#47 ジェド・バーデンの冒険(1)
《時は遡り、まだ元老院でオッタル大公が失脚する前の話です》
午前中にイシ港からメラリ港に着き、正午近くなので冒険者ギルド酒場にて魚定食の昼飯を黒猫人のジェドはしっぽを揺らしながら機嫌よく食べていた。
ここを離れて内陸のベルブルグに行くと新鮮な魚類には当分あり付けなくなるので15銅貨を払い味わって食べていた。
カール公国から離れたのは、島の子供たち全員がクマル市の公立養護院への入所するのを見届けたからだ。
あそこは職業訓練所も併設されており市内には商店も旅館も市場もあり保母さんも付き子供たちの将来を考えればいい選択のはずだ。
別れの挨拶も済みジェドは冒険者に戻り、帝都に滞在しているアベル達と合流するためにメラリ港に来た。
酒場でベルブルグまでの乗り合い馬車や食料調達を考えていたら脇から声を掛けられた。
「ジェドじゃねえか?食事中にすまねえな?」
横向くと日頃島の交易で顔を合わせていたドレーク船長が立っていた。
「どうぞ座わって」
ドレーク船長はジェドの向かい側の席に座った。
注文を聞きに来た酒場の女の子に
「エールを追加で2つね」
「気がきくね」
「人手集めですか?」
2杯のエールが届きジェドが10銅貨を払い、二人で飲み始めた。
「当たりだ、ベルブルグ行きの護衛が足りなくて困っていたんだよ」
「船長が人手集めということは要人警護ですか?」
「そうだぜ、船員は定員ギリギリで操船しているから使えないし、護衛出来る信頼のおける冒険者を探していたんだよね」
「俺も帝都に行く用事があって渡りに船です!護衛対象は?」
「大将の縁続きの17歳のお嬢様でね、商隊護衛の2パーティーは集めたが、どうしてもお嬢を無事に親元まで送って貰いたい」
「どんな荷物ですか?」
「荷は塩だがそれよりも、お嬢様の護衛役でジェドに指名依頼を出して置くよ」
「受けますよ!問題はお嬢様の護衛ですね?」
「そうだ、明日の午後に顔合わせで明後日の早朝にギルド前出発で頼むぜ」
「了解です、お嬢様だけは帝都に無事にお届けするよ」
「頼んだぜ!そこだけ約束してくれれば俺の義理は立つ」
◇◆◇
昨日はエールを飲むとドレークはすぐに帰り、ジェドも食事を終えて受付で指名依頼を確認すると、金貨5枚(50万ギル)でジェド宛に護衛依頼が出ていたので受けた。
中1日が準備に使えたので次の日の午前中は市場と薬店を廻り干し魚や水や傷薬と毒草・毒茸も仕入れた。
短弓の矢も武器店で50本程(10組)仕入れた。今回は途中で盗賊たちと戦いになりそうな予感がして矢を多めに購入した。
トリカブトの毒も海綿に含ませて矢筒底で鏃を浸して置く、かすり傷でも相手の戦闘力を奪えるからな、鉄製の棒手裏剣は手持ちの5本で凌ぐしかないだろう。
午後にはギルドの会議室で商会の人間と護衛達の顔合わせが行われた。
顔合わせの司会はギルド職員が仕切り、護衛対象の商会の人間3人と御者10人と護衛の冒険者2チーム10人ジェド1人の総勢24人の簡単な紹介と本人たちの挨拶を互いに交わした。
最初にゴールデン商会のマリン・ゴールデン会長と従女アンリと執事フランツの3人が紹介された。
「明日からの20日間は1つのチームとして帝都を目指しましょう」
ギルドから紹介された商隊護衛は2チームだった。
前衛担当はB級の”緑風”と呼ばれるグリーン、マイク、グラント、マイン、リンドルの男性チームだ。
「俺達は実力の護衛で安心してもらえる様に働くぜ」
後衛担当はC級の”紅光”と呼ばれるヒカル、アグネス、ネネ、ツバキ、サクラの女性チームだった。
「私達の後衛は女性が安心できる野営や警戒をします」
両チーム共にリーダーが戦士でサブが盾役でそこに弓の偵察が付き後の2人は魔法使いと神官の5人編成だった。
ジェドは会長箱馬車の専属護衛で御者助手席に同乗するという紹介があった。
「ジェドです、お嬢様だけは帝都に無事にお届けする決意だ、よろしく」
職員から直近のノーム半島近くアルナカ峠での山賊発生事案が報告された。
御者の10人は商会の雇い人で心配はない、現地募集のB・Cチームの行動と山賊の動向を今回は注意していこう!
商隊の配置は、前衛・後衛の2台の幌馬車に護衛2チームが乗車して、間の荷馬車3台と幌馬車4台に野営道具・食料品を搭載して中央の箱馬車1台に商会の人間3人が乗る。
積荷の塩は魔法袋10個に分納されて箱馬車の荷物庫に格納されている。
野営は大型テントが3貼りあり、雇用主用と水回り用・調理用に使われる。
御者や冒険者たちは幌馬車利用でも、個人用テントを使用してもいい。
ジェドの腰バックには武器類と万一に備えて食料品や野営道具が収納されてあるが、食事は商会側から全員が全行程分で提供される様だ。
◇◆◇
出発日の早朝にギルド前に近づくと幌馬車と箱馬車の行列が出来ていた。
ギルド職員もテキパキと馬車隊列の交通整理に大忙しであった。
職員に挨拶したジェドは早速、中央の箱馬車御者席の助手側に座らされた。
箱馬車御者席には御者リーダーのジョンさんが既に座っていた。
「ジョンさん、よろしくお願いします」
「おう、ジェドさんかもうじき出るぜ」
早速ジェドはジョンさんに挨拶したがベテランの印象を受けた。
「出発~~」
19泊20日間の商隊10輌24人のスタートだった、まだ右手のメラリ港に反射する朝日の輝きを楽しめる余裕はジェドにはあった。
フェン国境沿いに商隊は進んでいく。
1泊目の野営地は街道がアルナカ峠前の大きな野営地であった。
1本道の街道と小川の間にある平地で数多くのキャンプ跡があった。
夕方前に野営地に到着して冒険者や使用人たちは野営の準備に入り、狩りの班や薪集めの班そしてテント設営班と調理班とに分かれて日が沈むまでには石炉も3個組まれて鍋も掛けられて薪も燃えていた。
馬も集められて、御者が馬を世話して水や飼料も与えられて寝床も作られた。
馬車群も円陣形に組まれて、大小のテントもチーム別に張られて、全員の動きにも無駄がなく雇用主やその他全員にパンと温かいスープそして魚料理を提供出来た。
食事後は、大型テント3張りの中にはお湯で体を拭ける施設もあり、トイレも設営されている。
お嬢様の会長と侍女は大型テント内の組み立てベッドで寝て、執事は箱馬車の座席を倒して中で就寝している。
御者たちは幌馬車内の毛布で寝てるし、冒険者達はチーム別に分かれて個人別テントを設営して寝た。
夜の見張りの交代があるので起こすのに便利なのだ。
ジェドも箱馬車傍に個人用テントを張ったが夜の見張りは免除された。
冒険者は2人見張り交代制で、中央の焚火は一晩中燃やし続けていた。
◇◆◇
初日の深夜にジェドはふっと不審な気配を感じて眼が覚めた。
ジェドは気配を消してテントから出て素早く黒のインナーの上に胸の軽鎧を付けた。
柔らかい皮の靴を履いて、腰に剣帯を締め、左手甲兼用の丸盾を付ける。
左腰の黒ダガーを触り、右腰の錐刀を確認する、腰バックを付ける。
腰バックの半弓矢と棒手裏剣とを確認した。
最後に硬革の帽子を被り、柔皮の手袋をする。準備完了だ。
意識は複数の気配を探知した反対側の森の中を探っている。
ジェドの固有スキルには広範囲の索敵感知スキルがある。
防毒のバンダナで口を覆い、ジェドは毛布を人型に丸めて置きそのまま外に音も無く出た。
気配は向かいの森だ、そのまま気配遮断して忍び足で森に接近していく。
しばらく歩むと木立の隙間からくぼ地に小さなキャンプ地が見えた。
隙間からテントと小さな灯りの周りに黒のフードマントを被った人影が見える。
人数は8人程度がなにかを話し合っているので耳を澄ました。
「峠道で待ち伏せをしてるから戦闘する振りをして女と猫を捕まえろ!」
「約束の家臣取り立ては本当ですね?」
「ああ、わが公国家臣になればいい暮らしができるぞ!」
「捕まえた女子チームはどうしますか?」
「お前らが楽しんだあと殺して埋めてしまえばいいだろう!」
「目を付けたサクラを抱くか!」
「あと商会長のマリンには手を出すなよ、大切な取引材料だからな!」
「へい、箱馬車の塩入り魔法袋はどうしますか?」
「箱馬車ごとエリツィン将軍に献上する!」
「10台の馬車と御者はウルク市まで連行しろ、鉱石運搬に役立つ!」
「昼前に峠で木が倒れてきたら、行動開始ですね!」
「そうだ、後は上手くやれよ!」
(なにが緑風だ、腐ってやがる!)
話し合いは終わりグリーン達と思える3つの人影が野営地に引き返していった。
くぼ地に残った5つの人影はテントをたたみ始めた、グリーンたちと接触するためにここに宿営していたのか、用事が終わりさっさと引き上げに掛かっている。
こちらは1人で追跡も出来ない、せめて緑風の朝食スープ鍋に遅行性の毒茸でも混ぜるか。
毒茸は食べると旨味成分があり美味しいらしいがその後に猛烈に下痢嘔吐幻覚が始まるみたいだ。
翌日の朝飯にはジェドは調理の手伝いに参加した。
緑風のスープ鍋に野菜類に小さく刻んだ茸と草を適量混入した。
緑風の面々には旨味が好評で5人が完食するのを見届けた、これで昼前には5人は戦闘不能になるはずだ!
ジェドは朝飯後の出発準備で忙しい時間だが後衛の馬車に行ってみた。
ヒカルたちは元気にテントの解体をしている、黒猫人のジェドはしっぽを揺らしながらヒカルに話しかけた。
「峠道で昼前に何があってもいいように準備しといた方がいいよ」
「え!なにか掴んでるのかな?」
「昨夜から緑風の男たちの動きが怪しいから用心してね」
「だね、あいつらとの顔合わせの時から気味悪い視線を感じていたんだよ」
そこに青い顔をしたグリーンがジェドに近寄り声を掛けてきた。
「ジェドよ、朝飯の食材で鮮度の悪いものがなかったか、腹の具合がおかしいのだがね?」
「鮮魚にでも当たったんじゃないの」
大柄な盾役のアグネスがグリーンの前に腕組んで大声で言った。
「食べるだけの男が偉そうな口をきくね!」
「心あたりがないか聞いただけだよ」
「峠を越えた村が今晩の宿泊地だから村の薬師にでも見てもらったら?」
「ああそうさせてもらうよ」
ここはフェン公国とダン侯爵領に挟まれた山間部で、周囲は森林だらけで人家はまったく見えない。
やがて商隊の10台の馬車の出発準備は整い動きだした。
ジェドは箱馬車の御者助手席に座り無意識に手で腰バックを触った。
アルナカの街道と森林は朝日の薄明りに茜色に染まり始めている。
商隊には賊の見張りが張り付いているはずで逃げられない、昼前には峠の山賊たちとの戦いが始まるだろう!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
PV10,333アクセスに達しました、夢みたいです、本物語を読んで頂き深く感謝いたします!