#52 女性騎士パトリシアの恋
帝国近衛騎士団所属の女性騎士パトリシア・フォン・シモンズは、秘めた恋をしていた。
パトリシアは銀髪のショートカットの美人で、むろん入隊条件の容姿端麗な15歳以上の女子で2年前近衛騎士に採用されている。
パトリシアの実家は騎士爵の大家族で兄弟姉妹も多く、ほとんど庶民と同じ生活をしている。
3年前にヨハン皇帝に毒を盛った女性刺客がその場にいた大公に成敗されて暗殺依頼者不明のまま処理された。
この事件を教訓に近衛騎士団内に女性騎士だけの皇帝護衛隊が創設され、応募して採用されて一期生として日々皇帝警護の任務に就いていた。
しかし最近、毎朝同じ時間に会う気になる青年がいた。
パトリシアは女性近衛騎士の姿で、彼は文官の姿をしていた。
彼は明るく印象の良い好青年であった。
二人とも目を合わせて、一言二言挨拶をするだけの関係であった。
それでも充分に一日の中で一番幸せになれる時間であった。
パトリシアの立哨するボックスは決まっていて、船着き場と川岸のどちらかだった。
だから毎朝、二人はほんの一瞬の幸せを手に入れて後の時間はその余韻をかみしめて過ごしている。
同僚のアンやセリーにはもう彼氏がいるのだ。
いつかパトリシアも彼とデートする夢を時々みたりする。
王子様でなくていい、自分だけを見つめてくれる誠実な男がいい。
ある朝、住宅地区の皇居の島行き船着き場ボックスで立哨していた。
「キャーキャー」
と女性たちの悲鳴が聞こえてきたのでサーベルを持ち立哨ボックスから出て通りを見ると、手に光る刃物を振り回した男が駆けてきた。
すでに何人もの通行人を刺しているみたいで路上に女性が倒れていた。
阿片中毒らしく虚ろな目で通行人を次々と追いかけ回している。
さっとパトリシアの眼の前を横切った人影が包丁男を押さえつけていた。
いつも目礼するあの人だった。
彼と協力して包丁男を捕縛したが、光る刃物を見て一瞬体が竦んだ自分が恥ずかしくて顔が赤らんだ。
でも事件調書を書いて彼の住所・氏名や仕事など聞けて彼を詳しく知ることが出来て嬉しかった。
その時の会話で彼の名が“マイク・ハーベス”というのが分かった。
もちろん私の名前も名乗った。
誕生日に彼は外国のものらしいカードを初めてくれた。
きれいな風景の色付きカードだった。
あの事件で二人の気持ちもぐんと近づけたと思う。
彼はナデシュ半島の元王女に仕えている家臣だと言った。
独身だそうだ、彼女はいないらしい、これは喜ばしいことだ。
私も親に仕送りしていて苦しいが、彼に何かプレゼントをしたい!
彼も私も裕福でない環境は同じだった。
でも将来は彼と一緒に暮らしたいという願望は強くなっている。
彼に会えた日は1日が輝いて見える。
彼に会えなかった日は1日が灰色に沈んで見える。
“マイク”の燃えるような視線をうけると、パトリシアの瞳はうるみ、輝いた。
彼女の頬も血潮が上がり赤味をおびる。
動悸も激しく、震えない声で挨拶をしないといけない。
ある朝、ついに彼からデートの誘いがあった。
無論、勤務の終わる夕方以降で夕食後の2時間しか自由時間はない。
19時から21時までしか逢瀬はないのだ。
落ち合う場所と時間を決めた。
嬉しかった!
19時に帝都ベルブルクの中に流れる恋人広場と言われているハル河川横の散歩道だ。
立哨ボックスの反対岸だから同僚たちには見つかるまい。
石橋がアーチ型に掛かり雰囲気のあるデートスポットだった。
街灯の灯りも淡くしか届かない場所で感心した。
と言うよりどんな私服を着て行くかだが、持っている私服は緑のワンピース1着しかないしアンに借りよう。
約束の時間に遅れないように急ぎ足で行く。
これでも、行き帰り1時間取られるから、実質1時間しかない。
初デートだった、うまく会えるのか心配だった。
彼はいた、うれしかった!
「マイクさん!」
「パトリシアさん・・」
「あ・・・・・・」
そのまま、パトリシアは抱きしめられていた
しずかに、マイクの唇が女の唇に近寄って行った。
「好きです!」
「私も・・・」
パトリシアの目は閉じられて、二人の影は一つに重なった。
その光景を眺めて囁いている二つの人影があった。
河川横の散歩道より一段上の帝都計画道路の街路樹の陰にいた。
あの青年マイク・ハーベスの任務は、帝都内百貨店で洞窟野営に必要なハンモックテントや調理器具・浴槽・トイレ等の図面を与えて製作交渉させていた。
モアボ市長も逃げ込んだ実績もありチームの洞窟内装備は必要だ。
「マイク・ハーベスはクマリ遺臣で”笑う仮面11人”の1人だよ、真面目にビラ貼りをしてくれた教育職の男だ、ベストカップルでうらやましい・・・。」
「だからジェドもミーナに早く結婚を申し込めとお勧めする。」
「ミーナに断られたら立ち直れない。」
「その心配はないない。」
静かに川岸で寄り添う恋人たちの夜は更けていく。
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