#20 兎の穴は深いのか
「これは渡れるかな・・・?」
ザクッ・・サラ・・サラ
アベルは高地から流れてくる渓流に足を取られながら向こう岸の砂地に着いた。
6歳のナタリアを背負い13歳のソフィーの手を握りながらの渓流渡りはなかなか難しいな。
砂地に着地したソフィーのスカートに水沫が飛び散る。
この島の草花の名前は知らないが紫色の釣り鐘似たいな可憐な花をつけた群生地が岸辺一帯に広がって風に揺れていた。
でもアベルは別にピクニックで山歩きを楽しんでいる訳ではないのだ。
アベルの後ろには夜刀姫やアイラ様、スー、テラ、ダンカやミーナまでが列を作っている。
どうしてこうなったのか。
今朝アベルが魔王城跡まで“偵察”に行きたいと言ったら、ピクニックと勘違いした連中が私も俺もと名乗り出て結局全員で“偵察”に行くことになりました。
“偵察”になんで弁当を作るんですか、飲み物まで用意して。
アベルが上を見上げれば蒼穹の蒼い空の中頃に白い廃城が見える。振り返ればはるか下の湾の風景が見える。湾の中央に木造大型3本マスト海賊船が1隻停泊してる。
ドレーク船長が海賊船を返還しに来てくれて、現在船員不在で停泊中の400tぐらいの帆船です。
村にマグロ漁船として貸与しますか?
貸与料として現物で毎夕飯に新鮮な魚介類が並ぶのもいいでしょう。
半島への武器輸送の時はその時だけレンタルすればすむ話です。
下山したら議題に上げましょう、今は登山しないと!でもいい天気だな。
この登りのルートは何回か足腰の鍛錬ルートで来ている。
不運の前世を今と比較するとこんなに俺を頼ってくれる仲間が増えたのだ、外敵から絶対に守って見せる。
早朝から騒ぎ始めて弁当・水筒を包むと、出発したのでお昼前には北高地の廃城跡に到着して昼飯にできるだろう。
城跡の前は池もあり、果樹林も近くにあることは村の子供たちの話で確認してある。
ひとまずは廃城を目指そう。
背中にしがみ付いているナタリアの体温が温かい、俺は絶対にこの子たちの守護者になろう。
思わず担ぐ手に力がはぃった。
「アベル~痛い・・」
ナタリアのつぶやきにアベルは
「ごめんな!」
とナタリアに謝る。
やがて、廃城の入り口にアベルたちアイラたち8人がたどり着いた。
北山の高原は標高400mほどにあり、この廃城は高原の奥にあり、さらに城の背景に200mほどの岩山の山頂がそびえる。
遺跡は入り口の正門と基礎あとは一階部分のみで二階以上は崩壊して大理石の柱などが城の周囲に散乱している。
言い伝えでは大昔の魔王城だったそうだ。
普段は生活には関係ないのでスルーしているが、こんな“偵察”の時には格好のピクニック場所になる。
アベル達は人の気配を探りながら城内に入ったが誰もいない無人の遺跡だった。
複数の部屋の柱と崩れた壁が見られるが遺物は何も見つからなかった。
ただ大広間の正面奥に巨大な大理石の王座が残っていた。
ここに休める場所なんてあるのだろうか、全員が顔を見合わせた。
アベル達は適当に落石のない広間部分に荷物を置いて、城横の貯水池に水を汲みにいった。
多数の魚影や水草が茂っていた。湧き水は溢れて小川となり麓の湾の方に流れている。
網さえあれば漁も出来そうだった。高原の大部分は林と草原に覆われていた。
水筒に湧き水を入れて城に戻る。
急ぎの弁当と水で遅い朝食兼昼食をみんなで風景を見ながら食べる。
◇◆◇
食後は今後の方針を皆で話し合わないといけないのに、なぜか皆は仕事から逃げるように大広間の“偵察”という探検遊びをやりだした。
皆の気持ちも分かるアベルも子供たちに混じりながら丹念に壁や柱を調べていた。
アベルの探検もほぼ一巡したが、フッと巨大な王座の裏側のレリーフが気になった。
見たことがあるんだけど、どこかで。
アベルは立ち上がり玉座裏のモザイク模様を凝視した。なんか予感がした・・・
これはアイラたちを商館に戻してから触ろう。
「ミーナ、皆を連れて館に戻ってくれないか、後で教えるから」
「アベルが何か発見したのか、後で教えるにゃ」
ミーナに頼んで皆を連れ帰ってもらった。夜刀姫は離れない。
さて仕切り直しだ。
見つめる材質は同じ各種石材のタイルが組み合わさっているモザイク模様なのだが、アベルの意識の奥で思考にささやく声が響いた。
頭のどこかで前世の記憶が蘇ってくる。ヨセキ・・・なんだろう?
よせきって意味わかんね。
サイク・・・?
なに勝手に脳内に文字が浮かぶのか・・・ヨセキサイク?
アベルの右手は誰かに操られている様にモザイク模様の中央のモザイクを少し押して下にずらしたら奥でカチッと音がして30センチ四方のモザイクが奥に沈んだ。
エッ~!
夜刀姫は大広間入り口で見張らせていたので周囲にいなかった。
アベルの心臓はドキンと跳ね上がった!
王座の裏側には人はいなかったので、アベルは裏側の穴を覗くと正方形の穴の正面には兎のマークが刻まれた金色の輪が見えた。なんで兎なの?
ドアノッカーみたいだが叩く金属台が下にないな、なら捻ればいいとアベルは90度左に捻ったら再び奥でカチッと音がした。
この鍵の設計者は結構性格悪いなと考えたアベルの体が斜め下に滑り出した。
いつの間にか下の床材が滑り台みたいに斜めに傾き暗い穴が口を開けていた。
“ウヮ~ッ!!!
アベルの体は吸い込まれる様に下にツルツルと滑り落ちていった。
斜め左下の壁に頭がぶつかりそのままさらに右斜め下に転がり落ちていった。
15mの距離が二度で30mほどは地下に滑り落ちた、壁に衝突した際に頭を強く打っており二度目の石壁衝突で完全に意識が跳んだ!
アベルの体はそのまま勢いつけて地下3階部分の大きな広間に転がり込んでいた。
どれだけ時間が過ぎたのか?頭が浮いて体の痛みで覚醒した。
アベルの眼が開くと夜刀姫の膝枕にアベルの頭は乗せられていた。
膝が堅いよ、でも追ってきたんだ・・・ありがとう。
“なんで天井板が光るんだろう?まるで蛍光灯みたいだ!蛍光灯ってなに?”
頭を上げると正面の奥の壁際に高さ2m幅50㎝ほどの姿見が輝いて見える。
この長方形の姿見の右上部分が欠けているのも見て取れた。
アベルが広間を見渡してもこの四角い大広間には姿見しかない。
誰かに見られている気がする・・・
やはり姿見の中から誰かがこちらをのぞいている。
瞬間的に白い影が姿見の中でチラッと動いたぞ。
◇◆◇
気になったアベルは広間の奥の姿見の前まで歩いていって、思い切って鏡に声をかけた。
アベル「こんにちは~、どなたかいらっしゃいますか?」
しばらく返事がなかったが、やがて鏡の中に映像が映し出されてきた。
白のシャツと赤いアスコットタイそしてブレザーとパンツで決めた1人の白い兎人でした。
「いらっしゃい~、見知らぬ人よ」
「あなたは誰でしょうか?」
「誰とは」
「あなたのお城の地下室ですか?」
「半分正解で、半分不正解でしょうか」
“この兎人は暇を持て余してこの会話を楽しんでいる様に感じる。”
「真の魔王城は地下13階層の王宮で地上3階の廃墟は偽装ダミーです」
「この城の管理者は貴方ですか?」
「正解、魔王様に造られた白兎“M”ですが地下12階の魔導脳こそが私の実体です」
「討伐された先代様は1体にすぎず、今も無数の魔王様の遺伝子細胞は地下13階の培養槽で増殖中なのだ」
「すると500年前の勇者は地上の魔王1体を討伐して満足しただけですか?」
「そのとおり、ノルデア帝国の開祖だった勇者が先代の魔王を討伐して3階建の地上王宮を魔法で壊して帰国してくれたのよ」
「え~、地下13階の本当の魔宮は分からなかったのですか?」
「そうとも、この島の地層は魔石や魔水の多重地層で、魔力探知がしずらいのが幸いした」
「こんな極秘の魔王城の秘密を俺に話していいのですか?」
「いや、もう400年間も話し相手も無く、機械の維持管理だけで退屈していたので」
「と言う事は、成人している魔王様はいないということですか?」
「その答えで正解、完全再生までに時間がかかるのが唯一の欠点、次代の魔王様が復活されるまでに後500年ほどかかるからね」
「こんな最高秘密を話すと言う事は、俺を帰さないつもりですか?」
「当然ですね、アベル君を記憶検査して今後の利用価値があれば地上に戻しますよ」
「400年と500年とで900年ということは、1人の魔王統治は1000年王国が1単位だということではないですか?」
「魔王も魔族も同じ1000年間のDNAだったりします」
「君は実に聡明ですね、前代の魔王様は誕生後100年程で当時の勇者に打たれて城は壊されて島の魔族たちはウルク大陸に移住した」
「次代魔王様が誕生するまでの、あと500年間の俺は代役としてこの島で生活させられるということですね?」
「今、君は真の意図に触れたので、規定による措置で脳内検査を強制開始する」
◇◆◇
ズキーン!
アァァァァァァァ―――――――――・・・
突然、アベルの脳が激痛に襲われて、立っていられずに夜刀姫にすがりついたまま意識が消失した。
どれだけの時間が経過したのか・・・・
やがて意識が戻ると、脳の活動が怖いほど覚醒化しているのが自覚できた。
脳の全領域での全能感が半端なく感知される。いろいろな映像が点滅している。
思考のスピードが半端なく加速化・鋭敏化されて、大気の中の魔素の流れも認識できる。
変わらず夜刀姫はアベルを支えてくれている。
ありがとう・・
自分の胎内の魔力の循環さえも感知できた。
アベルの掌に自然に魔力が集まり白く輝きだしている。
“これが代役の溢れる魔力か、掌を見ただけで集まるのか?”
「転生者のセグメントは完全理解した。アベル君の地球時代の記憶からの転生願望や原始皮質の深いイド願望までスキャンして分析記録した。子供時代のロボット製造願望もセグメント対象として完全理解した」
“すべての秘密を見られた、超恥ずかしいです”
冷や汗が背中をつたい流れた。
「アベル君は異世界からの転生人だけあって第7領域で埋もれていた希少能力があったので覚醒させて活性化したよ。肉体も改造した」
「覚醒は魔王の複数ある必須能力の中の“意識転写”と“自律制御”という2つの7センス能力がアベル君の脳内で休眠していた」
「“意識転生”とは、召喚されたゴーレムは通常召喚者からの単一の意識を継承して命令された事項だけに反応するが、この意識転写は複数の人からの意識を転写できる」
「当然複数の意識は競合するから新たな“自律制御”という統制スキルが必要になる。統制され判断されて最適行動が選択される」
「アベルが召喚したゴーレムには上記2つのスキルを既に転写した」
7センスを覚醒した俺は勝手にアベルの口を使用して知らない用語を駆使して話し出した。
「アベル君、まだ私の説明の途中だよ、それにしても古い深層記憶まで覚醒したか?」
「え、あ・・はい」
「むしろ固有スキルに適合するように、休眠7センス能力を覚醒したのか」
「聡いね、単なる金属ゴーレム召喚では供給魔力が絶たれれば崩壊するが、召喚後でも、胸部の良質魔水晶に重層に知識転写されればより人間に近い自律判断のできる金属ゴーレムが形成される」
「自動更新するAI搭載の自律兵器の誕生ですね」
「然り、注意点は転写知識の基本動作と命令権者記入要領、それと戦闘時の武技対応が初期作成では困難を極めるが、私が400年間行動考察して転写した魔水晶石を特別にアベル君に供与しよう」
「それを原石として連続複写すれば大量生産できる。それに加えて君の記憶は球状関節人形愛好者で躯体製作は得意分野しょう」
“そうだった~次郎の嗜好まで知られていたな、恥ずかしい”
「スキャン過程で、アベル君の深層記憶の前世科学知識も考察できるように活性化させておいた。この知識の複写は我々魔族の魔導文明にも今後役立つので記録保管した」
「取引ですね?」
「そうだ」
「今日、俺の能力を開発したことは、必要となる出来事が起こっているのですか?」
「然り!職人ゴーレムに作らせた機械鳥の視界映像からの情報では、ナスル大陸クマリ王国で動乱と認識できる事態が発生している」
「クマリ王国の混乱はそんなにひどいレベルに達しているのですか?」
「多くの住民と子供たちが混乱に巻き込まれている可能性が高いね」
“え~助けたい”
「ナデシュ半島のイシ港に行き、追い詰められている避難民の同年代の少年少女と話してみたら?」
「イシ港までの移動手段がないです」
「アベル君に魔導文明と能力を知識転写してあるし、脳の記憶領域も転生神の配慮で前世知識が残されてあった。今回はアベル君に下の階の研究室にある装置と軽銀素材を使用して1台分の移動体製作を許可しよう」
「君に作る意志があれば小型飛行船1台分なら数日で製作出来るはずだ」
(時空間収納庫をガス噴出口までの搬送に使えば出来るはず)
「君が本格的に他勢力との抗争に介入するなら、君が大陸に渡り鉄鉱山付近に製作拠点を構築して必要機材を量産できるはずだ」
「でも魔王島を大陸勢力との抗争に直接巻き込まないで欲しい」
「魔王島の資源は南の高地に洞窟があり地底魔水湖や魔石そして各種鉱石やガスの産出が確認できている。この島内限定で採掘して生産・利用するなら使用を許可する」
アベルの脳内に記憶させられた知識の中に飛行船の設計図と必要な素材リストがあった。
(なるほど)
「あと今回の長命化には代償がある、500年間魔王の力を手に入れて偽王として魔導の力を使用出来るが、この島を快適環境にする責務がある。
自分の子孫は増やすことはできない。偽王体の組織構成が再構成されて生殖能力は停止された。魔王復活により魔族の帰島まで君はこの島の執政官“偽王”になった」
「魔王になるのですか?」
「いや、代官として500年生きて魔王島の環境を向上させる行政官になった」
「“長命化”とは喜ぶべきことではないのですか?」
「500年間生存が喜びか、必ず愛する者を見送る世界だぞ」
「500年間は不老不死なのですか?」
「いや、致命傷を負えば先の魔王みたいに普通に死ねるぞ」
「でも、前世と異なり長命化で俺は友人知人と最後まで傍にいられるので後悔しません」
「承認したな、その言葉を確かに聞いたぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




