#59 暴虐の赤龍ラードーンの蠢動
ここはウルク大陸ダンジョンギルアの地下30階層空間で、地形は直径30㎞の広大なカルデラ状の外輪山である。
中央の溶岩台地に調停者赤龍ラードーンの根城とする館が形成されている。
外輪山と台地間に3つの溶岩溜まりがあり、29階層からの出口と祭壇は外輪山上にあり、そこからは直接に高温に揺らめく漆黒の大気の中に遥か遠くに赤龍の館が望める。
30階層の光源は溶岩からの赤光だけである。
外輪山上の大気温は60度を超えている灼熱地獄であり、30階層では常に魔法で冷風を身に纏わないと熱中症で昏倒する環境であった。
山上祭壇の下は火口みたいな溶岩溜まりに向かって数㎞のなだらかなスロープとなっている。
小石数個が時々スロープの斜面を土煙と共に転がり落ちている。
外輪山上にある祭壇の上に1人の黒のフードとコートを着用した黒呪術者が両手を広げて10㎞離れた館の中に住む赤龍と念話を交わしている。
「ヤーヌス星の地下支配者であります我が神ラードーンよ、本日はお願いがあってまいりました」
『申すがよい』
「主神赤龍ラードーン様に信徒オッタルは自ら生贄に志願して祭神様の養分になることを懇願しております」
『元摂政か理由を申せ』
「信徒オッタルも世界樹の走狗アベルと皇帝の腹心ダン侯爵に満腔の恨みがございます」
『左様か』
「我が神は以前、世界樹の思い上がりと皇帝のドードー教徒弾圧に異議があると承っております」
『我になにをせよと』
「されば信徒オッタルは我が神への生贄となり生命と霊魂を捧げて養分となり、地上世界に赤龍ラードーン様の御力を示し絶対支配者として臨ませたいと念願しております」
『ふむ、その願い叶えよう』
◇◆◇
ソドム魔導国ターネリア州の地下洞窟で開催された黒呪術者アンギュラス主催の邪悪な生贄祭であるドードー教集会は大成功だった。
魔族主体のドードー教信徒1000人が深夜黒衣で参集して手に持つ赤い蝋燭の灯りだけが星空の様に輝いていた。
広大な地下ドーム空間に実物大の赤龍石像が飾られて、像の前に祭壇があり上に呪詛するスフィ木像が魔物の血で塗られて立てられている。
主催者の黒呪術者アンギュラスが壇上で両手を挙げて充血した眼で呪いの合力を信徒に大声で呼びかけている。
「主神様から生贄の許しを頂いたぞ、ドードー教の秘儀である禁呪秘儀により暴虐の赤龍ラードーン神と同化して蘇る、ここに人類を絶滅させる道が開かれたのだ」
“おお偉大な邪神の蘇りよ、神化万歳”
「アーサー皇帝に呪いを、ダン侯爵に死を、聖樹に疫病を、スフィ・ミーミルに死の眠りを、災いの元凶アベル・エデンに永遠の苦しみを与えたまえ」
“我らの教えの邪魔者に永遠の呪いと死を”
壇上奥の生贄台の香炉からは阿片の煙が立ち昇っており、周囲にはワイバーンの生首が13飾られて、生贄台上にトリップしたオッタル翁自身が身じろぎもせずに白い裸身で横たわっていた。
集会に参集した熱狂的なドードー教徒の集合した呪詛の祈りの合力と仲介者アンギュラスの空間移転によりこれからオッタル翁はダンジョンギルアの守護者である赤龍に生贄として奉げられる。
オッタル翁はアケニア騎士団領で次男オットーを失い、ダンジョンギルアで主財源を失い、ヘル城で長男ネロを失い、ヌールイ湖畔で兵力の残りを失った。
地下に追い込まれたオッタル翁は祭神の赤龍と同化して手始めに次男オットーを殺したアベルの恋人スフィを死の床に就けてから地下大迷宮スーンを移動して地下から4大迷宮ダンジョンを実効支配する。
◇◆◇
「なに、元摂政オッタル卿がターネリアの洞窟に潜んでいると」
「はい、ヌールイ湖畔でアーサー皇帝暗殺に失敗してドードー教本部の洞窟に逃げ込んでいるそうです、カルマの邸宅執事が証言しました」
あれからアベル達はソドム魔導国の王都ゲヘナまで飛行船で飛び、ソドム魔導国王ルシファーと謁見中であった。
ソドム魔導国王ルシファーも魔族宰相も苦い顔をしていた。
「我が国でもドードー教幹部を拷問したら、国教認定させる為に王女ロゼ様を呪殺し反魂術で王を惑わしたと自白した」
「おお、ロゼに会いたい・・・」
国王ルシファーの悲嘆は見ていられない程であった。
「王女様に御姿が似たゴーレムで良ければ作れますが」
「なに吉報じゃ、是非にもお願いしたい、これでロゼに再び会えるぞ」
「ロゼ様担当画家の方とあとは工房と必要部材があれば造れます」
「すぐにでも工房と人員と素材は用意させよう」
「但し、禁呪反魂の術は人には許されない神の領域です、私が出来るのは御姿の似たゴーレムです、経験で行動を成長させることは出来ますが」
「それでよい、人造物であることは理解した」
「似て非なる人造物でも被造物の感情は生まれてきますので捨てないで頂けるのなら作りましょう、ただし今回訪問の任務遂行後の話です」
「ロゼに似ている人形として後宮に飾ろう、任務とはなんじゃ」
「それはターネリア州の地下洞窟でのオッタル卿捜索をご許可願います」
「そのことか、ターネリアの地下洞窟内でオッタル捜索を許可しょう」
帝国のオッタル卿にダンジョンシバでは煮え湯を飲まされた魔導国としては歓迎する情勢の変化のはずだ。
◇◆◇
アベルが王都ゲヘナで国王ルシファーからドードー教本部捜索の許可を受けていたころ、同じウルク大陸ダンジョンギルア地下30階層の外輪山では
黒呪術者アンギュラスの見守る中で全裸のオッタル卿が赤龍ラードーンに生贄として献身するときが訪れていた。
赤い光に浮かびあげる赤龍ラードーンは魔力で空中に停止して、裂けた口蓋を大きく広げて壇上のオッタルの裸身をサクッとかみ砕いた。
“バギッ・プシュ・グチャグチャ”
それを見守る黒呪術者アンギュラスの禁呪の詠唱は朗々と響いていた。
『今、願いを聞き届けた』
瞬間、暴虐の赤龍ラードーンの額にオッタルの人面が浮き彫りになり、瞳は縦長の蛇目であったがより赤味を帯びた邪眼の輝きが強くなった。
「我が神ラードーン様は偉大なり」
生身での生贄の痛みは刹那だが、征服する喜びは今後永遠に味わえるのだ。
◇◆◇
「あ、これがドードー教の地下洞窟か」
「本当にこんな薄気味悪い所で呪術の集会なんてやってたんだな」
あれからサターン城からターネリア州の地下洞窟で開催された邪悪な生贄祭会場に飛行船でたどり着いたアベルたちであった。
周囲を警戒している夜刀姫やミーナ、ジェン、ジェドたちだった。
アベルは戦闘力最弱なので、ソドム魔導国から派遣されてきた連絡員兼監視員と中衛の位置にいた。
ドードー教本部は野球ドームぐらいの地下の半円形空間で、6人は縦列でドーム中央への下り階段を歩いている。
「今、黒い靄は北の方角で地下に潜り魔物化しましたね」
「ジェンが感知した厄災の元凶を倒さねば呪いは消えないにゃ」
広大な地下ドーム空間に実物大の赤龍石像が飾られて、石像の前に祭壇があり呪詛する対象の木像が魔物の血で塗られて立てられていた。
常夜灯の灯りが通路に沿って灯されている。
“バリッ”
いきなり木が裂ける音がして、アベルは祭壇に駆け上がり呪詛する対象の木像を調べるとスフィ巫女像は縦に二つに裂けていた。
アベルは何が起こるか緊張して祭壇の周囲を警戒した。
ドーム内にはオッタルの気配はなく、人影も無く祭壇に漂うのは阿片の匂いだけだった。
すると突然、同行していた連絡員の魔道具通話器に音声が入った。
「西エルフ聖樹国聖都アース政所から、スフィ巫女が突然倒れて昏睡状態だそうです。薬草では意識回復せず呪術ではないかとの緊急連絡です」
アベルは祭壇の倒れた木像を見て唇を噛んだら、オッタルの哄笑が脳内に木霊した。
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