#51 ジェド・バーデンの冒険(5)
帝都住宅地区の豪商別邸風屋敷の一室でジェドは寝台から静かに起きた。
今は深夜で秘密アジトは寝静まっている。
今から独りでモアボ組事務所に潜入をするつもりだ、昨日帝都に来たアベル達にはこのまま黙って別れるつもりだった。
アベルやミーナに迷惑はかけられない、用心棒でも帝都で殺せばジェドの人相書きは市中に手配されるしダン侯爵に悪影響が及ぶかもしれない。
ここはリリーの仇を打ったら魔王島経由でウルク大陸に独りで行くつもりだった。
ジェドは素早く黒のインナーの上に胸の軽鎧を付けた。
ミーナとお揃いだった。
柔らかい皮の靴を履いて、腰に剣帯を締め、左手甲兼用の丸盾を付ける。
左腰の黒ダガーを触り、右腰の錐刀を確認する。
腰バックを付ける、ミーナから渡された優れものだ10㎥も入る魔法袋だ。
腰バックの中で、今保管中は半弓矢と棒手裏剣と目潰しだ。
最後に硬革の帽子を被り、柔皮の手袋をする。準備完了だ。
防毒のバンダナを首に巻いてからジェドは独り部屋の扉を開けて足を踏み出した。
◇◆◇
扉を開けてジェド・バーデンは驚いた、廊下にはアベルと夜刀姫とミーナが待ち構えていた。
「独りで何処にいくつもりにゃ?」
「・・・」
「詳しく話してくれないか?」
そのまま会議室に連行されると、ダン侯爵以下邸内全員が座ってジェドを見つめていた。
ジェドも観念してアルナカ峠の襲撃の話や、その流れでアヘン窟に潜入して出会ったリリー・ウーゴが殺害された話をした。
「俺が皆に相談しないで軽い気持ちで巨悪に手を出して、こんな結果になっちまったんだ!」
「だからって独りで討ち入りしていい結果が出ると思うにゃ?」
「今はあと少しで元老院で大公の悪事を天下に暴ける大事な時なんだがな」
「ジェドの気持ちも共感できるし、落し所をどこに置くかだな」
「アベルと夜刀姫をモアボ組事務所前に、ジェドをアヘン窟前に運んであげようか、今からやればルイ皇子の兵が来る前には撤退できるにゃ」
「誘拐した少女に暴力を振って殺す変態なんてネロしかいないだろう」
「黙認する条件は、アヘン窟で貴族がいても名前だけ聞いて逃がしてくれ」
「参加者はこの黒布で頭髪を覆い、目はこの黒マスクを着用する、急場だし体はこの黒マントで覆えばいいか、4人分ある」
「仕置き仕事が済めば、路地で布を腰バックに入れればもう通行人にゃ」
◇◆◇
ミーナが移転した場所はジェドの意見を採用して、軍の演習場の中でもモアボ組事務所が見渡せる場所だった、星明りでも周囲の草花は見渡す限り人の背丈ほどのケシの草叢だった。
「俺と夜刀姫はモアボ組事務所突入班で、ジェドとミーナは阿片窟制圧班で行こう、作戦終了後は再度ここに集合すること。質問はあるか?」
「作戦目的は責任者からリリー殺害犯人の名前を聞き出すことと、阿片の取引書類は発見したら押収する。抵抗すれば無力化する、降伏する奴は縛る。質問は無い様なので決行する。抜刀せよ!」
黒装束の4人は最初から抜刀して坂道を降りて二手に分かれた。
アベルと夜刀姫はモアボ組事務所前に到着した、すぐに暗闇から白刃が襲いかかってきたので見張り1人を切り伏せた。
その後組事務所の扉を開けると2m近くの筋肉大男の群れが抜き身で夜刀姫の間合いに近づいた。
夜刀姫は“スロー”に入り体がぶれて消えた、とたんに大男の群れに動揺が広がった。
夜刀姫はそのまま先頭の大男右横に縮地し腹を薙いだ。
直後、大男の左脇腹が口を開けて血煙がふいて中身が飛び出した。
その時点で、アベルは後方の二階への階段上にいる幹部らしき男の左胸にクロスボウのボルトを打ち込んでいた。
夜刀姫にはさらに後ろにいる大男が片手剣で斬り掛かってきたが受けずに半身で躱して相手の手首を斬り離した。
大男の音も悲鳴も血煙も見えるが、夜刀姫の意識は複数敵の立ち位置と敵が握る剣の動きにだけ気を配っている。
吹き出す血霧も斬った直後に彼女の身体はすでに次の敵に移動しているので、血を浴びることはない。
多数戦で1ケ所に留まる愚は犯さない。
手首を飛ばされた大男3人は狂乱状態で手首を押さえて転げている。
異様な空間だ、骨が切断される音と血が吹きだす音だけが響き、床は血糊溜まりがあちこちにあり手下たちは足を滑らせている。
夜刀姫が独り舞うサイレント映画みたいだった。
技量が隔絶しているので華麗な踊りに見える、むろん主役は夜刀姫で相手役はモアボ組員その他大勢となる。
夜刀姫は菊一文字の打刀(刃長87.4㎝)と脇差(刃長53.4㎝)の二刀流で相手の剣を受ける音が聞こえない。
剣筋を読み見切り相手の攻撃を躱して間合いに入り、仕掛ける男たちに深手を与え続けている。
こんな1階ホールの室内で17人もの筋肉男たちが狂乱乱舞して剣を振り廻せば同士討ちは避けられない。
アベルは後方の指揮者や飛び道具を構える男を狙い射ちしている。
揺れるシャンデリアの灯りが舞台効果を高めている。
血潮舞い散る阿鼻叫喚とはこのことか!
垂れる紐状のもの、絶命する悲鳴と飛ぶ血霧舞う空間だった!
スロウと縮地で大男の傍によっては腹を斬り裂き次に行くを繰り返していると、1階の武闘要員の手下すべての身体に深手を与えたらしい。
夜刀姫の動きが早すぎて、残像なのか味方の背中や肩を斬りつけたりしていたが今は組員全員倒れて裂けた脂肪を晒して血溜まりを作っている。
大勢が剣を室内で振り回すと大惨事になるよい教訓だ。
17人を数えた手下は大半が致命傷で、残りも重傷を負い倒れている。
アベルは鉄錆の血の匂いを我慢して受付カウンターを探るが何もない。
夜刀姫は呻く組員の首に止めを刺して楽にしてやっている。
苦しませるよりはその方がやさしい気配りとアベルは感心した。
シャンデリアのゆれる明りのなかで、石床に転がり血泡を吹いて死んでいる。
さあ、2階への階段に進もう。
血脂が糊状に固まり足元が滑る。
1階の武闘組員の武技は高くなく、集団の統制もとれてなかった。
戦闘が始まり20分間ほどで全員死体になった。
夜刀姫とアベルは縦列で階段を上った。
2階の踊り場には痩せた中年の着物と袴を着た黒髪の剣士がいた。
転生者かもしれないが数多く人斬りした暗い雰囲気を纏っていた。
痩せた中年の剣士は最初から刀を立てて構えて右手側に寄せて、左足を前に出して構えていた。
余計な力を消耗しない工夫で、待ち構える陰の構えだ。
夜刀姫はそのまま相手の間合いの前に”スロウ”をかけて縮地で入った。
剣は瞬息の勝負だった。
相手は左肩口から右脇腹に斜めに斬り下げてそのまま途中で右手首を返して逆袈裟で切り上げてきた竜尾返しだった。
夜刀姫は相手の剣筋は読めていた、残像を残して左に半身返してクネリ剣をよけて大刀で相手の右手首を切り落として、後ろに廻り大刀で剣士の首を刎ねた。
書くと長いが実際の時間は秒単位で決着はついた。
夜刀姫は残心の構えを解いた。
3階のモアボ組長居住区への階段は奥の右手に有った。
3階のモアボの住まいは1LDKの巨大ワンフロアーだった。
入り口の重厚な木材の扉を開けると巨大な天蓋つき寝台が眼に入り、愛人の黒エルフと共に裸で羽毛布団の中にいた。
1階の騒動はここまで聞こえたみたいで、上にガウンを着ていた。
「アヘン取引の帳簿と顧客名簿はどこにあるのかな?」
「冗談もいい加減にしろ、そんなこと言う訳ないだろう。」
「見張っていて少しでも動いたら手の指を1本ずつへし折ってやれ」
「はい、了解しました」
それからアベルは絵画の額縁の後ろとか床下とか壺の中とか探したが何も出なかった。
アベルは鉱物探知のスキルで建物の壁を探知すると、壁が二重壁で隠し部屋が寝台の後ろ側に見えた。
本棚が引き戸で横に曳くと、厚い鉄の扉がありダイヤル錠が掛かっていた。
アベルは金属の形態は自由に変化出来るので問題なくと鉄扉を開けた。
するとモアボがアベルに飛び掛かったので、夜刀姫がモアボの首をスパッと落とした。
アベルは隠し部屋に入りライトを唱えてから、部屋にある金銀財宝と書類棚をそのまま時空間収納庫に移し空き部屋にした。
アベルは隠し部屋から出て、愛人だったダークエルフに聞いた。
「身を寄せる故郷とか親族がいれば送るよ?」
「私はララと言います、家族はヌールイ湖の傍にいたけど全員奴隷に売られて今どこにいるのかわかんないし、行き先はないわ」
あの潰された霧の小国か、当分戻れないし家族も行方不明だね。
「ウルク大陸に俺は城持ちだから留守番なら雇うよ、来るかい?」
「お願いします、今身の廻りの品纏めますから待っててね!」
「しまった、リリーちゃん殺した奴聞くんだったな!」
「それ先日のことで覚えているわ、ネロという貴族が阿片に酔って少女を絞め殺したって、商品を壊されたと旦那が怒っていたわ!」
「やはりな、あいつか」
◇◆◇
表通りはほろ酔いの娼館に行く庶民の群れで賑やかだったが、通りの外れた裏通りのこちら側には人影は絶えていた。
モアボ組事務所からさほど離れていない娼館の建物脇の地下に降りる階段がアヘン窟の入り口だった。
組事務所から異様な呻き声や絶叫が時折聞こえてきたが、周辺一帯に重苦しい雰囲気が漂っていた。
暗闇の中人影はまったく絶えて動きはない、時々風が路上を吹き抜ける。
ジェドとミーナは慎重な足取りで石造りの建物横の地下にいく階段を降り始めた。
前に来た時と同様に階段の降りた踊り場に木造の扉がポッンとある。
ジェドは頭布とアイマスクを取り、短剣を鞘に収めて金袋を取り出し、前回同様に扉の除き窓に3回ノックすると窓が開き男の眼が見えた。
「何の用だ?」
「上で聞いたが、薬を欲しいにゃ!」
「また猫人か、金はあんのか?」
「金貨がこんなにあるにゃ!」
ジェドは金貨40枚はある革袋を開いて男の見える様に見せた。
「よし、そんだけあれば十分に吸わせてやるぜ!」
鉄板で補強された扉が中から開いて、ジェドは薄暗い中に入れられた。
「入会金が金貨4枚な、部屋代が金貨1枚で今払ってくれ!」
ジェドは酔って金袋を開く様にみせて錐刀を手裏に隠してよろける振りして男に抱き着き首の後ろから男の延髄に刃を差し込んだ。
“ウッ”
男は体を硬直してから無言で崩れ落ちた。
ジェドは扉の鍵を外してミーナを中に入れた。
「ハチの巣構造か、この造りだと燻し出し作戦で行くにゃ」
「よし、俺がやるよ」
ジェドはドアマンの座っていた椅子を店舗通路の奥に置いた。
クロークから外套を大量に持ち出して椅子に乗せて、唐辛子と毒草も上に置き灯油を撒いてから着火した。
2人は扉を開けて外に出た、外の空気が入り椅子の上に積まれた外套が燃え出して白煙が立ち上り始めた。
ジェドは扉の外に男の死体を引きずり出して上半身を起こして、閉めた扉にもたれさせた。
少しすると、上が開いている小部屋の客たちや女たちが騒ぎはじめた。
「煙いぞこんな目が痛くなる煙はいらない、外に出してくれ!」
「姓名を名乗られよ、その後1名ずつ解放いたす」
「ならば名乗ろう余はルイ・シホン・ノルマンじゃ」
なんと1人目から大物が釣れましたよ。
「はい、陛下はこのままお帰り下され」
高貴なるお人は扉を開けて解放した。
「ねぇ、あたいも外に出しとくれ?」
「相方さんか、外に出すけどリリーを殺した男知らない?」
「リリーを殺した奴はネロとこの男の2人さ、あたいはこの目で見たよ!」
「相方さんとこの男さん出て来てにゃ。」
男1人女2人の3人が出てきた。
ふらつく男は腰バック中の縄で後ろ手に縛り階段の手すりに結わえて置く。
「女の人は後で奴隷から解放するから手すりの階段にいてね。」
「ねぇ、旨い話だね本当かい?」
「本当の話にゃ、組事務所は潰したよ。」
「えぇ、あんな大勢の男たちがやられちまったのかい?」
「ここにいて女達で一緒に逃げた方が助かるにゃ。」
すると扉の中からドンドンと激しく叩く音がして、
「忘れてた、扉を開けてやりな。」
ジェドが扉を開けると異様な臭気と共に白煙がモア~と溢れ出て来た。
「女の人は階段に並んでね、お客さんの男は名乗れば解放だよ!」
その後はドンドンと流れ作業で男女の流れを整理していった。
結果、男20人女19人が区分けされた。
男たちは貴族7人、官僚10人、神官3人の名前を聞いて解放した。
女19人は年齢も人種もバラバラで全員性奴隷であったので収容した。
搬送担当はミーナでネロ家臣の男と女達20人をアジトまで移転した。
男女39人の処理が終わり階段を上るとモアボ組事務所からアベルたちが出て来たので、合流した4人は手をつないで移転した。
後には建物に数多くの死体と血痕があるモアボ組事務所が残り、近くには男の死体と煙が残る地下アヘン窟が放置されていた。
ルイ皇子の手勢がモアボの根拠地に駆け付けた時には誰もいなかった。
フェン公国の手先だったモアボ組と関連アヘン窟は帝都から消滅した。
◇◆◇
秘密アジトに戻ったアベルは時空間収納庫から書類棚を出して侯爵に全部渡した。
「今からモアボの財宝は5等分にして関係者全員に配分するよ。」
「フェン公国の手足は潰したが、困ったお方が飛び出してくれたな。絶対に他言無用でお願いしたい」
「19人の彼女たちは奴隷解放して家に帰してくれるにゃ?」
「任せろ、1人1人身元を調べて持参金も付け帰れるようにするし、身寄りがいなかったら侯爵領で働ける様にしてやるよ。」
「モアボの愛人だったダークエルフはどうするの?」
「ヌールイに帰れないので、元シバ族山城の管理人にします」
「侯爵預かりのネロ家臣はどうするつもり?」
「ネロ家臣は少女殺害の共同正犯だし、今後の取引材料にする」
「島のナタリアに誰が姉リリーの顛末を話す?」
「ジェドしかいないにゃ」
(幼いナタリアの大きな瞳に涙が溢れるのが想像できてジェドは俯く。)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
PV13,338アクセスに達しました、本メイドゴーレム物語を読んで頂き感謝いたしますm(-_-)m!




