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#28 逃亡者 24時

 

 逃亡 0:00


黒軽鎧の猫人がいきなり地下牢の扉開けて、勝手に自由に逃げろってなんだよ何処に行けばいいんだよ、白い尻尾を揺らしている場合か?


笑えねえぞ、城内でナドウ家臣を5人も斬っちゃた俺は文官だよ、冗談でしたで済むレベルじゃないから、捕まれば斬首確定だよ。

 

 ナドウ王宮殿自体が元の宰相宅を拡張して増築したものだから、構造が複雑で迷路の様だ、正面玄関から騎士たちが剣を煌めかせて雪崩込んできた。


 地下牢から出てきて廊下が入り組んで迷う迷う、気が付いたら2階だし。


 俺、ヴェル・グリム(23歳)1ケ月前までは確かに芸術院で竪琴リラを製作していたんだ。


それがナドウ宰相の謀反で世の中がひっくり返り、妹のサラがナドウ家臣に手籠めに会い俺が殴ったら国家反逆罪だなんておかしいだろう?



 ◇◆◇



 逃亡 1:00


 で俺は港に向かって脱走していたはずが、なぜか上に上に追い詰められてこの上の階はナドウの寝室ぐらいだぜ!


 1ケ月前までは確かに竪琴リラを製作して上司の確認サインを貰えるかどうかでドキドキ1喜1憂していたんだ。


 あの頃はそれで生きがいを感じていたんだ、今は俺が握る安物の鉄剣で何人か騎士たちを斬ったら刃がボロボロになった。


 俺、職業選択を間違えたのかな?

 言い忘れたけど俺の唯一のスキルは“スロウ”なんだ、ごめんね。



 ◇◆◇



 逃亡 2:00


 廊下に飾ってあるフルプレート騎士の盾と片手斧を頂こう。


 これで少しは生き延びられる。

 全身鎧はダメだね動きが鈍くなる、手首を切り落すか顔面を突けば悲鳴を上げて転がるいい子になるから。


 俺が鎧を作るなら軽鎧がいいね、あくまで本人の動きをサポートする胸だけ軽金属で覆い、あとは肘とか膝や脛を守る革覆いだけでいい。


 あとは眼全体を覆うゴーグルみたいなやつが欲しいね、斬り合いになると埃がすごいんだよ。こんなこと誰も言わないしね。


 室内戦になると長物よりもショートソードの方がいいね、あとはこの手斧みたいなやつね、頑丈で何回叩いても壊れないのがいいね。


 最後に必要なのは短剣だね。鎧の隙間から心臓や脳に届く厚手の鋭い四角錐刀のやつね。



 ◇◆◇



 逃亡 3:00


 でも気がついても今日が俺の命日かもしれないんで悪いね、あと1人か2人戦えば間違いなく俺のスタミナは空っぽになる!


 それで最後さ、おや、この部屋の扉には鍵がかかっていませんよ!

 遠慮なく入らせてもらいますよと!


 おや、天蓋付きの巨大なベットから半身を起こした老人はひょっとして笑えますね、これはナドウ新王ご自身じゃありませんか!


 俺の悪運も尽きてなかったみたいだね!

 嬉しいね、どうしてやろうかな!


 「何者じゃ?」


 「何者かじゃねえよ!ご覧のとうりの不審な者ですがなにか?」


 老人の眼はキラリと灰色の狡猾な光を宿した。


 「まあ、そのように気を高ぶらせるな、若者よ落ち着け!」


 ヴェルが見るナドウ老人は痩せて腹だけ膨れててしみが浮いた年寄りだった。

 こんな貧相な老人が半島の人間を弾圧しまくっていたんだぜ!


 「命を助けてやったら何かくれるのか?」


 「おお、そうとも好きなだけ金貨をやるぞ、爵位でも領土でも美女でもより取り見取りよ!」


 《こんな死にそうな老人の命を取っても、妹は喜ばんな》


 「この部屋には誰も来ないのか?」


 「そこの机の上の鈴を鳴らさない限り誰も入らんよ」


 《こんなくだらない奴のために妹も俺も死にそうな目にあった》


 「そうか、じゃナドウよ、奥歯を噛みしめろや」

 「なにをするのじゃ、捕まえたら八裂きの刑にするぞ」

 「そうかよ、すぐにすむから」


 ヴェルは左手でナドウの白綿ガウンの襟首を掴み、右手で硬く拳を握り後ろに右肘を曳いて全力でナドウの左眼を殴りつけた!


 “ガツ”


 おや、あっけなくナドウは首をうしろにのけ反らして失神した。


 口から泡吹いてグッタリしている、下からアンモニア臭も匂ってくる、汚ねえなこの爺!


 まあ、俺の恨みはこんなものかな、妹はまだ生きているから命拾いしたな、ナドウよ!


 さあて最上階からどうしたら脱出できるのだろう?

 やはり港から船でどこか国外に逃げよう。

 捕まったらイシ河原で釜茹での刑になりそうな気がしてきた。



 ◇◆◇



 逃亡 4:00


 ナドウ寝室の奥の部屋はどうなっているのか?

 浴室か、なら湯気はどうするのだやはり狭い窓があった。


 片手斧と盾は湯船に捨てた。


 ヴェルは両手で窓枠を上げて首を出して下を覗くと、まだ朝にはならない薄炭色の夜だったので雨樋にすがり外に出て、また窓は苦労して閉めた。


 あとは手は雨樋に足は壁面の出っ張りに乗せながら7階から3階まで降りると地上の軍兵の警戒はまだ厳しそうだった。

 3階の窓は空いており部屋はと覗くと用具部屋だったので中に忍び込んだ。

 用具部屋の中に入りまた窓を下した。


 丁度、寝具を交換する箱台車があり、箱の中の使用済みシーツの山の中に体を潜り込ませた。


 ここまでが体力の限界であとは寝てしまった。



 ◇◆◇



 逃亡 7:00


 ゴトゴトと台車が揺れて眼がさめた。


 どこかに移動しているみたいだ、ナドウ邸は荷物用のエレベーターまであるのか、でもヴェルはもうどうでもいい精神状態だった。


 妹の恨みも晴らしたし、俺の怒りも鉄拳一発で吹き飛んだ。

 あの痩せた老人のことなどもうどうでもよくなった。

 今頃、左目の周りが青アザマークでお怒りならば笑える気持ちだ。

 さあ、新しい世界に行こう自分の適性にあった仕事がしたい。


 やはり竪琴リラを作りたい、生涯の仕事に出来たらいいな!


 こんなに人を斬りまくった俺がいうのも変かもしれないがやはり自分の仕事で大勢の人々が喜んでくれる仕事がいいよな。


 俺は竪琴リラ作りの職人になる!


 おっと、移動が止まった目的地に着いたみたいだ。


 「マシューさん!洗い物の箱はこの倉庫に入れて置くからね」

 「あいよ、そこの片隅に置いてくれや」


 “ドスン”と乱暴に台車から汚れ物箱が地上に置かれた。


 俺って意外と運がいいかも!

 洗濯屋の職人が来る前に出よう!


 箱から這い出すとそこは暗い倉庫みたいな場所だった。

 地面のお湯の張った穴からは湯気が出ている、洗い場だな。

 部屋の中にロープが張ってあり、シーツが干してある。


 小屋の木の壁は隙間が多く、外光が入り中は割と明るい。

 素早くドアの横に立ち人の気配を伺うが誰も近くにいない。


 この小屋の屋根裏には一部分ロフトみたい半屋根裏部屋が見える。

 ヴェルは壁の隅にある梯子でロフトに上がった。

 ここには冬物の毛布なんかが折りたたんで積み上げてある場所だ。

 運が付きまくっているなと思いながら毛布の山に潜り込んだ。


 もちろん、そのまま爆睡ですよ、なにか!



 ◇◆◇



 逃亡 12:00


 「なにやってんのよ、ヴェルは」

 「誰?」


 「誰じゃないわよ鼾がすごいわよ、わたしで良かったよ、あんたなんとか罪で捕まったんじゃないの?」


 「タラホか、それはサラを犯した奴を殴つたら捕まっただけだよ、それよりも腹減ったよ」


 「親友サラの兄貴じゃしょうがないか、少し待ってな、家からパンと着替えを持ってきてあげるから、でもそれを食べたら明日の早朝には王女様の島から迎えの帆船がイシ港に着くそうだよ。あんたなんかやばそうだからしばらく離島で隠れたほうがいいんじゃないの」


 「悪いな、お願いするよ、そして妹によろしく伝えてくれ」


(俺はアムル人で親がシバから流れてきたと聞いている)



 ◇◆◇



 逃亡 15:00


 「起きてよ、あんた本当に肝が太いわね、また鼾がすごいわよ、わたしまで捕まりそうだよ」


 タラホはヴェルにむき出しの堅パンと着替えの上下を手渡した。

 口は荒いが根はやさしいなタラホ姉さんは!

 ヴェルはパンを食べて血染めの汚い服を着替えた。


 「本当に助かったよ、まじでタラホに惚れそうだよ」

 「そんなふざけたことを言っているとお尻を蹴り上げるよ、サラを泣かせたら承知しないんだから」


 「タラホ本当にありがとう、素直に感謝しているよ!」

 「分かっているよ、夜にはいったら出ていくんだよ、裏木戸の鍵を外しておくからさ」


 タラホはそのまま倉庫の外に出ていった。



 ◇◆◇



 逃亡 22:00


 ヴェルはそっと洗濯屋の施錠のしてない裏口の木戸から街の中に出ていった。


 街はもうすでに深夜でどこの店舗も戸締りして寝静まっていた。

 ヴェルはこの街の生まれで城壁の抜け穴の場所まで知っている。


 城壁を抜けて港の近くまで来ると潮風が一段と強くなる。

 夜空には大きな3連星が出て明るく海が見えて来た。


 小さな魚船が多く停泊している。

 浜のあちらこちらで焚火して多くの人々が何かを待っている。

 ヴェルも焚火の人の輪に入った。


 皆が興奮している雰囲気がする。

 浜にいる人の数は多く数百人はいるだろうと目計算した。

 やがて人々の指さす方向をヴェルも見つめた。


 するとまだ薄暗い水平線のかなたに帆船の帆が小さく見えた。

 人々の間にさざ波の様に興奮が伝播した。

 もうこれで軍兵に怯えることはない、ナドウの悪口を話そうが自由だ!


 人々の希望を乗せて帆船がゆっくりと近づいてくる。


 ヴェルの周囲にいつの間にか一緒に脱牢した10人の仲間達が取り巻いていた。

 あの脱走の斬り合いでやはり仲間が1人斬られて死んだらしい!

 これで脱牢仲間は全体で11人になった。

 個別の職業は様々だが仲間の決意は“反ナドウで斬首も上等だ!”



 ◇◆◇



 逃亡 24:00


 ゆっくり近づいてきた大きな帆船は小船を下して浜に漕いできた。


 ヴェルの眼には小船の先頭にはあの白猫人が立っている。


 ヴェルは目を何度も擦ったがやはりあの脱牢させた苦労の始まりの白猫人だった。

 周囲にいた一緒に脱牢した10人の仲間達も覚えがあるようで騒いでいた。

 砂浜に降りた白猫人は尾を揺らしてヴェルの前に歩いてきた。


 「やあ!みんな無事ここまで逃げれて目出度いにゃ~!」


 ゆるい口調に、ヴェルは逃亡の緊張の糸が切れ膝から力が抜けて、砂浜に両手両膝をついてしまった。


 「そんなに喜んで貰うなんて本当に嬉しいにゃ」


 上機嫌で尾が大きく揺れていた。


ヴェル・グリム(23歳)は後日、ウルク大陸で結構重要な役割を果たします!





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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