表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/75

#55 ゴンラート山脈からのワイバーン戦



“トポン”


ティーカップの琥珀の紅茶に紫色の一滴を少女は指輪から垂らした、これで領主様の約束では弟ティムは許してくれるはずだ。


皇室の小間使いのティナは実家のあるフェン地方の開拓農民一家出身だった。

食べられずに帝都に出稼ぎにきて親切に身元引受人になってくれた皇室従女のサラさんを裏切ることになるが弟ティムの命を引き換えにはできないもの。


それに健康に良い薬を皇帝の紅茶に入れるだけで貴族に無礼を働いた弟を許してくれるとあの男は約束してくれたし、大丈夫だって。


このルビー石の指輪の入れ物はこのまま私にくれるといっていた、後は報告に帝都のあの男の店にいかないと。


小間使いのティナはそのまま棚3段の木製収納ワゴンに銀製トレーにテイーセットを乗せて陛下のいる晩餐会控えの間前まで運んで行った。


すると応接間の扉の前に最近入った黒猫人の毒見役が立っていた。


彼は私を見て、

「昨日運んできた従女の人と違うのかな?」


と小首をかしげながら笑って言った。


「ええと、サラさんは手が離せないので代わりにお持ちしました。」

とドキドキしながら答えた。


「俺の仕事なんで少し舐めるよ。」

と断りながらティーカップの紅茶をなめる様に猫舌で触れた。


“ウッ”


とジェドは小さく呻くと、ぎょろりと底光の鋭い目付きでティナを睨んだ。

ワゴンからティーカップを取り出して冷えた掠れた声で、


「お前もこの紅茶を飲んでみるか?」


と言い、ティナにティーカップを差し出した。

ティナは震えだして泣き出した、本当に健康にいいからと信じていたのだった。


後日、ネロ公爵主催の晩餐会にて皇帝側小間使いティナによる皇帝毒殺未遂事件として報告処理された出来事だった。



◇◆◇



アベルと夜刀姫は飛行船中に魔王島謹製のナスル大陸全図を広げて飛行計画を再確認した。


帝都ベルブルグからフェン公国領都ヘル市までは東に3000㎞ある。


帝都からルビー鉱山街まで700㎞ありガド河を渡河して関所フイン街までが1000㎞ある。ここまでで移動距離が1700㎞ある。


近衛騎士団が10日前に出発したから、そろそろフイン街に到達する。

国境の街フインで行幸馬車にジェド、ジエン、ミーナが盛り込む予定だ。

オッタル打倒という共通の大目的があるから一時協力しているので、今回の件が終わればウルクに行きただの冒険者に戻る。


フイン街からは両岸絶壁のムール川を船で500㎞下り国境を超えて、公国領に入り魚村ベニーズに泊まりそこからは大草原の中を800㎞北東に行くと領都ヘル市に至る。


馬車と船利用で1月間を要するが、飛行船ならば1船中泊で到達する。


領都ヘル市の背景にはゴンラート山脈があり、ワイバーンの棲み処だった。


次の難所は大草原の800㎞だ、逃げ場のない草原でワイバーンに襲われる。むしろ公国は調教済ワイバーンで襲わせるかもしれない。


今頃ノーム半島は隣接領でもう奇襲攻撃が鉱山で開始された頃だろう。

皇帝直轄軍がヌールイ湖畔に到達するのは近衛と同じく20日後だろう。

この時代では3ケ所同時攻撃は移動距離があり計画通りにはいかない。


トリッシュ女伯爵軍4000が公国と半島との国境のムール川を攻撃前に封鎖するからエリツィン将軍の早馬は阻止できるはずだが。


アベルが皇帝会談後に帝都で食料や消耗品購入を済ませてから、執事カインとスフィ巫女は連絡役で帝都に残して残りの仲間たちと行幸馬車を持ち受けるために国境の街フインに空中移動した。


このフインの街はガド河の傍に開けた豊かな穀倉地帯が背後にある落ち着いた街だった。むろん国境となるナバリ山脈渓谷のムール川下りの船着き場もある要所の街だ。


飛行船を収納してから宿屋を決めて、フイン街の市場や店舗そして地元冒険者ギルドの依頼票を見るのも楽しい。

やはり山岳に住む猿や鹿そして猪などの農林系に被害の出る魔物の群れ討伐依頼票が多いな。


ジェドたちは既に帝都で皇帝毒殺を1件防止しているので実績もあり、公国での行幸中の襲撃防止とヘル城での天井ブロックが完遂出来れば計画通りの成果と言えよう。


やがて到着した行幸馬車にジェド、ジエン、ミーナが従者役で乗り込んだ。


アベルは飛行船で上空から皇帝馬車がヘル市まで安全に行幸できるように監視飛行に離陸した。


 飛行船は際限もなく続く山岳地帯上空を抜けて北東に飛行していた。

時々、飛竜かワイバーンらしい姿も遠距離に感知できた。

ワイバーン戦は避けられない以上、草原上空で空中戦を挑み行幸の露払いをしてしまおう。


魔道具で全員に呼び掛けた。

「ムール川下りの終点のベニーズ魚村で作戦会議を開くよ。」


「「「「了解」」」」


「議題は何にゃ?」


「複数のワイバーンが草原上空でこちらを狙っているので叩き落とす作戦会議ね。」


「どうするにゃ?」


「魔道具で会議する気かな?」


「行幸馬車の誰かが傍聴してる筈でむしろ報告する手間がなくていいにゃ?」


「そうか、ではミーナは移動要員でお願いするね」


「了解、後の人員は?」


「誰か、ワイバーン戦で一肌脱いでくれる人いますか?」

「ず~と馬車の中でなんか運動したいからお手伝いします」


「おお、落としたワイバーンの数だけ大黒魚を贈呈しよう」

「ミーナさんには飛行船の上に移転してもらうことをお願いします」

「ミーも張り切ってやるにゃ!」


「飛行船の上で変身するので誰も見ないでね」


「承知したにゃ」


アベルはジェンとミーナのやる気を引き出したのでムール川の河口にある

ベニーズ魚村に飛び網元に大黒魚の漁獲予約を入れておいた。


やがて行幸の馬車が川船から上陸して混雑する中、ミーナ、ジェン、ジェドが船着き場近くに係留してあった飛行船に歩いて来てタラップからキャビンに入ってきた。



◇◆◇



アベルが操縦者Aに飛行船を離陸して上昇するように指示した。


上昇飛行していると北東の方向からワイバーン級の8個の魔力が急接近してくるのが感知された。


 迎撃をするには高度が欲しいが、既にワイバーンが視界に入ってきた。


「ミーナさん、飛行船の上に移転して下さい」

「上の避雷針の傍に跳ぶにゃ!」


二人の姿がフッとキャビン内から消え、すぐにミーナが戻ってきた。

 突然、霊感に鈍いアベルにもなにか強大な霊的存在が飛行船上に出現したのが感じられた。


 前方上空から8匹のワイバーンたちが銀色の飛行船体に爪を立てようと急降下したら飛行船の上に白い九尾の狐が霊体化して睨んでいた。


紅い眼の白い九尾の狐がなにやら呪いを呟くと上昇中の船体の上で空中回転した。


即座に狐の周囲の空間に浮揚する9つの黄色のキューブが出現した。

9つの黄色のキューブが飛行船を基点に円周軌道で回転を開始した。


キューブは1㎥の透明な正方体で中に黄色の液体で満たされている。

黄色の液体の危険性が生物には本能的に感じられるものだ。

あの液体は触れた生命を吸収するもので、”殺生液”と呼ばれる。


ワイバーンの中の若い1匹が黄色のキューブに爪を立てた。

“パリーン”とキューブが破裂した瞬間黄色ガス化してそのワイバーンを包んだ。


包まれた瞬間ワイバーンから生命反応が消失して石のように地上に墜落した。


それを契機に、8個のうち7個が円軌道を変えて残りの7匹のワイバーンに襲い掛かった。


“パリーン” “パリーン” “パリーン” “パリーン” “パリーン” “パリーン” “パリーン”

と大空にガラスの様な連続破裂音が響きわたり、7匹のワイバーンがあっさりと黄色ガスに包まれてから石の様に墜落した。


変身を解き残りのキューブを消して、ジェンは飛行船の上から再び正方体キューブを階段状に空中に浮揚させた。

今度のキューブは中身のない透明な正方体だ。


ジェンは飛び石みたいに跳び乗りながら降りてきた、飛行船の窓をコンコンと小さい手で叩いて幼い声で叫んだ。


「外は寒いから早く中に入れて~」

「あ、ああ。ごめんね!驚いて迎えを忘れたにゃ」


ミーナを乗せて着陸した飛行船の外では、地上に墜落した8匹のワイバーンの死体を騎士達が取り囲み騒いでいた。


アベルが飛行船から降りてワイバーンに近づいていくと、騎士たちの中から隊長クラスのフルプレート男が歩いて来た。


「このワイバーンは行幸馬車を襲った魔物なので証拠品として押収する、いいな!」


「倒した魔物は倒した冒険者の所有物になるぞ、欲しいのなら1匹1大金貨が相場なので8大金貨を払え」


「無礼者め、このワイバーンを渡さぬとあればお前を収監するぞ」


「なにをやっておるのだ!」


「この男がワイバーンの押収を拒否するので収監を告げた所です」


「短慮はならぬぞ、魔物退治の褒美として8大金貨を与える」


「皇帝陛下のご裁決に深く感謝いたします」


「うむ、ヘル城でもよき働きを期待しておる」

「はい、必ず証拠の品をご覧に入れます」


アベルは褒美を受け取り大金貨を仲間に1人1枚配り、残りはペニーズ魚村での大黒魚や他の魚介類購入費用にあてた。

オッタル打倒が終われば、帝都の秘密アジトで慰労会を開催予定だ。

ミーナ、ジェン、ジェドは馬車に戻り、アベルは飛行船で再び離陸した。



◇◆◇



皇帝の行幸馬車と近衛騎士団は無事に草原を走破してヘル城に入城した。

ミーナはヘル城の改築した大工の棟梁を探していたがヘル市内の人の口は重く、市民はネロ公爵を極端に恐れていた。


市場の人の良いおかみさんに聞いたが、大工の棟梁の名前はピオと分かった、ここまで話すのも周囲を伺いながらで大変だった。


謝礼に銀貨1枚握らせたらラドン村に行けばと意味ありげに呟いた。

そうかラドン村に工房があるのかミーナはお礼を言って、聞いた方向に

目視移転を繰り返して郊外のラドン村に到着した。


村は重苦しい空気に包まれていた。

女の子の泣き声が聞こえる、家の後ろに材木が多量に見えるからあれがピオ親方の工房かな。泣き声はその家から聞こえていた。


家の中に入っても誰も出て来ない。

ミーナは泣いている10歳ぐらいの女の子に声をかけた。


「ここはピオ親方のお家ですにゃ?」


女の子はうなずくだけで泣き止まない。


「お父ちゃんがお城に行って帰ってこないの!」


「泣かないで、ピオ親方は必ず連れ帰るから」

「本当にお父ちゃんを助けてくれますか?」


「小指を絡めて約束するにゃ」

「小指を絡めて何かあるの?」


「昔からの約束は絶対守る誓いにゃ」


ミーナはあまり得意ではないが、腰バックに入れてあった食材で暖かい食事を作りピーナに食べさせた。ピーナの名前を教えてくれた。


母親はいないみたいだ、ミーナは保存食をピーナに与えて水甕に水を満たして、城の地下牢から父親を連れ戻すまで留守番するように言った。

するとピーナは目に涙を浮かべながら肯いてくれた。


ミーナは城に戻りピオ親方の地下牢を探し当てて牢の格子を開けた。

うす暗い死刑囚が入るような寝台と便器だけの独房で寝ていた。


ピオ親方は天才肌のカラクリ工作などの得意な大工だった。

だが今は長期間監禁されて体が痩せており歩くことは無理みたいだ。


「ピーナちゃんに頼まれて親方を助けに来たにゃ。」

「そうかい、ピーナに心配を掛けちまったな。」


ミーナは幽閉されていたピオ親方を助け出して移転でラドン村のピーナの元に連れ戻して、近所のおかみさん達に世話をお願いした。

ヘル城の吊り天井の仕掛けはピオ親方から隠し図面を入手できた。


吊り天井の仕掛けがミーナに視認されて、仕掛けの設計図面も確保できたのでネロ公爵の謀反はここに立証された。

皇帝はヘル城内に駐屯している1万人の近衛兵にネロ公爵の捕縛を命じた。


護衛軍団に兵舎を提供するために城下の民家に分散宿泊していたフェン公爵家の兵士たちにはなすすべがなかった。


近衛騎士団の騎士たちが城内で公爵を捜索している時、女性騎士隊も後宮寝所や従女部屋を捜索していたら、突然アン騎士に全裸の男性が飛び掛かって押し倒した。


長身の若い男性で仰向けのアン騎士の上に馬乗りになってアンの首を両手で絞めながら独りで興奮していた。

“キェ~~”


と甲高い奇声を狂った様に上げて腰を動していた。

同僚のパトリシアは手近にあった陶製の花瓶を振り上げて全裸男の後頭部にフルスイングで叩きつけた。

“カシャ”


この音こそがネロ公爵の頭蓋骨陥没の音であった。

パトリシアはいつしか同僚たちから”甕割り娘”という二つ名を頂戴した。


また騎士パトリシアによるネロ公爵の撲殺で性奴隷リリーの仇は討れたことになる。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ