009
「ニ、ニアウカ?」
緊張などしてないつもりだったが、やはり女性ものの服を着るということに心のどこかでは抵抗があったようで、僕の言葉は片言になっていた。
「大丈夫、お似合いですよ」
「そ、そうですか」
店員に褒められ、顔を赤くしながら返事をしてしまった自分を今すぐにでも殴ってしまいたかったが、店員さんの手前、そうすることもできず、僕はただ顔を赤くしっぱなしのままであった。
「お兄ちゃん」
憩の声。
憩に呼ばれたからには振り向かないわけにはいかない。
僕は憩のほうに振り向き、そして思考を停止した。
白を基調としたドレス。
被っている麦わら帽子。
普段はポニーテールに留めている髪がおろされている。
憩の姿はまさに、天使と間違えてしまうほどの可憐さを備えていた。
いつもの活発さを覆い隠して有り余るほどの化学反応。
麦わら帽子が夏を感じさせ、白いドレスがおろした髪と相まって、清楚さを磨いている。
「お兄ちゃん?」
死後硬直が始まりかけていた僕に対して、心配そうな声を上げる憩。
その透き通るような声が僕の心臓を激しく鼓動させる。蘇生だ。
「な、なんだ?」
少し声が詰まってしまった僕に憩は大した違和感を抱いた様子もなく、
「かわいいね」
そんな言葉が、笑顔とともに放たれてしまったら──。
僕の心臓はもう、どうしようもないほどに鼓動していた。
「お、おう、お前こそ、かわいいな。まるで天使のようだ」
心臓を射ぬかれる感触に耐えながら、憩の姿を思ったままに、感情のままに放つ僕に、
「お、お兄ちゃん、恥ずかしいよ」
憩は顔から蒸気を出しながら照れる。
かわいい。
僕はこのとき気づけなかった。
憩のかわいさに隠れていて気づけなかったのだ。
僕の心のなかで、かわいいと言われたことによって嬉しいという感情が芽生え始めていたことに僕は気がつかなかった。
お互いの服を褒めあい、お互いに照れている二人を見て、小さく呟く声が二つ。
「いいわねえ、百合って」
「はい、素晴らしいです」
なぜか意気投合している母さんと店長であった。