、夜刀姫は黒い風となった。
夜刀姫の体は前傾姿勢で群れの周囲を疾走開始した。
茫然としてる鶏たちが円陣を組んでるので狙撃を開始した。
外れはない、次々と330㎞/秒で飛翔した鉛弾はバジリスクの群れに着弾して頭部や翼付き胴体の粉砕を開始した。
1発で数羽の頭部や頸が瞬間に消失していく。
80羽のバジリスクの頭はよく動くのですぐに大きな胴体狙いに切り替えた。
夜刀姫が群生地を周回した頃には二本脚で立ち上がっているバジリスクはいなかった。
バジリスクの群れに近づいて槍や剣で攻撃した場合に本人が溶解や石化等の被害を受けるのだ。
位置を把握して弓矢や魔法で狙撃すればさほど強敵という感じはなかった。
夜刀姫は腰の魔導通話機を持ってアベルに報告した。
「左丘陵にいたバジリスクの群れ80羽を殲滅しました」
「お早いね、何で攻撃したの」
「鉛弾で殺しました」
「そうか、では魔石と鶏冠が残っていれば回収してから道の右側丘にゴーンたちの様子を確認に行ってくれ」
「了解しました」
バジリスクの群れの死体が散乱していた、また貫通した鉛弾がめり込み開けた大きな穴も砂地に開いていた。
消失した頭部もあり、胴体が跳弾に耐えきれずに爆砕した胴体もあったので80羽全部回収は出来なかった。
魔石は心臓の隣にあり、鉛弾が胎内で跳ねたら魔石が残る確率は低い。
砂漠に散らばる羽根と肉片と血痕と風穴の開いた羽根付き鶏の死体の群れ
夜刀姫は脇差でバジリスクの心臓付近を探りながら魔石と鶏冠を取り出して行った。
やがて80羽のバジリスクの魔石と鶏冠探しは終わったので、右側丘にゴーンたちを探しに丘を下り始めた。
3日目の昼過ぎに夜刀姫を運び終えたミーナによりゴーンとクロエは中央に走る道路の右側丘陵地帯に運ばれた。
二人が移転した場所は入り口からも見える右側丘の頂上部で、ミーナはすぐにゴーンとクロエを輸送して消えた。
猛毒の息と石化の視線なんてあるバジリスクには、遠距離攻撃のゴーンの投げ槍とクロエの長弓が役立ちそうだった。
竜人ゴーンは背中から三本の投槍を下して楕円型革盾の後ろにセットした。ダークエルフのクロエは長弓に弦を掛けて矢筒に征矢を10本入れた。
丘の頂上に近づくと多くのバジリスクの鳴き声が聞こえる。どこか近くの仲間が襲われているらしく酷く不安な鳴き声だった。
頂上に近づき頭半分を出して覗くと、そこは盆地で30羽ほどのバジリスクが400平方メ-トルほどの砂地の上に二本足で立ち上がり騒いでいた。
「そこに30羽のバジリスクがいる、まず初撃で半数の15羽までに減らそう、あとは黒魔術で幻覚を掛けて見よう」
「分かりました」
ゴーンは伏せたまま黒魔術幻覚の長い呪文を唱え始めた。
すると黒い霧みたいな妖気が立ち込めた。
“幻覚”
盆地の30羽ほどのバジリスク全体に黒い霧が覆った。
大勢のバジリスクの頭が垂れて眠り始めた。
すると群れの中心にいるボスのバジリスクが一声叫んだ。
「クェ~~~」
ボスを囲む8羽のバジリスクの嘴が開き黒い霧の様な妖気が消えた。
外周の22羽のバジリスクは依然として黒い霧に包まれている。
ゴーンは左手に長盾を持ち、右手に一本の投槍を構えて離れている群れの中心にいるボスのバジリスクに投的した。
“ドスッ”
ボスのバジリスクの胸に投槍は見事に突き立った。
次々と投槍は覚醒してこちらを睨む幹部バジリスクの胴体に突き刺さった。
クロエも長弓で征矢を連射していた。
中心ゾーンの頭と頸を立てていた幹部バジリスクたちは倒れていった。
残るは17羽を残すまでになった。
ゴーンは両手剣を構えて突入しようとしていたら丘の下から夜刀姫の声がした。
「鉛弾があるので援護していい?」
「いや、今から突入なのでそこで見ていてくれ」
「了解しました」
ゴーンは両手剣で群れの外周に眠るバジリスクの首に斬り付けて倒し始めた。
10羽ほどは寝たまま斬り倒せたが、流石に残り7羽が眼を覚まして騒ぎ始めた。
7羽のバジリスクの嘴から黒い毒液が滴り始めた。
突然、ゴーン近くのバジリスクが黒い毒液を飛ばした。
毒液の飛沫が飛翔してゴーンの元いた場所に散った。
砂地から白い煙が立ち上っていたがゴーンは腕を抑えながら飛び退いていた。
ゴーンは激痛に顔をしかめている、腕に毒液が掛かったみたいだ。
クロエがゴーンの元に駆け付け解毒と皮膚治療を始めた。
「すまねえ、残りは姫がやってくれ」
「はい、狙撃しますのでそこから離れて下さい」
ゴーンたちは毒液の届かない距離まで移動した。
群れから遠距離の夜刀姫の右腕が振られ始めるとたちまちに残りの7羽のバジリスクの群れはあっという間に粉砕されてしまった。
次々と首が消失したり羽根が付いた胴体が爆砕する鶏たちを二人は茫然と見ていた。
「ここの周囲には他の魔力感知もなく、バジリスク退治は終わりました」
「ゴーン様からアベル様にバジリスク退治完了の報告をお願いできますか」
「おおう、それぐらいはやらせて貰うよ」
アベルへのバジリスク退治完了の報告は治療の終わったゴーンからされた。
それからアベルは巣穴の周囲で死んでいた空跳び兎の死体を回収して、戻った夜刀姫とゴーンから多くのバジリスク魔石と鶏冠と共に時空間収納庫に回収した。
3日目の夜は、アベル達7人は兎と鶏処理に手間取り再び兎草原に設営した野営キャンプのハンモックテントで夜を過ごした。
ダンジョンギルア地図によると10階層出口付近に盗賊が出没するらしいので、4日目の早朝にも盗賊の巣窟を見つけて奇襲をかけるつもりだ。
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