006
「もう、いいかげん諦めてほしいな、お兄ちゃん」
憩が観念しろといった声音で近づいてくる。
「いやいや、断固として拒否するから」
僕は後ずさりしながらそれを拒否する。
「いいじゃない。別に減るもんじゃないんだし」
母さんのやけに楽しそうな声。
「蛍、がんばれ。あとで見せに来てくれよ」
なにかを諦めたように父さんは去っていく。
この新生「木本家」、最初の修羅場であった。
「母さん、僕は憩のために言ってるんだ。減るのは僕じゃなくて、憩のほう」
母さんにジト目を向けるが対して効果はなかったらしく、どうしても諦めるつもりはないらしい。
「あたしは別にいいよ……お兄ちゃんだから」
顔を赤くして、もじもじしながらそんな台詞を吐く憩に僕はため息を漏らすことしかできない。
「そこら辺の教育が必要ということだけはわかったから、少し静かにしてて」
「むう、しょうがないなあ」
ことの重大さがわかっていない憩はこの際、脇に置いても構わないとして、そのうえで僕がやるべきことは、まず提案者たる母さんを潰すことである。
その前に状況を確認しておく、この惨状を確認しなければならない。
辺り一面に布が散らばっている。
いや、布という表現は正しくない。
正しくは憩の服である。
僕たち家族が憩のために用意した憩だけの服だ。
それを母さんは僕に着ろ、と言っている。
着られるはずがない。
というか、それ以前の問題がある。
「僕は別に憩の服を着て外に出るのが嫌だといっているんじゃないんだ。でもね、母さん。いくら僕の下着がないからと言って、憩の下着を僕に着せるのはどうかと思うよ?」
僕は目の前にある憩のピンク色のかわいい下着を見てそう言った。
外見はともかく、中身が二十歳の男がやっていいことではない。
僕の身体が十歳の少女でなければ、事案になっていてもおかしくないはずだ。
まあ、そもそも僕が十歳の少女にならなければ、こんな問題は起きなかったのだが、そのことには触れないでおく。
はてさて、期待の提案者の返答は……。
「いいじゃない、減るもんじゃないんだ──」
「だから、そういう問題じゃねえんだよ!!」
木本家に僕の怒号が響き渡った。
実に元気な家庭である。