#17 ノルデア帝国帝都ベルブルグ
アベルはマリ村にいた時には帝都ベルブルグは領都オースチンみたいに周囲を城壁で囲まれた城塞都市だと勝手に思い込んでいた。
ところが実際に商人と盗賊たちを連れて帝都ベルブルグにたどり着いたアベルは茫然自失していた。
(これが本当にベルブルグなのか?)
目の前に展開している光景は湖水の波が朝日で輝く広大な内海なのだ!
面積が600㎢ほどある5彩湖が広がり、湖の中央にマンハッタンみたいに皇居キャロットと官庁街が広がるベルブルグ島23㎢がある。北のガド支流と西のハル川の2つの川が流入して南のカルメル川が湖から流出している。
3つの川には石積の眼鏡橋が3か所架けられている。
皇居キャロットと官庁街を守る内海湖の名前は5彩湖というらしい。
湖の沿岸開発は、北側住宅地域・西側工業地域・南部の河を挟んで広がる肥沃な農業地域・東側商業地域・北東部の近衛師団基地と明確に5種類の用途規制区域を設けている。
絶対、この都市計画を立案した人物は転生人で間違いない!
5つの用途地域ごとに屋根の色と壁の色まで建築指定されている。
派手な配色の看板も禁止されているし、交通標識も統一されている。
5つの用途地域沿岸には各々支城と港と城下街が湖畔に置かれている。
5つの支城の城主には皇太子・大公・皇族・公爵・侯爵たちが任じられて、ベルブルグ島を外敵から守護している。
アベルたちは住宅地域の停車場にある案内所で貰った観光案内パンフィレットを見て風景と見比べていた。
観光案内パンフィレットの中に書いてあるベルブルグの都市計画理念は、地区詳細計画にもとづいて公共施設が配置されているらしく、下記の3つの大きな方針があるそうだ。
1.地域別規制(騒音防止・公害防止・色彩規制・汚水規制等)
2.上下水道規制(地下共同構・浄水場・下水処理場・雨水槽等)
3.都市交通(動力船・気球・環状鉄道・環状道路等)
となかなか環境に配慮した先進的都市計画だった。
ノルデア帝国は発祥の土地であるベルブルグ島の防衛さえ出来れば、
5つの用途規制地域が外側に拡大しても想定内のわけだ。
将来のメガポリス首都圏への発展が水上交通と共に約束されているわけだ。
ベルブルグ島の東西には2つの小島が程よく離れて島影が見える。
神殿の立つ西小島と温泉が湧くヨットハーバーのある東小島だ。
ベルブルグ島自体はドーバーみたいに100mほどの崖がある23㎢の島だ。
通勤用の港が北南に2つある。皇居は2㎢の西側台地の上にある。
街路は全て2車線ありコンクリート舗装されていた。
ここは未来都市ではないか・・・とアベルが思考していると
すぐ傍に立った人物から強い視線をアベルは感じた。
「アベル様でしょうか?私はダン侯爵の執事のセバスと申します」
振り返ると夜刀姫もアベルとセバスを注視しており、特段危害を加える行動もしていないので観察中らしい。
「トリッシュ女伯爵様からはアベル様が到着したらすぐに迎えに出て欲しいとのお手紙でしたので、お迎えに上がりました」
「帝都ベルブルグがあまりに予想と違い混乱していました。迎えに来て頂き助かりました」
「ここの停車場は大公の犬が多く、近くに主人の用意した隠れ家がありますのでご案内いたします」
セバスの馬車にアベルが乗り、検問所と停車場から30分ほど離れた住宅地域の中にある豪商の別邸風の庭の広い屋敷に入って行った。
これでダン侯爵の隠れ家にアベルと夜刀姫、スフィとミーナの4人が入った。
これからどういう展開になるにしろ、帝都内に拠点が出来たのは心強い。
アベルはこの隠れ家から住宅地域の検問所に説明でしばらく通うことになる。
◇◆◇
二番目に帝都ベルブルグに着いたのは、反乱軍の追手を逃れたアイラとスーとテラ達の亡命組だった。もちろん途中で拾った難民のナタリアという幼女も一緒だ。
危機一発、丸焼きを逃れたドワーフの鍛冶師ダンカも荷物と一緒に乗せられて来た。
アイラが縁故を頼ると言っても数代前の母方の縁族など誰も相手にしないし、ここは作戦を練る必要がある。
(5年前の帝室パーティーで1度だけ面識のあったダン侯爵にすがる手よね!)
アイラにしては上出来な思考をめぐらした結果、なぜかアベルと同じ隠れ家に落ち着いた。
帝都まで箱馬車を引いて来た二頭の馬も人手不足で世話が出来ないので郊外の牧場に世話料を払い預けてある。紋章付きの箱馬車は納屋に入れて保管してある。
この箱馬車のサスペンションは強化してあり、床板は二重底で車軸等が収納されている。
クマル王家の金塊も一部軍資金として持ち出したが、帝都に永住するつもりはなくカデシュ半島に再びクマリ王国再建の誓いはあり隠れ家住まいでスタートした。
アイラが今朝は早くに目覚めて1階食堂に降りてきて椅子に座っていた。
次に食堂に姿を現したのは、今エビノ荘園となったナバリの樹海の隠し砦からやってきた猫人族で白猫のミーナだった。
「おはようにゃ~」
「おはようミーナ! 」
ミーナの説明だと反乱軍に殺されたクマリ家臣団の遺児たち12名を、隠し砦に作った子供の村で下忍のジェドと保護しているそうだ。
保護している子供たちの食費稼ぎで現在冒険者として荒稼ぎ中との本人談だ。
ジェドは子供達の生活の面倒を見ていて手が離せないため今回は欠席だそうだ。
低年齢の多い12名の内訳は少年4名と少女8名に上る。
子供達の生活費用の捻出のためにも交代で探索役として冒険したいそうだ。
ミーナにとってアイラは主筋のお姫様で旧知の仲だ。
三番目に降りてきたのは火縄銃と大荷物を背負って逃げ込んできたドワーフのダンカだった。
前世で旧式銃マニアだったダンカはついに火縄銃を完成させたが、領主に献上を命じられて慌てて脱出してきたそうだ。
ダンカによるとカルト宗教団体に火器を持たせては世の中は地獄を見るそうだ。
朝からダンカが大声を上げてると結局、全員が食堂に揃ってしまった。
銃について熱心に話すダンカの話をうんざりした顔で聞いていたアイラが言った。
アイラ「ねえ、ダン侯爵と話し合う前に全員の特技を教えて欲しいな! 」
「売り込みの相談ね?」
「そうよ!みんなのセールスポイントを知りたいの」
「貴族様に高く買ってもらうためのアピールにゃ?」
「資金援助とかして貰いたい」
「ではダンカから話して、自分の特技を! 」
「俺は材料さえあれば短銃も火縄銃も大砲も作る自信がある」
「ではアベルの力を話して欲しいな! 」
「俺は時空間収納庫持ちであること、金属ゴーレムを召喚できること、イメージできる金属製品を造り出せることかな」
「ではスーの力を話して欲しい!」
「私は上級火魔法も使えることと流星召喚が出来ることかな」
「ではテラの力を話して欲しい! 」
「私は上級治癒魔法を使えることと聖域結界が出来ることかな」
「では夜刀姫の力を話して欲しい! 」
「夜刀姫は二種類の武器が使える、遠距離武器と近接武器だ」
「なるほどダン侯爵が集めた理由がわかったわ、ちなみに私は社交術と領地経営以外なにも出来ないわ! 」
「あの~私はなにも出来ません、すみません! 」
「ナタリアはいいのよ、これから覚えればいいの」
「シカトしないでにゃ~」
「あ、ではミーナの特技はなにかな? 」
「も~、私の出来るのは全毒耐性ね、それと空間移転と吹き矢かな! 」
「こりゃまた、暗殺スキルそのものね! 」
「アベルが言っていたイメージで金属製品を造り出せるのは、何処でも出来るということなの? 」
「いいえ、やはり金属鉱床の上で作った方が楽に作れます! 」
「なるほどね、見本があれば大量生産が出来る能力ね、わかったわ」
いつの間にかスフィが簡単な朝食を全員分調理して配り始めた。
「あそうだスフィの力を話して欲しい! 」
「スフィは朝食を配っているので俺が判る範囲で話します」
「ここに来るまでに魔物退治をやって縁があり、一緒に旅をしているエルフのスフィです。植物に詳しくて小鳥や動物とも話のできる賢い子だよ・・・」
ペコリとスフィはみんなにお辞儀をして、
「アベル様に命を助けられて、メイドをしているスフィです」
「スフィは炊事・洗濯・掃除はできますか? 」
「はい、ご覧のとうりできます。それと庭で果物も花も咲かせてみせます! 」
「あとはどんなことができるの? 」
「はい、こんなふうに心の癒しができます」
スフィが居間の植木の鉢を見つめると、木から突然マイナスイオンがあふれ出てきて部屋にいる全員に森林の香りが降り注いだ。
かすかに小鳥のさえずりやせせらぎの音も聞こえる。
「なぜか涙が出る、故郷のシバの里に帰った気分になるわ! 」
「お~ええな、この家のお庭番はこの子で決まりや」
「私も心の癒し手は必要だと考えていたわ」
「そうね~、スフィを私専用メイドにしてもらえないかしら? 」
「専任のお話でしたら、私は恩人のアベル様に仕えたいのです」
「アイラ様! 俺は運び屋ですが、スフィ本人の希望は尊重して欲しいです」
「ん~、庭職人がいないと不便だし、この子は皆のメイドにして正解やね! 」
「いや、俺はアベルがいると銃が簡単に造れるので大満足だよ」
◇◆◇
「アイラ様、テラさん、ナタリアさん、スーさん、ダンカさんのの話を聞いていると、魔法袋を使用してないようなので差し上げます」
「俺の手造りだけど10㎥の空間収納付きの腰バックをここにいる方に1人1個贈呈します!毛皮の色は白・茶・黒の3色から選択できます」
「アベルの手持ちは全部出しなさいよね!私は白色でね」
「アイラ様、とりあえずここにいる全員分ということで勘弁してください!」
「あとベルト部分は差し替えできるから女性陣は改造工夫してください。」
アベルは空間収納庫から希望する色別の腰バック6個を配った。
予想どおりアイラは白バックで、黒猫ジェドの黒バックはミーナに手渡した。
「アベルはやさしいにゃ、ジェドの分ありがとにゃ! 」
機嫌のよいミーナの白い尾がゆっくりと揺れた。
「上忍が下忍の面倒みないとしめしが付かないでしょう」
しかし魔の森で作成した空間ウサギの魔法袋の大部分はアベルの空間収納庫に入れたままだ。
現在84個在庫があるが、トリッシュ女伯爵やダン侯爵に渡して宮廷工作したほうがクマリ王家再興には役立ちそうだ。まだ依頼の権利は発動してない。
「アベルの魔法袋に負けられないわ、私の手造りだけれどここに懐中温石袋があるのよ。最初に自分の魔力を込めれば魔力に応じてポカポカ発熱してくれます。全員に提供しますよ!」
「隠し砦の子供達にも分けてあげたいんやけど、数はあるんか?」
「もちろんよ、溶岩の中の火石に魔法で属性を加工して袋に入れるだけの品なので、火石さえあればいくらでも作れるわ!」
「これは寒い探索時や野営時には必需品になるわ、ほんまにありがとさん、急ぎの話で洋品店で子供たちの下着を買って帰えるにゃ」
「今後の方針は、ダンカと鍛冶希望者が隠し砦で火縄銃や大砲・火薬の研究をして、あそこの子供たちはなるべくこちらに隠れ家つくり引き取らないと危険にゃ」
「クマリ孤児探しはジェドが担当して、ベルブルグと隠し砦の連絡をミーナが担当する案に賛成の人は?」
「「「「「賛成~~~! 」」」」」
ダン侯爵との会談でオッタル大公に対する今後の戦略なり戦術の提案がされるはずだ。
皇太子派貴族の立場とクマリ王家再興の立場そして具体的なオッタル大公攻略目標が示されるはずだ、楽しみだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




