#31 星に願いを(3)
オッタル大公4万人の兵力のうち、ウルク大陸派遣軍の2万人の兵力が消滅した。
これでノルデア帝国宮廷の力学的な構造変化が起きた。
中間派貴族たちが皇太子派貴族にすり寄りを始めた。
公爵や侯爵ともなると大領地があり、領兵は1万人程度保有している。
今まではオッタル大公が4ダンジョンの収益と4万人の大兵力で睨みを効かせていたが、ウルク大陸派遣の2万人の兵力が消滅して次男も戦死した。
残るは性格粗暴な長男ネロだけであり人望もなく、オッタル大公財源の大部分を占めるウルク大陸2ダンジョンも風前の灯となってきた。
機を見るに敏の宮廷雀たちの関心は既に皇太子即位に移る。
宮廷晩餐会でも、ダン侯爵やトリッシュ女伯爵の周囲に中間派貴族たちの姿が目立つようになった。反対にオッタル大公やエビノ伯爵の周囲にはまばらな人影になり始めた。さらに大公に悪材料の風聞が流れれば致命的になる。
試しに皇太子派vs.大公派で決戦を想定すると。皇帝近衛兵は3000人いる。アーサー皇太子を擁立した名門ダン侯爵の領兵は9800人を数える。
与力としてトリッシュ女伯爵が6000人で合計18800人の勢力だ。
対する摂政オッタル大公の領兵は15000で遠隔地エデンに5000人いる。
与力にはエビノ伯爵がいるがナデシュ半島で3000人を失い領兵は1500人しかない。
時期にもよるが合計で16500~21500が動員限度だ。
そうなると、18800vs.21500の戦闘になり、時の勢いで中間派が付くから、一概に大公派の優勢とは言いにくい情勢だ。
今後の家門の浮沈に影響するだけに貴族達はこの程度の計算はしているはずだ。だから、最大ダンジョンギルアが陥落でもすればオッタル大公の軍資金は枯渇して政局は一気に流動化していくはずだ。
◇◆◇
エルフのスフィがアベルの部屋を訪ねて来た。
「聖樹様がアベルに聖都アースに訪問して欲しいそうよ?」
「聖樹様って、西エルフ聖樹国の生きる世界樹のことでしょう?俺がご指名ですか、なんの用だろう?」
「今後のアケニア騎士団領を相談したいのでしょう。それにアベルの人柄も見たいんじゃないの?」
「最近のしてきたから奴の腹を見極めてやるか?」
「俗ぽく言えばそうでしょうね」
「なんで分かったの?」
「異言で直接言われたわ」
「異言って何んですか?」
「霊的コンタクトかな。」
「超能力か降参します、何時までに行けばいいのかな?」
「処分方針だから早い方がいいと思うよ!」
「それではダンジョンシバに寄ってから、聖都アースに行きますか?」
「分かった、そのように伝えますね」
「ダンジョンシバにはヴェルとスーも連れて行く方がいいかも知れないな」
「そうね、その事も同時に伝えますね!」
◇◆◇
スフィとの話を終えてからアベルはスフィと夜刀姫、スー、ミーナ、ヴェルと飛行船で山城の武者溜まりに行き、本丸応接間でゼノン族長と面談した。
「聖樹様からのお誘いもあり、ダンジョンの運営方針を決めてから迷宮都市ヤーセンと聖都アースに行きたいのですが」
「今後の方針か、ヤーセン市は昔に戻してシバ族と魔導国とでの共同管理に戻せば広く周囲の賛同が得られるのではないかな」
「俺はそこに加案して、アケニア騎士団領は廃して2大陸で迫害されている獣人族全ての解放区兼自治区としたらウルク大陸でのダンジョン運営がうまくいくかと考えます」
「獣人族全ての聖域保護区~良いにゃ、猫人族は賛同しますにゃ!」
「搬送人を主に担っているのは幼い獣人の子供たちだしな」
「そうにゃ!」
「各獣人族代表を選び都市運営すればいいのではないでしょうか」
「迷宮都市ゴンゾーもドワーフとエルフ共同管理で昔の様に運営すればよいと考えます」
「正論すぎて、シバ族はなにも付け加える事はないよ」
「シバ族としても交戦相手の領都キュルンの制圧は必要です」
「重ねての依頼になるが、ダンジョンシバに行く途中でキュルンを空中偵察してくれんかの?」
「了解しました、領都キュルン経由で飛行します」
◇◆◇
ゼノン族長と面談を終えてからアベルはスフィと夜刀姫、スー、ミーナ、ヴェルと飛行船で山城の武者溜まりから領都キュルン経由で迷宮都市ヤーセンに旅立った。
領都キュルンは翌日に上空到着していた。アベル一行は眼下のキュルン市の惨状に声も出ないという感じだった。
一言でいえば灰に埋もれたポンペイ市を上空から眺めている光景だっ。
高度100mで微速前進している。まったく人影が見えない。
大小の石と大量の土砂に埋まった都市が眼前に広がっていく。
雪に覆われた丘陵地帯を上から見ている感じだ。
ただ所々に石柱が立っている。
全ての建物や門は石に砕かれており満足な建物は残っていなかった。
人影も上空からは確認できなかった。噂では3万人は人口があったはずだが。
「市場らしい広場は推定できるが生存者は見えないね」
「これが現実よ」
「全滅してるにゃ」
「あれから一週間は経っているからね、冥福を祈るしかない」
「では、これからシバ所在地ヤーセン市にむかいます!」
アベルは飛行船を2000mに戻して北のヤーセン市目指して飛行を継続した。
迷宮都市ヤーセンには未だ様々な冒険者の方々もいるという話だし、ギルドとの話が付けば魔導国にもスー経由で連帯を申し込もう。
そのまま飛行を続けて翌朝には迷宮都市ヤーセン上空に到着した。
駐屯地爆撃跡は残るが草は生えており自然の繁殖力の逞しさを感じる。
◇◆◇
「冗談じゃないわよ、あのゴマスリ市長とセクハラギルマスに今度会ったら心臓を抉りとるのよコブリンみたいに!」
と怒り狂っているのはヤーセン市の冒険者ギルドのサブマネージャーのハンナ・グレーテであった。
所属不明の飛行船に軍駐屯地が爆撃を受けて5000人が消滅した次の日に、市長とギルマスは給与も含めた手持ち金盗んで蒸発したんだ!職員全員放り捨てて、さんざんこき使いセクハラやり放題のゲス達め!
アベル達は、駐屯地とは逆の草原に飛行船を着陸させた。
アベルと夜刀姫とスー魔導師、移転者ミーナ、ヴェル次期族長、スフィ巫女など全員が飛行船から降りて、アベルは飛行船を収納した。
さあ、迷宮都市ヤーセンの冒険者ギルドに行って話し合いだ、平和的に権力移行が済めば一番いいことだよ。
ヤーセン市もキュルン市みたいになりたくないだろうから。
「私が先頭に立ちます」
「頼む」
前衛は夜刀姫、ヴェルで中衛アベル、スフィで後衛がスー、ミーナと組んだ。
これで未知の都市に突入しよう。
迷宮都市ヤーセンの石壁は未だ崩壊したままだが、崩壊した壁の周囲に掘が掘られて水が湛えられていた、野獣対策ですね。
中央の門は健在であったので番兵に、“シバ族代表がヤーセン市長かギルドマスターに面会したい”と申し入れた。
前衛は夜刀姫、ヴェルで中衛アベル、スフィで後衛がミーナ、スーと隙のない構えであったので、番兵は慌ててギルドの女性職員を連れてきた。
「これはシバ族代表の方ですかよかったです、実は駐屯地爆撃のあった次の日にギルドマスターの帝国貴族とノルン人の市長が二人とも逃げ出して代表不在の状態なのです。でもダンジョンの魔物は出るから買い取りなど自分たちでギルド業務を運営していますが困っていました!」
「そうですか、実はギルドや市の運営を相談するために来たのですが、相手が逃げたのならばこのまま接収しますね。こちらがシバ族代表のヴェルさんで市の運営担当をします。あとこちらが魔族代表のスーさんでギルドマスターです。では今日からはこちらの2人がヤーセン市とギルドの代表になります」
「はい分かりました、私はギルドのサブマネージャーのハンナ・グレーテといいます。ベルブルグの統括本部とは今も連絡が取れません」
「呼び掛けはしているのですか?」
「はい魔法具で話しているのですが、相手が出ないのです」
「なるほどね!」
アベルは門の前に掘り出して並べてあった10t大岩64個に手を触れて収納した。
スーは一同の見ている前で瓦礫を石壁に復元してさらに硬度強化した。
「門の前で立ち話しはなんですし、ギルドで座って話し合いしませんか?」
「驚きました、ええ~とそうですね、ご案内いたします!」
門の前から夜刀姫、ヴェル、アベル、スフィ、スー、ミーナと同じ順番でハンナの後ろについて冒険者ギルドの建物に入った。
ギルドの内部は平穏だった、冒険者にとって支配者は誰でもいい事だ。
ギルド職員の前でハンナによりアベル達の紹介が終わり、個別に挨拶した。
もう今日はゆっくり暖かい食事を取り、旅館のベッドで寝たいものだ。
◇◆◇
スー魔導師の実家はヤーセン市内の一等地に邸宅を構えていた。
しかし大公軍が侵攻してからは市長官舎に接収されて、模様替えされて使用されていた。
スーは気になりヤーセンのギルドを掌握した翌日に屋敷を訪問してみた。
場所はヤーセン市内の高級住宅街にあってすぐに見つけることが出来た。
逃亡した前市長家族が居住していたみたいだった。
急の脱出で家具什器が散乱していたが、屋敷としては広い敷地に建っている。
建物自体は白亜の華奢な造りでよいが、邸内の石像とかインテリアの趣味がよくない、まあ後の入居者の趣味なのだろうがリニューアルが必要だった。
元実家屋敷に戻りスーはようやく自分の居場所を見つけたと感じた。
2日後にはアベルたちの飛行船は聖都アースに向けて出発らしい。
スーの心中はこのまま、ギルドマスターで弟子でも取りこの迷宮都市ヤーセンに住みつきたい気持ちで一杯であった。
祖先の墓の場所は旧邸宅の一番奥の片隅に不可視の魔術で覆われて築山として秘かに今も存在していた。
明日アベルにヤーセンに残留希望を伝えてみよう。
◇◆◇
出発前日にアベルはスーからヤーセン市に残留希望を伝えられた。
予感はしていたアベルは了承した、ただ今後の協力関係だけは再確認をした。
当然、スーも帝国側からの再侵攻があれば相互の協力関係は必要な事だ。こうしてスー魔導師のヤーセン居住は本格決定した。
後日、魔導国とのダンジョンシバの共同管理は正式協定書にする。
ヴェルも獣人自治区構想が聖樹様の承諾が取れればシバ族の代表責任者になるべき存在だ。
翌日、アベルは食料や水を入手してから夜刀姫、ヴェル、スフィ、ミーナと飛行船で聖都アース目指して離陸した。
東南の方向に約3000㎞の距離にあるとスフィ巫女の宣託がある。
飛行船は際限もなく続く大森林地帯上空を東南に飛行していた。
時々、飛竜かワイバーンらしい姿も遠距離に感知できた。
巡航速度で1日以上飛行していると東南の方向に大地と雲海と天空を貫く長大な樹木が視界に入ってきた。
この世界樹の存在感に矮小な人間はしばし言葉を失い見つめてしまう。
霊感に鈍いアベルでさえなにか7センスを探られているような感触を感じてきた。霊的存在の臨在感と言うべきか、確かにいるんだ古代からの神に近い意識体の存在を身近に強く感じてくる。
すると前方に西エルフ聖樹国の聖都アースが視界に入ってきた。
女王クレアがいるが彼女は巫女群の中の大いなる者の代表に過ぎない、聖樹の前では生物はただ仕え意志を預言することしか出来ないのが納得できてしまう。
アベルの眼には既知の樹木に映っても、その本質は形而上的な存在で別の多次元的な存在だと直感的に悟った。
唯物論に近かったアベルは転生神に出会った時以来の精神的動揺を感じていた。
(なんてこった、こんな宇宙の果てで神に近い存在に出会うとは)
◇◆◇
スフィ巫女に導かれるままにアベルは聖都アース空域に進入したが外郭部の空地で停船させられて係留された、地上に降りるとエルフ村のイメージ通りの樹木の枝上に集落は回廊で形成されていた。
感想は管理された森林の中のツリーハウス群と回廊と階段が延々と連担していた。
森林と街の境界は迷いの薔薇帯が聖都アースの周囲を取り囲んでいた。
これは高度の植物壁バリアで上空にまで及んでおり都市管理人にしか開閉は出来ない。
聖都アースは聖樹を中核にして半径100㎞の地下地上空域を差している。
200㎢圏の中に湖、川、丘陵、草原、森林、畑、大集落が点在している。
圏内の人や物質の移動は集落中にある移転石で、空間移転が主である。
エルフの人々の一般的服装は緑色の狩人スタイルが多いが、長老らしき指導者たちは白いローブスタイルで大理石の円形討議場で話し合いをしている。長寿と合わせてこれは哲学的思考が成熟する環境のはずだ。
アベルは女王クレアとの会見に臨むために聖樹近くの大集落に導かれた。
そこには清流な川のほとりにある林の中に古代木造神社みたいな建築群が鎮座していた。
神社群から離れて取り囲むように大型木造建築群があり、それらがエルフ国家の政庁らしかった。
聖樹に指名された巫女が女王である祭祀国家が西エルフ聖樹国なのだ。
ウルク大陸に暮らす多数の種族たちが崇める、唯一の聖樹(世界樹)信仰が心の支えであり聖樹と周囲に集う精霊達との調和し共存する森林生活こそ理想とされる社会がここだ。
アベルは巫女と長老とが居並ぶ政所に通された。大きな木造建築だった。
中央の高御座の御簾も上がっており、女王も椅子に腰かけている。
巫女7人と長老7人とがやはり左右の壁際に椅子に腰かけていた。
アベルたちは板の間の中央の机と椅子に案内された。
合理的に作られており長時間でも話し合いはできる。
宮廷の侍女達が赤漆の茶碗で緑茶を一人一人に給仕している。
やがて司会の巫女によりアベル、夜刀姫、スフィと、ミーナ、ヴェルと紹介が始まり終わった。
「遠い所をおいで頂き感謝いたします。聞く所によるとアケニア騎士団もキュルン市も滅びてヤーセン市も下されたとか、アベル様は今後どの様なご計画をお持ちなのかお話頂けませんか?」
「まずダンジョン経営と統治機構の2つに分けて話します。
ダンジョン経営については昔に戻してダンジョンシバはシバ族と魔族の共同経営に戻せばよいかと、ダンジョンギルアについてはドワーフとエルフとの共同経営に戻せばよいと考えます」
「次の騎士団領処分ですが騎士団領は廃して2大陸で迫害されている獣人族全ての解放区兼自治区としたらウルク大陸でのダンジョン運営がうまくいくかと考えます」
「獣人族全ての聖域保護区、猫人族は賛同しますにゃ!」
「各獣人族代表を選び迷宮都市運営すればいいのではないでしょうか」
「対ノルデア帝国戦略としても緩衝地帯として獣人自治区が存在すれば聖樹国が直接抗争には成り難いと考えます」
「ノルデア帝国が獣人自治区に何かと干渉してきませんか?」
「彼ら獣人族たちは帝国に於いて迫害され奴隷化されておりますので、帝国側の甘言に付け込まれるとは考え難いでしょう」
「分かりました、その提案を聖樹国も真剣に検討いたします」
「ご提案への返事はアベル様でよろしいですか?」
「はい、よろしくご検討お願いいたします」
(政所の見解が出るまでは聖都見物でいいのかな?)
◇◆◇
アベルたちは自然の恵みの溢れる聖都アースの市場を散策した。
まずは宿舎から出て市場近くの料理屋に入った、メニューを見たが
スフィが見ても穀物と野菜系料理で飲み物は果物で豊富だ。
古都で豆腐料理もある湯葉懐石まであり流石だ。
ヴェルの求める肉料理は見当たらない。獣人の要望は無いのかな?
スフィは大満足している故郷料理だもの。
ミーナは川魚料理で喜んでいる。
アベルとヴェルは豆腐の精進料理で納得する。
新鮮な果実や葡萄の貴腐ワインは美味しい。
お腹も満足して市場に乗り込み各種食材を見て回る。
アベルがふと目立たないお店の隅に樽が山積になっている物を見つけた。
それは葉野菜の漬物であった。店主と調味料の話になり味噌と醤油が大量に販売されているのが分かり大量購入した。
もちろん地元野菜の漬物も購入した。
大豆の発酵食品もあるし、お米の酒も入手した。ワサビに似た味の辛子も見つけた。
アベルが雑貨屋みたいなお店で前と同じ麦わら帽子を買いスフィに贈り物をしたことは夜刀姫以外には知られていなかった。
スフィがまた舌を噛みながらお礼を言ったとか言わないとか・・・
やがて時は経ち宿舎に戻った。
聖樹国からの正式文書を携えた巫女様が来ていた。
◇◆◇
「これはお待たせいたしまして、すみませんでした」
「いいえ、これが女王陛下からの解答文となります」
[西エルフ聖樹国7ケ条回答文]
1.アケニア騎士団領の承認は取り消す。
2.同上領土は獣人自治区とし、獣人自治政府を承認する。
3.ダンジョンシバはシバ族と魔族の共同管理とする。
4.ダンジョンギルアはドアーフ族とエルフ族の共同管理とする。
5.ウルク大陸の冒険者ギルドマスターは現地人とする。
6.ウルク大陸上に帝国兵駐屯もノルン人族居住も認めない。
7.魔王島への干渉は魔導国への宣戦布告と認める。
「これは西エルフ聖樹国の公文書ですね?」
「はい、この文章はノルデア帝国と周辺国にも通知されます」
「§7は駐在ソドム魔導国大使の本国承認の条文です」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇